黒うさぎと愉快な仲間達
@緑うさぎのお悩み相談室
緑うさぎのギーゼラは、眞魔国森で看護婦をしている心優しい妙齢のうさぎです。
患者さん達からも、優しくて気だてが良いと評判です。
そんなギーゼラのもとには悩み事を持ったうさぎが毎日のように訪れます。
この日現れたのは、茶うさぎのコンラート・ウェラーでした。
「いやぁ…こないだからユーリがね、俺の赤ちゃんを産みたいなんていうんだよ」
悩み事と言いながら、茶うさぎの顔は夏の日のアイスクリームのようにとろけそうな具合です。
「それで、俺の母の所に行って相談してきなさいって言ったら、なんとエプロンドレスを着せられてね?それがまたとても可愛らしいものだから…俺はどうしようかと思ってしまったんだよ」
それで結局どうしたのかは分かりませんが、茶うさぎは思い出の中の何かを眩しそうに見つめています。
「そうそう…先日は、《恋人のキス》をおねだりされて…あれも困ったなぁ……」
茶うさぎの《悩み事》は延々続きます。
緑うさぎは是非ともこの悩みを解決してあげようと思いました。
* * *
「え…?今、なんて言いました?ユーリ……」
その日の夕方、沈み込んだ顔で帰ってきた黒うさぎに驚いた茶うさぎは、一体どうしたのかと尋ねました。
すると…黒うさぎはふるふると震えたかと思うと、漆黒の愛らしい瞳一杯に涙を溜めて
『俺…もうコンラッドの赤ちゃんを産めない身体になったんだ…』
そう言いだしたのです。
「どうして急にそんなことを?何があったのか教えてくれませんか、ユーリ……」
黒うさぎは喉がつかえたように…息をするのも苦しげに、口元へと掌を当てていましたが…ようようのこと事情を口にしたのでした。
「俺…ヨザックに、悪戯されたんだ……」
茶うさぎの胸が…変な具合に捩れました。
地面が崩壊してどぅどぅと崩れていくような…天空が裂けて、星々が大地に叩きつけられていくような…そんな心地がしました。
「俺…俺……嫌だっていったのに……無理矢理…何度も何度も……」
「もう…良いです、良いんですユーリ!何も言わなくて良いです…っ!」
「俺…もう駄目なんだ……もう…コンラッドの赤ちゃんを産むのにふさわしいうさぎじゃなくなったんだ…っ!」
黒うさぎは目が溶け崩れそうな勢いでぼろぼろと涙をこぼしていましたが、茶うさぎの腕が力強く自分の身体をかき抱き、
…その精悍な顔を息が触れるほどの近さまで寄せてきて…
その、薄くて整った唇が自分のそれに押してられると…
漸く悲鳴のような叫びを止めました。
黒うさぎの小さなお口の中の…やっぱり小さな舌が、茶うさぎのさらりとした質感の気持ちよい舌に絡め取られ…吸い上げられると、頭の中にキラキラとお星様が瞬くようでした。
ほんの数秒のことだったのでしょうけれど、初めての不思議なキスに黒うさぎはとろとろにとろけてしまいました。
「こ…コンラッド…これ、なぁに?こんなキス…したことない」
「これはとても親密になった、特別な恋人だけがする特別なキスなんです」
「前の恋人のキスよりも特別なの!?」
「そう…特別な感じがしたでしょう?」
「う…うん、凄くした!頭の中がキラキラってなったよ!?」
「それは、ユーリが俺のとてもとても大切なうさぎだから…特別にしたキスだからですよ。だって、ユーリは俺の赤ちゃんを産んでくれるんでしょう?」
「俺…」
「あなたになにがあっても…誰に何をされても、あなたが大切なうさぎであることに何の代わりもないんですよ?それとも…嫌、でしたか?」
「う…ううん!?そんなことないっ」
黒うさぎは真っ赤になって…そぅっと瞼を伏せると、口元に指を添わせて呟きました。
「特別な…キスなんだね?あれは…俺、凄く凄く嬉しい…っ!俺、まだコンラッドの赤ちゃん産めるんだね?」
「ええ、勿論ですよ」
茶うさぎはそういうと、今度は優しく触れるだけのキスをしてから身支度を始めました。
「ほんのちょっとの間だけ、一人でお留守番が出来ますか?俺はちょっと…どうしてもやらなくてはいけない用事があるんです」
「うん、大丈夫だよ!俺…待ってるっ!」
黒うさぎにもう一度キスをすると、茶うさぎは家を出ました。
行き先は橙うさぎの家です。
携帯品は愛用の剣です。
やることはもう決まっています…。
* * *
一方、黒うさぎは熱い息を吐くと、何だか力の入らない身体をソファに委ねました。
今日、黒うさぎは橙うさぎに《悪戯》をされました。
嫌だと言ったのに…何度も何度も……橙うさぎは黒うさぎをくすぐったのです。
きゃっきゃっと歓声を上げるのが面白いからと、お腹が痛くなるまでやられてしまいました。
今年はぷくぷくパンツを卒業して膝上までの短パンツにしてもらったりして、すっかり大人の仲間入り気分だった黒うさぎにとって、これはとても屈辱的なことでした。
しかも、ぷりぷり怒ってその話を緑うさぎにしたら、とてつもなくショックなことを言われたのです。
『まぁ…可哀相にユーリちゃん!そんな悪戯をされたうさぎには、コンラートの赤ちゃんは産めないんですよ?』
黒うさぎはその身を深い海の中に沈められたような…燃えさかる火の中にくべられたような心地がしました。
一生懸命泣くのを我慢して家まで帰りましたが、茶うさぎの顔を見たらどぅっと涙が出てきました。
でも…茶うさぎは、キズモノになった黒うさぎでも変わらず大好きだと言ってくれるのです。
茶うさぎはなんて素敵なうさぎなんでしょう!
黒うさぎはとても幸せな気分でしたので、そのままソファの上でとろん…と、天国のような夢心地を味わっていました。
そして丁度その頃…橙うさぎは自宅で地獄のような悪夢心地を味わっていました…。
* 緑うさぎは茶うさぎの惚気に相当むかついたようです。ついでに、橙うさぎの悪戯も気にくわなかったようです。そして黒うさぎを可哀相に思いつつも、どうせ茶うさぎがフォローすると思っていたようです *
A橙うさぎのしつけ道
※黒うさぎが故郷に帰る直前くらいの時系列です。
「俺、今日は一人でお風呂にはいるから」
黒うさぎにそう言われた茶うさぎは、目に見えて萎れてしまいました。
それは娘に初めてそういわれた父親のようでもあり、妻にそういわれた倦怠期の夫のようでもありました。
ごく普通の成長過程を辿ったうさぎなら一般的に見られる発言なのでしょうが、茶うさぎはあんまり哀しかったものですから、耳を垂れさせ…瞳を潤ませて上目遣いに聞いてしまいました(この時、茶うさぎはショックのあまり地面に平伏していたのです)。
「どうして?俺のことが…鬱陶しくなったんですか?」
そんな風に聞いてくる大兎は正直ウザがられそうなものですが、茶うさぎが大好きな黒うさぎは、頭が飛んでいきそうな勢いで首を振りました。
「ち…違うよ!今日だけだからっ!」
これは奇妙なことでした。
《今日だけ》と限定するということは、《今日だけ》の事情があるということです。
茶うさぎは眉を顰めると、黒うさぎの肩をそっと掴みました。
「一体どうしたと言うんですか?今日だけ入ることが出来ないって…何かあるんですか?」
「何でもないよっ!」
黒うさぎは茶うさぎの手を振り払って駆け出そうとしましたが、あんまり慌てたせいでころりと転げてしまいました。
「痛っ…たぁ……っ!」
黒うさぎは尻餅をつきましたが、そんなに派手に転んだわけでもないのに目に涙を浮かべて、声を詰まらせていました。
「…!」
お尻に何かあるに違いないと察した茶うさぎが目にも留まらぬ早さで黒うさぎのズボンを下着ごとずりおろそうとしました。
けれど、黒うさぎだって必死です。
寸前のところでズボンを引き戻すと、涙目で訴えてきました。
「駄目駄目!絶対駄目!」
「何故です!?」
「お…お尻…見ちゃヤダ…今日凄く悪いことをしたから、お仕置きをされちゃったんだ」
茶うさぎの頭がくらりと目眩ます。
《悪い仔へのお仕置きに、お尻に何か…》というフレーズが、必要以上に茶うさぎの妄想を掻き立ててしまったのです。
「お尻に何かされたんですか!?一体誰に…」
「い…言えない…」
「なぜ!?」
「だって、言ったらコンラッドはそのうさぎに怒るだろう?コンラッドはちょっと過保護だもん」
友人達にはよく言われることでしたが、とうとう名付け仔自身にまで言われるようになってしまった茶うさぎでした。
「理由がちゃんとしたことで、お仕置きが妥当な内容なら幾ら俺だって怒ったりはしませんよ?」
「本当…?」
「ええ、本当ですよ」
こっくりと茶うさぎが頷きましたので、やっと黒うさぎは事情を話しました。
* * *
実は今日のお昼に散歩をしていると、川の中にとても綺麗な石を見つけたのです。
水の中でキラキラと輝く、それは綺麗な蒼い石でした。
『拾って、コンラッドに見せたら喜ぶかも』
そう思った黒うさぎは、川に入っていきました。
