「今日から主役!」−9








 わぁぁあああ……っ!!

 大喝采と、スタンディングオベーションが止まらない。
 この映画祭最大の盛り上がりが、場内を満たしていた。

「素晴らしかった!お笑い俳優のコメディ映画などと高を括っていて申し訳ない…!」

 有利の手をがっしりと握ってきたのは、同時に出品していた日本の映画俳優、川島直樹だ。国際的実績も確かな人物にそう評されて、有利の目元にはじわりと涙が浮かぶ。

 実際、映画の仕上がりは素晴らしかった。

 序盤では独特の世界観と主人公有利を中心とした《世界間ギャップ》とでもいうようなもので大笑いを誘い、すっかり《これはコメディ映画なのか?》と思わせ始めたところで、コンラートの過去として過酷なアルノルド会戦の様子がリアルに描かれたりする。

 そして、最初は有利を敬遠していた特色ある登場人物達が、次第に有利を支え、守ろうとする過程が魅力的なストーリーと共に描き出されていった。

 特に、忠実なコンラートが有利を逃がそうとして左腕を失い、行方知れずになった後、大シマロンの闘技場で敵として再会するシーンでは、悲痛な有利の表情を目にした人々から《あぁ…》という声音が漏れた。
 おそらく入れ歯を飛ばしたお爺ちゃん辺りは、滂沱の涙を流しているに違いない。

 更にはやはり、ヘッドフォンを用いた《眞魔国語通訳》が、人々を不思議な異世界へとスムーズに旅立たせてくれたようだ。すっかり眞魔国語の虜となった人々は、早速覚えたての言葉を駆使して決め台詞や挨拶を交わしている。

「本当に凄い…!プレミア試写会も楽しみにしているよ?いや…一般客としても、何度でも劇場に足を運びたいよ」
「あ…ありがとうございます!」

 有利がきらきらと瞳を輝かせて見上げると、川島はすっかり相好を崩して目尻の笑い皺を深めていた。

「いやぁ…こうして見ていても不思議だな。こんなに可愛らしい日本の子なのに、ああして映画の画面で見ると堂々たる役者ぶりだったものな」

 にこにこしながら有利の手を握っていた川島は、相当感極まっているのかなかなか離してくれない。他の映画関係者や招待客もそわそわとこちらの様子を伺っているのだが、有利が焦れ初めてもまだまだ語り続けていた。

 結局、コンラートが気を利かせて間に入ってくれるまで握手は続いたのだった。

 それでもなお、今度は他の人々からの握手責めにあった。上映前まではハナにも掛けなかったような人々までが、すっかり様子を一変させているからショービズの成功って凄い。

「素晴らしかったわ…!すごくユーリ君の演技、役にはまってたわよ」
「これからも役者としてやっていくの?」
「ええと…そのぅ…お笑いの仕事も大切にしたいです、ハイ」

 次々と声を掛けられて目まぐるしく時を過ごした後…もみくちゃになった有利は這々の体で劇場を離脱した。打ち上げ会場に到着してみると、みんな似たような風体になっていた。

「コンラッド、タイ取られちゃった?」

 一際ぐったりしているコンラートが、よろめくようにして車から降りてきた。

「離してくれなかったからねぇ…。君のファンだっていうお爺ちゃんがすっかり映画と混合しちゃって《なんで有利ちゃんから離れるんじゃあぁあ…っ!戻ってやっておくれよぉお…っ!》…て、泣きながら迫ってくるんだよ?第二部、三部の話は御法度だから口にも出来ないしさ…」
「そ、それはゴメン…」
「良いよ。どうせここで衣装替えだしね」

 そう、打ち上げ会場は豪勢にもカーベルニコフ家関連の城を改造した《血盟城》で、映画さながらの姿を再現して行われるのだが、折角なので…と、本物の衣装を身につけてパーティーを行うのだ。
 そこでは関係者のみが集って、完全極秘で第一部の完成版が上映されることになっている。

 わくわくしながら久しぶりに学ラン風魔王服に袖を通すと、馴染んだ質感と匂いに心が震える。

『ああ…もうすっかり、魔王役は俺の一部になってるんだなぁ…』

 歓声を受けてちやほやされる以上に、その事がとても嬉しかった。

 さて、真紅のマントを翻して舞踏会…いや、上映会場に駆けつければ、そこは素晴らしい宴席となっていた。セットだけではなく、カーベルニコフ家の歴史ある家具をそのまま持ち込んだと思しき豪奢な卓の上に、所狭しとご馳走が並べられ、その周囲にはキャストだけでなく、スタッフも思い思いのドレスや衣装を着ている。

