2011年バレンタインリレー企画
〜愛しのコンラート様シリーズ〜
「疾風怒濤の激愛を貴方に」










 セント・バレンタインデー。

 それは日本に於いては世の女性達にとって…いや、男性達にとっても、ときめきと、時にはしょっぱさを綯い交ぜにさせるイベントである。

 ただ、眞魔国にはこれまでそのような習慣は存在しなかったから、《異世界の特別な習慣について》という内容でシンニチから取材を受けた魔王陛下は、あまりよく由来も知らないまま、ざっくりとイベントの趣旨を伝えてしまった。

 それが、自分やモテモテ三兄弟臣下+汁臣下にどのような運命を導くかも知らずに…。




*  *  * 




「破…っ!破…っ!」

 ヒュン…っ!と空気を裂く音が響くが、優雅なドレスの裾が花弁のようにふわりと舞い上がるだけで、しなやかな下肢が露出することはなかった。慎み深い大貴族の令嬢、ラダガスト卿マリアナは、思いを寄せる男性に寝室で披露する他は、決してはしたなく脚など見せはしない。
 音速を超える速度で繰り出される脚を視認できる者など、この国に於いては剣聖と崇められるコンラート以外にはいないだろうから、物理的に考えてもマリアナの蹴りを見ることが出来るのは彼以外にはないだろう。

『うふふ…これって、きっと運命ですわ…っ!』

 《ほほほほほほほほほ〜っ》と優雅に高笑いしながら(人によっては馬鹿笑いと感じたかも知れないが、口にする勇気は無かろう)、マリアナはくるりと身を回旋させると錐揉み状に回転を始める。すると、発生する高笑いは《ほーーーーーーーっ!!》という高調音になって、周囲の枝がビリビリと震えて、なっていた木の実がバラバラと落ち、犬達が怯えたように駆け出していく。

 これは最近修行の成果として身につけた、ドリル方式の穿孔法だ。生身で戦艦の装甲でを穿つことの出来る女性など、おそらく世界でマリアナだけだろう。

 ちなみに、この技を身につけた理由は大変可愛らしい。

『舞踏の腕前をコンラート様にお褒めいただいたときに、私ったら恥ずかしくて面と向かっていられなくなりますの。ですから、ユーリ陛下の郷里に言い伝えられるという《恥ずかしく、穴があったら入りたい》という伝説の大技を習得したのですわ…!』

 何か色々と間違っているが、コンラートを愛おしいと思うその心には一片の曇りも間違
いもないから、それで良いのだ。

 バカ○ンのパパもそう言っている。

 なお、落ちた木の実は忠実な侍女軍団がかき集めて、ちゃんと利用しているのでご心配なく。

「お嬢様、根を詰めすぎるとお体に毒ですわ。そろそろ一息入れては如何でしょうか?」
「ふぅ…そうね」

 侍女頭が声を掛けると、マリアナは額に光る汗を拭って、ラダガスト家の邸宅中庭に置かれた、白木の椅子に腰掛ける。

「ああ、舞踏の後のお茶は美味しいこと!」
「それはようございました」 

 木の実を集める女豹族のメイドは《あれって舞踏?》と今更ながらに小首を傾げたが、本人が言うからにはそうなのだろう。果たして、コンラート以外には視認できないような技が優雅がどうかも分からないが。

 お茶を頂いた後、マリアナは卓上にシンニチを広げた。
 ゴシップが主体の誌面はマリアナの好みでは無かったが(←基本的に我が道を行くから、人のことなどどうでも良い)コンラートに関する情報は信憑性の如何に関わらず何でも欲しいので、隅々まで目を通す習慣がついている。

 卓越した視力で一瞬のうちに《ウェラー卿コンラート》という単語が誌面にないのを確認してしまうと、がっかりしたようにシンニチを閉じかけた。…が、ふと目に止まったのが《魔王陛下》という言葉だった。

『この私が唯一、好敵手(ライヴァル)と認める魔王陛下は如何お過ごしかしら?』

 マリアナはコンラートとユーリが互いに想いあっていることなど承知の上で横恋慕をしているのだが、コンラート自身に迷惑を掛けない限り、想うことは自由だと信じている。それに、容姿だけでなく心までも純粋可憐な魔王陛下は、マリアナの熱く滾る思いを理解している…と、思う。

