2011年バレンタインリレー企画 「バレンタインには高価なチョコを買ってくれるのも良いけど、やっぱ付き合ってる子から手作りのチョコとかケーキとか貰うと、特別な感じがするよね」 双黒の大賢者様は地球では結構おモテになるらしい。《さぞかし本性を隠して、そつのない態度をとっているのだろうな》と、お茶を注ぎながらウェラー卿コンラートは思った。ただ、一片たりともそのような気持ちを顔には表さなかった。それでも、勘の良い彼は気付いているのだろうけれど。 一年で最も寒い季節だが、暖炉の中で盛んに薪が燃えているおかげで、魔王居室はとても暖かい。そこに訪ねてきた村田は、複雑そうな顔をして聞いている魔王陛下に、世間話だか自慢だか分からないトークをかましている。 「村田はやっぱ、貰ったわけ?」 「勿論。去年付き合ってた子は結構御菓子作り得意だったからね。フォンダンショコラが良い出来だったよ」 「ふぉ…?」 「中にチョコレートを入れて焼いたケーキだよ。熱々の内に切ると、中からとろんとしたチョコレートが溢れ出てくるのさ」 「へー、餃子にそういうのあったな」 「あはは、餃子は良かったね!」 村田がまた別の話題を振ったので、その日は結局バレンタインデーの話はもう出て来なかった。けれど、コンラートの記憶にはしっかりと刻まれていた。 ショコラケーキを貰ったという村田に、ユーリが羨ましそうな視線を送っていたのを。 * * * 数日の後、眞魔国の暦で大体2月14日辺りに相当する日になると、コンラートは一日だけ警備をヨザックに代わって貰って、朝から厨房に入っていた。そして、丁度お茶の時間に納得のいく《贈り物》が完成すると、満足げな笑みを浮かべてワゴンに乗せ、かぽりと銀色の覆いを被せた。 「コンラッド、今日はなんか用事があったんじゃないの?」 「ええ。ですが、完了したので参上仕りました」 執務に励んでいたユーリのもとにワゴンを運んでいくと、今日はグウェンダルがヴォルテール領に所用で帰っているから、広い執務室にぽつんと座って頑張っていた。 少々大袈裟な身振りで銀の覆いを外すと、綺麗な白い皿に載せられたフォンダンショコラが湯気を立てる。 「え?これって…まさか、コンラッドが作ったの?」 「猊下に作り方を伺ったんです。どうぞ熱いうちにお召し上がり下さい」 そう、この日の為に特訓していたフォンダンショコラは、絶妙な仕上がりを見せてお皿の上に鎮座している。表面はあくまでサックリ、中身はトロ〜リ…の、筈なのだが、こればかりは切ってみないと分からない。ドキドキしながら、コンラートはユーリの口から可愛い歓声が上がるのを待った。 「凄い…上手だね」 どうしてだろうか?ユーリの声はどこかしょんぼりしているように感じられる。やはり、作った相手が女の子ではなく、コンラートというのが余計にしょっぱかったのだろうか? 「お気に召しませんでしたか?」 「そんなこと無いよ!うわー、凄い美味しそうっ!」 ユーリがフォークで切れ目を入れると、甘い芳香を立ち上らせてチョコレート液が溢れてくる。その様に期待通りの歓声をあげて、ユーリは美味しそうにケーキを完食してくれた。 けれど、コンラートが微細なユーリの反応を見逃すはずもない。一体何が原因なのかと視線を巡らせて見れば、執務机の脇に華やかな包装の包みがある。ただ、包み紙の色は綺麗なのだがリボンの結び方にはぎこち無さが感じられ、とても売り物とは思われなかった。 「それは、どなたかに頂いたのですか?」 「えっ?いや、これ…は……」 ユーリは心なしか頬を朱に染めてわたわたと包みを隠そうとしたが、コンラートが《大切な人からの贈り物ですか?そんなに大切にして貰えるなんて、羨ましいな…》と淋しそうに囁くと、ぴたりと動きを止めた。 ショコラケーキよりもそちらの贈り物の方が大切にされているように感じて、嫉妬してしまったのが丸わかりだったのだろうか? 「…違うよ。貰ったんじゃない…」 「ユーリ?」 ユーリは悔しそうな顔をして、包みをバリバリと開き始めた。やけっぱちみたいな乱暴な手つきは、確かにそれが大切なものではないと示しているみたいだったが、それでいて、取り落としそうになると慌てて掴む。 「…これ、俺が作ったんだ。でも、俺…こういうの下手で…」 開かれた箱の中には、不格好なチョコレートの塊がひしめき合っていた。不揃いで、艶も今ひとつだけれども、半泣きになったユーリがちいさな声で《あんたにあげようと思って…》と呟くのを聞いたら、急にきらきらと宝石みたいに輝いて見えた。 ひょいっと一粒手に取ってみると、《あ!》と慌てたようにユーリが叫ぶけれど、そのままぱくりと口に含んでしまう。 「ん…美味しい」 「ほんと?でも、あんたが作ってくれたケーキよりは美味しくないだろ?」 「いいえ、あなたが俺の為に作って下さっただと思ったら、凄く美味しく感じます」 「…親馬鹿」 「そういうんじゃないですよ」 「親馬鹿だよ。バレンタインがどういうイベントかなんて抜きで、子どもに初めて作ってもらったモノ〜みたいな感じで喜んでんだろ?」 拗ねたように唇を尖らすユーリこそ、何を言っているか分かっているのだろうか?それではまるで、ユーリも本来の意味でコンラートにチョコを捧げようとしてくれたみたいではないか。 「ユーリが、どういう意味で味わって欲しかったか教えて欲しいな」 「…っ!そ、そーゆー色っぽい目で見るの禁止!銀色のきらきらが跳ねて、無駄に胸がドキドキするからっ!」 「俺はドキドキして欲しいよ?だって、こんな風に俺ばかりがドキドキしているなんて癪だもの」 ユーリの手を取って左胸に押し当てると、トクントクンと幾らか早い鼓動が伝わっていく。 「コンラッド…」 「ねぇユーリ、教えて?バレンタインの正しい意味を。あなたが俺に、手作りのチョコを食べて欲しいって思った理由を…。そしたら、俺も言いますよ。俺があなただけに食べて欲しかった理由をね」 「じゃあ、同時に言おう!」 《せーの》で、二人が口にしたその言葉は、《大好きだから》と《愛しているから》。 共に、チョコレートが溶けてしまうくらいに甘い言葉だった。 それから交わしたキスもまた、フォンダンショコラから溢れるチョコレート液よりも熱くて…甘かったとさ。 おしまい あとがき 白い次男、強し。 うちは下心が強すぎる次男とか、黒を目指している(真の黒は、「白黒インパクト」の黒次男くらいなものかと思いますが)次男だと3〜5話掛かる恋の成就が、一話掛からずに完了しますね。 |