 眞魔国語で実に楽しげな挨拶が交わされ、さながら眞魔国の中に迷い込んだかのような雰囲気だ。しかも、ニュージーランドの撮影スタッフも全て航空券・宿泊費込みで招待しているので、凄まじい人数になっている。よくまあこれだけの人数がこの会場に入ったものだ。

「ユーリはやっぱり、その衣装が素敵だね」
「あ…あんたこそ!」

 撮影の中では一度身につけただけの白い正装軍服を身に纏い、コンラートは優雅に歩み寄ってきた。金モールの襟章・肩章なども鮮やかな、素晴らしい衣装だ。スタイルが良くて気品のあるコンラートが身につけると、背景とも相まって完璧な王子様である。

 二人で喋っていたら、グウェンダルとヴォルフラムも珍しく笑顔で寄ってきた。
 ただ、話していると微妙にヴォルフラムの表情は怒りを帯びたものになってしまう。

「ふむ、その格好で映画祭に行けば、他の連中も違和感を覚えなかったかもな」
「ふん…あの連中はユーリの中にある才能を見抜くことが出来ないのです!」

 どうやらヴォルフラムは上映前に、他の映画関係者から嫌みでも言われたらしい。元々ヴォルフラムは《主役が気にくわない》と触れ回ってたから、彼らとしては同調しただけなのだろうが…。そう言えば、上映前に彼の怒声が聞こえてきた気がする。有利の為に怒ってくれたのだろうか?

「グウェンやヴォルフも似合ってるな〜」

 グウェンダルとヴォルフラムも、やはりコンラートと同じように正装軍服に身を包んでおり、それぞれ自領のイメージカラーである深緑と蒼を基調としている。映画の撮影中に聞いた話では、元々それがヴォルテール家とビーレフェルト家に代々伝わる色調であり、家紋の基盤色にも用いられているのだという。

 流石歴史ある家系…羽織袴の紋様も覚えていない渋谷家では考えられないことだ。

「やっぱ、家柄と育ちが良いとこーゆー時、自然に威厳が出るな」
「ふん…。こういう血筋はな、ただ唯々諾々と受け継いでいけば良いというものではない。《自分の代が最高》と言えるように、日々精進していく必要があるのだ」
「ふーん、いい話じゃん」

 《家訓なのかな?》と思って素直に感心していると、ヴォルフラムは憮然として上目遣いに睨み付けてきた。

「……分かっているのか?」
「何が?」
「だから…お前やコンラートが恥じることはないと言っているのだ。お前達は、それぞれにシブヤ家とウェラー家で、最高の男として世界に認められたのだから…っ!」

 手放しの賞賛に目をぱちくりと開いたら、ヴォルフラムは珍しく照れも訂正もせずに《ふふん》と笑った。

「僕だって、ちゃんと認めねばならないものは認めるのだ。それが…最高の役者であり、男というものだ」
「ふむ…」

 おそらくグウェンダルが《そういうものなのだ》と尤もらしく言ったのではないだろうか?彼は特に何もコメントしないまま、静かに微笑んでいた。
 その表情が全てを語っていたと言っても過言ではない。

「はぁ〜い、元気にやってますかぁ〜?」
「皆様もお元気そうで何より…」

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには…ド派手真紅ラメ入りドレスを着たヨザックと、エスコートしている(させられている)ギュンターがいた。ギュンターの方は銀色を基調とした丈の長いタイトスーツを着ているのだが、その色彩のせいなのか心境のせいなのか、顔色は青みがかっている。

 しかし、そのギュンターも有利の姿を目に留めると、ニコニコ顔になって手を取っていた。

「ああ…そのお姿!やはり素晴らしいです、ユーリ…!」
「ギュンター、鼻血噴き出したりしないでね?」
「あれは…たまたまです!」

 ギュンターは特殊効果で鼻血を噴くことにはなっているのだが、実はリアルな鼻血も出してしまったことがある。よりにもよってそれが有利の入浴シーンだったものだから…色々と周囲からは突っ込まれたものだ。