「……っ!」

 紙面に書かれた文章の意味を汲み取るなり、マリアナはがたりと席を立った。

「何と言うこと…!今すぐ出立の用意をなさい…っ!」
「血盟城に赴かれるのですか?」
「いいえ、それは後日の事よ。まずは用意をしなくては…っ!!」

 マリアナは真紅のドレスを翻して走り始めた。
 ひらりと愛馬に跨ると、高らかにギャロップした彼女の姿はまるで絵画に描かれたナポレオンもかくやという程、威風堂々たる様であった。心なしか、背後に放射線状の後光が見えるようだ。
 ちなみに馬車など用意せずとも、単騎でどこへでも行ってしまう彼女にとっての《支度》とはつまり、《後ろから追跡してBGMを流せ》という意味である。

「いざ、市場へ…っ!コンラート様の為に心臓型の茶色くて甘い《血夜凝(ちよこ)》を完成させるべく、最上の食材を揃えるのです…っ!!」

 そう…。取材に答えた魔王陛下は、色々な単語を眞魔国の土壌に合わせたものに変換するのに大変苦労したのである。そこで、《ハート》は《心臓がモチーフになってる、こういう形のやつ》と図示したのだが、誌面の関係で図は省略されて《心臓型》とされ、《チョコレート》を《茶色くて甘い、木の実の粉と砂糖を固めて作ったお菓子》については、名称と《茶色くて甘い》ことしか掲載されなかったのである。

 そして極めつけは、《好きな人に血夜凝を渡して告白するんだ》という言葉が、どこでどう間違ったのか、《渡した血夜凝を好きな人が食べると、自分に惚れる》という媚薬紛いの効能を書き記されてしまったのである。

 チョコレートの現物を見たことがない者にこの程度の情報しか与えないと、如何なる物体が出来上がってしまうのか、また、どのような意図と勢いでコンラートに喰わせようとするか、大体想像できるというものだろう。

 案の定、マリアナも意気盛んに燃え上がって愛馬を駆けさせた。  

 ぱっぱらっぱ〜
 ぱっぱらっぱ〜 
 ぱぱぱらぱら、ぱらっぱ〜♪

 侍女頭が馬車にハコ乗りしながら奏でる曲は《ちょっこれいと、ちょっこれいと、ちょこれいとは、め○っじ〜》という曲に激似であったが、これはあくまでラダガスト家に伝承される曲目であって、日本の御菓子メーカーとの間に相関性はない。



*  *  * 




「コンラッドはチョコレートって、あんまり好きじゃないよね?」

 来るバレンタイン当日…と、思われる日(眞魔国の暦は地球とは違うので、正確にこの日なのかどうかよく分からないが)、可憐な魔王陛下はもじもじと小さな箱を取りだして、護衛であり、大切な恋人であるコンラートに差し出した。
 こっそり材料を地球から持ってきて、もたもたした手つきで作ったハート形のチョコレートだ。(←溶かして固めただけとも言う)

 製菓会社にのせられるの癪ではあるが、やっぱりあげたくて用意してしまった。

「いいえ、ユーリから頂けるものでしたら、至上の美味ですよ」
「そ…そう?でもさ、俺…御菓子なんて作ったこと無かったから、あんまり美味しくないかも…」
「手作りと来れば、尚更ですとも」

 にっこりと微笑むコンラートが今まさに血夜凝レートを手にしようとしたその時、唐突に血盟城の外で《ゴィィ〜〜ン!》と銅鑼の音が響き渡った。

「な…なに!?」
「何でしょうね。すぐに兵を遣りましょう」

 ユーリの肩を抱いて警戒を深めると、ゆっくりとチョコレートに舌鼓を打っている場合ではなくなる。コンラートは大切にチョコレートの入った箱を小脇に入れた。体温で溶けてしまうのは心配だったが、何かの拍子に誰かに食べられてしまうのはもっと心配だったのだ。
 
 そして、素早く廊下に詰めていた衛兵を城外に派遣すると、ほどなくして帰ってきた衛兵は顔色を変えていた。

「大変です!血盟城の外に黒山の人集りが出来ております!」
「なんだと!?」

 魔王陛下の御代は極めて安定しており、不穏な気配などここのところ全く感知できなかったのに、一体どうしたことだろう?

