〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「魅惑のコンラート様」I
自発的に《女豹族とヤりたい奴はいるか!》と希望を聴取したところ、意外や意外…予想外の人数が名乗りを上げた。遺伝的な形質なのか、女豹族には結構美形の者が多かったせいだろうか?
名乗り出た者は基本的に遊び人の眞魔国人が主体であったのだが、自国の長が何をしようとしたのかを理解して、謝罪の意味も含めて身を投げ出す覚悟をしたフォルツラント軍の指揮官もいた。彼らは《何とか事を穏便に収めて頂きたい》と平身低頭頼み込んできたから、彼らの口から今回の事が漏れる心配は少なそうだ。
あまりにも恥ずかしい罪状ゆえ…向こうにとっても表沙汰にしたくない事だったに違いない。
名乗り出た男達を女豹族が品定めして、その中から更に好みの男を選び出すと、お荷物よろしくツェルケスを袋に詰めてトルソー山脈に帰還していった。
後日のこととなるが、女豹族の一部は眞魔国に帰化することになった。好みの男と懇ろになったせいもあるが…大きな要因は、その男以上にラダガスト卿マリアナの腕っ節に惚れ込んだらしい。マリアナに忠誠を誓い、部下として使って欲しいと懇願して、結局その願いは聞き遂げられることになる。
ただ、女豹族の躾のなっていない言動に眉を顰めたマリアナは、《我が配下に降るのであれば、それ相応の品位を得て欲しいものですわ!》と条件を出してきた。
こうしてメイド頭シータの指揮のもと、マリアナのもとには最強のメイド軍団が構築される事になったのだという。
また、ツェルケスはこっぴどく女豹族にしごき上げられて這々の体でフォルツラントに帰還することとなった。何もかも吹っ飛んだように虚脱してしまった彼は自ら隠居を望み、大公の座には(能力は未知数ながら)取りあえず真っ当な性向を持ち、眞魔国に対して友好的なツェルケスの弟が就いた。
兄の性向も弁えていることから、弟は今回の事情を薄々察していたらしい。
眞魔国に送られた就任の挨拶は丁重なものであり、賠償の意図も含めているのであろう品々が夥しい量と高い質で贈られることになるのだが…全ては暫く経った後の話である。
* * *
「ん…ぅ……」
「ユーリ!」
目をこしこしと擦りながら有利が目覚めたのは、好みの男達とおまけのツェルケスと共に女豹族が去った後であった。
「ぁ…れ?コンラッド…俺…どうしてたっけ?」
「手違いで…薬草の入ったお茶を飲んでしまったんですよ。それで眠っていたんです」
「えーっ!?マジで?うっわ…恥ずかしい〜…。ツェルケスさん、怒ってなかった?」
「いいえ…大丈夫ですよ。あちらの責任ですからね。まだ身体が怠いでしょう?すぐお部屋にお連れしますから、楽になさって下さい」
「そ…そう?」
人前でコンラートに抱きかかえられていることが少し恥ずかしそうだが、ヴォルフラムも何かを察したように無言でいるし、誰もからかったりはしなかったので…結局甘えるように、そのまま身を委ねた。
何しろ、本当に身体が怠くて一人では動けそうにないのだ。
「お目覚めになったのね、ユーリ陛下」
「あ!マリアナさんっ!どうしたの、その格好…男前だねーっ!!」
「あ…あら……やだわ、お恥ずかしい…」
有利に言われて、マリアナは自分が男装していたことを思い出した。
女豹族を誘き寄せる為に自らしたこととはいえ…コンラートも見ている前で、貴族の淑女が身につけるべきものではない。
「シータ…良くって!?」
「ここに控えてございます…!」
《とぅ…っ!!》…と一声叫んでマリアナが空中に飛ぶと、息のあった動作でメイド頭シータが馬車の中に積まれていたドレスを投げる。
当然、マリアナによく似合う薔薇のような真っ赤なドレスだ。
《眞魔国の活きの良すぎる女は…どうしてこう赤ばかり着るのだ…!》等と、眞魔国の宰相は眉間に皺を寄せた。
パッパパラットァーア、タッタッ
タッタッタラッタっ!
フォーっ!
