「うさ神様へのお礼」


 眞魔国森に住むユーリは6歳になる黒うさぎです。
 彼は、今年のクリスマスにご馳走を口にすることは半分諦めていました。
 だって、秋に襲ってきた嵐のせいで黒うさぎ達の家は被害を受け、この冬はずっとお金のない状態だったのです。

 ところが、信じられない奇跡が起こったのです!
 
 素晴らしいご馳走が家の前に置いてあり…その上、うさぎ達がお互いへのプレゼントを買うために泣く泣く手放した蒼い石と金時計までが大きな籠の中に詰め込まれていたのです。

『冷めないうちに頂きましょう』

 そう勧める茶うさぎの言葉に従って、黒うさぎはご馳走を急いでテーブル一杯に広げると、ぱくりとパイ生地に包まれたシチューを口に含みました。
 そして…大きく目を見開くと、とても不思議そうに小首を傾げたのでした。

「ユーリ?どうかしましたか?」

 先に毒見をしていた茶うさぎが、困惑して声を掛けます。
 彼が口にしたときには特におかしな感じはしなかったのですが…。

「う…ううん?何でもない……」

 黒うさぎはぱくぱくと匙を進めましたが、その度に美味しそうなのだけど不思議そうな…なんとも奇妙な顔をしていました。
 そしてひとしきり食べ終わって、後かたづけをした後…茶うさぎにこう聞いてきたのです。

「コンラッド…便箋と封筒って持ってる?」
「ええ、持っていますよ?」
「少し俺に貸してくれる?」

 黒うさぎは便箋を受け取ると、覚えたての下手くそな文字で何やら懸命に書き込んでいます。

「何を書いているんですか?」
「ん…うさ神様にお礼をね……」
「そうですか」

 覗き込んでいた茶うさぎの頬が、次第にほわりと綻んでいきました。

*  *  *


「坊ちゃん達、喜んでましたよ?」
「そうか…。コンラートも?」
「ええ、流石にあの流れで坊ちゃんがあんだけ喜んでりゃあ、あの頑固者も受け取らないわけにはいかないでしょうよ」

 濃灰色うさぎと橙うさぎは、晩酌のワインに舌鼓を打ちながら明るい表情で語り合っておりました。
 濃灰色うさぎは災害による茶うさぎの経済状況に胸を痛め、資金援助を申し出ていたのですが、茶うさぎは濃灰色うさぎの領土のうさぎ達を優先して欲しいと言って受け取らなかったのです。

 ですが、濃灰色うさぎは黒うさぎに寂しいクリスマスを迎えさせるのは嫌でしたし、黒うさぎに寂しい思いをさせていることに心苦しい思いをしている弟を見るのも嫌でした。

 ですから、最初は無理矢理にでも押しつけるつもりでご馳走の準備をしていたのですが(出来たて熱々を送りつけるために、茶うさぎの家の近くの料理屋で暖め直しをする手筈も、以前から整えていました)、黒うさぎの様子をたまたま見かけた橙うさぎの言葉で、今回の《作戦》を思いついたのでした。

「ふん…あいつは昔からそういう奴だ…。柔らかそうな物腰をしているくせに、笑顔でにっこり拒絶するからな」
「そんな弟と、弟がとろとろに甘ったるく可愛がり捲ってる仔うさぎに幸せになって欲しい…ですか?閣下も大概お兎良しというか…」
「煩い…」

 ドスの利いた重低音は、聞いている者が橙うさぎでなければ平身低頭して謝り倒しているところでしょう。
 ですが、橙うさぎは濃灰色うさぎの想いなどすっかり分かっていますから恐れるそぶりなどありません。
 それどころか奮発して貰った上等なワインを手酌で杯に注ぐと、ぐいぐいと機嫌良く開けていきます。
  
「おい…グリエ……その酒はそのような飲み方をする物では…」
「まーまー閣下!今夜だけは大目に見て下さいよぅ!あんな良い笑顔のカワイコちゃんと、隊長の照れたような顔を見ちゃったんですからね。今夜は良い気分で酔っぱらいたいんですよ」
「全く…ここで酔いつぶれたらそのまま放置するからな?」

 執務室で酒宴を開いてしまっている部下に濃灰色うさぎは嘆息しますが、言葉と態度のわりに…その眼差しは暖かく和んでいます。
 指摘をしたら《酔いのせいだ》と言うのでしょうけどね。