「そいつらの主張は聞いたか?」
「はい。彼らは一様に《血夜凝》なるものを用意し、目を血走らせてこう申しておりました。意中の方々…ユーリ陛下を初めとして、コンラート閣下、グウェンダル閣下、ヴォルフラム閣下、ギュンター閣下にどうしても《血夜凝》を食べて頂きたいと…」
「はあ!?」

 言われてみて、はっとコンラートは血の気が引く音を感じた。
 そうだ…そういえば先日、シンニチの取材に答えて、ユーリが幾つか地球の習慣を紹介していた。その一つにバレンタインデーに関する話があった気がする。

 取りあえず内乱ではないことは確かなので(どちらかというと、治世者が愛されまくっているという証明みたいな事件だし)、一同は急ぎ血盟城の門に駆けつけた。

「コンラート様ぁああああ……っ!」
「うぉおお…っ!ユーリ陛下ぁああ……っ!!」

 怒号…いや、喜号(?)を上げて人々が手にしていたものは…かなり、何というか…《チョコレート》とは似て非なるものであった。
 一応茶色いのだが、よく見るとぷぅんと魚介類特有のアミノ臭がするのは、鰹節のような加工品を砂糖汁に漬け込んだものだろうか?また、一応御菓子の呈はとっているものの、紅茶か何かで無理矢理茶色く染めた砂糖の塊がごつごつとした光沢を湛えている。砂糖を煮詰めてカラメルにしたものはまだしも美味しそうな色合いをしていたが、ただ、全てのものに共通に言えることだが、形が拙い。

「心…臓?」
「もしかして…《ハート形》の説明が拙かったのかな?」

 責任を感じてユーリが青ざめているのも無理からぬ事で、全員が全員《これが正しい》と信じ込んで、生々しい心臓型の菓子を用意しているのだ。しかも、形状が大きいほど愛の大きさが伝わるとでも思ったのか、みんな顔よりも大きな巨大心臓菓子を掲げているのだ。

 目を血走らせて巨大心臓を掲げる群衆というのは相当…怖い。
 この現場を人間の国からの使者に見られた日には、かなりの誤解が生じることだろう。古来より伝えられる《悪魔的な魔族》そのものの様相を呈しているのだから、間違いなくそうなるだろう。

「コンラート様、どうか…どうか、このわたしくしめの作りました《血夜凝》を召し上がって下さいましーっ!!」
「う…っ!」

 人々を掻き分けて乗り出してきたのは、スメタナ卿だ。ドM気質の彼はコンラートを《私の女王様》と勝手に崇め、《いつか踵で踏まれたい》と願っている変態である。寒い季節だというのに、セックスアピールなのかぱっくりと開いた胸元から、もじゃもじゃと胸毛が出ているのがかなり視覚的に厳しい。

「フォンヴォルテール卿…っ!わ、私の作りました《血夜凝》をどうか…!」
「あたくしの仔猫ちゃん、ヴォルフラム様、どうかどうか〜っ!!」

 グウェンダル狙いのパパイ○鈴木激似のコルマーレ卿に、レズビアンと専らの噂だが、どうやら《男の娘》好きでもあるロートレール卿と、次々に覚えのある(出来れば早く忘れたい)面々が形相を変えて心臓型の《何か》を差し出してくるのだが、実に怪しげな物が入っていそうで、絶対口に入れたくないし、触りたくもない。

 万が一、成分的には安全な物であったとしても、怨念か何かが籠もっていそうで嫌だ。

 とはいえ、彼らがコンラート達を慕って色々と努力してきたことは確かであることから、一概に、《とっとと帰れ》等とすげなくするのも憚られる。まことに困った状況である。

「それにしても、こんな時にあの人がいないのって意外だね」
「ああ…そういえば」

 まるで、《あの人》が来たら解決するかのように、ユーリは瞳を潤ませて到来を待ち望んでいるようだが、果たしてどうなのだろうか?

『最終的には何だか丸く収まるんだが、その前にかなりの大騒動が起こりそうな…』

 コンラートが不安を覚えていたまさにその時、《あの人》は登場した。

「ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ〜っ!!」

 一際凄まじい高調音が響いたかと思うと、太陽を背にして現れたラダガスト卿マリアナは、《とう…っ!》と威勢の良い声をあげて人々の山を跳躍し、コンラートの直前へと華麗に舞い降りた。

「ぐげ…っ!?」

 スメタナ卿の背中にマリアナのピンヒールがめり込んでいるが、狙ったのか偶然なのかは不明である。取りあえず、マリアナは気にせず(←しようよ!)失神したスメタナ卿を衛生兵に渡すと、優雅な所作で一礼した。

「ごきげんよう、コンラート様。そして、我が最大の好敵手、ユーリ陛下」

 眞魔国の民としては順番が間違っているが、恋する乙女としては正しい挨拶を無意識にして、マリアナは恥ずかしそうに、背負った巨大な塊を差し出した。可愛らしい紙でラッピングはされているが、激しく嫌な予感がする。

