「ずっとずっといっしょだよ?」
※絵本調小話「コンとユーリ」の続編です。











 ユーリは《さいたま》に住む5才の男の子です。
 ええ、7月29日…今日がちょうど5才になる日なんです。
 
 この日のユーリは朝からとっても幸せでした。
 だって、おねだりしたらお母さんが《すてきなもの》をゆずってくれたのです。ユーリは早くそれをコンに見せてあげたくて、わくわくしっぱなしなのです。

 コンって誰かって?
 コンはユーリのおばあちゃんが作ってくれた狐のお人形で、ユーリと二人きりの時だけお喋りしてくれる《だいしんゆう》ですよ。とっても仲良しなんです。

 お家でも幼稚園でもみんなから《おめでとう》って言ってもらえるのは嬉しいですけど、ユーリが一番嬉しいのは、コンが綺麗な声で言ってくれる《おめでとう》なんです。だから、二人きりになれる夜が待ち遠しくてなりません。

 夕食には大きなハンバーグを食べて、その後やっぱり大きなケーキが出ました。
 この時、ハンバーグが大きかったのでケーキは蝋燭だけ吹き消して、《また明日食べようね》ってことになりました。
 これはさらにすてきなことですよ?
 だってだって、まん丸なケーキをコンに見せてあげられるのです!

 ユーリはみんなが寝静まった後、わくわくしっぱなしの胸を抱えて冷蔵庫からケーキを取り出すと、小さな子供用テーブルの上に置いて、その脇にコンを座らせました。

「ユーリ…お誕生日おめでとうございます。またひとつ大きくなりましたね」
「うんっ!ありがとうね」

 ふくふくと込み上げてくる笑いを両手で隠していたら、コンは嬉しそうに笑ったみたいでした。

「とってもご機嫌ですね。パーティーは楽しかった?素敵なプレゼントも貰えたみたいですね」
「うん!あのね…とっときのプレゼントをもらったの!」

 そう言うと、ユーリは小さな天鵞絨張り小箱を取りだして、その中から二つの指輪を摘み上げました。

「おや…指輪ですか?そんなに嬉しかったの?」

 普段のユーリなら、新しいグローブやバットを貰う方がよっぽど嬉しい顔をしたことでしょう。ですが、今日は違うのです。だって、こないだ幼稚園で素晴らしいお話を聞いたんですもの。

「えっへへ〜…コン、知ってる?けっこんをすると、おとなになってもずーっと一緒にいられるんだよ?ふーふになるって約束したら、そうなんだって!」 
「……ほほう?」
「だから、おれ…コンとけっこんしきをするの!」
「ほほほう……」

 コンはえらく吃驚しているようでした。

「コンは…おれとけっこんするのイヤ?他にけっこんしたい人がいるの?」

 うる…っと瞳に水膜を滲ませると、コンは縫いぐるみの手をじたばたさせました。

「いえいえいえいえ…そんなことはないんですよ。ちょっと吃驚しただけです。あと…ちょっと照れてしまっただけなんです。嬉しいです…嬉しいですとも!それでは、いますぐに結婚式をするのですか?」
「ほんと?ヤじゃない?」
「ええ、誰よりも大切なユーリとずぅっと一緒にいられる約束なら、是非是非取り交わしたいですとも」

 そういうと、ぽぅんっとコンは跳ねて壁に掛けてあった大判のレース細工を手に取ると(まん丸な手と親指だけなのに、ちゃんと布を掴めるのがコンの凄いところです)、ふわりとユーリに掛けました。

「なんて可愛いお嫁さんなんだろう!」
「え…おれがお嫁さんなの?」
「嫌ですか?でも…狐がお嫁に行くと、雨が降ったりするそうですし…」
「そうなの?じゃあ、おれがお嫁さんがいいや」

 ユーリはすこんっと納得しました。

 でも、ちょっと困ったことが起きました。
 コンはまん丸な手を上手に使ってユーリに指輪をはめましたが、ユーリがコンにはめようとすると…親指が太すぎて、指輪が入らないのです。

 うる…。

 またユーリの瞳が潤んで、ぷるぷると唇が震えます。

「ああ…泣かないでユーリ、ね…俺の首につけてくれませんか?」
「そっか、指じゃなくても大丈夫だよね?」

 機嫌を直したユーリは、コンの首に捲いていたスカーフを外すと、するりと通してからまた捲きました。

「では…初めての共同作業をしましょうか」
「きょうどう?」
「二人でナイフを持って、一緒にケーキを切るんですよ」
「わぁい、やるやる!」

 ステーキ用のナイフを引き出しから持ってくると、二人で手を添えながら切っていきます。ちょっと切れ味が悪いからケーキは崩れてしまいましたけど、味には変わりありません。ぱくっとナイフについた分を口に運んだら、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかったです。

「ああ…ユーリ、ほっぺについてますよ?」
「ん?」

 ぽふ…っとコンは布地でできた口元をユーリのほっぺに押しつけてから慌ててしまいました。

「そうだった!俺は縫いぐるみでしたねぇ…」
「あはは、おれがなめてあげるよ」

 ユーリは笑って舌を出すと、ぺろぺろと仔猫のようにコンの口元を舐めました。
 どうしたのでしょう?コンはしきりに照れているようです。

「おいしいね」
「それは良かった…」

 照れ照れと頭を掻きながら、コンはしあわせそうに笑いました。



*  *  *




 それから、何年もの月日が流れました。
 ユーリが小学校に上がる年には、コンに《いつか必ず会えるから、それまでお別れです》と言われていっぱい泣きましたけど、ユーリはずうっと心のどこかで信じてました。

 だって約束したんです。
 コンは、約束を守る狐なんです。

 だからだから…絶対に会えるんです。


 そう信じていた心は、どうなったと思いますか?


 

*  *  *




 ある日、ユーリの前に小さな天鵞絨張りの小箱が差し出されました。

「コンラッド?」

ユーリは目をぱちくりさせて名付け親を見上げました。
 ダークブラウンのさらさらとした髪が夏風に靡き、琥珀色の澄んだ瞳には銀色の光彩が瞬いています。

 そして、ぱかりと開かれた小箱の中からは、綺麗な指輪が二つ出てきました。
 大きいのと小さいのと…二つです。

「………っ!」
「今度はちゃんと指に通りますよ」

 にっこりと微笑む名付け親は、あの日のように照れておりましたとさ。 
  


おしまい






* お誕生日なプロポーズ話であります。 *