「コンとユーリ」
※福音館出版の絵本「こんとあき」の微妙なぱくりです。
ユーリは《さいたま》に住む5才の男の子です。 《ぼすとん》という所に住んでいることもありますが、いまは《さいたま》で暮らすことの方が多いです。 ユーリの名前は、《渋谷有利》というのですが、ユーリはまだ小さいので漢字では書けませんし、コンがいつも《ユーリ》と素敵な声で呼ぶので、そういう名前なのだと思っています。 コンというのは赤ちゃんの時から一緒にいるきつねのお人形で、大きさはユーリと一緒くらいです。 《いばらぎ》に住んでいるおばあちゃんが縫ってくれたもので、いつもいつも一緒にいた大好きなお人形です。 え?お人形が喋るのが不思議ですって? ええ、お母さんもお父さんもお兄ちゃんも 『夢でも見たんだよ』 といいましたとも。 でもね?ユーリだけは知っているんです。 だって、ユーリと二人きりでいるとき…本当に時々だけなんですけども、ちゃんとコンはお喋りをするんです。 端切れで作ったほのぼのとした見てくれとは随分と違和感のある、とっても綺麗な男の人の声で、 『ユーリ、元気にしていますか?』 『お友達はたくさん出来ましたか?』 って、聞いてくれるんです。 頭の中に直接響いてくるような声ですけども、ちゃんとお口もぱくぱくと動いたりするんですよ? * * * ある日、ユーリはむしゃくしゃしていました。 だって、今日はみんな《おそうしき》という集まりでお出かけしてしまい、ユーリだけがお留守番をしているのです。 お昼になったらおばさんが来てくれるそうですが、ユーリはお喋りでずけずけと物を言うこのおばさんが苦手でした。 だって、こないだなんかコンが汚くなったらといって新しい人形を買ってきて、《こっちの汚れたのはナイナイしましょうね》といって捨てようとしたのです! 勿論、ユーリは大暴れして抵抗しましたので、コンは捨てられずにすみました。 でも、今日気付いたのですが…どうも、その争いのせいでコンの左腕は千切れかけているのでした。 「コン…いたくない?おくすりぬろうか?」 「ううん、いたくないよ。おくすりもいらないよ」 コンは暫くお話ししてくれましたが、《今日はもうこの辺でね》と言うと、もう何を話しかけても答えてくれなくなりました。 コンはお話しできるときは纏めて1時間くらい話せるのですが、それ以外の時はうんともすんとも言わないのです。 「コン…でも、おれ…しんぱいだよ?」 お母さんは繕い物が苦手なので、コンを直してくれるようにお願いしたら、凄い縫い口になるかも知れませんし、かといって、このままにしておくのも心配です。 腕がなくなったりしたら大変ですもの。 「そうだ!」 ユーリは良いことを思いつきました。 ですが、小さな子どもの思いつく《良いこと》というのは…大抵の大人にとっては度肝を抜かれるような事なのです。 この時も…ユーリは5歳児にはあまり推奨できないような思いつきをしたのでした。 * * * とっとっとー…… 見知らぬ家族連れに引っ付いて改札を通り抜けたユーリは、見るからに小学生以下の大きさでしたので料金を要求されたりはしませんでしたし、家族連れの一員だと思われたせいで、呼び止められもしませんでした。 青い半袖シャツにサスペンダーで止めた短パン、お気に入りのシューズに膝丈の靴下を穿いて、意気揚々と歩いていきます。 背中にちっちゃなリュックを背負い、胸にはひも付きの蝦蟇口財布を提げ、小脇にはしっかりとコンを抱えた姿は大変微笑ましく、道行く人達は一様に笑顔になっていました。 「ええと…あおい、でんしゃ……あ、きたっ!」 ユーリは見覚えのある電車を見つけると、ぽんっと飛び乗りました。 電車の中は随分すいていて、ほとんど貸し切り状態です。 そして座席に座ると、早速お靴を脱いで窓から外を見ました。 「ほーら、コン。お前もみなよ!」 ユーリがコンにも流れていく景色を見せてやろうとしたとき、コンは喋り出しました。 「ユーリ、ここは…どこですか?」 心なしか、コンは呆然としているようにも見えました。 「ここはねぇ、でんしゃだよ!」 「でんしゃ…?ミコさんやショーマは?」 「いないよ!おれね、一人でおばあちゃんちに行くんだ。そんで、コンを直して貰うの!」 誇らしげにそう言うユーリに、コンのお口が《ぱかっ》…と開きました。 「一人で?まさか…おばあさんにも言わずにですか!?」 コンはボタンで出来た瞳を奮わせ、少し草臥れ気味の腕でユーリに詰め寄りました。 「そんな…危ないですよ!次の駅で降りて、元来た駅に戻りましょう!!」 「だいじょーぶ、だいじょうーぶっ!」 ユーリはにっこりと微笑んで、どんっと胸を叩いて請け負いました。 ですが…コンの瞳は一層不安げに揺れます。 * * *