「やあ、楽しそうにやってるね」
「村田も、なんかリアルに眼鏡が光るようになってきたな〜…」

 こちらは大賢者用の黒衣に身を包んだ村田だ。彼も《四千年分の記憶を持つ大賢者として、素晴らしい腹の黒さを感じる…!》と大絶賛(?)されている。

 その他、世界的拳闘家のスザナ・ジュリアに、料理研究家のアーダルベルトという異色の夫婦(アーダルベルトには、よくロケ中にキャンプ食をご馳走になったものだ)や、肢体不自由の夫を支えるフリン・ギルビット、可愛らしい有利の娘グレタといった、賑やかな顔ぶれがぞくぞくと集まってくる。

『ああ…眞魔国に、帰って来たなぁ…』
 
 しみじみと実感しながら、有利は作中に出てくる骨付き肉の両端を掴んで、ぱくりと噛みついていた。



*  *  * 




『僕たち、とうとうここまで来たんだな…』

 村田は和気藹々と会話や食事を愉しむ人々…ことに、相方である有利を見つめながらそう実感していた。

『渋谷はもう、僕の手を離れて成長しちゃったしな』

 勿論、友人の成長を言祝ぐ気持ちもあるが、同時に強い寂しさも感じる。共にムラケンズとして遣っていく間、彼は学業も含めて村田におんぶに抱っこだったのだが、それを一番嬉しいと感じていたのは、きっと有利ではなく村田だったのだ。

 この映画のオファーを受けたのも、最初の内は《コケたらコケたで、僕たちはお笑いなんだから話題になりこそすれ、致命打にはならない》という計算があった。自分の力も有利の力も、それほど大した物だとは思えなかったのだ。

 それがどうだろう?有利は伸びやかに成長して硬い殻を破り、瑞々しい魅力と才能を世界に羽ばたかせた。

『渋谷の才能を伸ばし切れていなかったのは、どこかで《そこそこ》に落ち着こうとする僕自身の妥協だったのかも知れない』

 映画撮影中に成人を迎えた村田は、アルコール度数の低いシェリー酒を口に含んだのだが、苦みを強く感じるのがまだ酒になれていないせいなのか、心境によるものなのかは判然としなかった。

「村田!酒なんて止めとけよ。ほら、これ食べてみない?村田好きだろ?」
「渋谷…」

 シェリー酒のちいさな杯を取り上げて有利が差し出した小皿には、鶏肉を中華風に蒸して薄切りにしたものとサラダが載っていた。それは確かに、食欲がなくて何も食べられない夏場でも、辛うじて村田が口に出来る好物だった。

「ん…。頂くよ」

 皿を手にとって有り難く食べさせて貰うと、有利はじぃ…っと村田を見つめてもじもじしている。

「…なに?」
「うん。この映画のキャンペーンが終わったら、またお前との営業生活なんだなーって感慨に耽ってたの。なんだか、映画に関わってた間のことが夢みたいに感じられる時期が来るのかなって。ほら、今も何処かふわふわした感じがしない?」
「うん…確かにね」

 どんなに認められても、足下が覚束ないという感じは確かにある。それはどれほど周囲が賞賛してくれても、やはりまだ村田や有利には役者としての意識が薄い為かもしれなかった。

「なんかさ…映画は映画で良いけど、やっぱり俺たちって基盤がお笑いなんだと思う。そりゃあ、凄くいい話が依頼されたら演技とか又してみたいけどさ…。基本的には、お爺ちゃんお婆ちゃん相手に大笑いして貰う仕事、続けたいって思わない?」
「ああ、それが僕たちの原点だもの」

 有利は凄く変わって、そしてちっとも変わらない。
 その事が何とも言えず嬉しくて、村田は貰った取り皿上の食事をぺろりと平らげた。



*  *  * 




「さあ、皆の衆…上映が始まりますよ…!おのおの、席に着きなさい…!」

 コォオオオ…
 コカカカカカ……

 宴席でどうやって上映をするのかと思っていたが、アニシナが叫ぶと同時にスイッチを押すと、一気に会場の様相が変わっていく。散々に飲み食いされた物はスライド式に片づけられ、高機能の換気装置によって食べ物の匂いが消えると、豪奢な宮廷は一気に最先端の映画上映会場に様変わりしてしまう。

 ダンダバダバダバ、ダンダンダン!
 ダンダバダバダバ、ダンダンダン!
 タンタンタ〜ン、タラタタ〜ン…

 何故かBGMまで掛かっている。これは、サン○ーバードの基地から飛行機等が発信していくときの音楽ではないだろうか?思いっ切り村田がウケている。 

「す…凄いぃ…!」
「流石アニシナさん…金の使いどころが常人離れしているね!」
 
 半分呆れながらも全員が席に着くと、スタッフ達にも例のヘッドフォンが配られる。映画上映前は情報を極力外部に漏らさないようキャストのみに配られていたので、スタッフ達の瞳には一様に感慨深い色合いが滲んだ。
 長い長い旅が、本当に終わりに近づいている…そんな実感があるのだろう。

「さあ…心して見なさい…!これが、我らの力を集結させた映画です…!!」

 アニシナの叫びと共に、上映は開始された。



*  *  * 




 上映が終わった後、誰もが声を無くして《ほぅ…》と息を吐き、次いで…一気に興奮の波動が弾けた。

 わぁあああ……っ!