「あの…これは、もしかして…」
「嫌ですわ、コンラート様。勿論、コンラート様に捧げる為の《血夜凝》ですわ」

 やっぱり。
 しかも、大きさが半端ではない。

 ゆうに、コンラートの等身大は在ろうかという代物だ。

「私、シンニチの記事を読んでからというもの、日夜修行に励んでこの一品を作り上げましたの。正しく心臓の形を再現する為に、フォンカーベルニコフ卿アニシナ様を頼って、心臓標本を沢山見せて頂きましたの!我ながら見事な再現性になっておりますわっ!!」

 そこを頼るな…!今後の展開が更に心配になるではないか。
 多分、一番その事に不安を覚えているだろうグウェンダルが、顔色を真っ青にして立ち竦んでいた。

「アニシナ様は《魔導で動くようにして差し上げましょう》と暖かく言って下さったのですけれど、コンラート様がお口にされるときに、あまりどっくんどっくん元気よく拍動されると気分を損ねるのではないかと思いまして、断念しました」

 それは正しい判断だ。
 その事だけは、マリアナの卓見に深く感謝したい。等身大の心臓が拍動している様など見た日には、絶対トラウマになるという確信がある。

「さあ、どうぞ召し上がって下さいまし、コンラート様!」

 バ…っ!
 
 そう言ってマリアナが包み紙を剥ぐと、想像以上にリアル甚だしい心臓がお目見えした。動かないのが不思議なくらい丁寧に作り込まれたそれは茶色い光沢こそ呈しているものの、心臓そのものという形状をしており、心房心室は勿論のこと、心耳やら大・肺動静脈に、冠状動脈の回旋枝やら対向枝までが詳細に作り込まれている。

「食べ進んで行かれますと、内部の僧帽弁や半月弁も詳細に確認できますわ」

 語尾にハートマークを付けて言われても、心臓型の巨大お菓子は可愛くはならない。コンラートは鬱蒼とした気分で、何と言って断れば良いのか模索していた。

「大変申し訳ないのですが、マリアナ殿…。実は、その…シンニチの記事には一部というか、大幅にと言うか…かなり誤解がありまして…」
「え?」

 はにかむようにそわそわとしていたマリアナの動きがぴたりと止まる。まんまるに見開かれた瞳が、事態を受け止め損ねて呆然としていることを伝えてきて、コンラートは胸が苦しくなるのを感じた。方向性が色々と間違っているとしても、この人の想い自体は眩しいほど真っ直ぐだと理解はしているのだ。

「実は、チョコレートというのはこういう素材なのです」

 そう言ってユーリの作ったハート形のチョコレートを差し出すと、そこにいた全員がきょとんとしていた。

「心臓では…ない?」
「これは地球で《ハート》と呼ばれる形状で、元々は確かに心臓から来ているようなのですが、かなり似て非なるものになっています」
「そ…そんな…た、淡泊な形状のものなのですか!?」

 心臓の形状を再現する為に試行錯誤した面々は、力尽きたように蹲ってしまった。ことに、自信満々で巨大な心臓を作ってきたマリアナの反応は凄まじかった。

「ノォオオオオオオ……っ!!」

 絶叫したかと思うと、凄まじい錐揉み旋回を始めて土中深く潜っていってしまったのである。

「マリアナさん〜っ!?ど、どうしたの…っ!?」

 ユーリが呼びかけても暫くは《ノォオオ……っ!》と言う声しか聞こえなかったが、旋回音が止まった辺りでもう一度呼びかけると、くぐもったような音が殷々と竪穴に響く。

「とうしたもこうしたもあるものですか…!愛しのコンラート様に勘違いした品を捧げてしまうなんて…このマリアナ、一生の不覚!穴を穿って入るしかありませんわ…っ!!」

 怒声にも聞こえるが、語尾が震えているのはきっと半泣きになっているのだろう。
 無理もない。凄まじい努力のすえ作り上げた品が、憧れの君であるコンラートにどん引きされてしまったのだから。

「ゴメンなさい…!お、俺がちゃんと説明しなかったから…」

 責任を感じたユーリもぽろぽろと涙を零して、竪穴の傍で膝をついてしまった。
 これは拙い。かなり拙い。このままでは、バレンタインデーは多くの人々に悲劇を引き起こした黒歴史と化してしまう。ユーリも、二度とチョコレートをくれないかも知れない。(←私情)

 コンラートは高速で頭脳を回転させると、必死になって打開策を考えた。そして思いついたのが、この場にいる全員で《仕切直し》をしてはどうかと言うことだった。ただ、その為には眞王廟の協力がいる。

