「きらきらぴかぴか」









「ふむ…どうしたものだろうな」

 持ち前の渋面を更に顰(しか)めて、グウェンダルは溜息をついた。
 …というのは、実に困った事態が生じてしまったのだ。

 事が自分自身のことであれば諦めもするが、当事者が最近になって関係回復を果たせた大切な弟…と、その恩人とあっては、何としても助力してやらねばならない。

 《困った事態》…それは、コンラート・ウェラーの養い子である有利のことだ。
 
 有利は不思議な鬼世界の住人であり、コンラートの名誉を回復し、幼少時に彼を虐待したシュトッフェルを告発した立役者でもある。

 その彼についてどうして困っているのかと言えば、今の彼が入国時の姿とは誤魔化しようがないくらいに違ってしまっていることだ。

 ぷにぷにころりんとしていた体つきは、15歳の少年らしいしなやかな肢体へと変化している。何処からどう見ても《育ち盛りなんで★》などという説明でどうにかなる範囲を越えている。

 どうやら過剰な電撃を身体に受けたことで異常を来したようで、今までのようなやり方では子どもの姿になれなくなってしまったのだ。 

「どうしよう…誕生日に鬼世界で一人前の鬼になったら滅多に弱ったりはしないから、それこそ子どもに戻るのは無理になるよ?だったら…やっぱり、俺…身体が弱るように激しい運動をしたり、ご飯を抜いて草臥れた方が…それか、お酒を飲んでみるかした方が……」
「何を言ってるんだい、ユーリ!そんな苦痛を伴うような真似はさせられないよ?」

 有利とコンラートはグウェンダルの屋敷で、先程からこんな遣り取りを繰り返している。
 応接間のふっかりとしたソファの上で弾むようにしながら、有利はへちょりと唇を尖らせた。

「でも…誕生日まであと一週間だよ?直接鬼世界を経由して日本に帰ることも出来るけど…それじゃあ、パスポートの事とかビザのこととかで困るんだろ?」

 確かにそうなのだ。
 日本から《数週間の旅行》という理由で入国した有利が出国手続きを取らずにドイツから出て行くことは色々と拙い。子どもとしての有利は誕生日で存在しなくなるのだとしても、手続き上はそのように出来ないのだ。

 無くなった存在を、《失踪》とか《死亡》という扱いで処理するには無理がありすぎる。
 
 それでなくとも有利は先日のパーティーで顔が知られているし、そもそも戸籍がないのにパスポートを作った経緯自体が違法行為なのだ。必ず何処かで足がついてしまうのは間違いない。

「だが、コンラート…。実際困るのは事実だろう?お前達が問題なく日本で暮らしていく為にも、妙なところで躓くのは得策ではない。ならば、断食はともかくとして酒くらいは少量から試してみてはどうだ?」
「…ですが、ユーリはチョコレート菓子に入っていたアルコールだけで、当分子どもの姿のままだったことがあるんですよ?」
「その時は苦しそうだったか?」
「いえ…身体が熱そうではありましたが…」
「では、今回もチョコレート菓子から試してはどうだ?」
「……」

 コンラートはそれでも、有利の身体に支障が出るかも知れない物を口にさせることに抵抗があるようだ。

「俺…やるよ、コンラッド」
「ユーリ…」
「きっと大丈夫。少しずつなら、きっと身体が小さくなるだけで済むよ。ね…お願い。やらせて?」

 上目づかいにおねだりモードの有利に、そう長い間抵抗し続けることは出来なかった。

『こいつ…意外と尻に敷かれるタイプだな』

 自分と幼馴染みとの関係をトーンと高い棚に上げて、グウェンダルは苦笑した。



*  *  *




「じゃあ…食べるね?」

 緊張した面持ちで、有利は口元に小さなトリュフを運んだ。
 グウェンダルお手製のチョコレートには少量のアルコールが含まされ、少しずつそれを食べていくことで幼児化することを狙っている。

 ぱく…

「んん〜……っ!」

 有利が口元を押さえて鼻声を上げる。

「ユ…ユーリっ!?」

 コンラートが血相を変えて有利の肩を抱くが、有利はうっとりとした顔で微笑んでいた。

「んま〜いっ!お兄さん、お菓子作りの天才だね!?」

 どうやら、単に美味しすぎたらしい。

「ユーリ、何処もなんともないかい?」
「うーん…今のところは……」
「かなり量を減らしたからな。少しずつ食べていけば丁度閾値に達するんじゃないのか?」

 グウェンダルもエプロンを掛けたまま安堵の息を漏らしている。

 有利は恐る恐る次のチョコレートを手に取ったものの、一つ一つ形状や味わい、食感などを工夫したお菓子達に魅了されてしまい、気が付くとぱくぱく口に運んでいた。

「美味ひぃ〜…こんなにチョコなんて食べたら普通胸焼けとかするのに、凄く後味が良くて沢山食べられちゃう!」 
「それは良かった…」

 グウェンダルは珍しく相好を崩して、にこにこと微笑みながらチョコレートを勧めていく。
 しかし…この時、有利の様子が少しずつ変わっていることに誰も気付かなかった。
   
「ふう…暑ぅい……」

 美味なチョコレートに舌鼓を打ったせいか、有利の瞳はとろんと蕩けて…頬も淡く上気している。もしかすると少しずつアルコールが効いてきたのかも知れないが、身体が小さくなっていないということはまだ十分ではないのだろう…と、考えた。