「へー、《蒸着!》とか叫びたくなるねぇ…。宇宙刑事並みの変身速度だっ!」
感心するところが違う気がするが…ともかく、空中で見事な変身を遂げたマリアナはスチャ…っと華麗な着地を決めた。何時の間にやら、ちゃんとロンドンブーツもハイヒールに代わっているから凄い…。
「ほほ…では、私はこれで失礼しますわ」
ドレスの布地を摘んで淑女らしく優雅な一礼を決めると、マリアナはしとやかな動作で馬車に乗り込もうとする。
帰路は流石に馬車で帰るつもりのようだが、いかんせん…半死半生の貌をした馬丁は《かかか…帰るんですか!?今すぐ!?》…と悲鳴を上げたし、そもそも馬車を曳く馬たちも死相を浮かべている。両者ともに、今すぐリングのコーナーで白い灰になりそうな勢いだ。
「ま…待ってマリアナさん!どうして帰っちゃうの!?」
「私、今日ここに参りましたのはちょっとした手違いですの。フォルツラント公国での用事などございませんもの…国元に帰らねばなりませんわ」
コンラートの危地に駆けつける…それが達成された今、マリアナがここにいる理由はない。端然たる態度で己を律するマリアナは、まさに武人…いや、淑女の鑑といえた。
『ええ…ええ……。そうですわ…っ!幾ら好敵手たるあなたが、愛しいコンラート様の腕(かいな)に抱かれる様を目にしようとも…私は、去らねばならないのですわ…!』
唇の下に《我慢》の二字を顕す梅干し様の皺を刻みながらも、マリアナは断固として己の進むべき道に進んだ。
「で、でも…折角近くまで来たんだったら、一緒に博覧会に行かない?」
「招待状がありませんもの」
そう…それが懸案事項だからこそ、《コンラートの危機》という緊急事態にかこつけなければここまで来ることが出来なかったのだ。
しかし、その時…思いがけない申し出が為された。
「では、俺がお招きしてもよろしいだろうか?」
「……何と…申されましたの?」
流麗な声音に、くるりん…っとマリアナの身体が一回転した。
そのままピルエットで5回転くらいしそうな勢いだ。
「魔王陛下の旅のお供として随伴して頂けるよう、すぐに正式な書状を認め、お父君にも取り急ぎ鳩を飛ばすよう取りはからいますが…それでも、難しいでしょうか?」
感謝の意を含んでキラキラと輝く瞳に見詰められて、どうして《結構!》等と突っぱねることが出来ようか?
「こ…このラダガスト卿マリアナ、謹んでお受け致しますわ…っ!!」
驚喜に舞い踊りそうなマリアナは…ついつい本当に踊り出してしまった。
これまた、メイド頭シータが女主の意図を汲んでノリの良い音楽を奏でるものだから始末が悪…いや、流石である。
パラッパ〜パーラ、ラ〜ララ〜
パ〜ララーララーラーラ〜…
(チョイナ、チョ〜イナー)
「草津良いトコ…」
「一度はおいで?」
踊りは完璧な舞踏だというのに、そのフレーズの何処かが聞き覚えのあるものであることに有利と村田は目を見開いた。
ラダガスト家の曲目レパートリーは、色々と不思議だ。
「マリアナさん…引き留めてゴメンね?でも…あなたと博覧会見物が出来るのは、俺…すっごい楽しみ!」
「ほほほ…私こそ光栄ですわ!」
完璧なお辞儀を決めると、マリアナは忠実なメイド頭と少し宿泊の打ち合わせをするのか、コンラート達から離れた。
そこに…つつぃ…っと寄ってきたのはヴォルフラムであった。
「……ラダガスト卿マリアナ殿…」
「何かご用でしょうか?フォンビーレフェルト卿ヴォルフラム閣下」
「このような質問は失礼に当たるかも知れないが…貴女は、我が兄にご執心と聞きます。それなのに何故、ユーリ陛下の名誉を護る為の方策を立てられたのですか?」
「ま…!愚問ですわね。説明せねば分かりませんこと?」
直球がヴォルフラムの土手っ腹を抉る。
しかし、流石にマリアナに対して怒声を上げるようなことはなかった。
「…理解は…出来ます。ですが、正直なところ…兄に惹かれながら、何故そこまで理性的に行動できるのか納得はしかねます。大抵が兄の寵を欲するあまり、嫉妬と疑念で我を忘れる方が多かったですから…」
『そいつぁ…隊長に惚れた女の話っていうよりは、ヴォルフラム閣下自身のことなんじゃねぇの?』
傍らで様子を見守っていたヨザックは皮肉げに微笑んだ。ヴォルフラムを軽蔑しているわけではない。《無理もないことだ》と分かっているからこそ、思い切れない彼に同情もしているのだ。
理性では既に、有利と兄が互いを必要としていることが分かっても、なお強く有利を想っているから…その事で愛する者を追いつめてしまう自分自身が苛立たしいのだろう。
そんなヴォルフラムを圧する勢いで、高らかにマリアナは宣言した。
「私とて恋する乙女…当然、嫉妬も感じれば懊悩も致しますわ…。けれど、私にとってのコンラート様への愛とは、何処に出しても恥ずかしくない珠玉の輝きを放つものですもの!決してその輝きを穢すような行為はすまい…そう自戒しているからこそ、毎日を輝かしく過ごせるのですわ!」
「マリアナ殿…」
《エッヘン!》と胸を張るマリアナは、偉そうなのに何だか微笑ましい。
絶対に報われることは無いと薄々分かっている筈なのだが…。どうして彼女は、一片の曇りもない熱き闘志をもってコンラートを想い続けることが出来るのだろうか?