ですが…その川は以前、見た目よりも流れが急なので、茶うさぎにも決して入ってはいけないと言われていた川だったのです。
案の定、脚を掬われて流されてしまった黒うさぎを、危ないところで助けてくれたのが橙うさぎのヨザックでした。
橙うさぎは黒うさぎを岸辺に引き上げて事情を聞くと、初めて見る恐ろしい顔をして、黒うさぎを俯せに自分の膝に載せると、ズボンを引き下ろしてバシコーンっと思いっきり引っぱたいたのでした。
それはそれは物凄い勢いでしたから、黒うさぎのおしりには大きな掌の痕が、指の形までくっきり残っています。
そうやって叩かれたことも痛かったのですが、橙うさぎが口にしたことはもっと痛く響きました。
『馬鹿なことをするんじゃないよ、坊ちゃん!お前さんに何かあったとき、隊長がどうなるか考えたことがあるのかい!?あいつにとっちゃ、お前さんは自分の命よりも大切なんだ。何かあった日にゃ…あいつは自分で自分の命を絶ちかねねぇんだぞ!?』
いつもはおちゃらけていて…何故か黒うさぎに敬語で話す茶うさぎに倣って、少し丁寧な言葉で話しかけてくれる橙うさぎでしたのに、この時は物凄く怖い顔と声で黒うさぎを叱りつけました。
そして黒うさぎにも橙うさぎの気持ちがよく分かりましたので、余計に申し訳ないという気持ちで一杯になったのでした。
橙うさぎはともだちである茶うさぎのことが本当に大切なのです。
だからこそ、こんなに黒うさぎを叱るのです。
『ごめんなさい…ごめんなさい……』
心を込めて一生懸命頭を下げていたら、ぽふっと頭にタオルを掛けられました。
この日は秋の初めの少し寒い日だったのですが、橙うさぎは全身から水を滴らせているくせに、黒うさぎにありったけの布を掛けて拭いてくれました。
そして、今度はとても優しい声で言ってくれたのです。
『お前さんは賢い仔だ。だから、もう絶対にしないよな?』
『うん、しない…絶対にしないよ!』
『うんうん、良い仔だ…。なぁ、坊ちゃん…お前さんに何かあったら、俺も悲しいんだぜ?』
『ヨザックも?』
『ああそうさ、俺だってお前さんが大好きなんだから』
見上げたさきで、橙うさぎがにっこりと笑っていました。
それはいつもよりもちょっと柔らかい…素敵な笑顔でした。
* * *
「…というわけで、俺のお尻にはお仕置き手形がくっきりついてて間抜けなんだ…。だから、コンラッドは絶対見ないでね?」
「そうだったんですか…」
そういうわけなら橙うさぎを抹殺するわけにはいきません(←するつもりだったんだ…)。
黒うさぎの命に関わる躾は、確かにとても強く指導すべき事柄だったからです。
「それなら、ヨザにはお礼を言わないといけませんね。ユーリの命を助けてくれたのと、とても大切なことを教えてくれたのと…」
「そうだよね?ヨザックはその後、泣いちゃった俺にちゅってキスもしてくれたしね」
ぴくり…茶うさぎの眉端が跳ね上がります。
「そんで、俺がまだしょんぼりしてたら《スイッチオン!》って言って、乳首の所を指で押してきたんだ。だから俺もヨザックにやり返したんだよ。俺は5回押されたけど、3回はやり返せたんだ。あんな大きなうさぎにやり返せたんだから凄いでしょ?」
「ほほぅ……乳首を押し合ったんですか?」
茶うさぎは笑顔を浮かべています。
ですが、背後から邪悪な何かが沸き上がろうとしてます。
「うん、面白かったよ。でも、最後にあんまり強く押されて痛かったから悲鳴を上げたら、ヨザックが優しく撫でてくれたんだけど…それは凄くくすぐったかったなぁ…俺、変な声出しちゃった」
「………変な声って?」
「うーん…変なの。《ゃんっ!》みたいな声だったんだ。そしたら急にヨザックが変な顔をして、どっか行っちゃったの…《旅に出る》とか言ってた」
「………それはいけませんね。俺は是非あいつに礼をしたいんですよ…。今から追いかけますから、奴がどちらに逃げ…いえ…旅だったかご存じですか?」
黒うさぎは丁寧に状況を説明すると、足早に駆けていく茶うさぎを見送りました。
そして、しみじみとこう思ったのです。
『やっぱり二羽は仲良しだなぁ…俺とコンラッドも、あんな風にお互いを信用出来る仲になりたいな』
その為には沢山のことを勉強して、賢いうさぎになろう…。
そう誓う黒うさぎでした。
* 橙うさぎは国外逃亡を企てています *
B我が儘ぷー殿下の憤り
※黒うさぎが眞魔国森で茶うさぎと暮らすようになってすぐの話しです。
眞魔国森には三人の王子様がいます。
一羽目は濃灰色うさぎのフォンヴォルテール卿グウェンダル。
次の王様になると言われているうさぎで、行政能力に傑出しています。
前の戦争で無能な宰相が失脚しましたので、事実上この森を治めているのはこのうさぎと言って差し支えないでしょう。
二羽目は茶色うさぎのウェラー卿コンラート。
腕利きの剣士としても、軍隊の指導者としても極めて有能ですが、人間との雑種なので不遇な立場にあります。
そして三羽目は金色うさぎのフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムです。
女王様にそっくりの金色の毛並みに緑の双瞳は大変華麗で、身に纏うものも何時も上等のレースやシルクで作られています。
ただ…育ち盛りは我が儘盛りとはよくいったもので、まだ成兎を迎えていないこの年若い兎は大変な癇癪持ちでした。
今日もあることにとても苛々しております。
『全く…コンラートの奴!あんな何処の誰とも知れない仔うさぎを可愛がってるなんて…!これだから人間との雑種は…っ!』
侮蔑するように上げまくっている罵声は、心の内に留まらず…気がつけば口から溢れだしていたものですから、聞いていたグウェンダルは眉根をぴくりと寄せました。
「落ち着け…あんな仔うさぎに大兎(おとな)げないぞ?」
「だって…コンラートの奴、あんなにへらへらして…っ!目なんてトロトロにとろけてるし、唇なんてにやにやしてるし…っ!」
「ではお前は、あいつがこの森を出る直前のような様子に戻れば落ち着くというのか?」
腹に響く重低音は…弟には優しいこの兄が、珍しく本心から怒りを覚えていることを示していました。
「そんなことは…っ!」
瞬間…瞳を潤ませた弟の様子に、兄の瞳が少し和らぎました。
結局、この金色うさぎは拗ねているだけだと言うことが分かったからです。
金色うさぎは幼い頃、優しい次兄にとても懐いていました。
何処にでもついて行って、《小さいあにうえ》と呼んで慕っている様は見る者の心を和ませたものです。
ところが…前の宰相だったシュトッフェルが《国威昂揚の為》と称して《純血種の優秀性》等という根拠のない理論を打ち出したことが、もともとこの森の根底にあった差別意識を表出させてしまったのです。
純粋なヴォルフラムは人間のやった酷い所行…《うさぎを浚って見せ物にしたり、慰み者にしたりする》…といった事柄を教えられて慄然としたのです。
『もうお前をあにうえなんて呼ぶものかっ!お前なんか大っ嫌いだ!!』
その言葉を叩き付けられたときの茶うさぎの表情も…それを見た金色うさぎの表情も、生涯…濃灰色うさぎの脳裏から消えることはないと思われます。
『シュトッフェル…お前は何度死んでも償えないくらいの罪を負うているんだぞ?』
濃灰色うさぎは…血が出んばかりに強く、拳を握りしめました。
* * *
『この僕がじきじきに、あのちっぽけな黒うさぎに物申してやるべきだ!』
具体的に何を言ってやるつもりなのかは決めていませんでしたが、金色うさぎはこの憤懣やるかたない思いを叩き付けるべく、黒うさぎの姿を探しました。
黒うさぎはこの森にやってきたばかりで土地勘があまりないのですが、好奇心旺盛な性質のせいか、気がつくとちょろちょろと一羽でお出かけをしてしまいます。
この日も、茶うさぎが濃灰色うさぎのもとで軍隊の所属と給与問題についての手続きをしているあいだ、
『お留守番をしていて下さいね』
と言われたのですが…お天気は良いし気候は穏やかだし…森の梢は誘いかけるようにさざめいているものですから、ついつい一羽でお散歩に出かけてしまいました。
金色うさぎは黒うさぎが家を出た後、まずはこんな小さなうさぎが一羽で出かけることについて物申してやろうと思ったのですが、身軽な黒うさぎは思いのほか素早く移動していきます。
『こ…このぉ…仔うさぎの分際で…っ!』
金色うさぎはぜいぜい言いながら後を追いかけました。
やっと追いついたと思ったら、黒うさぎは綺麗な華を見つけてニコニコ顔で香りを楽しんでいます。
その表情があんまり邪気のない…愛らしいものだったものですから、ついつい見惚れてしまった金色うさぎは、次の瞬間にはそんな自分に腹を立てていました。
『なぁーにが可愛いだっ!か、可愛くても品がないんだ、品が!』
