「ハロウィンのうさぎ達」
※茶うさぎ達はまだ地球森にいます。







「とりっく、おあ、とりーとっ!」

 茶うさぎが扉を開けると、《ばぁっ!》と両手を広げた黒うさぎが、あどけない言い回しで叫びました。
 思わず…茶うさぎの喉からはある種の声が迸りそうになりました。

 それは、おそらく黒うさぎが期待している種類の《悲鳴》ではないだろうと思いましたので、茶うさぎは口元を押さえて《かーわーいーいーっ!》という絶叫を飲み込みました。

 しかし、茶うさぎが叫びたくなるのも仕方ありません。
 だって黒うさぎは魔女の格好をしているのですが、一体誰がどういうセンスで作ったのか知りませんが、それはとてつもなく愛らしい魔女姿だったのです。

 大きくてぶかぶかのとんがり帽子は耳がちゃんと出るようになっていて、斜めに被った姿は帽子に《被られている》といった風情で堪らなく黒うさぎの小ささを強調していますし、短い丈のタンクトップに肘上までの長手袋…プリーツの入ったキュロット風の短パンまでが揃いの黒衣で、ほっそりとした脚をつつむニーハイは蜜柑色と黒のツートンカラーで、上腕と大腿…そしておへその覗く華奢な腰部分で白い素肌を晒しているのです。
 これで叫ばない方がどうかと、寧ろ茶うさぎは思うのでした。

「この衣装はどうされたんです?それに、《トリックオアトリート》というのは何です?」
「お袋が作ってくれたんだ。あの呪文は俺もよく知らないんだけど…色んな家に行って叫んだら、大兎が子どもに菓子をくれるんだって」

 言われてみると、オレンジに彩色されたかぼちゃ型の籐籠の中には既に沢山のお菓子が詰め込まれています。

「これはハロウィンという祭事だよ。もともとはこの日を一年の終わりと定めていた種族が、先祖の霊が訪れる日として祝っていたものらしいけどね、僕たちの森では殆ど《子どもがお化けの仮装をしてお菓子を貰える日》に成りはてているね」

 黒うさぎの傍らでそう言ったのは、やはり真っ黒なうさぎの村田でした。
 村田は露出度の少ないタキシードのような衣装に、短いマントと小さな黒い羽を付けています。

「ちなみに、今の呪文は《悪戯かお菓子か》という意味でね、子どもが《お菓子をくれないと悪戯をするぞ》と脅して各家々からお菓子を集める時にかける掛け声だよ」

『悪戯かお菓子か…』

 茶うさぎは思わず考えてしまいます。

『お菓子なら浴びるほど差し上げたいけれど…あげなければ何か悪戯をしてくれるのか?』

 黒うさぎは一体どんな悪戯をする気なのでしょう?
 興味を引かれた茶うさぎは、試しに言ってみることにしました。

「お菓子はあげられません」
「えー?じゃあ、悪戯をするよ?いいの?コンラッド!」
「ええ、仕方ありませんね。甘んじて受けましょう?」

 茶うさぎは、黒うさぎが悪戯をしやすいように膝をつきました。

「わしゃしゃしゃしゃーっ!」

 黒うさぎは茶うさぎの髪に手を突っ込むと、わしゅしゅっと掻き回します。
 けれど、痛くないように注意して小さな手で掻き回すものですから、茶うさぎは悪戯をされているというよりも、頭を撫でられているようにしか感じません。
 茶うさぎがにこにこしているものですから、黒うさぎはやり方を変えてみました。

「えいっ!えいっ!」

 小さな拳を作って、ぽくぽくと茶うさぎの背中を叩いてみました。 
 けれど、これも肩甲骨の間の丁度凝っている辺りをリズムよく叩くものですから、悪戯というよりも心地よい肩叩きのように感じられます。

「もー!コンラッド、なんで驚いてくんないの?」

 ぜいぜいと肩で息をしながら困り果てている黒うさぎを見かねて、村田は小首を愛らしく傾げると、友達の耳に何かこしょこしょと囁きました。   

「うん、よし!それならコンラッドも驚くよな?」

 黒うさぎは《にぱりん》と笑顔を浮かべると、茶うさぎに向けてお尻を向けました。

「えい!」

 思い切りよくズボンが下げられると、黒うさぎの真っ白でふっくりとしたおしりと、ふかふかの黒い尻尾が茶うさぎの眼前に晒されます。

「………っ!」

 茶うさぎは覿面真っ赤に頬を染めると、急に立ち上がって反転してしまいました。
 そして素早く扉に戻ってきたときには両手に抱えきれないほどのお菓子を抱えておりまして、無言できゅっきゅと二つの籠にお菓子を詰めていきます。