ヴォルフラムは感嘆の眼差しをマリアナに送った。
「何故…そんなにも真っ直ぐに兄を慕うことが出来るのですか?」
「修行の成果です」
きっぱりとマリアナは断言した。
「………修行…です、か…?」
「ええ、日夜の肉体的・精神的鍛錬が健やかな愛を育てるのですわ。よろしければご指導致しますけど、如何かしら?」
「は…はい!では、お願いします…!」
憧憬に瞳を輝かせて、ヴォルフラムは背筋をピィンと伸ばした。
士官学校就学時並の規律を取り戻すと、ヴォルフラムは上官に対するような態度でマリアナに従った。
後日…ラダガスト家の私設修行場から帰還してきたヴォルフラムは一皮剥けた佳い男になっていたという。ただ、同時に身体の至る所に青痣をつけ、踵骨の粉砕骨折、肋骨の亀裂骨折、脛骨の疲労骨折と…整形外科的疾患の既往を大量に背負っていた彼が、一体どんな修行をすることになったのかは不明である。
* * *
「あー…楽しかったねえ!」
「ええ、本当に…。身体の方も大丈夫?」
「うん、すっかり元気だよー」
有利の体調不良や、マリアナを連れて(連れて行って貰って?)博覧会を見て回るのに時間を取る為、眞魔国御一行の大部分はフォルツラントでの滞在を2泊延ばした。
グウェンダルだけは先に帰ると何騎かの護衛を率いてカロリア港に向かった。
《コンラートと共に、しっかりと身体を休めてから帰って来い》…よく分からないが、随分と優しげな眼差しを送ってくれたので、有利は安心して博覧会巡りを楽しむ事が出来た。
そして、明日の朝には出立するという夜…有利は心地よい疲労感と冷め切らぬ興奮を湛えながら、夜遅くまでコンラートと語り合った。
もう寝間着には着替えていたのだけど…どうしてか、コンラートがいつもより更に優しくて、密接な感じで傍にいてくれるのが嬉しくて、ついついはしゃぎ気味にお喋りを続けていたのである。
けれど…不意にコンラートの眼差しが揺らぐと、有利はドキン…っと弾む胸を抱えて急に言葉を止めた。
はしゃぐように有利が喋り続けていたのは、楽しかったのもあるが…時折掠めるコンラートの眼差しが、酷く熱くて切ないものであることに気付いていたからでもあった。黙ってしまったら…互いの目を、見詰めてしまったら…何か思いも寄らぬ気持ちが分かってしまいそうで、殊更明るく楽しく喋り続けていたのだ。
「ユーリ…」
ああ…どうしてこの男の声は、こんなにも有利を熱くさせるのだろう?
薄闇の中で濡れたように光る琥珀色の瞳には、星々のように煌めく銀が散り…見詰めているだけで心の奥底までコンラートに浸されていくようだ。
「あなたが…欲しい」
「あああ…ぇえ?お、俺…ああ、あんたのもんだよ?前からそうじゃん!」
「もっと深く欲しいと言ったら、怒りますか?」
「え…?」
漠然と、有利にも分かっていた。
コンラートと有利は褥を共にしてはいるけれど、それはまだ…おままごとみたいな領域に留まっているのだと。
本当はもっと熱くて粘質で…後戻りできないくらい有利の身体を変えてしまう行為があるのだと。
それが何時与えられるのか、有利から欲して良いのか分からないまま今日まで来た。
ドキン…ドキン……っと、心臓が早鐘を打つのを感じながら…有利は、ほわりと微笑んだ。
「俺…も……欲しいよ。あんたが…誰よりも深く、欲しいよ?」
「ユーリ…!」
ときめきも惑いも奪い尽くすように、これまでとは比較にならないほど激しい口吻が二人を繋いだ。
異国の夜が更けていく。
初々しい恋人が、また一つ階段を上ったことを祝福するように…美しい銀の月が街を照らしていた。
おしまい
あとがき
「ボンバイエ!マリアナ祭り2009」…如何でしたでしょうか?(←違う!)
風の吹くまま気の向くまま、甚だ計画性のない展開で突き進むこのシリーズ、いつも「そういえば、この話コンユだよ」と思い出して、最後だけ強引にコンユエンディングに持っていっております。
気が付くと、一応二人の関係性は進んでいるのですが、印象は薄いですね〜(汗)
「勘違いお嬢様」として登場したマリアナ嬢も、シリーズ化したせいかそこはかとなく「寅さん臭」を感じるようになってきました。
また機会がありましたら続きを読んでやって下さいませ。
これ以上どう展開するのか自分でも分かりませんが…。
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