 何という興奮、何という物語性だろう。
 皆、部分部分には関わっていてそれなりの実感は得ていたものの、それが全て結びついたとき、これほどの作品になると想像した者はいなかったに違いない。

「凄い…俺たち、凄い映画を作ったなぁ…!」
「ああ…ああ……!」
 
 滂沱の涙を流している者もいる。
 
『良かった。本当に…!』

 予備知識の無かった人々の熱狂とはまた違った、しみじみとした感動がスタッフやキャスト達の間に満ちている。
 《あのシーンを撮るときにはああだった》《そうそう…そういえば》なんて会話がどんどん盛り上がっていく。その波がまだまだ去らない中、有利はふとあることに気付いた。

『あれ…?まだ照明が入んないのかな?』

 そう、場内はまだ闇に満たされていて、スクリーンの幕も開けられたままなのである。おかげで、スタッフやキャスト達は立ち上がることが出来ない。
同じように気付いた人々が何事かと囁き始めた頃、スクリーンには…これまでと微妙に演出の違う映像が流れ始めた。
 どうやら、サプライズ上映のNG集らしい。

 《渋谷有利編》…そう書かれたテロップが流れたかと思うと、数々の失敗映像が怒濤の勢いで上映されていく。
 崖で躓いてグウェンダルに片腕で抱き上げられたり、大欠伸をして反り返ったら、魔王衣装のままパイプ椅子が後ろにひっくり返ったり…。ロケ車で眠っている間にヨザックの手で女装させられていたり…。黒い紐パンにイチモツを収めようとして奮闘していたり…。

「うっわ…恥ずかしいぃ〜」
「いやいや、とっても可愛いよ」

 笑いながらそう言っていたコンラートだったが、自分にお鉢が回ってくるとそうも言ってられなくなる。
湖で休憩時間に泳いでいたら、岩の上から飛び込みをした瞬間に水着が脱げてしまったシーンだったのだが、この股間部分には何故かコッヒーの顔画像が填め込まれている。…ということは、素の映像には振るチン状態で記録されていると言うことだ。
 更には、着替え中にズボンを隠されて、軍服の上だけというかなりマニアックにセクシーな姿でおろおろしていたり、犯人のヨザックが窓の外からズボンを閃かせているのを見つけて全力疾走したり…。
 結構恥ずかしいというか、お色気担当みたいなシーンが多かった。
 
 続いてグウェンダルの名前がテロップに流れると、真っ暗な中で立ち上がった本人が両腕を広げて映写の邪魔を始めた。

「アニシナーっ!出てこいっ!即刻この馬鹿馬鹿しい上映を止めろっ!」
「やかましいっ!ジュリア、締めちゃって頂戴っ!!」
「あらあら、良いのかしら?」

 ふわふわとした外見とは裏腹に、ほぼ全盲に近いジュリアは闇の中でも関係なく、気配と音の反響だけで正確にグウェンダルの立ち位置を飲み込むと、瞬速の拳を飛ばして撃沈させてしまう。
《ぐぎゅる…》と呻き声をあげてしゃがんだグウェンダルの向こうでは、《ちちち…可愛いでちゅね〜…迷子たんでちゅか〜?》と目尻を下げて仔猫を抱き上げている姿が映写されていた。更には、鼻歌をうたいながら動物の編みぐるみを作っている姿もあった。

 そして半裸のヴォルフラムが薔薇を持って、姿見鏡の前で良い角度を探している映像や、ギュンターが有利の隠し撮り写真をみながらニヤニヤしている映像など、多少洒落にならない映像も数々出てきた。