「わーい!一杯になった!!」
「ええ、そうですね。ですからもう、お菓子を集めて回る必要はありませんよね?今日はもう着替えて、このお菓子を食べましょう?」
「ご飯の前だけど、食べても良いの?」
「今日は特別です…お腹一杯好きなだけ食べても良いですから、もう他の家に行くのは止めましょう?いいですね?」
「うん!」 

 顔中笑顔にしてこっくりと頷く黒うさぎを家に招き入れながら茶うさぎは思いました。
 こんな危険な行事は今年を最後に不参加にさせるべきだと……。





「ハロウィンの恐怖」







 橙うさぎは遠く旅をして地球森までやってきました。

「へぇ…ここがねぇ?」

 噂に聞くとおり、外界の種族を拒絶しているこの森では例えうさぎであっても例外ではなく、この森の住人の手引きなしに分け入ることは出来ない仕組みになっているようで、森の境界は朧に隠されています。

「やぁ、君がグリエ・ヨザックだね?噂は二羽から聞いているよ。僕は村田健。君を歓迎するよ」
「あー、あの手紙を送ってくれた仔…いえいえ、方ですか。ええと…その衣装は普段からそういうものを?」

 霧の中から突然現れた小柄なうさぎに、ヨザックは表情は変えずに…けれど内心はかなりの度合いで驚愕しました。
 現れたうさぎはヨザックの知る黒うさぎ、ユーリと同じくらいの年頃の綺麗な仔うさぎでしたが、そのわりには酷く大兎びた瞳をしているようです。立ち居振る舞いの隙の無さ…そして感情を曖昧にはぐらかすような微笑は婉然としてさえ見えます。
 それに、とても変わった服装をしています。
 タキシード姿に裏地が紅いマント、そして背中には小さな蝙蝠のような羽根をつけており、なんだか《悪魔的》な姿です。そのわりに剽軽なかぼちゃ型の籠に綺麗なラッピングのお菓子を沢山詰め込んでいたりと、ちょっと不思議なバランスです。

「ああ…この衣装かい?これはいつも着ているわけではないよ?今日はこの森で《ハロウィン》というお祭りがあるのさ」
「ああ、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞとかいう傍迷惑な祭り…」
「知っているのかい?意外と博識だね、君」
「はぁ…光栄です」

 相手は小さな仔うさぎなのですが、勘の良い橙うさぎは彼が何かとてつもないものを内包しているのを察して、《逆らってはならない》と判断しました。
 だからといって平身低頭するのは橙うさぎの柄に合いませんので、慇懃さと不遜さを絶妙なブレンドにして銀のスプーンで混ぜたような仕草で一礼しました。
 村田は口端にやはり年頃に不似合いな笑みを浮かべて、漆黒の瞳を細めました。

「君はなかなか良いタマだね」

 くすりと笑みを浮かべる村田が続けて呟いた言葉に、橙うさぎは軽く不安を覚えました。

『退屈しなくてすみそうだ…』

*  *  *



「やぁ渋谷、君の知り合いを連れてきたよ」
「わぁぁっ!ヨザックだぁっ!!どうしてここに!?」
「へっへぇ!こちらの《猊下》にお招き頂いたんですよ!」

 ぴょーんっと飛び上がって抱きついてきた小さな身体を、橙うさぎは彼には珍しく相好を崩して迎え入れました。

「お元気そうで何よりデス〜。グリエ感激!それに、とっても可愛い服ですねぇ、グリエも着たいくらいっ!」

 実際、鍔の広い大きなとんがり帽子をざぼりと被り、肩や腿やお臍といった微妙な場所が剥き出しになった黒衣と、膝上まである蜜柑色と黒のツートンカラー長靴下は何とも絶妙な愛らしさを呈しておりました。なるほど、母親が作っただけあって変ないやらしさが無く、露出度が高い割に清潔感のある可愛らしさを醸し出しているのかも知れません。