地団駄踏んでいると、その間にまた黒うさぎが移動してしまいます。
『どれだけ動くつもりだ!?全く…こんな森の中で迷子になったらどうするつもりだ!』
段々…文句を言っているのか、心配しているのか分からなくなってきました。
案の定…やっと見つけた黒うさぎは、木陰から現れた灰色マントの大男に身体を掴まれ、持ち上げられているところでした。
「貴様!こんな小さなうさぎに何をするつもりだ!!」
金色うさぎは思わず…純粋な怒りに駆られて剣を抜くと、大男に向かって突進していきました。
「おおっと…」
大男は難無く剣先をかわすと、金色うさぎの手首に軽く手刀を打ち込みました。
「うわっ!」
金色うさぎは剣を取り落としました。
けれど…金色うさぎは普段の彼ではありませんでした。
この…小さな黒うさぎをこんな男に渡すわけにはいかないのです。
だって、この仔うさぎは茶うさぎが可愛がっているうさぎなのです。
戦争で傷ついて、ずっと表情を失っていた兄の…大事な大事なうさぎなのです。
「その仔を放せ…放せぇっ!!」
我を忘れた金色うさぎは、貴族の礼儀正しい戦いでは決してやらない不作法な方法で…けれど、いま金色うさぎに出来る限りの方法…口を大きく開いて噛みつくというやり方で、大男に挑んだのでした。
「うぉっとぉ…おやおや、ビーレフェルトの坊ちゃんは雄の戦い方ってもんが分かってきましたね?」
からかうような…けれど、幾ばくかは紛れもなく敬意を忍ばせた声が、金色うさぎの記憶の枝に引っかかりました。
「グ…グリエ・ヨザック?」
「はぁ〜い、グリエちゃんよぅ!隊長に頼まれて、この坊ちゃんのお留守番のお供をする筈だったんですがね、家に行ってみりゃもぬけの殻でしょ?心配して探してたんですよ」
「な…」
緊張が一気に解けたせいか、金色うさぎの身体からはへなへなと力が抜けてしまいました。
橙うさぎのヨザックといえば、茶うさぎの友人で濃灰色うさぎの部下ではありませんか。
「誰ぁれ?」
黒うさぎがきょとりと小首を傾げます。
「こちらは隊長の弟君のヴォルフラム殿下ですよ。多分、坊ちゃんが俺に浚われると思って助けに来てくれたんでさ」
「俺を助けてくれようとしたの?」
黒うさぎはヨザックの腕から降ろして貰うと、ぴょこんっと弾むようにしてお辞儀をしました。
「ありがとうね!俺のためにありがとう!俺…すぐにヨザックだって分かったけど、最初はマントで誰だか分かんなかったから凄く怖かったんだ。助けに来てくれて凄く嬉しかったよー」
お日様みたいに開けっぴろげな笑顔が、心のままの思いを素直に伝えてきます。
「お前…コンラートの養い仔だろう?」
「お前じゃないよ!ユーリだよ。コンラッドが付けてくれた名前だよ。良い名前だろ?」
誇らしげに、黒うさぎは胸を張って言います。
それは…ずっと前の、金色うさぎのようでした。
『僕は小さなあにうえが大好きだよ!』
問われれば、誰にでも胸を張って答えたものです。
ずっとずっとそのようでいられたら、どんなに良かったことでしょう。
そうしたら、きっと茶うさぎを傷つけることもなかったのに…。
金色うさぎは、なんだか泣きたくなってきました。
「お前…ユーリ…は、コンラートが好きなのか?」
「もちろん、大好きだよ?」
「あいつが…どんな生まれでも?」
金色うさぎの問いかけに、黒うさぎの漆黒の瞳が…ぴよ…っと見開かれます。
その色はまるで、澄み切った夜空をそこから覗いているようだ…と、金色うさぎは思いました。
つぶらでとても愛らしいのに…見つめられると心の底に隠しているものまで見つかってしまいそうです。
「それは…コンラッドが半分人間だってこと?」
「…知っているのか」
「うん…コンラッド、本当はね、この森に帰ってきたとき、俺をおいていこうとしたんだよ。そんで、また旅に出ようとしてたんだ。俺は…俺が邪魔っけなのかと思って凄く悲しかったけど、そうじゃなかった…コンラッドはね、半分人間だから、いつか俺に酷いことをするかも知れないからって…そんなことで俺をおいていこうとしたんだ」
黒うさぎは瞳を潤ませて…それでもきっと前を見据えて喋ります。
それはまるで、今ここにいない茶うさぎに言い聞かせるかのようでした。
「そんなのおかしいよね。いつかするかも知れないなんて、誰にも分かんないもん。それに、人間だから絶対酷いことをするわけでも、うさぎだから絶対悪いことをしないなんてことないよね?」
「そうだ…ああ、そうだ……」
「うん…だから、俺は言ったんだ。コンラッドは俺に酷いこと何かしない…でも、もしもすることがあったって、俺はやつぱりコンラッドが大好きだよって」
金色うさぎは、泣きそうになりました。
金色うさぎには出来なかったことを、この仔うさぎはやったのです。
羨ましくて…でも、黒うさぎがそうしてくれたことがとても有り難いことのようにも思えて…泣きそうな顔を両手で覆いました。
「ヴォルフリャム…お腹痛いの?」
「ヴォルフラムだ!」
「ヴォル…?」
「ヴォルフで良い!」
「ヴォルフ」
「そうだ!」
「ヴォルフー」
「なんだ?」
「名前、面白いねぇ。ヴォルフ」
「面白いんじゃない!高貴で華麗な名前だろうが!」
「良く分かんないけど、俺は好き。ヴォルフ、ヴォルフ!」
「…ふん……」
舌っ足らずな黒うさぎの声が、何度も面白そうに金色うさぎの名前を呼びました。
そうされると、くすぐったいような…暖かいような気持ちが溢れてきて、金色うさぎの中にあった泣きたいような気持ちは、何処かに飛んでいきました。
* * *
「今日はねぇ、コンラッドの弟のヴォルフに会ったよ」
夕飯時に、黒うさぎは今日あったことを茶うさぎに報告しました。
「ヴォルフに…ですか?」
茶うさぎの顔には微かに…苦い色が浮かびました。
もしかして、黒うさぎが何か嫌なことをいわれでもしたのかと思ったのです。
「うん、あのね…俺、一羽でお留守番が出来なくて、ついお散歩に出ちゃったんだ。そんで、ヨザックに捕まったのを悪者に捕まったと思ったみたいで、助けに来てくれたんだ。凄かったよー。ヨザックは大きくて力も強いのに、剣を落とされても噛みついて戦ってくれたんだ」
「ヴォルフが…?」
茶うさぎは驚きに目を見開きました。
「うん。そんで、お別れの時にコンラッドには言うなよって言われたんだけど…後でヨザックがこう言ってたんだ」
『必ず言っておあげなさい。絶対に隊長は喜ぶし…結果的には、あのプー殿下にとっても良い事になりますからね』
橙うさぎは、とても優しい瞳でそう言ったのです。
ですから、普段は約束を重んじる黒うさぎも…金色うさぎとの約束をどうしても破らなくてはならないと思ったのです。
実際、その言葉を聞いた後の茶うさぎの表情はとても軟らかくして暖かくて…見ている黒うさぎの心までほっこりしたのでした。
『いいか、ユーリ!お前は絶対にコンラートの事を嫌いなんて言っちゃ駄目だぞ!あいつはああ見えて、凄く落ち込むタチなんだ。だから…絶対に言っちゃ駄目だぞ!僕は…あいつが無駄に落ち込んでいる顔を見るのが大嫌いなんだ!いいか、絶対だぞ!!』
* 『黒と茶うさぎが夫婦になってしまい、三男殿下の立場はどうなるのでしょう…』という指摘を拍手文で頂いたのですが、まぁ…こんな感じ?今のところ黒うさぎを嫁にしようとかは考えてないっぽいです *
Cあみぐるみ閣下とちっちゃな黒うさぎ
※黒うさぎが茶うさぎと眞魔国森で一緒に暮らし始めた頃の話です。
「グウェン、こちらが俺と暮らすことになったユーリだよ」
「こ…こんにちは!」
茶うさぎに紹介された黒うさぎは、舌っ足らずな声で精一杯礼儀正しく挨拶すると、ぴこぴんっと勢いよく上体を曲げてお辞儀をしました。
何しろ、この濃灰色うさぎは茶うさぎの兄さんなのです。
絶対嫌われたくなんかないものですから、黒うさぎは一生懸命でした。
もしも嫌われたりして、
『あんな不作法な仔を引き取ってはイカン!』
等と言われたら大変です!
茶うさぎと一緒にいられなくなりますからね。
「ふむ…随分と小さいな…。それに、黒とはまた珍しい…」
濃灰色うさぎのグウェンダルは、とってつけたような…尤もらしいことを言ってはうんうんと頷いていますが、内心はこの愛らしい仔うさぎを抱きしめたい気持ちで一杯でした。
まろやかでふっくらとした桃色のほっぺに頬ずりしたい…。
ふくふくの耳を撫でつけたい…。
…けれど、それはどれもこれも強面の濃灰色うさぎのキャラクターに一致していません。 そんなことをすれば見ているうさぎは皆ぎょっとするでしょうし、何より、相手の黒うさぎが怖がって泣いてしまうかも知れません。
ですから、濃灰色うさぎは必死で歯を食いしばり…眉間に皺を寄せて我慢しました。
その様子が余計に怖かったのでしょうか?