 当事者にとっては堪ったものではないが、見ている者にとっては実に楽しい映像が流されていったのだが、最後に流されたのは、再びグウェンダルが主軸になった映像だった。

 有利とヴォルフラムがコンラートのゴシップについて言い争いをしている最中に、割って入ったときの映像だ。

 《コンラートは、誠実な男だ。兄として保証する》…その言葉が流されると、コンラートは感激に瞳を潤ませ、漸く意識を取り戻したグウェンダルは憮然として横を向いている。機嫌が悪いのではなく、恥ずかしいだけだろう。

ヴォルフラムは少し考え込むように映像を見ていたが、こちらはおそらく今の段階に至るまで心境の変化があったのか、どこか苛立たしげに自分自身を見つめていた。こうして客観的に目にすると、初めて分かることもあるのだろう。

 映像の最後は、アニシナには珍しく《この映画に関わった全ての人に、深い感謝を捧げます》との殊勝な言葉で締めくくられた。
 こちらも素直に言葉には出来ない人だから…これが、精一杯の感謝の形なのだろう。



*  *  * 




 その後、世界同時上映された《今日からマ王かも!》三部作は映画界を席巻することになる。

 とにかく、客層の幅が広いことに加えて、リピーターが異常に多かったのである。これは独特の世界観に填れることと、主要な役者一人一人の個性が強く魅力的であったこと、特に《声が良い!》との感想は多かった。
 《何度でも繰り返し見たい》という中毒症状に近いものを示す観客も居て、グウェンダルなどは《アニシナがおかしな仕掛けをしているわけではないだろうな…》と本気で心配していた。

 やはり勝因の一つは、ヘッドフォンを用いた特殊な《眞魔国語通訳システム》だろう。おかげで吹き替え無しに役者の生声を理解できたファン達は、《眞魔国語を学びたい!》と独自にサイトを立ち上げて言語体系を整理したり、習得の為のテキストを作成したり、リアル世界でも教室を開いてしまう強者まで現れた。
 また、キャストに配られた互換システム込みのヘッドフォンも存在することが知られると、《一体幾らで買えるのか》と問い合わせが殺到したそうだ。

 三部作は当初、一年間隔で上映する予定だったが、自称《褒められると椰子の木にも登れる》というアニシナがスタッフ達に(噂では、何故かグウェンダルも…)鞭打って高速で特殊効果を完成させた結果、半年刻みで矢継ぎ早に上映できた事も、大きくファンを沸かせた。

 第一部、第二部はハリウッドの映画祭では映像、音響、脚本関係の賞のみで、役者に関連した賞や作品賞、監督賞といった主要賞は《完結まではお預け》とされていたのだが、いよいよ第三部の評価が出たとき…ノミネートを受けていた12部門(主要賞も含む)全てで賞を獲得するという壮挙を成し遂げた。

 一般的な興行の成功だけでなく、この作品が映画史に残る名作となった。
 その事が、証明されたのである。



*  *  * 




 有利はマンションの一室でちょこんと正座しながら、きらきらと輝く黄金の像を見つめていた。全く同じものが、二つ並べられている。今までテレビでしか目にしたことのない…世界の映画関係者から羨望の眼差しを受けるこの像は、有利とコンラートの演技が世界に認められたという証拠であった。
 主演男優賞と、助演男優賞…今でも、そんなものが自分の手に渡されたという事実が信じられない。

 はふ…っと何度目になるか分からない吐息を漏らしながら、有利はコテンと大きなクッションの上に倒れ込んだ。

『あー…なんか、思い出したらまた身体が震えちゃう…』

 それは受賞の瞬間だけではなく、外部向けのプレミア上映に先立って、関係者のみで第一部から第三部のマラソン上映を見たときの感動も含まれていた。

 苦しんで生み出したあのシーン…創主に取り憑かれた狂気の魔王と、コンラートの呼びかけによってちらつく本来の有利の精神…あの場面が、想像を上回る出来映えでスクリーンの中に描き出されていた。見ている有利自身が、あれが自分なのだとは信じられずにぽかんとしていたくらいだ。

 それに…あの時、コンラートがどんな顔をして自分を見つめているか実感したとも言える。
 創主の誘惑には耳も貸さず、ひたすらに有利を求める声音の何と力強かったことだろう?なんと…麗しかったことだろう?

 そうそう、第二部のクライマックスである魔王公開処刑のシーンだって、改めて素敵だと思った。コンラートは全身に矢を受けながらも、一矢たりとも有利の身体には触れさせず、決然とした声音で獅子吼を放つのだ。

『我が名はウェラー卿コンラート…。第27代魔王ユーリに永遠の忠誠を誓う者…!』

 ああ…思い出してもぞくぞくしてしまう…っ!