「そぉ?えへへ…俺の母さんが作ってくれたんだよ!今度グリエちゃんのも作ってくれって頼もうか?」

 はにかむような…でも、誇らしげなその表情に橙うさぎの眼差しが一層優しいものになります。

「坊ちゃんはこちらの森でも隊長と二羽で暮らしてらっしゃるんですよね?」
「うん!だって俺たち夫婦だもん!!」

 頬を真っ赤に染めて胸を張る黒うさぎに、橙うさぎは今度はニマニマとした笑みを浮かべました。
 茶うさぎから大体の事情は聞いていましたが、こうして本兎を目の前にしてその喜ぶ様を目に出来るというのはとても素敵なことでした。黒うさぎは家族を取り戻して…でも、それでも茶うさぎを一番に思ってくれているのです。

『これはなんと言ってからかってやろうかな?』

 実は、橙うさぎがこの森に来ることは茶うさぎにも黒うさぎにも知らせていなかったのです。

『新婚馬鹿夫婦をからかってやって欲しい』

 末尾に《村田健》とサインされた手紙が送られてきたので、その指示に従ってここまでやってきたのです。 
『どうやら俺の仕事は公然と隊長をからかって欲しいってこったろうが、はてさて…この綺麗な坊やはどういう思惑で俺をしかけようってのかな?』 

 にしゃりと蒼瞳を細めて村田を見やれば、少し意外な姿が目に入りました。

「村田…村田……っ!あ、ありがとうなっ!!俺が寂しがると思ってヨザックを呼んでくれたんだろ?」

 真っ直ぐな性格そのままに、ユーリは友達の身体に勢いよく飛びつくと…ぎゅうっと力強く抱きしめて、その肩口に目元を押し当てていました。
 その眦が感激で少し濡れていることに気付いたのでしょう…村田は初めて、仔どもらしい表情で戸惑い…そして、はにかむように微笑んだのでした。

『おりょ…』

 その面差しが本当に可愛らしかったものですから、橙うさぎは村田に何かを代償として要求するという考えを捨てました。
 もしかして彼の願いを叶えてあげれば、またあんな風に笑ってくれるかも知れません。
 橙うさぎは村田が自分に向かってあんな風に笑ってくれたらいいな…と、ちょっぴり思ったのでした。

*  *  *



「ユーリ…あれ?ユーリ?」

 村田に厳命された所用をすませて茶うさぎが家に帰ってくると、いつもなら走って飛びついてくる黒うさぎがなかなかやってきません。暮れかけた夕日を背に受けて長い陰が家の中まで伸びていきます。
 ふと見やれば、台所から明かりが漏れていました。

「ユーリ…そこに居るんですか?」

 茶うさぎが台所に入ってみると…ぴょぴんっ!と飛びすさるようにしてお鍋から反転した黒うさぎの姿がありました。

「お…お帰りなさいっ!コンラッド…っ!!」
「…………っっ!!!??」

 顔を真っ赤にして茶うさぎに対峙した黒うさぎは…《凄い格好》をしていました。
 ピンクのハートが胸元を覆い、幅広の布地がきゅうっと巻かれて蝶々のようなリボン結びをなし、ひらひらとしたレースが申し訳程度に腿を隠しており…そして、足下は膝上までの白い長靴下に覆われています。
 手に持ったお玉がふるりと震え、艶やかな天鵞絨のような耳もへたれてふるふるしています。   

「や…やっぱり……に、似合わないよな?すぐ着替えてくるっ!!」

 くるっと茶うさぎに背を向けたせいで、黒うさぎは先程折角隠したバックスタイルを披露することになってしまいました。
 黒うさぎのぷっくりとしたおしりは剥き出しで、その上でふくふくとした愛らしい尻尾が揺れていますし、綺麗なラインを描く肩甲骨も丸見えなのです。

『ははははははは………裸エプロン!?』

 それは所謂一つの《男の夢の具現化》ではありましたが、こんな小さな仔うさぎにさせて良い格好ではありません。
 大体、この部屋は秋口にしては随分と暖めてはありましたが、それでも真夏ではあるまいに、こんな薄着でいたら風邪を引いてしまうかも知れません。
 それに、もしも帰ってきたのが茶うさぎではなく、知らないうさぎだったらどうなっていたことでしょう!
 先程、《こんな小さな仔うさぎにさせて良い格好》ではないと思った茶うさぎでしたが、それはあくまで年齢の問題であり、黒うさぎ自体は…物凄く似合いすぎて恐ろしいほどなのです。
 年端もいかない少年の…下心のない純粋な心と身体だからこそ醸し出せる、瑞々しい艶やかさはその気のない者でも怪しい道に引き込むに十分な魅力を持っているのです。