黒うさぎは怯えたように耳を伏せると、ぴるぴると震わせています。
「閣下!お話中失礼します。取り急ぎご報告したい件があるのですが…」
「分かった、第3会議室で待て。…コンラート、悪いがここで暫く待っておいてくれ」
「ああ、分かったよ」
濃灰色うさぎが出て行くと、可愛らしいメイドさんがお茶菓子と紅茶を用意してくれました。
暫く二羽でお茶と会話を楽しんでいると、今度は茶うさぎが呼ばれました。
なんでも、黒うさぎを引き取るために必要な書類の記載事項について、2、3確認したいことがあるのだそうです。
「すみません、ユーリ…一羽で寂しいかも知れませんが、俺の焼き菓子も食べて良いですから、ここで待っていてくれますか?」
「うん、待っとく」
こっくりと頷いた黒うさぎでしたが、焼き菓子をお腹一杯食べ、お茶も胃袋がたぽたぽになるほど飲んでしまうと、急に手持ちブタさんになってしまいました。
それに、お天気も急に悪くなってきたみたいです。
窓から見える空は暗い色の雲で俄にかき曇り、折からの強風で窓枠がガタガタと震えます。
なんだか寂しくなって、小さな声で茶うさぎの名前を呼んでみましたが、帰ってくる気配はありません。
大きな声で呼んだりしたら、一羽で待つことの出来ない堪え性のないうさぎだと思われるかも知れませんので、それはできません。
心細くなって縮こまっていると…ふと、部屋の中にどーんと置かれた重厚な机の…これまた大ぶりな引き出しから、ちょろりと親しみの湧く色合いが覗いているのに気付きました。
『勝手に見たりしたら怒られるかな?でも…』
大好きな茶うさぎの髪の色と同じ色の布がどうしても気になって、悪いこととは知りつつも、そぅ…っと引き出しを開けてみました。
すると…引き出しの中にはぎっしりと、不細工な編みぐるみと…とても綺麗に縫われた縫いぐるみとが詰まっていたのです。
「うわぁ!」
一際大きな縫いぐるみは、茶色いうさぎの人形でした。
黒うさぎよりちょっと小さい大きさは抱きしめるのに丁度良くて、腕の中にスッポリと収まります。
「わぁわぁ…!コンラッドみたい!!」
ぎゅうぎゅう抱きしめると…ふんわりと良い香りがして、黒うさぎの鼻腔を擽ります。
ふわ…と柔らかな眠けに包み込まれると、黒うさぎはその場でコテ…と、横になってしまいました。
* * *
「おい、コンラート。…ん、いないのか?」
濃灰色うさぎが部屋に帰ってくると、床の上に思いがけないものを発見しました。
『ち…ちっちゃい黒うさたんが縫いぐるみを抱っこしてねんねしてる!?』
自分と同じくらいの大きさの縫いぐるみを抱いた黒うさぎは、見ようによっては縫いぐるみに抱っこされているようにも見えます。
『な…なんと可愛いらしい……っ!』
あまりにも可憐なその姿にうっとりと見惚れた濃灰色うさぎは、我を忘れてしゃがみ込むと、黒うさぎの寝姿を穴が開くほど凝視しました。
「ん…ん……」
耳をひくん…と震わせて黒うさぎは目覚めると、至近距離にある大きなうさぎに心底吃驚してしまいました。
「わぁあっ!?」
がばっと身を起こした拍子に、黒うさぎは縫いぐるみを抱えたままころんと尻餅をつきました。
「おい、大丈夫か?」
優しく抱き起こしてくれたうさぎが濃灰色うさぎだと分かると、黒うさぎはうるりと目を潤ませました。
「ゴメンなさい…勝手に縫いぐるみを出したりして…」
怒られるのを覚悟してぎゅうっと瞼を閉じたら、ほろりころりと涙の粒が頬を転げ落ちていきました。
「泣くな…謝らなくても良い。それはもともと…お前にやろうと思っていたものだ」
濃灰色うさぎはぶっきらぼうに言いました。
「え…?」
目を開けておそるおそる様子を伺うと、濃灰色うさぎは相変わらず眉間に皺を寄せていましたが、怒っている風ではありません。
よくよく見ると、困っているようにも…恥ずかしがっているようにも見えます。
「これ…もしかして、お兄さんが作ったの?」
「………………おかしいか?」
濃灰色うさぎの皺の数と深みが増して恐ろしい形相になりましたが、黒うさぎはもうそんなに怖くはありませんでした。
「なんで?ちっともおかしくなんかないよ。上手だよ?」
一針一針…丁寧に縫い込まれた縫いぐるみはとても上等な仕上がりで、綿の入り具合も絶妙です。
正直な話、何故編みぐるみの方があんなに不細工なのかよく分かりません(後で聞いたところ、縫いものは設計図を正確に作ってから裁断・縫製を行うのですが、編みぐるみは気持ちのままに編み上げるのでそうなるのだそうです)。
「いや…縫いぐるみの仕上がりの話ではなく…俺のような大きい雄うさぎが、そういう作業が好きなのはおかしいとは思わないか?」
「ううん?何が好きでもそのうさぎの自由だし、誰にも迷惑なんてかけないし、その上とっても上手なんだから凄く良いことだと思うけど?」
けれど、目の前の濃灰色うさぎにはとても気に掛かることのようです。
誰かが何かを言うかも知れないことが、とても気になるたちなのでしょうか。
「お兄さんはコンラッドに似てるね」
「俺がか?」
「うん、コンラッドもね。時々凄く気になるんだって…。あのね、自分が人間との雑種だから、俺と一緒にいたら、俺がサベツされるんじゃないかって気にしてたんだ」
「……そうか。あいつはやはり…気にしているのだな……」
何かを吹っ切ったように飄々とした風情を漂わせてはいるものの、やはり弟の中には強い蟠(わだかま)りがあるのだと思うと、濃灰色うさぎの心は酷く痛みました。
「うん、時々ね…凄く気になるみたい。それこそおかしいと思うんだけどな」
「……お前に、あいつの拘りを《おかしい》と思う権利があるのか?」
少し苛ついて濃灰色うさぎが唸るような低音を出しましたが、黒うさぎはひるみませんでした。
「だって俺はコンラッドが大好きだし、一緒にいたんだもん!コンラッドも一緒にいたいって言ってくれるんだ。だから、誰が何を言っても一緒にいるのが良いことなんだと思うんだよ。だって、何処の誰が変なことを言うかどうかよりも、俺たちが幸せかどうかの方が大事だもんっ!!」
開けっぴろげな好意の念…
幼いと言えばそこまでですが、それでも…茶うさぎに必要だったのは、そういうものだったのかも知れない…濃灰色うさぎはそう思いました。
茶うさぎだけではありません。濃灰色うさぎにしても、末弟の金色うさぎにしても…体面とか面子とか…そんなものを気にして動きが取れなくなっていたのではないでしょうか?
お互いを思う気持ちはとても沢山あったのに、どうしても素直に…そのままの思いを相手に使えることが出来なかったから、この三兄弟はこんなにもややこしいことになってしまったのではないでしょうか?
「違う?」
「……違わない、な……。お前の言うとおりだ」
真っ黒な髪を撫でつけてやると、黒うさぎは誇らしそうに鼻を鳴らしました。
「俺は…どうも不器用なたちらしい」
「え?とっても器用だと思うけど…」
「手先の問題ではない。俺は…気持ちを相手に伝えるのが、多分…とても下手くそなのだ」
「ふぅん…」
「コンラートにも…本当は色々言ってやりたいことも…やってやりたいこともあるのだが、なかなか上手く行かない。今日も…その人形にラッピングして渡してやろうと思っていたんだが…リボンを結んでいるうちに恥ずかしくなってな…引き出しに突っ込んでしまったのだ」
「ええ!?こんなに綺麗に縫えてるのに!?勿体ないよ!俺にくれるんだったら大事にするよ?」
《恥ずかしい》の意味が微妙に勘違いされている気がしましたが、訂正するのも恥ずかしいので止めました。
「…大事にしてくれるか?」
「うん、コンラッドにもちゃんと伝えるよ。お兄ちゃんはこれを用意して待っててくれたんだって…」
「…………………いや、それはいい……」
「駄目だよお兄ちゃん。気持ちは言えるときに言っとかないと凄く後悔するもんだよ?」
いっぱしの口をきく黒うさぎに苦笑しましたが、不思議と嫌な気持ちはしませんでした。
確かに、濃灰色うさぎは身に染みてその事を知っていたのです。
あの戦争でぼろぼろになった弟が、真っ青な顔をして…包帯だらけでベットに横たわっていたとき…一瞬…濃灰色うさぎは弟が死んでしまったのかと思ったのです。
どうして何もしてやれなかったのか…
どうして何も言ってやらなかったのか……
そんなことがぐるぐると渦巻いて、物凄く胸が苦しかったのです。
けれど…茶うさぎが意識を取り戻すと、やっぱり恥ずかしくなって何も言えなくなりました。
確かに、何処かで踏み切らないことには何時までも平行線のままかも知れません。
「そうだな…頼んで、いいか?」
「うん!必ず伝えるよっ!!」
黒うさぎはどんっと小さな拳で胸を叩くと、強く叩きすぎたせいで咳き込みました。
「おい…大丈夫か?」
「…けふっ……っ…だ、大丈夫!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、黒うさぎはこくこくと頷きました。
濃灰色うさぎは、そんな黒うさぎの様子にくすりと微笑みました。
それは初めて見る…とても柔らかな微笑みでした。
「えへへ…」
「ふっ……」
お互い笑い合うと、暫くの間、二羽は色々な話をしました。
旅の話やこれからの暮らし…色んな事に濃灰色うさぎは丁寧に応えてくれましたので、とても楽しいひとときでした。
ですが…そのうち黒うさぎはうつらうつらとまた眠気に襲われ始めました。
なにしろ、小さなうさぎというものは、それはそれは沢山の眠りを必要とするものですからね。
「眠いのか?」
「うん…」
「それでは、眠ると良い」
「うん……」
濃灰色うさぎに抱っこされた黒うさぎは、そのまますぅすぅと健やかな寝息を立て始めました。
濃灰色うさぎは黒うさぎを抱っこしたまま長椅子に腰掛けると、その背もたれに上体を預けました。
腕の中ですやすやと眠る小さくて暖かい…生命の息吹そのものの熱量が、濃灰色うさぎの心を暖かく満たしていきます。
その感覚に初めて…濃灰色うさぎは、自分がとても乾いていたことに気付いたのでした。
「暖かい…な」