 自分が言われているみたいに(実際、役柄的には言われていたわけだし)、きゃふきゃふとクッションを抱きしめて跳ねてしまう。

 ピーンポーン…

「あ…はーい!」

 呼び鈴を耳にして飛び跳ねると、急いでドアホンに駆け寄っていく。
 そこに映し出されていたのは…海外での映画撮影を終えたコンラートだった。事前に送られていた荷物以外にも、華やかな包装のプレゼントらしき箱をたくさん抱えている。

 《お土産なんか別に良いから、無事に、早く帰ってきてよ》といつも言うのだが、《ユーリの顔を思い浮かべると、ついつい色々と買い込んでしまうんだよ…》と頭を掻くのだ。

「ゴメンね、ユーリ。両手が塞がってて…開けてくれない?」
「うんっ!」

 返事もそこそこに玄関へと駆けていくと、勢いがつきすぎて転びそうになったせいで、両手の塞がったコンラートに抱きついてしまう。

「わ…っ!」
「ご、ごめ…っ!」

 専用エレベーターは直接この部屋に繋がっているから人に見られる心配はないが、抱えていた荷物を全部放り投げて有利を支えるものだから、《ガシャンッ!》と怪しい物音も響いた。

「わ…割れ物とか危ないよ!」
「君が怪我をする方が危ないよっ!!」

 普段はとろけるように優しいコンラートも、こういう時はかなり強い語調で有利を叱る。ただ表面上優しいだけではなく、真の優しさなのだというのがこういう所からも分かって、また有利は瞳を潤ませてしまうのだ。

 付き合って三年近くが経つが、未だにイチャイチャらぶらぶの二人である。

「お土産が無事かどうかを確認するのは後にしよう?」

 そう言うと、コンラートはお行儀悪く地面に転がる箱や袋を脚で玄関の中に蹴り入れる。

「うん。お腹空いたろ?御飯作ってるから、すぐごはんにするよ。あ…それとも、汗かいてたらお風呂が先が良…」

 有利の問いかけを唇で塞ぐと、コンラートはそのまま抱えあげた身体を平行移動させて大きなソファの上に横たえると、器用な指先で次々に衣服をはだけていって、露わになった内腿にきつくキスを送る。あっという間に白い肌に幾つも朱華が散った。
 
「食事よりお風呂より…愛する妻が、会わない間にまた綺麗になったかどうか見せて?」「こ、コンラッド〜っ!」

 せっかちな旦那様は、奥さんの痴態をご所望であるらしい。
 抵抗する気もそこまではないので(←ないんかい)、あっという間に全身剥き身にされた有利は、良いように揺さぶられながら嬌声を上げるのであった。

 
 世界に認められたゴールデンコンビ…いや、カップルは、今日も元気に《夫婦生活》を共演中である。



おしまい




あとがき





 意外と長くなったり、「一体何処で落とすべきか…」と悩んだりした映画パラレルでしたが、如何でしたでしょうか!?やはり序盤の、「こんな子がマ王ですって?」的なキャストの反感を打ち返して、「ユーリ…なんて子!」と言わせるのが楽しかったです。

 ちょっと困ったのは、マ王のストーリー的に「映画にしたら一作では慌ただしすぎるよなぁ…」と思って三部作にしたのですが、これって上映間隔が空いちゃうので、その間をどう演出したもんかと悩んじゃいました。

 結果、8〜9はコンユ色そっちのけであらすじ展開になってしまったので申し訳ないです。ただ、「続きは想像してね」的な部分終わりにはしたくなかったので、しょうがないといえばしょうがない…。

 ちなみにエッチ部分は「まあ、ごく一般的なエッチをしたんだろう」くらいにしか想定できなかったので、敢えて別缶送りにはしませんでした。たまにはいいですよね〜(汗)。「青空とナイフ」なんかもそうなんですが、たまーにエロを詳しく書かずにお話の方を進めたい話というのがあります。

 オチの部分のオスカーも、多分ああいう異世界長編映画では役者の演技は集団として評価されがちなので、貰えないよな〜、有利なんて超ド新人だとな〜と分かってはいるのですが、そこはやはり、「多分、評価する人たちが個人的に熱烈なファンだったのよ…!」と思うことにしました。ユーリ、きっと世界のお爺ちゃんお婆ちゃんを魅了したんですよ。通り名は《ジジババの天使》ですよ。

 そんなわけでマ王映画パラレル、お楽しみ頂ければ幸いです。