「黒うさぎと魔法のティーポット」

 

 

「あなたの願いを3つ叶えてあげましょう」

 

 ティーポットから出てきた《魔神》はそう言いました。

 黒うさぎのユーリは吃驚するあまり、ぺたりとその場で腰を抜かしてしまいました。

 

 

  村田家の倉で探検をしていた折、黒うさぎは大ぶりなティーポットを発見しました。

 汚れてはいましたが傷一つ無い様子ですし、袖口で少し拭いたら白磁は艶を持ってぴかぴかに光りましたので、村田に頼んで貰って帰ることにしました。

 

『これは素敵なティーポットを手に入れたぞ?』

 

 黒うさぎも茶うさぎも紅茶が大好きなのですが、こちらにお引っ越ししてくるときにお気に入りのティーポットを割ってしまいましたので、ずっと好みの物を捜していたのです。

 茶うさぎも色々と捜していたようですが、ここのところ黒うさぎも古物市などを訪れては丁度良いティーポットを捜していました。

 ティーポットというものは買うとなると結構お値段がはるものだからです。

 倹約節約は未来の茶うさぎのお嫁さんとして欠かせない要素ですからね(ぽっ…)。

 

 

 持って帰ったティーポットを丁寧に磨き、しっかりと暖め…試しにとっときの茶葉を入れて蒸らしていくと、ふんわりと実によい香りが漂い始めました。  

『よぉし…これで飲み頃だ』

 砂時計も使わずに香りで正しく判断すると、黒うさぎは暖めたマグカップに紅茶を注ごうとしました(ここに牛乳を入れてがぶがぶ飲むのが黒うさぎのマイブームです)。

 ところが…出てきたのは液体ではなく、もんやりとした煙のようなもので…黒うさぎが驚いてテーブルの上に置くと、文句を言うようにぶるぶる震えたかと思うと、ぶお…っ!と煙が溢れ出して形を成したのです。

 

 なんと、それは…アラビアンナイトに出てくるような色っぽい衣装を着込んだ…

 …茶うさぎのように見えました。

 

 ただ…違うのは少し肌が浅黒いところと、うさぎ族の証の耳がないことです。

「ふむ…これが新しいご主人様ですか?可愛いですね。…で、これが一番好きな相手の形…と。ふむふむなかなか良い男ぶりじゃないですか」

 アラビア風の男はへたり込んでいる黒うさぎと、鏡に映った自分の姿を見やりながら、一人で得心行ったように頷いています。

「あ…あんた……誰?コンラッドじゃ…ないよね?」

「俺のことは単に《魔神》とお呼び下さい、ご主人様」

「ええ!?そんな…ご主人様なんて言われても…っ!」

「おや?ご主人様と呼ぶ方がお好きですか?」

 魔神がぱちりと指を鳴らすと、ぶわぁあ…っ!とピンク色の煙がティーポットから噴き上がり、黒うさぎの身体を取り巻きました。

「うわぁぁぁっ!」

 視界をピンク色に染め上げられた黒うさぎが叫びますが、煙はあっという間に消え失せました。

「おや、可愛らしいメイドさんだ…」

 にまにまと魔神が呟くのも当然です。

 黒うさぎは何とも愛らしいエプロンドレスに身を包み、ヘッドドレスやレースのついた黒い靴下にもふんだんにリボンが飾られておりましたから、普段の少年らしい愛らしさとはまた違う、背徳的な可憐さを帯びていました。

「な、なんじゃこりぁぁっ!」

 ジーパン刑事もかくやという勢いで黒うさぎが叫ぶと、叫び声をどこから聞きつけたのでしょう…茶うさぎがドアを蹴破らんばかりの勢いで駆けつけました。

「どうしましたユーリ!」

 転げるようにして黒うさぎは飛びつきましたが、口をついて出た言葉に吃驚してしまいます。

「ご主人様っ!」

「ゆ…ユーリ!?」

『え?え!?』

 黒うさぎが本当に言いたいのは《コンラッド》という言葉だったのですが、ぱくぱくと口を開くたびに思ってもいない言葉が飛び出します。

「お疲れ様です、ご主人様。お茶になさいますか?お風呂になさいますか?それとも私?」 泣きそうです。

 《これではメイドというより新妻だ》と突っ込みたいのですが、思った言葉をそのまま口にすることが出来ないのです。

「貴様…ユーリに何をした!?俺と同じ姿で…一体何のつもりだ!?」

「俺はティーポッドの精。この姿はその子の好きな姿を模して、俺固有の装飾を施したものさ。…で、俺は単にこの子の三つの願いを叶えようとしているだけで、特段なんのつもりということもない。強いて言えば、これが存在意義だからとでも言っておこう」