濃灰色うさぎの瞼もまた…知らず知らずのうちにとろりと落ちていきました…。
* * *
「おやおや…」
思いのほか手続きに時間が掛かり、黒うさぎが寂しがってやいないかと心配しながら帰ってくると、茶うさぎは思わず吹き出しそうになりました。
らしくもなく…とろけそうな顔になった兄が、仔うさぎを抱っこして眠っているのです。
「ふふ…妬けてしまいますね」
そんなことを言いながら長椅子に腰掛けた茶うさぎでしたが、起こす気はさらさらないらしく…ニコニコしながらその様子を眺めました。
きっと、起こしたりしたら兄は物凄い渋面を作って黒うさぎを手放すでしょうから…。
「グウェン…ユーリは癒されるよね?」
その効能をよく知っている茶うさぎは、ほんのちょっとの間だけ黒うさぎを貸してあげることにしました。
茶うさぎは、濃灰色うさぎが普段…とても大きな重責に耐えて仕事をしているのを知っていましたので、少しくらいは心からゆっくり出来る時間をあげたかったのです。
「でも、貸してあげるだけだからね?」
『引き取りたい』
等と言われたら、当然…断固として戦うつもりでいる茶うさぎなのでした。
* グウェンダル…好き……っ!三男のファンの方には申し訳ないのですが、やはり書いてて楽しいのは次男の次に長男です…っ!その次がお庭番。あ、陛下は別格です。やはり、陛下絡みでないと誰がいたとしても楽しくはないです *
Dお月さまと村田と黒うさぎ
※『黒うさぎ故郷に帰る』の後の話です。
秋のお月様は一年で一番綺麗に大きく見えますから、どこのうさぎ達もそれはそれは楽しみにしてお祝いするのですが、それは地球森でも一緒で…そのお月様の時期に合わせて、《月祭》をおこないます。
みんなこの森の民族衣装である綺麗な浴衣に身を包み、団扇をもってお出かけするのです。
大人達は酒を楽しみ、子ども達はテキ屋の他愛のないゲームを楽しんだり、露店で売られるみたらし団子や焼き栗、焼き芋に舌鼓を打つのを楽しみます。
今年初めて《月祭》に参加することになった黒うさぎのユーリは、朝からそれはそれは楽しみにしていました。
《お祭り》と名の付くものは基本的に好きですし、母さんうさぎが約束してくれた《素敵な浴衣》というのもとっても楽しみだったのです。
わくわくしながら待っていると、母さんうさぎが持ってきたのは濃い水色の生地に赤と黒のお魚が泳いでいる浴衣でした。そしてそれを着付けた上に、くしゅくしゅの蒼い布を帯が割に巻いて、腰のところでふんわりとリボン型に結ってくれました。
「やぁん!やっぱり可愛いわぁゆーちゃんっ!!」
「可愛い、可愛いぞゆーちゃんっ!!」
「とっても愛らしいですよ、ユーリ」
みんなは口をそやして褒めてくれますが、どうも他のうさぎが身につけている浴衣と様相が違うのが気になるところです。
茶うさぎが着ている浴衣は海老茶色の落ち着いた生地で、特に模様などはありません。
けれど、さらりとした着こなしや鮮やかな裾捌き…何よりも広い肩幅としなやかな体躯が綺麗なラインを描くものですから、とっても素敵な男ぶりです。
『コンラッドはやっぱり格好良いなあ…』
黒うさぎは、ぽぅ…っと頬を染めて、うっとりと大好きな茶うさぎを見上げます。
こんな素敵なうさぎが、黒うさぎの《夫》なのです。
もっとも、流石に黒うさぎが小さすぎますので、《祝言は16歳になってからだぞ!?》と、父さんうさぎに涙目で訴えられています。
でも、黒うさぎの心の中ではすっかり、茶うさぎは大切な大切な《旦那さん》になっているのです。
『えへへ…凄いなぁ、嬉しいなぁ!俺たち、みんなに《良いよ》って認めて貰って、ずぅっと一緒にいられるんだ!』
黒うさぎは思わず沸き上がってくる、ふくふくとした喜びに真っ黒な瞳をキラキラと輝かせました。
一方、茶うさぎの方も黒うさぎの事ばかり見つめています。
二人で連れ立って歩いていく間も、道の障害物や不穏な気配に対する探査には小脳や脳幹部分、大脳基底核といった意識に登らないエリアで対処し、体性感覚領や視覚野、聴覚野といった領域は、黒うさぎの姿や声を捉えるためにだけ使っていました。
『ああ…俺のユーリはなんて可愛いんだろう!』
小さくてふっくらとした唇には母さんうさぎの手によって淡く紅が差され、とぅるんとした桜色に染まっています。
お祭りの話等をして口が開かれるたびに、ぴょこぴょこと垣間見える白い歯も大変愛らしいです。
そして…月明かりに照らされた瞳はきらきらと瞬き、時々うっとりとしたように茶うさぎを見つめます。
『こんなに可愛いうさぎが俺の《お嫁さん》なんだなぁ…』
それを考えると流石に頬が染まってしまいます。
勿論、《みんなに認めて貰える》というのはとても嬉しいことなのですが…流石にこの年の差です。
何だか申し訳ないような気持ちが今でもあるのです。
「やぁ、相変わらず仲睦まじいねぇ…」
にっこりと笑顔を浮かべた黒うさぎの村田が、手を繋いだ二羽の姿に益々その笑みを《強め》ます。
《深め》ますでなくて《強め》ますなのは、微笑みの種類がそういった手合いのモノだからです。
そういった手合い…というのは、普通に嬉しくて笑っている訳ではない…ということです。
「よぉ、村田!お祭り楽しみだね!!」
手を離してたたっとユーリが駆け寄ってくると、今度は村田も年相応の…ほんとうの笑顔で微笑みました。
「一緒に団子食べようよ!俺、母さんにお小遣い貰ったんだ!一杯貰ったから奢ってやるよ!」
「太っ腹だねぇ」
赤い蝦蟇口財布を抱えてそう言う有利に、村田はにこにこと…今度は笑みを《深め》て応えます。
「ねぇ渋谷、僕と手を繋いでくれる?」
「手を?」
きょと…と、可愛らしく有利が小首を傾げます。
「うん、一羽でお祭りに行くの…ちょっと寂しいんだ」
村田が儚げな微笑みを浮かべるものですから、有利は胸がきゅう…となりました。
村田には父さんうさぎも母さんうさぎもちゃんといますが、早くから大人の言葉を喋り、自分達よりも昔のことを知っている息子を扱いかねて、すっかり放任主義になっているのです。
ですから…きっとそのせいで、今日もお祭りだというのに村田は普通の服を着ているのです。
有利はじわ…と涙が込み上げてくるのを堪え、ごしごしと目元を手の甲で擦りました。
そして、何とかしてこの友達を元気づけようと決心しました。
「し、渋谷…何してるんだい!?」
「ユーリ!?」
珍しく村田が慌て、茶うさぎも吃驚して声を上げました。
有利が突然浴衣を脱ぎだしたのです。
秋の夜は少し冷えるというのに、有利はぱっぱと浴衣を脱ぐと笑顔で村田に差し出したのでした。
「村田、お祭りにこれ着て行けよ!きっと似合うよ?」
にこにこと…今夜のお月様のようにまんまるな笑顔が、ふんわりと村田の心を包み込みました。
ひゅ…と吹いてきた風に、有利のほっそりとした身体がふるりと震えます。
そのすっぽんぽんの身体を、村田のマントが覆いました。
「ううん…それはやっぱり渋谷が着ると良いよ。僕は急用を思い出したから、君はもう一度浴衣を着付けて貰って、ウェラー卿と一緒にお祭りに行くんだ」
本当は…ちょっぴり寂しい夜だったものですから、仲睦まじく連れ立った二羽が羨ましくて仕方なくて…邪魔してやろうと思ったのです。
ですが…ともだちは心の底から村田を思いやって、折角の浴衣を着ろというのです。
幾ら村田とはいえ、こんなお月様のようなともだちにこれ以上意地悪をすることなど出来ませんでした。
でも、そんな村田の笑顔がしんみりと寂しそうに見えたものですから、有利ががんとしてその申し出を受け付けませんでした。
「こんなに素敵なお月様が出てる夜だもの、用事なんて明日になってからしたらいいよ!ねぇ、行こうよ村田!きっと楽しいよぅ…みたらし団子とか林檎飴…射的に独楽回し…一緒に行こう、ね?」
「そうですよ、折角ですから一緒に行きましょう?」
茶うさぎはそういうと、浴衣を抱えたマント姿の有利と、村田とをひょいっと両肩に載せたのでした。
「わぁ…凄いねぇ!高ーいっ!」
「ウェラー卿…良いのかい?」
「ええ、勿論ですとも。あなたが一緒の方がきっとユーリも楽しめます。お祭りの日はみんなでいるのが楽しいものですからね」
茶うさぎは柔らかな笑顔を浮かべて請け合いました。
その端正な横顔もまた…冴え冴えとしたお月様のように綺麗でした。
「ねぇ、行こうよ村田!」
「うん…そうだね、行こう…かな?」
「うんうん、行こう行こう!」
可愛らしい仔うさぎを二羽載せた精悍な茶うさぎ…その何とも微笑ましい姿は、《月祭》を訪れたうさぎ達の良い語りぐさになったのでした。
* 意外と微笑ましい展開になってしまいました。村田が出てくるのでもっと黒っぽい話になるかと思ったのですが… *
E黒うさぎと赤い悪魔の魔法の薬
※黒うさぎが故郷に帰る前の話です。
ある日、黒うさぎはとんでもなく不愉快な出来事に遭遇しました。
街で綺麗な娘うさぎにとても意地悪なことを言われたのです。
「コンラート様は本当にお優しいわ…あなたみたいな小さな仔うさぎを一羽で育てられるなんて!でもねぇ…あなた、ずぅーっとコンラート様を独占しているでしょう?だから、あなたがこの森に来てからというもの、コンラート様はお祭りの時でさえ誰とも踊らないのよ?ねぇ…今年はあなた、もう随分と大きくなったんだし…収穫祭にはお友達と行ったらどうかしら?コンラート様はダンスの名手なのよ?きっと踊れないことを寂しく感じてらっしゃる筈だわ…!」
「…っ!」
黒うさぎは自分の知らないことを言われてぐぅ…っと唇を噛みしめました。
去年、ダンスに興じるうさぎ達に誘われても片っ端から断っていく茶うさぎにどうしてかと聞いたら、《不調法なもので…ダンスは苦手なんです》と、言っていたのに。
あれは嘘だったのです。
でも…その嘘はきっと、黒うさぎのためのものだったのでしょう。
まだ小さいのに好奇心旺盛で、ちょろちょろとどこに行くか分からない黒うさぎが賑やかな場所で迷子にならないように、踊るのを我慢していて…しかも、そのことを黒うさぎには知られないようにしていたのです。
優しくて大好きな茶うさぎ!
