「もみじのお手々」
「見てみてコン!この葉っぱキレイだよっ!」
「ああ、とっても愛らしいですね」
5歳のゆーちゃんこと渋谷有利が満面に笑みを浮かべてそう言うと、きつねの縫いぐるみコンは強く同意しました。ただ、《愛らしいなぁ…》としみじみ思った分の9割くらいは有利の笑顔に向けた感想でした。残り1割分が真っ赤な紅葉に向かっているだけでも、コンとしては大したことなのですけどね(当社比)。
今日は色づいた葉っぱや木の実を拾いに、近在の里山までやって来ました。幼稚園で工作の時間に使うのだそうです。もちろん、お父さんやお母さんも一緒ですけど、ユーリはコンを枯れ葉の上に降ろすと、一緒になって葉っぱを拾いました。
そりゃあずっと有利が背負っていたって良いのですけど、こんな天気の良い秋空の下、有利の背中に括り付けられたままだなんて勿体ないと思ったのです。
コンとしては有利の背中も大好きなので、実は全く問題はなかったのですが、こうして一緒に葉っぱ拾いをするのも楽しいです。だって、背中にいるよりも真っ直ぐに有利のお顔が見られますからね(常に有利基準)。
「おや、この紅葉はちょうどユーリのお手々と一緒ですね」
「そう?」
有利がお手々を合わせると、かあいいちっちゃなお手々に紅色が映えて、なんとも素敵な様子です。
『ああ…せめてこうしてユーリに合わせた葉を、持って帰れたらいいのになぁ…』
本当はとても遠くに《本体》のいるコンは、少ししょんぼりして葉っぱを見ました。渋谷家に持って帰ることは出来ても、コンが一人きりで居る時に、じぃっと見つめながら有利を思い出すのには使えないのが寂しかったのです。
「コン、どうしたの?さむい?おれのマフラーいる?」
「いいえ、何でもないんですよ。俺にはふかふかの綿が一杯詰まっていますから、ちっとも寒くありませんし」
「そんなら良いけど…」
いけません。こんなことでしょんぼりして、折角のお散歩を台無しにするところでした。コンはぱっと表情を輝かせると(淡泊な造作の人形ですのに、ちゃんと明るくなるのですよ?)、今度はころりとした団栗を拾いました。大きな粒でつやつやとしていて…まるで宝石みたいです。
「これも綺麗ですね」
「それはコンの色だねぇ」
「俺の毛の色はこんなですかね?」
「あれ?そういえば、コンの毛はこっちの葉っぱみたいにオレンジがかった茶色か。あれぇ?どうしてそんな風に思ったのかな?」
有利は不思議そうに小首を傾げます。
もしかすると、コンの《本体》が纏う雰囲気が、そうっと有利に伝わったのでしょうか?
だって、団栗の色はコンの本当の髪色に良く似ていたのです。
『そうだったら良いな…』
コンははにかむように微笑みました。
* * *
「おや…」
一緒に紅葉を拾ったあの日から10年以上の時が流れた頃、コンの《本体》は有利を夜の間にたくさん愛しておりまして(そりゃあまあ、日中だって浴びるほど愛してますけど、それはアレです。文学的表現というやつです)、くたりとして眠ってしまった有利の代わりに、脱ぎ散らかした(原因を作ったのはコンですが)お洋服を拾っては、丁寧に畳んでおりました。
すると、漆黒の学生服からぱらりと落ちてきたのは、懐かしい色合いをした紅葉でした。あの日と同じように色鮮やかで、ちっちゃなゆーちゃんのお手々と同じ大きさのように思えました。たまたま拾ったものが、ポケットに入っていたのでしょうか?
コンは有利のお手々を布団の中からそっと引き出して、紅葉を合わせてみます。
コンに比べて華奢な造りのお手々ではありますが、あの頃よりも随分と大きくなって、ぷくぷくしていた指にはバットで出来た胼胝があります。
その手をきゅう…っと握りながら、コンは思いました。
『ああ…この葉が無くても、あなたのお手々を直接愛でることが出来る日々の、なんと甘やかなことでしょう?』
ちゅ…っと掌に音を立ててキスをすると、くすぐったそうに身を捩った有利が、無意識に腕を伸ばしてきます。しなやかなその動きに合わせて、コンは布団の中へと滑り込むと、大切な主を両腕で抱き込みました。
秋の夜長に暖かな体温を寄り添わせる幸せを、心から噛みしめながら…。
おしまい
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