「グウェンダル閣下、ご報告申し上げます」
「なんだ、入れ?」
「実は…」

 部下は来客があることを告げてきましたが、その来客のメンツに…濃灰色うさぎと橙うさぎは顔を見合わせました。
     

*  *  *



「あのさ…これ、うさ神様に渡して欲しいんだよ」
「ほう…しかし、何故私に?」

 黒うさぎが手渡してきた封筒を、濃灰色うさぎは眉間に深々と皺を刻んだまま受け取りました。

「ええと…その……グウェンはこのへんのメーシだろ?」
「名士ですね」

 茶うさぎが笑顔で補足します。

「だから、うさ神様もエライ人から貰った方が喜ぶかもしんないし…」

 しどろもどろになって目が泳ぎ切っている黒うさぎを、濃灰色うさぎもそれ以上追求しようとは思いませんでした。

『……気付いたか?』

 そう、実は口にしたシチューの味で黒うさぎは気付いてしまったのです。
 だって、シチューからは濃灰色うさぎが特別に使っているハーブの薫りがしたのですから!
 
 ですが、黒うさぎは濃灰色うさぎがなぜそんな方策をとったのか少し察しがつきました。

 きっと茶うさぎや黒うさぎがお礼を気に掛けると思ったのでしょう。
 そうなると黒うさぎの方もお礼の仕方を考えなくてはなりません。

「…分かった、渡しておこう」
「ありがとう!」

 ぱぁ…っと輝くような笑顔を浮かべる黒うさぎを、眩しそうに濃灰色うさぎは見つめます。

「随分…寒そうな髪になったものだな」

 橙うさぎから、黒うさぎが髪を売った事情は聞いています。
 長髪がウリの雌うさぎではないと言ったって、自分の髪をぎりぎりまで切って売ったという黒うさぎの気持ちを思うと、切ないような心地がしました。

「ん?平気だよ!外ではグウェンに貰った帽子被ってるしね!」
「そうか…」

 思わず優しげに細めてしまった眼差しを、濃灰色うさぎは反射的に引き絞りました。
 弟のことを色々いうものの、《頑固》という点に関して言えばこの兄とて病巣は深いのです。

「じゃあ、俺達もう帰るね」
「ああ、気をつけて帰れ」
「うん…あ、これ……」

 黒うさぎは帰り際、飴玉を取り出すと一つずつ濃灰色うさぎと橙うさぎに手渡しました。

「あんた達…飴とか喰わないかもしんないけど、俺…こんなのしか持ってないからさ。ささやかだけど、プレゼント…」

 その飴は、質屋の爺さんうさぎがくれた物でした。
 髪を切って泣きそうな顔をしていた黒うさぎを慰めようとしてくれたのでしょう。

「…ありがとう」
「有り難く食べさせて頂きますよ」
「えへへ…」

 はにかむような微笑みを残して、黒うさぎは帰っていきました。
     

*  *  *


「開けないんで?」
「…うさ神様とやらに渡すためのものだろう?」
「どー考えたってありゃ、分かってるでしょう?…んー、意外ですねぇ…隊長にはバレバレっぽかったけど、坊ちゃんにまでばれちゃうとはね…」

 橙うさぎは封筒を上官の手から受け取ると、ペーパーナイフで思い切りよく封を開けました。
 便箋には、読み取るのも難しいような下手くそな文字で、このようなことが綴られていました。

『うさ神様、石と金時計とハンカチとご馳走をありがとうございました。おかげでとっても素敵なクリスマスでした』
『俺は、うさ神様達が大好きです』
 
「…達、ですって」
「…………」

 濃灰色うさぎは黙って包み紙を解くと、舌の上にころりと飴玉を転がしました。

「甘いな…」
「あの甘ったるい坊ちゃんの精一杯のプレゼントですからね」

 橙うさぎも飴を口にすると、仄かな甘みにふわりと微笑みました。

『良い夜だねぇ…滅多に見れない物を幾つも見れるんだから…』

 一つは、素の表情で照れている元上官。 


 そしてもう一つは…眉間からもこめかみからも皺を排除し、柔らかく微笑む現上官でありました。



* 全てうさ神様の功績になって、濃灰色うさぎと橙うさぎが黒うさぎから感謝されないのは寂しいのでおまけ話にしてみました *