「ユーリ!一体何故こんな格好を!?」

 茶うさぎは3歩で一気に黒うさぎに追いつくと、慌てていたせいもあって怒った口調で…いつもより乱暴に黒うさぎの身体を捕まえました。
 そのせいでしょうか?腕の中の身体はふるふると震えて…見上げた漆黒の瞳には淡く水膜が掛かっています。

「ユー…リ?」
「俺たち…夫婦だから……新婚だから……こういう格好したら喜ぶって聞いたんだけど……だ、駄目だよな?俺…ガキだもんな…。コンラッド…昼間だって、俺がシリ見せたら変な顔して籠にお菓子一杯詰めてたもんな…。俺みたいなガキが、よそんちでおかしなコトしないように…家の中においとかなきゃ…って、思ったんだろ?」

 何度か瞬くと…もう涙が止まらなくなりました。
 ぼろぼろと頬を流れる涙を懸命に止めようとして、黒うさぎはしゃくり上げながらエプロンを裾を手に持とうとしますが、その動きは必死の形相の茶うさぎに止められます。

『イヤーっっ!や、止めて下さいっっ!!』

 それでなくとも日々成長しつつある黒うさぎの愛らしさに性衝動を覚えそうで大変なのに、こんな直裁的な視覚刺激など受けた日には自分はどんなケダモノに変貌するか分かったものではありません。

「ユーリ!涙を拭くならハンカチでね?」

 脂汗を垂らしながら懸命にポケットからハンカチを取り出しますが、その声がうわずっていたせいもあり、黒うさぎは意地になって手を払いのけました。

「いらないっ!俺は自分の持ってる布で拭くもんっ!俺のことガキ扱いするコンラッドなんて知らない!!俺…今日はヨザックと寝るからっ!!」
「は?………ヨザ?」

 きょとんとする茶うさぎを尻目に、黒うさぎはだだっと走ってテーブルの下に隠れていた橙うさぎに飛びつきました。

「ヨザックはこの格好、凄く可愛いって言ってくれたもんっ!」

 確かに言いました。
 そう言って、恥ずかしがる黒うさぎを説得したのです(シリ見せの時は一瞬だったので平気だった黒うさぎも、この格好には流石に躊躇したのです)。
 そして、絶対にメロメロになるであろう茶うさぎの反応を楽しみにして、村田と共にテーブルの下に隠れていたのです…。
 ところが茶うさぎは鼻の下を伸ばさないばかりか二羽は変な雰囲気になるし…特に黒うさぎが泣きだした瞬間に、背後にいた村田の気配がふり返れないほどの瘴気を帯びて感じられました。
 橙うさぎは失敗したのです…。

 背後から刺さる凍てつくような冷気…。
 胸元で泣きじゃくる凶悪なほど可憐な温もり…。
 前方から叩きつけられる獄炎の狂気…。
  
 これらを何とかして明るい明日を迎えることは出来るのでしょうか?
 橙うさぎは真っ青に血の気の引いた顔で…殆ど反射的に黒うさぎの裸の背へと回してしまった手を強張らせました。




「ハロウィンの仲直り」






 橙うさぎは追いつめられていました。

 背後から突き込まれる絶対零度の凍気…。
 前方から押し寄せる煉獄の怒気…。
 お膝でえぐえぐ泣いている愛らしい温もり(でも、そもそもの原因…)。

『ハロウィンて…ハロウィンて……こういう日だっけ?』

 他国での隠密行動中に少し聞きかじっただけの風習ですが、悪魔的な格好が主体であることから見て、何か呪わしい行事なのかも知れません。
 橙うさぎの顔つきはプライドによって普段の飄々とした風情を保っていましたが、背中や腋窩といった辺りには滝のような汗をかき、額にはこってりとした皮脂が浮いていました。

『う…動け、俺の脳っ!!』

 そもすれば機能停止しそうになる脳細胞に発破を掛け、この絶体絶命の危機をなんとか回避しようと橙うさぎは脳内伝達物質を放出します。
 そして、はっ…と閃くものを感じると、黒うさぎを抱きしめてこう言いました。

「ゴメンなさい坊ちゃん…俺は坊ちゃんと一緒に眠って差し上げることが出来ないんです…」
「どうして?」

 しゃくり上げながら真っ赤に泣きはらした瞳が見上げてきます。
 小さなお鼻も真っ赤になっていて、こしこしと顔を擦る紅葉のようなお手々も大変可愛らしい様子です。
 ですが、橙うさぎは壊れ物のようにそぅ…と黒うさぎの身体を離すと、諭すように言いました。

