〜「螺旋円舞曲」番外編〜
「春は二世帯家族でお花見に」
めでたく異世界のレオンハルト卿コンラート陛下と御成婚したリヒトだが、16年間過ごした故郷と今生の別れをしたわけではない。国際結婚ならぬ異世界結婚とはいえど、交通手段があるのであれば、当然定期的な行き来はある。
そのタイミングは、日本なら《盆と正月》になるのだろうが、盆という習慣はないし、正月は互いに新年を迎える為の国家的な行事に忙しいロイヤルファミリーなわけで、取り決めの結果、春にどちらかの世界に行くこととなった。これは、ユーリとリヒトが愛する桜に似た花が満開になる時期に、お花見をすることにしているからである。
* * *
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「うっわ、美味しそう〜っ!」
若草色の敷物の上に座った二組の夫婦の内、一応《妻》とされている二人(歴とした男)は、並べられた料理の数々に手を叩いて喜んだ。二人の夫(こちらも男)は、いずれも相好を崩してそんな妻に見惚れている。
彼らは今、遠出をしてカルスナルと呼ばれる山に来ている。ここは春になると花々の咲き乱れる土地なのだが、起伏に富んだ地形の為、《ちょっとお花見に》と気軽に行けるような場所ではない。それが何故こんなにものんびりと腰をしているかというと、そこは夫二人の卓越した騎馬術の賜である。二人のコンラートにとって、愛する妻やその母(?)、息子が顔を揃えて団欒するひとときはやはり大切なものであったから、血盟城内の中庭や、城外であっても衛兵達の厳重な監視の中で食事をとるというのは頂けないなと感じていた。
だからこそ、愛馬を駆って半日がかりで険しい峡谷を越えてきたのである。毎年のこととはいえ、ユーリやリヒトは辿りつくまでの間《ひゃあ!》とか《うひゃっ!?》と悲鳴を上げてしまうことしばしばだ。夫の技量は知っていても、10メートルもの壁(ほぼ垂直)を駆け下りたり、地底が見えないほどの谷間を一気に跳躍して進む道程は、何とも心臓に悪いのである。
その代わり、目的地に辿り着く頃には決まって、きらきらと輝く瞳で自分たちの夫が示す勇姿に見惚れる。《こんな険しい道をなんなく進んじゃうなんて、やっぱ俺のダンナはすげーや!》なんて、にまにましてしまうのだ。
そして夫達もまた、自分たちが妻にどういう評価を戴いているか重々分かった上で、毎年わざと困難な場所にお花見場所を設定するのである。(←結構策略的)
「これ、全部コンラッドが作ったの?また腕あげたよね〜」
「ふふ。ユーリに喜んで頂けるのなら、剣も包丁も喜んで鍛錬しますよ」
簡易的な籐製折りたたみテーブルの上には所狭しと塗り箱が並べられ、その中には勿論、お花見弁当が綺麗に詰められている。桜色に染まった鮭おにぎり(米食大好き日本男児ユーリの為に、今では稲作も盛んになった)は俵状に纏められ、くるくると細い海苔で巻かれているし、炊いた人参等を巻き込んだ卵焼きは可憐なお花のようだ。魚の切り身や鶏肉の焼き付けも丁度一口大に切り分けられ、芳ばしそうに焼き色の付いたそれらに色取り取りのピックが刺されている。野菜類も一口大にカットされた上に動植物を象った飾り彫りが施されて、素敵に賑やかかつ、美味しそうな様子だ。
なんと、これらは全て《ルッテンベルクの獅子》と讃えられるウェラー卿コンラート閣下、そして《獅子王》として民の尊崇を集めるレオンハルト卿コンラート陛下の作なのである。
実のところ、妻とされているユーリとリヒトが妻っぽいことをしているのは閨の中だけであり、基本的に料理洗濯掃除ゴミ出しはコンラートの職務(?)となっている。勿論、彼らの肩書きを考えれば侍女達がやって当然のことであるのだが、血盟城内はともかくとして、彼らが家庭生活を営む離宮には自分たち以外の者を入れたくない。
それは、寝室のみならず離宮中の全ての場所が《閨》になりかねないから他人を入れたくないという訳ではない。多分。