 なんとなく…このくどくどしさというか、持って回った言い方には覚えがあります。

「………ユーリ…。もしかして、このティーポッドは猊下の持ち物ですか?」

 そういえば、今日は村田のもとに遊びに行っていたはずだと思い出して聞いてみれば、案の定、黒うさぎははこくこくと頷きました。

「…で、一つ目の願いは叶えましたよ。あと二つの願いはどうなさいますか?」

『こんなのが一つ目の願いだなんて酷すぎる…っ!』

 魔法のランプならぬティーポッドに願いを叶えて貰えるなんて滅多にないような幸運の筈なのに、なんだか物凄い外れくじを引いているような気がするのは気のせいでしょうか?

 だいたい、あと二つの願いと言われても、それを口にすることが出来ないのです。

 もどかしそうにしていると、状況を把握した茶うさぎが的確な助言をくれました。

「ユーリ、このメモで提示してはどうでしょうか?」

 茶うさぎからメモ帳とペンを受け取ると、黒うさぎは急いできゅっきゅと願い事を書きました。

 二つ目の願いは…勿体ないことは勿体ないのですが、やはり、《元に戻して欲しい》でした。

 願い事を提示すると、魔神は渋々ながら元の姿に戻してくれました。

「それでは、あと一つ…何になさいますか?」

 魔神に言われて、黒うさぎは悩ましげな顔をしました。

「ユーリ、どんな願い事にするんですか?」

「あのね…」

 黒うさぎがそっと耳打ちすると、茶うさぎは小首を傾げました。

 黒うさぎのお願いは《コンラッドと同じくらいに成長したい》というものだったのです。

 確かに、今すぐ大きくなれば黒うさぎは立派な成兎です。誰にも後ろ指さされることなく茶うさぎと夫婦生活を送ることが出来るでしょう。

 ですが…茶うさぎはゆっくりと首を振りました。

「それはいけません…ユーリ」

「…どうして?」

 涙目になって朱唇を噛む黒うさぎにぐらぐらと茶うさぎの理性は揺れます。

 ですが…それでも茶うさぎは首を振り続けました。

「成兎になるということは、身体だけ大きくなるということではありません。色んなものを見て、感じて、考えて…失敗したり成功したりする中で、ひとつひとつ会得して行くことを成長というのです。ですから、いま身体だけ大きくなってしまったら、きっと色んな事でユーリは損をすることになりますよ?」

「損ってなに?」

「大きなうさぎになったら、俺と恋兎らしくふるまうことはできても、幼年学校で勉強するのにはおかしいでしょう?」

「そっか…」

 それはたしかにおかしな感じがします。

 友兎だって出来にくいでしょう。

「それに、ユーリが少しずつ大きくなっていく過程を傍で見守ることが出来ないのは、とても勿体ない気がするんです…俺がね」

 茶うさぎの言葉に、ぱぁ…っと黒うさぎの表情が明るくなりました。

「そっかぁ…じゃあ、大きくなるのやめるっ!」

「ええ、そうしましょう」

 そう決めると、黒うさぎは最後のお願いを口にしました。

「ティーポッドの魔神さん、最後のお願いは、《あんたがあんたの思うように生きられるようになること》だよっ!」

 茶うさぎによく似た姿の魔神は、吃驚して大きく目を見開いたかと思うと…にっこりと微笑んでティーポッドに帰っていきました。

 

 それから先、何度お茶を入れてもティーポッドから魔神が出てくることはありませんでした。

 

 ただ、ときどきこのティーポッドでお茶を入れていると茶うさぎは思いだし、そっと思念を巡らせるのでした。

 

『…………願い事が3つ残ってたら…大きくなったユーリの姿が見て、また戻すこともできたのになぁ……』

 