「冷房が弱いのかな?」

 しかし、今日の外気は7月にしては涼やかだし、スーツを着ているコンラートでも肌寒さを感じるくらいに冷房は効いている。

 なのに…どうしてか有利は《暑くて堪らない》という顔をしてシャツの襟元をはだけた。

「暑ぅい……」
「ユーリ…?」

 しゅるり…

 有利は耐えきれなくなったようにシャツを脱ぐと、ふぅ…っと肌を冷やす大気に気をよくしたのか、ニコ…っと笑うとカチャカチャとバックルを外してからズボンも脱いでしまう。

「ユーリ…っ!!」
「ん〜…パンツも、脱ぎたい〜…」

 様子が普通ではない。
 コンラートは大慌てで有利を止めようとするが、伸ばした手に有利の指がしゅるりと絡みついてくる。

「コーン…ラッ…ドぉ〜…」

 やけに色っぽい鼻声を出して、有利はにこにこ微笑みながらコンラートの手を自分の頬へと誘導してしまう。
 恥ずかしがり屋の有利としてはあまりにも異常な行動に、コンラートの心臓はバクバクのドキドキだ。
 あと60ほど年をくっていたら、心不全で死亡しているかも知れない。

「ゆゆゆ…ユーリ…?」
「大〜好きぃ〜…ねー、ちゅーしよう?」
「や…ちょ……っ…ぐ、グウェンも見てるしっ!」
「お兄ーさん…?」

 有利は唖然として立ち竦んでいるグウェンダルに目を向けると、急にぽろぽろと涙を零し始めた。

「コンラッドはぁ…お兄さんの方がスキなの?お兄さんとちゅーしたいの?」
「そんなことは無いからっ!」

 コンラートとグウェンダルは秒速100回を越えそうな速度で手を振りながら否定する。
 こういう時の動作は結構似たもの兄弟らしい。

「じゃあ、俺とキスする方がスキ?」

 ぱぁ…っとお日様みたいに開けっぴろげな微笑みが浮かぶと、ついついコンラートも釣られて微笑んでしまう。

「ああ…ユーリとの方がスキだよ?」
「やった!えい…っ!」
「ん……っ…」

 乱暴で幼い口吻が襲いかかってると、ソファに座っていたコンラートはそのまま押し倒されて、下着姿(紺と灰色のボクサーパンツだ)の有利に良いように口内を蹂躙されてしまう。

 チョコレート味のキスは無邪気なしつこさでコンラートを襲い、次第に彼の理性を蕩かしてしまう。

『ユーリが…したいのなら……』

 そう自分に折り合いを付けると、未だ硬直しているグウェンダルに目配せして退室して貰った。
 流石に、兄の前で濃厚なキスをするのは気が引けたのだ。

 扉が閉まるのを確認するや、ころん…と、しなやかな肢体をソファの上に転がすようにして体勢を入れ替えると、角度を変えて巧みな口淫を鋳掛けていった。

「ん…ふぅうん…気持ちいい…コンラッド……ちゅー上手ぅ〜…」

 息を上げていく有利は全身を淡紅色に染めて、身体の全てを投げ出す勢いでコンラートに絡みついてくる。

 するりと下肢を腰に巻き付けられ、首筋に腕が絡むと…反射的に廻した掌がすべやかな腿を撫でつけてしまう。

『い…いかん……っ!』

 キスだけでは、止められなくなってしまう…!
 幼いけれど、それだけに無邪気で真っ直ぐな愛情表現に転がされるまま、有利を抱いてしまいそうだ。

 しかし、有利は基準が低い鬼世界ですら成人していない少年なのだ。
 そんな子どもを抱いてしまったいいものだろうか? 

「ユーリ…ちょ…と、待って?このままだと…止められそうにないんだけど…」
「どうして止めちゃうの?コンラッド…俺のこと嫌い?」

 へにょりと眉根を下げて、泣きそうに潤んだ瞳を向けるのは止めて欲しい。
 犯罪性誘発性が高すぎる!

 コンラートの惑う指がおずおずと有利の下着に添えられたその時…

 ……ぽんっ!と音がして、有利の身体がちっちゃな子鬼のそれになった。

「………っ!……」
「ほにゃ…」

 幸せそうな顔をした子鬼は、ぶかぶかのパンツ一丁の姿でソファの上に転がると、実に幸せそうな顔をしてすやすやと寝息を立て始めた。

「ゆ…ゆー…り……」

 変な汗が滲み出ていく。

 子鬼になってくれて良かったのか悪かったのか…。
 高ぶったこの身体状態をどうしてくれるのかと言いたいことは山々だったが、コンラートは5分ほど掛けて理性を取り戻した。

 遠い小山に旅立つところだった理性は、何やら渋々という顔で戻ってきた。

「本当に…罪な子だよ、君は……」

 はぁあああ〜…と深い溜息をついてから、コンラートはそっと有利を抱き上げる。
 可愛くて可愛くて…可愛すぎて困ってしまう恋人は、後少しでこの姿を取らなくなるのだから、また目に出来たことを良しとすべきだろうか?

「お帰り…ユーリ」

 少年になった有利も良いけれど、この姿にも思い入れがあって良かった。
 そうでなければ、とても下半身の収まりがつかなかったことだろうと…コンラートは苦笑するのだった。


 





* うっわ…久し振り過ぎて話を思い出すのに時間が掛かってしまいました。リクエスト順では「男前な彼女」シリーズの方が高得点だったのですが、あちらはリクエストの方で扱う予定なので、この鬼っ子シリーズを7月7日までに終わらせる予定です。 *  ←そんなことを言っていたのですが…結局中断しています。