でも…この娘うさぎが茶うさぎと踊るのだと思うと胸が苦しくって、涙が出そうになります。
「コンラッドは…今年はダンスを踊るよ!」
「まぁ…」
「勘違いすんなよ!?コンラッドは他のうさぎと踊るんだ!あんたみたいなうさぎとは絶対に踊らないんだからな!バーカバーカ!!」
実に子どもらしい捨て台詞を残し、黒うさぎは駆け出しました。
* * *
向かった先は赤い悪魔こと、赤うさぎフォンカーベルニコフ卿アニシナの元です。
「ほほほほほほほほほほほほほ!」
高笑いを上げつつ爆音と共に迎えてくれた赤うさぎは、涙を溜めてお願い事をしてきた黒うさぎに何とも言えぬ笑みを浮かべました。
「おやおや…ユーリちゃんにも私の高邁な実験に対する理解が漸く深まったようですね…良いでしょう!それでは、私の最高傑作《トンデモ八分歩いて十分一夜限りの大人気分》を貸与して差し上げましょう!」
「あ…ありがとうアニシナさんっ!」
噂に聞いていた魔法薬です。
以前から早く大きくなりたいと願っていた黒うさぎは、そういうものをアニシナが作っていると聞いて使いたいと茶うさぎに相談したのですが、彼は真っ青になって《絶対止めてください!》と絶叫したのです。
なんでも、赤うさぎの作る道具や薬品は効能もある代わりにとんでもない副作用が往々にして存在するのだそうです。
でも、今回はなんとしてもあの失礼な娘うさぎが茶うさぎと踊ることを阻止しなくてはならないのです。
「時にユーリちゃん…。この薬を使うことに保護者の賛同は得ていますか?」
「う…」
正直な性分の黒うさぎは言葉に詰まりました。
「ふぅむ…その分だと得ていませんね?私の研究は何しろ高邁なものですから、保護者の承諾を得られないような仔うさぎに使用させることは出来ませんね」
「…だ、駄目……?」
真っ黒で大きな瞳が見る間に潤み、じぃ…と見上げてくる様は大変愛らしく…さしもの赤い悪魔もぐらりと来ましたが、このうさぎはそこらそんじょの雄うさぎに比べるとそういった誘惑には強いタチでしたので何とか踏みとどまりました。
「駄目です!」
「そう…」
へて…と耳を寝かせ、しょんぼりと肩を落としてしまった黒うさぎにぐらんぐらんと来ますが、それでも表情を変えない赤うさぎは大したものです。
「さあ、お帰りなさい」
「はい…」
黒うさぎがとぼとぼと帰って行くと、赤うさぎは魔法の道具の一つを取り出しました。
それは、通信機能をもつ道具でした…。
* * *
とうとう収穫祭の日が来ましたが、黒うさぎは大兎になれないままです。
あの娘うさぎとは踊って欲しくありませんでしたが、ダンスの名手だという茶うさぎがお祭りを楽しめないのはとても心苦しい気がします。
「あのさ…コンラッド……」
ノックをして茶うさぎの部屋に入った黒うさぎは、吃驚して目を見開きました。
そこには…茶うさぎにそっくりの…小さな仔うさぎがアオミドロ色の顔色でしゃがみ込んでいたのです。何故か服もぶかぶかで寒そうです。
「だ…大丈夫!?」
「平気…です、ユーリ……」
仔うさぎらしい軽やかな声質でしたが、それはどこか聞き覚えのあるフレーズで…黒うさぎは益々大きく目を見開きました。
「こ…コンラッド!?」
「はい、アニシナの…《二歩進んで三歩下がるぶら下がり健康君R》とかいう薬で、一晩だけ小さくして貰ったんです」
「ど、どうして…」
「あなたが、俺と踊るために内緒で大きくなる薬を手に入れようとしていたと聞きました…。それは、俺が以前駄目だといったものでしょう?」
「あ…ご、ゴメン……」
「怒っているんじゃないんです。俺と…踊りたいと思ってくれたのならそれはとても嬉しいことだから…。ですから、俺の方が薬を使って小さくなったんです。俺なら、多少の副作用には耐えられますから」
言葉通り、変化が収まったせいか黒うさぎの前だからなのかは分かりませんが、茶うさぎは爽やかに微笑むと、しゃっきりと立ち上がりました。
それにしても…仔うさぎになった茶うさぎはとっても可愛らしい姿をしていました。
黒うさぎのようなドングリ目ではありませんが、涼やかな目元は甘さを含んだ大きなものでしたので、その分琥珀色の中で輝く銀色の光彩が鮮やかに見えますし、まっすぐな鼻梁や薄くて小さな唇もとても素敵です。
「さあ、これを着て出かけましょう」
小さな茶うさぎは、二羽の身体にぴったりのお祭り用の衣装を出しました。
「ど…どこへ?」
「決まっているでしょう?お祭りですよ。俺と…踊って頂けますか?」
そうです…そのために、茶うさぎは危険な赤うさぎの薬を飲んで小さくなったのです。
「うん…うん、踊ろう!一緒に行こう!!」
黒うさぎは嬉しすぎて泣きそうになりながらこくこくと頷くと、急いで服を着替えました。
* * *
「あら…」
踊りの会場に行くと、着飾った例の娘うさぎが驚いたように目を見開きました。
見慣れない茶色の仔うさぎと黒うさぎとが揃いの綺麗な衣装に身を包んでいる様がとても愛らしかったからです。
ですが…すぐにまた意地悪な気持ちを出してニヤニヤと嫌な笑い方をしました。
「まぁ…お利口ね、ユーリちゃん。あたしの助言を受け入れてお友達と来たのね?うふふ…じゃあ、今夜はコンラート様はあたしとも踊って下さるわね!」
「…ふぅん」
今ここにいるのが茶うさぎ自身なのですが…そうとも知らずに自分勝手なことを言っている娘うさぎの様子で、茶うさぎは名付け仔が思い詰めた訳を察しました。
「お嬢さん」
「なぁに?」
にっこりと貴公子の微笑みを浮かべる茶うさぎに、娘うさぎは機嫌良く返事を返しましたが、次の言葉で金切り声を上げました。
「随分と化粧を厚塗りしたものですね。白浮きしている上に、目元の皺に白粉が食い込んでいるのが目立ちますよ?それに、胸の詰め物がずれています。誰と踊るつもりか知りませんが、その様子では酔いの回ったハゲデブチビ三重奏の中年うさぎくらいしか相手をしてくれませんよ?」
* どうでも良い情報ですが、ちび茶は仔うさぎ用の服を着ているので、黒うさぎ同様、尻尾がズボンの外に出ています。そして、最後の茶うさの言葉が自分の顔に刺さります…*
F黒うさぎと赤い悪魔の魔法の薬・2
収穫祭の夜、アニシナの魔法の薬で仔うさぎになった茶うさぎは、黒うさぎをリードして見事な踊りを見せました。
色とりどりの紙で作られた灯籠がゆらりゆらりと踊り手達に色彩を投げかける中、くるりくるくると裾を靡かせ、仔うさぎ達は踊ります。
「まぁ…なんて愛らしいんでしょう!」
「それにしても…あんなに綺麗な仔うざぎなのに、今まで見たことがないのは不思議ねぇ」
「でも、どうしてだか見覚えかあるような気がするのよね…」
見守るうさぎ達はみんな不思議そうな顔をしています。
『わぁ…うわぁ……』
一緒に踊っている黒うさぎは色んな意味でドキドキしました。
だって、茶うさぎは大きいときだって勿論格好良くて精悍ですが、今はとても可愛らしくて…でもやっぱり黒うさぎに比べると凛とした佇まいが大人っぽくて…とても不思議な感じがします。
それにそれに…っ!今は視線の位置が黒うさぎと一緒なのです!琥珀色の澄んだ瞳に銀色の光彩が煌めいて…その瞳でじいっと見つめられると心臓が胸の中でダンスを踊っているようです。
「どうしたの?ユーリ…」
頬が染まってしまうのを隠したくて俯いていたら、茶うさぎが怪訝そうに問いかけてきました。
何を言って良いのか分からなくて…黒うさぎはドキドキの理由とは違うことを話します。
「コンラッド…踊り、凄く上手だね!」
「ありがとう…ユーリに褒めて貰うと、もっとステップが軽くなる気がするよ?ほぅら…月まで跳ね飛べるかも!」
「わぁ…!」
茶うさぎはタイミング良く黒うさぎの腰を抱えると、その身体をふわりと宙に舞わせました。華麗なステップに、周りの兎たちから惜しみない拍手が送られました。
「ははは…こりゃあ可愛らしい踊り手さん達だ!」
「この綿飴をお食べよ!なぁに、お代はいらないよ。サービスサービス!」
「わぁい、ありがとう!」
気の良いお爺さんやおばさん達に持ちきれないくらいの食べ物や飲み物を貰い、二羽の仔うさぎは上機嫌ではむはむと平らげていきました。
『あ…珍しい!コンラッドってば口の端にソースをつけてるぞ?』
普段はもっと大きな口で食べているせいか、茶うさぎは少し食べにくそうに大きなシシカバブに苦戦しているようです。
「コンラッド…」
「何です?ユー…」
横を向いた茶うさぎは、口の端をぺろりと舐められて吃驚顔になりました。
「ソース…ついてたから……」
茶うさぎが驚いたせいか、黒うさぎは急に恥ずかしくなって頬を染めて俯きました。
「や…やだった?」
「いいえ…そんな!少し驚いただけですよ?」
少し所ではありません…実のところ、茶うさぎの胸の中では心臓がばくばくとツーステップを踏んでいるのですが、顔の方は爽やかに笑っています。
ただ…ちょっと気になることもあります。
「その…ユーリは、他の仔うさぎのほっぺたが汚れていても舐めて綺麗にしてあげるの?」
大人げない嫉妬ですが…今の大きさなら許される…でしょうか?