「皆さん、夕刻になったらまたこの場に集まって下さい。今回、皆さんを誤解させてしまったことで、俺たちから皆さんにお詫びをさせて頂きたい」
「なんですと?」

 喜色に瞳をぎらつかせる人々を掌で押し返し、コンラートは竪穴に向かって甘やかな美声で呼びかける。

「マリアナ殿…いえ、マリアナ。どうか出てきて下さい。頂いた心臓について、お礼も言わせて頂けないのですか?あなたの元気なお顔が見られないと、淋しいな…俺は」

 切なげな悩殺ヴォイスを耳にして、意気が上がらないコンラートファンがいようか?いや、いまい! 

「ほほほほほほほほほほほほほほほほほ〜〜っ!!」

 高笑いの音が次第に大きくなってきたかと思うと、間欠泉もかくやという勢いで噴出してきたマリアナが、陽光のもとで《とう…!》と跳ねた。

 元気だ。
 期待以上に、物凄く元気だ。
 輝く笑顔が眩しい。

 呼び捨てにして貰えたのがよっぽど嬉しかったのか。

「皆さんから頂いた心臓は、俺たちで有り難く頂きますから、どうぞ置いていってください」

 成分検査をして異常がなかった物については、なるべく適正に処理させて貰おう。
 その際、折角だからマリアナの作った《血夜凝》の内部構造も、分解してちゃんと観察させて貰おう。多分、彼女のことだから味は美味しく作っているだろうし。

「では、私のものも食べて下さいますの!?」
「勿論ですとも、マリアナ」

 爽やかな笑顔を向ければ、マリアナはやはり太陽よりも眩しい笑顔を浮かべてくるくると舞い踊った。

「ほほほほほほほほほほほほほほ〜〜!」

 高らかな笑い声が響く中、一同はいったん散開することとなった。



*  *  * 




「これは…」

 再び血盟城前に集まった人々は、甘い香りを漂わせる茶色い噴水に目を見張った。とろとろと見たこともない光沢を湛えた液体が滝のように流れており、そこから実に官能的な薫りが立ち込めている。その横にはふんだんに盛られた果物があって、沢山の小さなフォークが用意されている。

 そこに、給仕姿に扮したコンラート達が現れたのだから堪らない。白いシャツに臙脂色のベストとストレートパンツ、腰に巻くタイプの長いエプロンをつけたコンラートは、誰だって見惚れてしまうほどに艶やかだった。髪も幾分後ろに流して、緩めのオールバック風にしているのもいつもと印象が違って、色気2割り増しである。

「こちらは地球から取り寄せたチョコレートタワーです。どうぞ果物を付けて、少し表面が固まったところでお召し上がり下さい」
「は…はひぃ…っ!」

 コンラート達に見惚れながら、ふらふらと果物にチョコレートを付けた人々は、口に含んで目をまん丸にした。

「これは…」
「美味しい!」

 驚嘆する人々は次から次へと果物をフォークに刺して、たっぷりとチョコレートを掛けてほくほくと口に運んでいく。辺りはあっという間に幸せな笑顔に包まれていた。

「良かったねえ!」
「ええ、何とかみんなの気分も晴れたようですね」
 
 同じく給仕姿になったユーリがにこにこしていると、コンラートもほっと胸を撫で下ろしていた。

「コンラッドも食べてみる?」
「いえ、俺はこちらを食べる方が楽しみですから」

 そう言うと、まだ大事にしまい込んでいる小箱を見せた。

「こっちの方が果物の酸味もあって美味しいんじゃないかな?」
「いいえ、ユーリの愛を感じられるチョコが、やっぱり最高に美味しいですよ」

 コンラートは恭しく箱を開けると、少し熔け掛けたそれを口に運んで、美味しそうに味わいながら食べていった。

「ん…美味しい」
「ほんと?」
「ええ、ユーリもどうぞ味見して下さい」
「ん…」

 重なる唇の間で一瞬だけ触れたキスは、幸いにして誰の目にも止まってはいなかった。
 おかげで、コンラートを愛する人々は心ゆくまで、愛する人から饗された甘味を楽しむことが出来たのであった。

 

おしまい





あとがき


 ゆるゆると続いている「愛しのコンラート様」シリーズ。
 準主役と言うより、主役なんじゃあ…という感があるマリアナさん、やっぱりこの方を書くのは楽しいです〜。
 敵対するニュー変態やヘンテコ大会が思いつかなかったので一話で終わっちゃいましたが、また思いついたら書きますね♪