〜春色様のリクエスト〜 「春爛漫に獅子が吠え」 血盟城から半日ほど馬を走らせたところにある、カルスナルの山に今年も百花繚乱の春がやってきた。長く細い茎の先に白い花房をたわわに咲かせたもの、濃い緑と黄色のコントラストが牧歌的なもの、そしてなんといっても、黒っぽい木肌に薄ピンクの花弁が映える桜に似た小花の群れが見事な花錦をつくりだす。春特有の薄青い空の下で、それらは四人の観客達の目を和ませた。 その四人とは、眞魔国が誇る最強の魔王ユーリ陛下に、その夫である《ルッテンベルクの獅子》ウェラー卿コンラート、里帰りしてきたリヒトに、その夫である《獅子王》レオンハルト卿コンラート。名だたる面子が揃い踏みなこの状況は、普段であれば厳重な警戒網の中に佇んで、ロイヤルファミリー的優雅な微笑みを浮かべていなくてはならないところである。 しかし、一家団欒の里帰りの時くらいは他人の目を気にせずにのんびりしたいなと思ったってしょうがないわけで、屈強な戦士にして、稀代の名騎手である二人の夫が、人類・魔族の誰が挑んでも即死は免れぬであろうという断崖絶壁を越えて、余人の侵入を赦さぬ桃源郷に妻達を誘(いざな)うのだ。 一家水入らずの雰囲気は、時として普段からは考えられないくらいの親しみを感じさせることもあるが、同時に、うっかり変な導火線に火がついてしまうこともある。 そして、この面子の中でそんな導火線を持っているのは唯一人、ウェラー卿コンラートだけである。 「レオ、リヒトをちゃんと満足させているかい?」 「ええ、勿論」 「どうだろう?君はちょっと淡泊に見えるしな。リヒト、正直に言って良いんだよ?」 きっかけは、リヒトが口をそやしてレオンハルト卿のことを褒めたことだろう。根底素材はウェラー卿も一緒なのだが、良くも悪くも地球文化に染まって下世話にお育ちになられたウェラー卿と違って、純粋培養の眞魔国産レオンハルト卿は、より強く品性というものを感じさせる。 リヒトがその違いを論ったわけではないのだが、レオンハルト卿を褒めそやすとどうしたって、ウェラー卿の方にユーリの視線が寄ってしまう。《あー…コンラッとはそういうところはアレだね》と、愛する妻から生暖かい眼差しを送られてしまったウェラー卿は、変な汗を掻きながら引きつった笑顔を浮かべることになってしまうのだ。 それに、幼い子から成長を見守ってきた可愛い可愛いリヒトがあんまりレオンハルト卿を褒め称えると悔しくなってしまう。さりとて、レオンハルト卿の美点を悪し様に言うのもおかしいので、品がある分、少しウェラー卿に比べると遠慮がちであろう、夜の営みに話が偏ってしまう。 美形が品のある口調で言っているから何となくサマになるが(←なってんのか?)、何のこたーない舅の新郎イジメである。 「満足に決まってるじゃん!」 《何を言い出すのか》という顔をして、リヒトはぷくっと可愛いほっぺを膨らませる。そういう表情はユーリにそっくりで、たちまちウェラー卿はでれっとしてしまう。 「本当かい?遠慮しなくて良いんだよ?レオは優しすぎるところがあるから、リヒトに負担を掛けまいとして夜の営みが淡泊になりすぎてやしないかと心配なんだ。こういうところからじんわりと離婚の危険性が高まることもあるからね」 そんな風に包み込むような優しい口調と微笑みで言われると、酔いが回ってぽんやりしているリヒトは、生来ちょっとお馬鹿なところも手伝って、つるつるっと白状してしまう。 「離婚なんて絶対しないけど…でも、う〜ん…そりゃあ、もっと激しくしてくれても良いのになぁ〜とか思うことはあるケド……」 《ぶふっ》と、レオンハルト卿が端正な面差しとは懸け離れた表情でお茶を噴いた。完璧な姿のみ見ているあちらの眞魔国の民が見たら腰を抜かすだろう。 「は…激しく?して、良いのかい?」 「うん。もー俺のケツも馴れてきたわけだしさ。レオってば、凄い丁寧に解し作業してくれるんだから、バックからガンガン突いたってイイし、満足するまで射精してくれたらいいのになーって思うよ?いつも俺が満足したところで止めちゃうけど、ホントはもっとしたいんだろ?」 これは思わぬ方向に話が流れていった。ウェラー郷の額に脂汗が浮く。 リヒトが軽く不満を訴えるだけで良かったのだが、その内容がレオンハルト卿が完全に充足するまでセックスするという内容になると、ちょっと心配になってしまう。 「いや…リヒト、あのね?限界点はリヒトが満足するところまでにしといた方が良いよ?」 「えー?さっきと言ってること違うじゃん。こういうズレが離婚に繋がったりすんだろ?大体さぁ、俺はあっちの国では外交とか国内巡業に行くとき以外は暇なわけだよ。次の日に立ち上がれなくなったって別に困んないの。こっちゃ、魔王陛下はレオの方なんだもん。ぶっちゃけ、毎日直接執務にあたんなきゃいけない魔王陛下を毎日毎晩容赦なくアンアン言わせてるそっちの方が問題ねェ?」 