「ひとりでできるもん」
シブヤ・W・リヒトは眞魔国という大きな国の王子様です。 でも、他の国みたいに最初に生まれた男の子を跡継ぎにするという習慣がない眞魔国では、そのまま王様になるって事が決まっているわけではありません。 かといって、王様になれないってわけでもありません。 おとうちゃんの有利が王様になる時には眞王っていうえらい人が決めていたそうですが、その人は《もうめんどくさいもん》と言って、王様を決めないことにしたのだそうです。 ですから、眞魔国で次の王様をどんな人にするかは、これからたくさん話し合って決めるのだそうです。 『だから、リヒトは自分が何に向いてるかをよーくよーく考えて、その上でどう頑張るかを決めてごらん?』 有利も、パパのウェラー卿コンラートもそう言ってくれますので、リヒトにはとんでもなく大きな重責が掛かると言うことはありません。 でも、やっぱり5歳にもなりますと《自立心》ってものが芽生えてきますし、《誰かの役に立ちたいな》という気持ちも出てきます。 特に、父ちゃんやパパ…そして何より、大好きなレオンハルト卿コンラートの役に立てたら、とっても嬉しいと思うのです。 ですから、久しぶりにレオンハルト卿コンラートが遊びに来て会話が弾んでおりますと、リヒトはすっくと立ち上がりました。 「おれ、ちゅうぼうに行っておかしをもらってくるよ!」 「ええ?」 少し待っていたら侍女が運んできてくれることは知っています。 ですが、なにかしらお手伝いがしたいのです。 「ね?おとうちゃん、パパ…行ってもいいでしょ?」 「一人でいくのかい?」 「そりゃあそうだよ。じゃないと、おつかいにならないもん」 厨房は3階分の階段を降りて、廊下を右に真っ直ぐ行ったつきあたりです。 ええ、何か機会があれば行こうと思ってましたから、ちゃんと下調べはしていますよ? 「うーん…じゃあ、お願いしようかな?」 「うんっ!みんなの好きなおかしを、いっぱいもってくるねっ!」 ここにいるみんなが好きなお菓子もちゃーんと分かっていますよ? まず、おとうちゃんはわりと何でも好きですけど、少し疲れている時には甘いものが食べたくなるみたいです。今はレオンハルト卿コンラートとたくさん遊べるようにと、先にお仕事を固めてしてましたから、少し疲れているはずです。 パパとレオンハルト卿コンラートは少し硬いくらい食感で、辛いものが好きです。 『ユーリの身体が甘いので、お菓子は辛い方が丁度良いんですよ』 パパの方はこないだもそんなことを言っていたら、おとうちゃんの容赦ない拳を受けていました。 《ほんとうかな?》…と思ってお父ちゃんのほっぺたをぺろりと舐めたら、確かに甘いような感じでした。 「じゃあ、行ってきます!」 さあ、おつかいの始まりです。 * * * ひた… ひたひた… リヒトの歩みに合わせて、そろりそろそろと影が動きます。 血盟城の中でのこととはいえ、初めてのおつかいに出かけたリヒトが心配で、良い大人が三人して追跡しているのです。 「転んで泣いたりしたらどうしよう?」 「それは…見守るしかないでしょう?」 「ああ、俺たちが見ていたと知ったらきっと傷つくね」 ひそひそひそ… 囁き交わす声が大きくならないよう、細心の注意を払って小声につとめます。 厨房に到達するまでは至って平穏な道のりでした。こんなに心配して付いてきたのが馬鹿みたいに感じるほどです。 ですが…問題は復路でした。 籠いっぱいに入れて貰ったお菓子を落とさないようにと気を配っていたせいでしょうか?リヒトはうっかり3階登るところを4階登ってしまいました。このままでは、迷子になってしまうかも知れません。 有利はふぅ…っと紅い蝶を送り込みました。 ひらら…ひら…と誘うように蝶が羽ばたくと、綺麗な羽を観察しようとしてリヒトはついていきます。 とてとてと階段を下りて行くのを確認しますと、有利たちはふと我に返りました。 この調子で無事に帰還したら、有利たちが部屋にいないのがばれてしまうではありませんか! * * * 「みんな、おかしもってきたよっ!」 蝶のおかげで見慣れた部屋に戻れたリヒトは、ほっと安堵の息を吐いて来賓室の扉を開けました。 「や…やあ…っ!ご苦労様…リヒト」 「こんなに小さいのに、一人でお使いできるなんて凄いね!」 みんなに褒めて貰って、リヒトはにこにこ顔になりました。 心なしか小汗を掻いているようにも見えますが、きっとお話が盛り上がったのでしょう? 「ねぇねぇ…おれがいないあいだ、どんなおしゃべりをしていたの?」 「えーと…」 「それは……」 「ちょっと難しい、大人の話をしていたんだよ?」 「ふぅん、そうなんだ…。じゃあもっと大きくなったらおしえてね?」 「ああ、良いとも」 みんなで食べたお菓子は、とっても美味しいものでしたとさ。 おしまい |