「ううん…あの…その……。俺…他のうさぎにこんな不作法なコトしたことないよ?だって、コンラッドは俺の口が汚れてるとき、ちゃんと指で取って食べてくれるもんな。だから、本当は手で拭き取ろうと思ったんだけど…色んなものを手づかみで食べちゃったから、手が汚くて…あの……ごめんなさい……」
黒うさぎはますます真っ赤になって縮こまってしまいます。
その目眩がしそうな程の愛らしさにくらくらきますが、くらついている場合ではありません。
茶うさぎはすかさず身を乗り出すと、ぺろりと黒うさぎの唇を舐めました。
ピンク色のぷっくらとした唇は、綿菓子のせいかふんわりとした甘さを含んでいました。
「こ…コンラッド!」
「これでおあいこですね?」
茶うさぎは悪戯っぽく笑うと、ぺろりと舌を出しました。
ひゅーう!
途端にあたりから歓声が沸き起こります。
「いやぁーっ!可愛らしい恋兎達だね!!」
「ええ!?男の仔同士じゃないの?」
「なになに、あれだけ愛くるしい仔うさぎ同士だもの。良いじゃないか!」
「いい目の保養になったよ!」
黒うさぎは首元まで真っ赤に染まり…茶うさぎはと言うと、にっこりと微笑みながら歓声に手を振って応えました。そして…
『ああ…いつまでもこうして仔うさぎでいるのもいいかも知れない…』
そんなことを考えていました。
* 茶うさぎは現在、本能の赴くままに行動しています *
踊り疲れ…お腹も一杯になった黒うさぎは、うとうとと船をこぎ出しました。
「ユーリ、眠い?」
「大丈夫…平気……」
そう言いながら懸命にお目々をこしこしする黒うさぎでしたが、油断するとがくりと力が抜けてしまいます。そしてとうとうすっかり力が抜けてしまうと、ころんと茶うさぎのお膝に頭を載せて眠り込んでしまいました。
無理もありません。普段ならとっくに、ぬくといお布団の中で丸まっている時分ですからね。
『これは困ったな…』
茶うさぎは黒うさぎの髪を撫でつけながら複雑な表情を浮かべました。
黒うさぎのさらさらの髪を撫でつけてやるのはとても気持ちの良いことですし、普段ならそれこそニコニコ顔で黒うさぎを抱っこしてやるのですが、今夜は茶うさぎもちいさな仔どもになっているのです。
とてものこと、同じ体格の仔を抱えて家まで辿り着くことは出来ないでしょう。
かといって、いつまでもこのままというわけにはいきません。
そこで視線を辺りに巡らせてみると、丁度良い兎手が見つかりました。
「おーい、ヨザ!」
呼びかけられた橙うさぎは一瞬きょとんとしていましたが、眠りこけている黒うさぎと、綺麗な顔立ちの割にふてぶてしさを感じる茶色い仔うさぎの様子に、大体の事情を飲み込みました。
橙うさぎは随分と勘の良いうさぎなのです。
「ははぁ…アニシナちゃんの道具か何かを使いましたね?それにしてもそんな大きさのあんたを見るのは久しぶりですねぇ…!良かったら、あんたも抱っこしてあげましょうか?」
「ああ…どうもありがとう。それでは俺も元の大きさに戻り次第…お前にたんと礼をくれてやるよ……」
橙うさぎは黙って黒うさぎを抱えました。
茶うさぎの目が笑っていなかったのがとっても怖かったのです。
可愛らしい顔立ちの中で…獅子の気迫を湛えた眼差しが突き刺さるように放たれるのは、なかなかホラーな感じです。
「ところで、今夜のグリエちゃんの衣装は如何かしら?」
橙うさぎは趣味と実益を兼ねた女装で、襟ぐりが大きく開いた白いパフリーズにたっぷりとドレープをとった真っ赤なフレアースカート、意外と細い(単に逆三角な体型だからと言えばそれまでですが)ウエストには透ける薄布を二重に巻いて、腰のところで凝ったリボン結びにしています。
「ヨザ…ユーリを運んで貰う礼として、黙っておいてやる俺の配慮を無にするつもりか?」
茶うさぎはにっこりと笑って橙うさぎを見上げました。
今夜はとても毒吐きモードに入っているようです。
「へぇへぇ!」
想像していた答えだったのか、橙うさぎはへらりと笑いました。
そして、ほてほてと茶うさぎの家に向かいながら…くすりと、何かを思い出すように微笑みました。
「それにしてもあんた…随分と変わりましたねぇ…」
「俺が?」
この姿のことではないと感じ取った茶うさぎは、不思議そうに小首を傾げました。
「姿形が同じだから余計に感じるんですがね…あんたがその位の年頃の時はもっとこう…内側にどろどろしたものを閉じこめているように見えましたが、今は良い具合に発散出来てるみたいだ」
「…まぁ…な」
気心の知れた友人の言葉に、茶うさぎも苦笑します。
この位の見目の年頃には、茶うさきはとても複雑な環境にいました。
女王様の仔という高貴な血筋と、素性の知れない旅の剣士…それも、よりにもよって《人間》の血筋。
2つの血筋の絡まりによって、茶うさぎは過剰な尊崇と軽蔑というややこしい感情を向けられる立場にあり、まだまだその事を自分の中で整理出来てもいなかったのです。
分かりやすく差別されて成長した橙うさぎだって大変だったのですが、二羽はお互い、どちらがずっと大変だなんて、大変さ具合を自慢し合うような性癖はなかったので、ただ淡々と…お互いを一番冷静な目で見ていたのです。
「それを言ったらお前だって随分変わったぞ?前は俺が頼んだって、得にならないと思ったら結構言うこと聞かなかったろ?」
「ま、今だって完全承伏してる訳じゃないデショ?坊ちゃんを抱っこするなんて軽いもんですし、それに…」
橙うさぎは柄にもなく昔話なんかしたものですから照れくさかったのでしょうか?黒うさぎのまろやかな頬をぺろりと舌先で嘗め上げました。
黒うさぎはくすぐったそうに身を竦めますが、起きる気配はありません。
「…役得もありますからね」
「………」
凍るような眼差しがびしびしと叩き込まれますが、危険好きの橙うさぎは段々とチキンレースのような楽しさを覚え始めました。
『さぁて…。この旦那は今夜に限っては俺がいないと激しく困るわけだ。だが、大切な坊ちゃんには触られたくない…。何処まで我慢出来ますかね?』
明日以降の…いいえ、茶うさぎが一羽で黒うさぎを家に運べる近辺まで来た地点での逃走経路を脳裏に展開しながら、橙うさぎは危険なゲームを楽しみます。
「坊ちゃんは本当に可愛いですねぇ…。食べちゃいたいくらいだ」
「…お前が言うと洒落にならないから止めろ」
「隊長はいつ喰う気なんで?」
存外に真面目な口調で問いかけられて…茶うさぎは言葉に詰まりました。
「お前…」
「ねぇ隊長。確かに今やっちゃったら、単に我慢のきかない変態…って事になりますけどね、仔どもってのは存外早く大きくなるもんですよ?お互い、11か12歳の頃が初体験だったでしょ?それで言やぁ、この坊ちゃんだってあと3、4年もたてば色事OKな身体になりますよ?」
「俺は…ユーリにあんな事は出来ない…っ!」
「どうして?この可愛いうさぎさんの全てが欲しいとは思わないんですか?」
「俺は……ユーリの養い親だ」
「だが、本当の親って訳じゃない」
「ユーリは…男の仔だ」
「確かにあんた…雄相手はやったことないでしょうケド、この仔だけは特別でしょう?」
「俺は………」
「人間の血が入ってる…何てことを俺の前で言うのはナシですよ?それに、そいつはとっくの昔に坊ちゃん自身が《関係ない!》って叩き斬ってくだすったでしょ?」
「お前は…俺に何をさせたいんだ」
「いえね…あんたが随分と変わったことを嬉しいと思うから…余計にその嬉しいことが続くと良いなと思うんですよ。以前のあんたは何が欲しいのか決して顔に出さなかった…死ぬ直前まで飢えているくせに満腹のような顔で飄々としていたあんたが、自分では隠しきれないくらい欲しいと思ったものくらいは…なりふり構わず欲しがって良いんじゃないかってね。思うわけですよ」
「……余計なお世話だ」
「はは…確かにね」
茶うさぎが居心地悪くなるくらい…橙うさぎの眼差しは優しいものでした。
こんな風に…分かりやすく感情を出すことを許されていたら、茶うさぎの幼少期はもっと幸せなものだったろうなと思うからかも知れません。