かたん… かたん…… 電車は快調に走ります。 「ふぅ…お腹が空いてきたなぁ」 「うん、それじゃあやっぱり次の駅で降りて、おうちに帰ろう?」 コンはそう言いましたが、ユーリはがんとして譲りません。 「やだ!帰ったらおばさんがいるもんっ!おばさんはいつもコンを捨てようとしてるもんっ!おれ…コン以外のお人形なんてヤダ…どんなにきれいだったりカッコ良かったりしても、それはコンじゃないもんっ!!それとも…コンはおれといるのいや?」 うるる…とつぶらな瞳を潤ませてそう言われると、コンは困ったように俯きました。 「あなたといるのが嫌なわけないでしょう?ユーリ…ただ、おれは心配なんです。あなたのようにちいさくて可愛い子が一人でいて、何か恐ろしいことに巻き込まれたりしやしないかと…」 「一人じゃないもんっ!コンもいっしょだよ?」 ぷぅ…っとほっぺを膨らませてユーリは言いましたが、次の駅が近づいてくると、駅舎に佇む弁当売りの姿を捉え、ぱっと駆け出しました。 「ユーリ!」 わたわたとコンが後を追おうとしますが、電車が停止した途端、ころりと転がってしまいます。 「もう!コンはここで待ってて?お弁当買ってくる!コンの分もちゃんと買うからね!!」 コンは不安定なお人形の身体でよたよたと後を追いますが、ぴゅーっと駆けていくユーリには追いつけません。 * * * 「ううん…まだかなぁ…」 駅の停車時間は5分と言っていましたが、駅弁は混んでいてなかなか買えません。 ユーリは胸がどきどきし始めました。 やっとお弁当を買えたユーリは、弁当売りのおじさんが《坊や、一人で買いに来たの?エライねぇ…》と、頭を撫でてチョコレートをくれたのに早口でお礼を言うと、一生懸命電車に戻りました。 「ユーリ!」 「コン!」 ユーリがぽぅんっと跳ね飛ぶようにして電車の中にはいると、お弁当の上に載せていたチョコレートがころりと落ちました。 「あーっ!」 「駄目っ!ユーリっ!!」 チョコレートに手を伸ばそうとするユーリの手をコンが慌てて引っ張りましたが、何しろ軽い綿詰めのお人形ですから大した力にはなりません。 なんとかユーリを電車内に引き込めたものの…《ぱしんっ》と閉じてしまった電車の扉に、しっぽを《ムギュッ》と挟まれてしまいました。 「やーっ!コン…コンっ!!いたい?いたい!?」 真っ青になってユーリは叫びますが、コンは悠然として答えます。 「大丈夫、大丈夫。平気ですよ?それより、お弁当をありがとうございます。とっても暖かいですね!折角ですから暖かい内にここで食べてしまいませんか?」 ユーリを気遣うように、コンは平気な顔で言いました。 勿論、コンはお人形ですからお弁当を食べると言っても、おままごとみたいになるんですけどね。 * * * 列車が次の駅で停まると、やっとコンのしっぽを扉から外してあげることが出来ました。 「コン…ごめんね…ごめんねぇ…。痛いよね?」 「ううん、痛くなんかありませんよ?」 コンはふるると首を振りますが、ぺしゃんこになったしっぽを見るたびにユーリの瞳は溶けてしまいそうに涙を浮かべるのでした。 そこで、コンはユーリのハンカチを借りるとくるりとしっぽに巻いてみました。 「これでどうです?恰好良いでしょうか?」 腰に手を当て、気取った風なポーズをとってみせるコンは大変微笑ましく、ユーリはきゃっきゃと声を上げて喜びました。 「とっても似合うよ!可愛いねぇっ!!」 「ところでユーリ、おばあさんに連絡がつきますか?電話番号を知っています?」 「うん、リュックの中に《きっずけいたい》が入ってるよ?《たんしく》の2番に、《ばぁば》って入ってるはず」 《たんしく》とはおそらく《短縮番号》のことでしょう。 これはしめたものです。 「それでは、今乗っている電車の番号やなんかを車掌さんに聞いて、おばあさんに電話しておくと良いですよ。