 でも、そういうことを考えるたびに思い直すのでした。

 どう考えても、黒うさぎが成兎の姿になっているあいだ…茶うさぎの理性がもつとは思われなかったからです。

   

 大きな黒うさぎにナニやらカニやらしておいて、ちいさい黒うさぎと平和に暮らせるとはとても思えませんからね。

 

 そんなこんなで、今日も二羽の生活は平和に過ぎていくのでした。

 

 


「黒うさぎと魔法のティーポッド」おまけ

 

 

 黒うさぎはある日、露天売りの古物屋さんで可愛らしい急須を発見しました。

 正球に近いふっくりとしたフォルムに、ちんまりとした注ぎ口…そしてなにより、白磁に透かし彫りになった模様がとても気に入ったのです。

 小さすぎて一人分しかお茶を煎れられそうにありませんので、茶うさぎと飲みたい黒うさぎとしてはあまり用のない代物です。

 《無駄な買い物をしない》ことは、将来の茶うさぎのお嫁さんを狙う身としては重要な要素なのですが…。

 それは分かっているのですが……。

 しゃがみ込んで店番の老うさぎが困ってしまうくらいじっくりと眺めて熟考した結果、《半分にまけてあげるよ》という老うさぎの言葉にも押されて、結局買ってしまいました。

 

*  *  *

 

「おや、ユーリ…随分とちいさな急須を買ったんですね」

「ごめんなさい…。無駄遣いかなぁとは思ったんだけど…」

 テーブルに載せられた急須を見て、やはり茶うさぎも同じ所に引っかかったようです。

 ですが、それを押してなお買いたくなったのだろう理由にも、やはり気づいたのですけどね。

「いいえ、無駄遣いということはないでしょう。カップに半分入れたところでお湯をつぎ足して、また注げばいいだけの話ですしね。ちいさいですがとても品が良くて愛らしい様子ですし、なにより絵柄がとてもいいですね…」

 急須に描かれていた模様…それは、大きなうさぎと小さなうさぎが仲良く寄り添っている絵柄だったのです。

「ここに置いておくと、あいつも喜ぶかも知れませんしね」

 そう言って、茶うさぎが食器棚の2段目に急須を置くのを見て、黒うさぎは微笑みました。

『ああ、コンラッドも同じ事を考えたんだなぁ…』

 茶うさぎがちいさな急須を置いた横には、先日、村田の倉から貰ってきた大きなティーポッドがあるのです。

 初めてお茶を煎れたときに出てきた魔神はあれから姿を見せませんが…茶うさぎに似せた姿をしていた魔神がどうしているのか、黒うさぎにも気になっていたのです。

 全部のティーポッドや急須に魔神だの精霊だのが宿っているのかは分かりませんが、このちいさな急須をそばに置いていたら、少なくとも寂しくはないのではないかな?と思ったのです。

 その日から、うさぎ達の食器棚には並べてティーポッドと急須が置かれるようになりました。

 

 不思議なことに…たまたま別々に使って、一つを流しに置いていたはずの時でも…気が付いたらこの二つは必ず並んでいるのでした。

 おかしな事ではありましたが、だからといって不気味というほどでもありませんでしたので、二羽はそのままずっとずっと…ティーポッドと急須を愛用し続けました。

 そのおかげでしょうか?この家で振る舞われるお茶は紅茶にしても煎茶にしても、いつだってお客様に大評判でしたし、黒うさぎ達自身、どこで飲むよりも美味しいと思えるのでした。

 

 それがティーポッドと急須の恩返しであるのかどうかはよく分かりませんけどね。

 

* 拍手で榊様に『ティーポッドの魔神はどこへ行ったのでしょうか?茶うさに似た魔神の傍に、黒うさに似た可愛らしい子がいるといいなぁと、思っちゃいました。思うように生きるって、結構大変ですから。傍にいて、楽しいことも苦しいことも、一緒に乗り越えて楽しんでいてくれるといいと思いました♪』との御意見を頂きまして、『なるほど、奥深い言葉だなぁ…』と思い、おまけ話をつけてみました。おとぎ話のつもりなのですが、一歩間違えると怪談話の様にも見える仕上がりになってしまいました。すみません…。 *



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