「俺には好きなうさぎがいるんです。ですから、坊ちゃんと一緒に寝ることでそのうさぎに誤解されたくないんです」
「何を?」
「坊ちゃんみたいに可愛いうさぎと一緒に寝たりしたら、きっと俺みたいなエロうさぎは何かエッチな気持ちを抱いたと誤解されてしまいます。ですから、そもそもそういう誤解を生むような状況に持っていきたくないんです」
「そうなの?」
「ええ、そういうものなんです。だってね?坊ちゃん、もしも猊下と隊長が一緒に抱き合って寝たらどうします?もしかしたら寝ぼけて、キスなんかしちゃったりするかもしれませんよ?」
「やだーっ!!」

 途端に、ぶわっと黒うさぎの目に涙があふれ出します。
 その勢いは、先程の拗ねてぐすぐす言っていたのの比ではありませんでした。

「とっても嫌でしょう?でもね…それは隊長だって同じ気持ちなんですよ?幾ら当てつけだって分かってても、俺と坊ちゃんが一緒に寝たりしたら凄く嫌な気がすると思いますよ?」
「あ…っ!」

 黒うさぎにもやっと茶うさぎの気持ちが分かったようです。
 ちろ…と伺うように茶うさぎに視線を送ると、居心地悪そうにもじもじし始めました。

「ゴメン…なさい……」

 しょぼんと身を縮めて俯いてしまった黒うさぎを、茶うさぎの腕がすっぽりと包みます。

「いいえ…俺こそすみません。あなたがあんまり扇情的な格好をされていたので、慌てて乱暴な物言いになってしまいましたね」
「センジョーテキって何?」
「……とても色気があって、見ているうさぎをドキドキさせてしまうことです」
「コンラッドもドキドキした?」
「ええ…とてもドキドキして死んでしまうかと思いました。ユーリは俺がドキドキのあまり死んでしまったら困るでしょう?」
「うん、凄く困る!」

 黒うさぎはこくこくと頷いて言いました。

「じゃあ、もう二度とこんな格好はしないよ!」
「……………二度…と?」

 それはそれでちょっと残念な気がする茶うさぎは言い淀みました。
 ……大きくなったら、やってもらっても…というか、是非やって貰いたかったりしたりしなかったり………。

「渋谷、ウェラー卿は他の雄に君のそんな姿を見せたくないだけで、結構そういう格好自体は好きみたいだよ?」

 村田はにやにや…いえ、にこにこと機嫌良く笑いながら言いました。
 どうやら彼が望んでいた光景がやっと展開されだしたので心から喜んでいる様子です。
 村田は決して友兎である渋谷有利を傷つけたいわけではありませんし、茶うさぎが特別嫌いなわけでもありませんが、可愛すぎる有利の姿を見て茶うさぎがおたおたする姿を見るのはとても大好きなのです。
 大切な大切な有利との結婚を認めてやったのだから、当然この位の楽しみは許されるべきだと村田は思うのです。

「そうなの?」

 きょと…っと純真な瞳に見上げられて、茶うさぎは微妙な笑顔を浮かべました。
 頷いても頷かなくても複雑なことになりそうだったからです。

「坊ちゃん、隊長はそういうの大好物ですよ。だから俺もお勧めしたんですから〜」
「でも、さっきはドン引きだったじゃん!」

 ぷぅっ!と黒うさぎが頬を膨らませます。

「そりゃ、俺が思ってた以上に隊長が坊ちゃんを大切に思ってたからですよ」

橙うさぎが意想外に優しい眼差しと声で囁くものですから、黒うさぎは膨らませていた頬をしゅう…っと元に戻しました。

「俺を…大切にしてるとどうして好きな格好してるのに引いちゃうの?」
「そりゃあ、とっても薄着だったから坊ちゃんが風邪を引くんじゃないかと、その事ばかりが凄く気になったからですよ」

 …最大の理由は年端もいかない仔兎に性的な関係を強要してしまいそうで怖かったせいでしょうが、それは敢えて言いませんでした。

「好きな格好をしてくれることよりも、坊ちゃんが元気でいてくれることのほうが、隊長にとっては大事なことなんでしょうよ」
「コンラッド…!」

 黒うさぎは覿面、瞳を潤ませると勢いよく茶うさぎに抱きついていきました。

「本当にゴメン!俺のこと…そんなに大事に思ってくれてたのに、俺…怒ったりしてっ!」「良いんですよユーリ……」

 ハートマークとピンクのお花が飛び交いそうな…脳が蕩けそうなほど甘い空気に当てられて、橙うさぎは手をはためかせると火照った頬に風を送りました。  

「ヨザックもゴメンな。好きなうさぎがいるのに俺、変なこと言い出して…」
「良いんですよぅ、気にしちゃいませんて!」
「ところで、ヨザックの好きなうさぎって誰?」
「……え?」

