「部屋とYシャツと学ラン」








「ん、美味しいっ!」
「そう?コンラッドが作ったのに比べると、なんか味が濃いような…」
「そんなことないよ。暑い時期だしね、このくらい塩分を取っても良いんじゃないかな?」

 《空腹》は最高の調味料だという。
 だとすれば、《恋》はきっと最高の食材なのだろう。
 コンラートは有利が作ってくれたオムライスを、今まで食べた中で一番美味しいオムライスだと思った。例えケチャップの量が少々多かったり、卵が加熱されすぎて硬すぎたとしても…だ。

 まこと、恋は盲目とはよく言ったものである。

「そっかな?」

 コンラートに励まされたおかげだろうか?有利もにこにこ顔でスプーンを口に運ぶ。
 風呂上がりの少し濡れた髪がさらりと頬に落ちかかって、ふわ…っと良い匂いがする。同時に、自分も何気なく髪を掻き上げてから同じ匂いがすることに気付いた。

 そういえば、今日買ったばかりのシャンプーとリンスを互いに使ったのだ。
 まだ二人一緒にはいるには照れが強くて、譲り合いながら順番に入っているのだが、同じものを使っていればやはり繋がっていくものもある。

『同じ匂いをさせているのか…』

 今まで付き合った女性と、そんな事で喜びを感じた事なんて無かったと思う。例え気付いたとしても、《物理的に当然に事だろう》くらいの感慨しか抱かなかったろう。

『何でだろうなぁ…こんなに嬉しいのは』

 ぱくりとオムライスを口に含むと、歯列間でグリーンピースが心地よく弾けた。

 

*  *  * 




 コンラートのマンションで暮らすことになった有利は、夏期休業中に様々な手続きを済ませていた。流石に《結婚を前提とした同棲》とは言わなかったものの、なにせ両家の親が了承しているという後ろ盾もあって、思ったよりもあっさりと学校側にも住所変更の手続きが取れた。
 流石に指導要録の《保護者・後見人》欄までは書き換えていないはずだが…コンラート・ウェラーという青年と二人で暮らすことは担任も知るところになっている。

『そ…そうかぁ……』

 …と、変な汗を掻いていたが、気の良い青年教師は敢えて深く追求することなく黙認してくれた。《時代も変わったなぁ…》と溜息をついていたのが、呆れていると言うよりも妙にしみじみとした感慨に満ちていたのは…ひょっとして、小野田も《そう》なのではないかと疑ってしまう。

『先生、優しいもんな。先生もホモってわけじゃないにしても、黙っててくれるよな?』

 開けっぴろげな有利の性格から言って、全ての人に黙って生活をするのはしんどい面があるので、何もかも知っていてくれる人がいるというのは有り難い。
 今日、告白を聞いてくれた園田だって、とても心強い友人だと思う。

『俺、幸せだなぁ…』

 ぱくぱくとオムライスを頬張りながら、有利はちらりと視線を送る。その先にあるのは、明日着る服だ。
 汗だくになったので今日着ていたシャツは洗濯機に放り込み、ズボンには消臭スプレーを掛けて吊している。少し風に当てて湿気を飛ばす為だ。コンラートの仕事用スーツも同じような処置を取って、並べて吊されている。 

 チリ……ン…

 窓辺に吊された風鈴の音が、夕涼みの風に吹かれて流れてくると、二つ並べたズボンも微かに煽られる。仲良く同じようにひらりひらひらと舞う様子に…自然と笑みが浮かんでくる。

「どうかしたの?」
「なんでもない」

 乙女チックなことを考えていたのが恥ずかしくて、ぱくぱくと口にスプーンを運ぶ速度が高まっていくのだけど、よく見ると…コンラートの視線も吊されたズボンに向けられて、やっぱり同じように、ふわ…っと綻ぶ。

『あ…』

 ぷくぷく…
 ぷわん…っ…
 しゅわわわわ……

 胸の中で発泡するその感覚は、清涼飲料の缶をあけて最初に口をつけたときに似ている。
 痛いくらいに舌で弾けて、甘くて爽やかな感触が心地よい。

『嬉しい』

 じんわりと沁みていく幸福感に酔いながら、有利はごっくんと最後の一口を飲み込んだ。

 ちりりん…
 ちりん……

 涼やかな音色と風を感じながら、二人は暫くの間…なにも喋りはしなかった。
 口にするのが勿体ないような充実感に、ひととき浸っていたのである。

『いつまでも、こんな感じでいれたら良いなあ…』

 馴れていったら、こんなに感動したりはしなくなるのだろうか?
 それとも…清涼飲料のようだったこの感覚が、いつしか熟成を重ねてしっとりとした味わいに変わっていくのだろうか?

『大事に大事に、していきたいな…』

 きっと、こんなに大好きな人に出会えるって事は奇跡に近いのだと思う。
 だとしたら…とてもとても、大切にしなくちゃいけない。

 大切に、したい…。

 そう思いながら、そぅっと気付かれないように寄り添っていくと…コンラートの腕がそろりと有利に回される。まだ慣れていない…相手がどう思うかを考えつつの接触は、ぎこちないけれども、少しずつ二人の間の戸惑いを解かしていく。

『触れて良いんだ』
『寄り添ってて、良いんだ』

 ぴとりと引っ付いた二つの影は、暫くのあいだ同じ姿勢のまま離れることがなかった。
 
 


おしまい





あとがき

 砂糖を5トントラックから放出したくらいの甘さでスミマセン。
 照れくささもここまでいくと、変な楽しさが込み上げてきて快感にまで達します。
 また何か思いついたらぽろぽろと書いていきたいです。