ウェラー卿コンラートの離宮では、確かに玄関、キッチン、廊下、バルコニー、中庭と、離宮中のあらゆる場所で抱かれた記憶があるユーリだが(特に、リヒトが嫁に行ってからは隠れもせず堂々と御開帳されてしまう)、料理や掃除は、単にコンラートが趣味でやっているらしい。
おかげで、《任せっきりで良いのかな〜?》とは思いつつも、にこにこ笑顔で饗された食事を絶賛したり、綺麗に清掃された家の中や、瑞々しく生けられた華を褒め称えるたびにコンラートが実に佳い笑顔を見せてくれるので、そのままになっている。
自分が手伝うと途中からその場所が《閨》に早変わりしてしまうので、作業が中断されてしまうというのもあるが。
『こんな、トコで…ゃあ…っ!は、恥ずかしいよぅ〜っ!』
『良いから出して?全部俺が綺麗にして差し上げますから』
なんて甘く囁かれれば、何時でも何処でも景気よく出してしまう(←何を)妻は、甘い嬌声をあげながら《夫婦のイトナミ》を遂げてしまうのである。
「どうかしましたか?」
「い…いや、ナンデモナイデスっ!」
仄かに頬を染めて妄想に耽っていたら、不思議そうな顔をしてコンラートが首を傾げる。ユーリは妙なことを考えていたのを誤魔化すように、ぱくりとお花型の卵焼きを口に含んだ。途端に芳醇な出し汁が口の中いっぱいに広がり、鼻に抜ける心地よい柑橘の香りに目を細める。ほんの僅かだが、柑橘類の皮を細かく刻んで散らしていたようだ。ユーリ好みの出汁と塩味基調の中に、ほんの僅か甘みが漂うのがまた絶妙のバランスである。
「んん〜…美味しいっ!」
「それは良かった」
にっこりと微笑む屈強な軍人さんは、閨のことさえなければ完璧な妻だ。閨を入れると不完全な妻になると言う意味ではなく、そこは完璧な夫になるというだけだ(結婚してからというもの、一日と置かず求めてくるのが完璧にあたるかどうかは不明だが)
一方、ウェラー卿コンラートに比べると家庭料理歴が短いレオンハルト卿コンラートは、そこまで短時間に細かな料理は作れなかったが、元々が器用なせいか、綺麗な細工を施した根菜類を炊き込んで、大変美味しい煮物を作り上げていた。
「どうかな?リヒト」
「んんんん〜っ!最高っ!!」
《ぐっ》と親指を立ててグッジョブポーズをとるリヒトに、レオンハルト卿コンラート陛下はいたく満足していた。これが世界に冠たる眞魔国の魔王陛下なのだから、世界って不思議だ。
「特にね、この蕪が口に含むとトロッと溶けてすっごい美味しい!あ、人参の飾り彫りも綺麗〜」
宝石みたいに光る人参のお花を箸で摘むと、リヒトはそのままコンラートの口元に寄せて遣った。
「ね、ね、レオも食べて?」
「ん…」
ぱくんと整った薄い唇が人参を含むと、如何にも《新婚さん》な行為にリヒトの頬が染まってしまう。レオンハルト卿の方はと言うと、弁当箱に詰めてからも味が落ちていないことに安堵した。
「ああ、美味しいね。良かった」
にっこりと華より美しく微笑むコンラートの頭髪に、ひらひらと淡紅色の花弁が降りかかっていく。ひらり、はらりと舞い散る花弁は彼の白い肌に映えて、リヒトは思わず息を呑んで見惚れてしまった。
淡紅色の花樹の周囲には、白い花房をたわわに揺らす雪柳に似た茂みが広がり、所々に鮮やかな黄色を為す星形の華が開いている。《どんな花より綺麗なのはこのひとだ》と、全員が互いの相手に向かって思っているのは間違いないが、花があれば更に美しさが引き立つのも確かだった。
美しい花々に包まれた、素敵な時間。
ただ一つ不満があるとすれば、それは…。
『……二人きりだったら、速攻エッチに始めちゃうんだけどな』
と、ほぼ全員が思っていることであった。
おしまい
* この人達は結局、その後二人で行き直していると思われます *
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