そしたら、きっと色んなことが安心です」 「そうだねぇ」 ユーリは頷くと、コンの言うとおりにしました。 電話すると、おばあさんは大層吃驚して、《次はお父さんやお母さんと一緒に来るのよ?》と念押ししましたが、駅まで迎えに来てくれると約束してくれました。 そして、暫くいくうちに…ユーリはとろとろと眠たくなってきました。 窓から差し込む麗らかな光を浴びながら座席に深く腰掛けると、ゆらゆらと揺れる電車の振動がとても心地よかったですし、何より…傍にやさしいコンがいてくれることがとても安心できたものですから、すぅ…と吸い込まれるようにして眠りました。 * * * 目が醒めると、目の前にはおばあさん…だけではなく、お母さんとお父さんとお兄ちゃんがいました。 おばあさんに連絡して貰ったというみんなは、お棺をひっくり返しかねない勢いでお葬式の会場から車を飛ばし、ユーリの乗った電車の終着点まで強行突破してきたのだそうです。 案の定家族みんなにしこたま怒られましたけど、ユーリは満足でした。 だって、コンをきれいに直して貰いましたし、コンと二人きりで電車の旅を楽しめましたからね。 * * * それから一年が過ぎ…ユーリはもうすぐ小学一年生になるという春を迎えました。 うきうきして制服に身を包むと、大きめに作ったのでぶかぶかでし、ランドセルもユーリが小さいせいで背負っているというより乗っかられているような有様でしたが、それなりに凛々しい一年生の出来上がりです。 「とっても素敵ですよ、ユーリ」 「コンっ!」 嬉しそうな…でも、何処か寂しそうなコンの声に、ユーリは不思議そうに聞きました。 「コン…ほめてくれるのうれしいけど…ちょっとしょんぼりしてる?」 「うん…あのね?俺は…ユーリともうお喋りが出来なくなるんだ。ごめんね…でも、最後に一言だけ言っておきたかったから…今日、ここに来たんだよ」 コンは不思議なことを言います。 だって、コンはずっとここにいたのに…。 「どうして…さいごなんて……」 呆然とするユーリの前で、寂しそうにコンは話します。 「そういう約束だったんだよ。ユーリが、《ものごころつくまで》…小学校に上がるまでの間だけ、お人形の姿を借りて、ユーリの事を見守っていられるって…。でも、もう…約束の時が来てしまった。もう…この姿であなたとお話しするのは…これが、最後です」 「やだ…やだよぅ…。コンと一緒にいられないなら、小学生になんかなりたくないよぅ…」 「いつか…必ずまた会えます。ですから…その日まで、どうかお元気で」 「あえる…?本当?や…やくそくできる?」 「ええ、約束します。必ず…必ずあなたとお会いできる日が来ると…。俺も、その日を心待ちにしています。ずっと…ずっと……っ!」 ユーリとコンは、指切りをしました。 コンの手は親指とまんまるな手しかありませんから、親指とユーリの小指でやりました。 「やくそく…ね?」 「ええ…約束です」 そう言ったのを最後に…コンは何も喋らなくなりました。 力無く…くたりと草臥れた布地を抱きしめながら、ユーリは泣きました。 家族の人達に何を聞かれても、その日はずっとずっと泣き続けていたのでした。 * * * それからもっとずっと時が過ぎて、ユーリはコンとお喋りが出来た日々のことを、子ども時分に見た夢だと思うようになりました。 ですが、古びたお人形を捨てようと思うたび、なにか心に引っかかりを感じて、相変わらずお部屋の箪笥の上に置いたままにしているのです。 そしてある日、ユーリは公衆便所(洋式)から異世界に旅立ちました。 そこで沢山の人に石持て追われたり、顎割れマッチョメンに頭をぎゅーっとされているところに、白馬の騎士が現れてユーリを助けてくれました。 ダークブラウンの髪に琥珀色の瞳を持つ青年はとても恰好良い男の人で、初めて見る顔です。 ですが…彼を見ていると、とてもとても懐かしくてぽかぽかと胸が温かくなるのです。 心の奥のとても大切なお部屋の中から、何かがユーリに囁きかけます。 『ね…また、会えたでしょう?』 その何かは、ユーリにとってとても大事な何かであった気がします。 この男の人が、ユーリにとってもっともっと大切な人になり、全部のことを話してくれるのは…もうちょっと先のお話です。 おしまい あとがき
|