 ぎょぐりと橙うさぎは唾を飲みました。
 別に適当な嘘をつけばいいだけの話なのですが、何故だか突然…それが言い出しにくいような気がしたのです。

『何でだ?』

 自分でも不思議で、橙うさぎは小首を捻りました。
そして何の気なしに、ちら…と傍らの村田を見やると、この小さな仔うさぎは何とも大人びた笑顔でくすりと微笑したのでした。

「なんだい?まさか僕のことが好きだとでも言うつもりなんじゃないだろうね?」

 芙蓉の花のような婉然とした微笑みに、橙うさぎのハートと眼差しは釘付けになってしまいました。

『ヤバイ…惚れた……』

 変態というのは感染するのでしょうか?
 どうやら、橙うさぎは友うさぎにして元上官である茶うさぎ同様…ロリショタ趣味に目覚めてしまったようです。
 しかも、家族の承諾まで得てラブラブバカップルぶりを披露する元上官とは異なり、橙うさぎの行く手は相当な茨の道になりそうです。
 だって…とても目の前の仔うさぎは元上官の想い兎のように馬鹿正直で一本気なタイプとは思われないからです。
 でも…それでも橙うさぎは思うのです。
 例え振り向いてくれなくても…村田が微笑んでいられるように何かして差し上げたいと…。
 それを、人は《恋》と呼ぶのではないでしょうか?(この場合は《変》と呼ぶ方が相応しいような気もしますが…)

「どうやらそのようです、猊下…。俺のハートはあなたに奪われてしまいました」
「ふぅん…」

 冷笑するかと思われた村田は、意外なことに…面白そうに微笑むとこう言いました。

「じゃあ、君は今日から僕の下僕って事だね?」
「…………………………そう………いう、事………ですね…………」

 尻に引かれるとかそう言うレベルではありません。
…橙うさぎは、自分の運命が物凄いところに転がっていったことを知りました。

「よ…ヨザ…………お前、本気か?」

 先程まで友兎を惨殺せんばかりの殺意を込めていた茶うさぎが、蒼白になって確認しました。
 茶うさぎは何度かこの友うさぎに斬りつけたりはしましたが、やっぱり彼なりにこの橙うさぎのことが好きなのです。

「あ、へぁ…本気デスともっ!」

 何やら呂律が回ってないし軽く挙動不審ですが、橙うさぎは力強く頷きました。

「じゃあ、まずはこの森で僕に仕えるために儀式を執り行おうか?」
「へ…儀式?」

 茶うさぎの顔色が一層青ざめ、今度は黒うさぎまでもが真っ青になりました。

「む…村田!?儀式って…まさか……」
「君達があれだけの事を為し遂げたんだ。僕の相手だけ特別なんて事許されるわけないだろう?」

 言っていることは殊勝ですが、なんだか声は楽しそうです。
 村田の漆黒の瞳はその腹黒さを反映させるかのごとく黒々と底光りしているようです。

『良い玩具が手に入った…』

 村田の瞳は雄弁に語っています。

「むむむ…村田!傷…治してあげるんだよな?」
「どうかなぁ?」
「げ…猊下!?」

 村田はその辺りには頓着しないのか至って興味なさそうに流すものですから、流石の茶うさぎも血相を変えています。

「え?え?え?儀式って…何です!?そんなヤバイ儀式なんですか?」 

 黒うさぎはともかく茶うさぎまでもが騒然となっている様子に、橙うさぎも段々顔色が悪くなってきました。おたつく橙うさぎの様子を実に楽しそうに見守りながら、村田はふわりと満足げな笑みを浮かべます。

「まぁ、ちょっとね……でも、僕の下僕になるためなら何でも耐えられるだろ?」
「………………………ハイ…………」

 有無を言わさぬ村田の言葉に、橙兎は頷いてしまいました。 
 そんな橙うさぎに、村田は《安心しなよ》と言ってやります。

「なぁに、今日はハロウィンだ。何しろ魂が蘇る復活祭だからね。君にもしものことがあっても、運がよければ復活出来るよ」

 橙うさぎの兎生に幸アレ!

* ヨザムラ…コンユ話のつもりがいつの間にかヨザムラに…。でも、正確には主従の誓いが成立しただけかも… *



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