「余計ついでに言わせて貰えばね、あんたの大事な仔うさぎは…多分、あんたが思っているよりもずっとあんたのことを好きだと思うんですよ。だから、もうちょっとこの仔が大きくなったとき、あんたは何もかも自分で決めてしまうのではなくて…ちゃんとこの仔の意見も聞いてあげて下さい」
「…ヨザ、今夜は随分とお喋りだな。」
「あんたがそんなに可愛らしく小さい格好のせいですかね。なんだか優しいことを言ってあげたくなるんですよ」
「全く…そういう格好をすると母性本能でも働くのか?」
それも全くないとは言い切れません。橙うさぎは痛いところを突かれてちょっと照れました。
ですから…思わず、いつもの照れ隠しをしてしまいました。
「そうよぅ!グリエは乙女だから、何時だってママの気持ちで溢れてるの。んーん!坊ちゃん達は二羽とも可愛いわぁ!!ママ、我慢出来なぁい!」
毒気を抜かれて油断していた茶うさぎの頬に、《ブチュウ》っ!と盛大な音を立ててキスをした瞬間…ボワンっ!と湯気のようなものが立ちこめて…
目の前に、シャツの前が弾け…ゆったりとしたサイズが幸いして破れはしなかったものの、つんつるてんになったズボン姿の茶うさぎが、座りきった眼差しで佇んでいました。
「あ…あら……お姫様のキスで王子様が元のすが……」
「ヨザ…言い残す事はないか?」
《ないか?》と、一応は聞きつつも…その言葉で相手の語尾を潰すくらいですから聞く気がないのは明らかです。
護身用の短剣が、宵闇の中で月光を弾きます。
「ないな?ないなら今すぐ始末するが、良いか?」
「ま…待て!隊長っ!!無茶すると坊ちゃんの身体に傷が…って、何時の間に!?」
流石はルッテンベルクの獅子…目にも見えない早業で、現役お庭番の手から黒うさぎの身体を取り戻していました。
橙うさぎは脱兎の勢いで走りました。
そして…無事逃げ切れたと分かったとき、込み上げてくる笑いに腹を抱えてしまいました。
背後から迫ってきた感情の波動が、《怒り》ではなくて猛烈な《照れ》だったからです。 それに…冷笑を浮かべる余裕もなく、素の感情を露わにする茶うさぎを見るのは久しぶりのことでした!
茶うさぎは素敵な具合に変わりました。
そして、それを為し得たのはあの小さな黒うさぎです。
『肝心なところでヘタレ気味な奴ですが、あれでも俺の大事な隊長なんですよ。…ねぇ、坊ちゃん。あんたの任気で、あいつを幸せにしてやって下さいね?』
橙うさぎはにしゃりと笑みを浮かべると、ともだちの幸せのために祈りました。
橙うさぎは、なんだかんだ言ってともだちのことが大好きですからね。
* * *
お祭りの後、茶うさぎは黒うさぎを抱えて急ぎ足で家に帰りました。
服がぱつんぱつんを通り越してとんでもないことになっていますから、誰かに見られることは勿論、黒うさぎに見られるのも困りものだったのです。
* * *
「ん…ん……」
耳をふるりと震わせて、黒うさぎは瞼を開きました。
「すみません、ユーリ…起こしてしまいましたか?」
パジャマに着替えた茶うさぎは火をおこして部屋を暖めると、黒うさぎの服を脱がせてすっぽんぽんにさせ、暖かい蒸しタオルで肌を綺麗にしていました。
よく眠っていたので起こすのが可哀相だったからなのですが…丁度ピンク色のちっちゃな乳首から腋にかけてを拭いているところでしたから、妙な罪悪感を覚えてしまい、茶うさぎは頬を染めました。
別に他意はないのです。
これから黒うさぎの大切なところを綺麗にしてあげようとしていたのも、決して決して疚しい思いあってのことではないのです。
…………こうして弁明することで疑惑を深めているような気もしますが…。
「あ…コンラッド…俺、寝ちゃったの?」
黒うさぎは拳の甲でお目々をコシコシしようとしましたが、茶うさぎは新しい蒸しタオルをとると、温度を確かめた上で目元を拭ってあげました。
「ん…気持ち良い……」
うっとりと目を細める黒うさぎに、茶うさぎの頬にも笑みが浮かびます。
「あ…そうだ、コンラッド…何時大きくなっちゃったの?」
「帰り道の途中にね…」
「え…じゃあ、途中まではちっちゃいままで俺を運んでくれたの?お…重かったろ!?俺…最近一杯食べ過ぎて少し太ったから…」
黒うさぎは真っ赤になって、両手で頬を包みました。
その仕草があんまり可愛らしいものですから、茶うさぎの顔はちょっと他のうさぎには見せられないくらい溶け崩れてしまいます。
「俺…ダイエットしようかな?」
「何を言ってるんです!?ユーリは今だって同じ年頃の仔に比べたら華奢なくらいですよ!食べるものを減らしたりしたら、俺は本当に怒りますからね?」
「ご…ごめんなさい……」
珍しい、明確な茶うさぎの怒気に黒うさぎは耳を伏せてしまいます。
そんな耳の角度にまで萌え苦しむ養い親でありました。
「ユーリは今のままで十分可愛いです。無理に何かを操作する必要など欠片もありませんよ?」
「…そう?」
「寧ろ、俺の方が段々ユーリに嫌われたりしないかと心配です」
「え?ど…どうして!?俺がコンラッドを嫌いになるわけないじゃないか!」
握り拳を掲げて力強く言ってくれる黒うさぎを、茶うさぎは《愛おしくて堪らない》とう顔で抱き寄せました。
「ユーリはこれからどんどん成長として、美しいうさぎになっていくでしょう?ですが、それは同時に俺が年をとるということでもあるのです。ユーリが素敵な成兎になったときに、俺が禿げたり二段顎になったり三段腹になったりしたら、俺はユーリに嫌われてしまうのではないかと…これは毎日アオミドロ色の顔色になってでも、アニシナの薬を飲み続けるべきなのかとね…」
「嫌いになったりしないよ!俺…コンラッドだったら、ぽちゃぽちゃしててもガリガリになっても大好きだよ!!それに、アニシナの薬でちっちゃくなったコンラッドも、そりゃあ《王子様》って感じで素敵だったけど…あの姿になるためにコンラッドが苦しい思いをするのは嫌だよ!」
「そう?では、俺も同じ気持ちなんですよ」
茶うさぎがにっこり…春の日だまりのように優しい眼差しで笑ったので、黒うさぎにも彼の言いたいことが伝わってきました。
「そりゃあ見てくれは悪いより良い方が良いんでしょうけど…それと好きか嫌いかというのは、実のところ一致するとは限らないものですよね」
「うん…」
「俺は、ユーリがどんな姿になっても大好きですよ」
「俺だって!コンラッドがどんなになったって好きだよ!」
黒うさぎは茶うさぎのお腹にしがみつくと、ぎゅうっと力強く抱きしめました。
『う…っ!』
そこでやっと…茶うさぎは黒うさぎが今すっぽんぽんで…自分の手がそんな養い仔のすべやかな肌にぴたりと触れていることを思いだしました。
仔うさぎ特有の…ふくふくとした感触は幸福感をもたらす甘やかなもので…右肩とお尻に触れている掌から精神性の発汗が誘発されそうです。
見下ろせば、ふっくりとしたお尻にふわふわの尻尾が揺れています…。
ええ、こういう姿も一緒にお風呂にはいるとき等に散々見ているのですが…一度意識するとどうにも堪らないものがあります。
「そうだ…薪が減っていたんです!ちょっと取りに行ってきますから、ユーリはパジャマを着て眠っていてくれますか?」
茶うさぎは頭や変なところに集まった動脈血を四散させるべく、滝に打たれにいこうと思いました。
「えぇ!?駄目だよ!こんな夜遅くに外に出ることないよ!明日一緒に取りに行こうよ。暖炉に火がなくたって、ほら…こうして引っ付いて寝たらちっとも寒かないよ?」 黒うさぎは大急ぎでパジャマを着込むと、自分の分と茶うさぎの分の布団を重ねて、その中にもこもこと頭から入り込みました。
そして…布団の中からぷくっと顔を覗かせると、はにかむように微笑みながら言ったのです。
「ほら、今日は昔みたいにぴったり引っ付いて寝ようよ!」
茶うさぎは…時間にして1秒間激しく懊悩しました…が、結局ふらふらと引き寄せられるようにしてのお布団の中に入りました。
『ああ…俺の自制心…この際、ユーリが大きくなるまでとは言わないから…朝までもってくれ!』
茶うさぎの心のシャウトが夜空に響きます…。
* コンラッドは今夜眠れません *
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