リヒトは完全に酔っぱライダーと化している。つぶらな瞳はとろんと濡れて眦は紅に染まり、くだを巻くような口調で赤裸々な突っ込みを仕掛けてきた。 この攻撃は、ちっちゃなリヒトのイメージが未だ色濃く残るウェラー卿にとっては大ダメージであった。 「り…リヒト…そんな風に思ってたのかい?」 「ああ…その点については俺も物申したいな」 真面目なレオンハルト卿は、ここぞとばかりに畳みかけてくる。そう言えば以前から、この点に関してだけは追及が厳しかったのだ。 「君こそユーリに無茶をさせすぎてないかい?宰相としてグウェンが活躍してくれているとはいえ、やはりこちらの国ではユーリが魔王陛下なんだ。多少は遠慮してあげるのが夫婦の愛というものではないかな?」 ぐきゅう。 ぐうの音も出ないとはこういう状況か。 苛めてやるつもりだった男と、可愛い我が子から心理的にフルボッコにされてしまったウェラー卿は《すいません》と呟くほか無い。 けれど、愛しい妻はこんな時にも助け船を出してくれる。 「そんなコトないよ。俺にとっちゃ、コンラッドとがっつりセックスすんのがストレス解消になってんだもん!」 「ゆ、ユーリ…!」 ユーリは相変わらず酒にはあまり手を出さないので素面なのだが、言ってることはリヒト級にぶっちゃけでいる。外見的にはリヒトと全く変わらない人間年齢十代のままなのだが、流石に子どもを産んで《うん十年》経っただけのことはある。 「そりゃまあ、所構わず回数天井知らずでガンガンやられ続けると太陽が三個ぐらいに見えることがあるけど、そういうときのための魔力だしね、今じゃ癒しの力も安定してきたから自分に向かって使ってるよ」 そういう時の為に四大要素の力を手に入れたわけではないと思うのだが…。 「実際、何十年も夫婦やってんのに、皆勤賞あげたくなるくらい毎日セックスに雪崩れ込むのは凄いなぁ…って感心するトコあるけど、俺も気持ちイイから良いんだ」 「わー、良いなぁ。俺もそんくらいしたい…」 「リヒトは治癒の力があんまり安定してないから、無茶はしない方が良いぜ?」 こういうのも赤裸々ガールズトークというのだろうか?体位やらプレイのことにまで言及し始めたユーリとリヒトの横で、居たたまれない顔をしたレオンハルト卿が首筋まで真っ赤に染めて俯いている。四人の中で唯一純情な性質の彼にとって、そんな話題を堂々と語られることはかなりの羞恥を誘うのだろう。 「………すまん、レオ。余計な話振った」 「いや…。リヒトの本音も聞けたし、俺ももう少し頑張ってみようと思うよ」 ぽんっとレオンハルト卿の肩を叩くと、引きつった笑みを浮かべて返される。 あと数十年もしたら、この男も赤裸々に性生活を語れるようになるのだろうか? 実はあんまりそうなって欲しくはない自分に気付いたウェラー卿であった。
春色様。散々お待たせした上にリクエスト内容にあんまり沿ってなくてすみません…!お受けしたときから「コンラッドとレオの舌戦」というのがイメージが湧きそうで湧かなかったので、「そのうち湧くかなー」と安易に考えていましたが、速攻湧かないものは時間が経ったからって湧くものではないらしいです。 螺旋円舞曲連載時から、コンラッドがレオを攻撃することを期待する意見が多かったのですが、実は私の中ではコンラッドが常にレオを心配したり、同情したりしていることが多いので、なかなか攻撃を仕掛けられないのです。私の中でのレオは相当《可哀想そうな人》のイメージが強いようです。 リヒトのことも愛しているとは思うのですが、やっぱり一番苦しいときに支えてくれたユーリは絶対的な存在ですし、色々と言い訳はしたものの、やっぱりユーリを唯一無二の存在として愛してはいたと思うんですよね。なんせ強烈な初恋ですから。 でも、絶対に手に入れることは出来ないし求めることも赦されない。そもそもそんな思いを口に出来るような立場でないことも痛いほど知っている。 誰よりも深くユーリを愛しているコンラッドだからこそ、レオの葛藤が、レオ自身が自分自身を騙して納得させている深層心理の部分まで見えちゃうと思うんですよ。 そしてリヒトは意外と懐が大きい。深層心理の部分でユーリを未だ愛しているレオを、その部分ごと愛してます。イメージとしては「め○ん一刻」のラストで、亡くなった旦那さんのことを忘れないでいるヒロインごと愛していますと、墓前に報告する主人公の心境です。あの展開凄く好きなんですよ。愛には色んな形があるから、初恋としての愛と、連れ添う夫婦としての愛が平衡して存在したって良いと思うんですよね。 言い訳臭いですが、そんな理由でかなりヌルイ(しかも、よく見ると「もっとちゃんとセックスしてやれよ」と勧めている)言いがかりをつけるコンラッドのお話でしたが、それなりに楽しんで頂ければ幸いです。 |