「マ王様はじめました」A

 

    

 

「……っ!」

「きゃおーっ!」

「ふ……はっ!」

 小部屋から出てきた有利の姿に、ローランタン家の面々は声を失ってお皿を取り落とす者、獣めいた叫び声を上げる者、真っ赤になって口をぱくぱく言わせている者…それはそれはバラエティに富んだ反応を見せて驚愕していた。

  それほどに双黒を呈する有利の姿はうつくしく、濃灰色の上質な絹をしゃらりと纏う様は目を奪われずにはいられないほど魅力的だったのである。

「うぅ〜。何でこの服こんなに襟元が開いてんの!?」

「良くお似合いですよ、ユーリ…」

「半笑いで言うなよっ!」

 裾の広がったゆったりめのズボンはともかくとして、丈の長い長衣は襟元がVネックに開いており、有利のほっそりとした首筋や白い胸元が剥き出しになってしまう。一応《お忍び》風に見えるようにしたいのかフードもついているが、被っても良い感じ(?)に黒髪が零れて見えるというのがミソなのだろう。

 襟元と袖にはシンプルなデザインながら銀糸で細かな縫い取りが施されており、全体的にえらく華麗な服となっている。

「きれいきれ〜い。お兄ちゃん、すごいきれいーっ!」

「そ…そう?」

 引きつった笑いを浮かべていた有利も、はしゃぐ子ども達に囲まれてきらきらとした憧憬の眼差しを注がれると、照れながらもはにかんだように微笑んでしまう。

「えへへ…俺が魔王様のふりしたら、この村にたくさんお客さんが来てくれるのかな?」

「うんうん、きっと来るよぅ!俺ね、絶対お兄ちゃんがどんなにきれいだったかお客さんに教えてあげるんだ!」

「あたしもーっ!」

「うーん…そんじゃ、頑張っちゃおうかな!」

 《きゃおーっ!》っという歓声に励まされ、有利はコンラートの手を掴んで勢いよく街に飛び出していったのであった。

 

*  *  *

 

『み…見られてるね……っ!』

『ガン見状態ですね…』

『あんた…なんでそんな最近の言葉まで知ってんの!?』

 有利は仄かに頬を染め、長い睫を伏せ目がちにしながらコンラートの手を引っ張っていく。

 傍目から見ると、どこか二人きりになれる場所でも探しているかのようだ。

「ねぇ…あ、あれって……」

「まさか、ま…魔王陛下?」

「…ってことはお相手はウェラー卿じゃないん!?」

 早速食いついてきたのは、朝早くから畑作業に従事していた勤労女性達だ。

 手拭いのような布をきりりと頭に巻き、もんぺ風のズボンを穿いた女性達は一様に頬を染め、瞳を輝かせて早足に駆けていく有利達を凝視していた。

「あ…ユーリ、あそこ……」

「…ぅおっ!」

 脚本の仕上げに徹夜したと思しき村長は、てっきり帰って寝ているものとばかり思っていたのだが…ちゃっかり脚本で設定した場所に先回りして、二人に向かって《グッジョブ!》と言いたげに手を振っている。

「どんだけ元気なの村長さん……」

「恐るべきバイタリティですねぇ…」

 感心したものやら呆れたものやら…ともかく、彼に見守られている限り脚本通りにしないと文句を言われるのは確かなようだ。

「えーと、まずは…」

「あそこの女性達に話しかければいいようですね」

 対象者と思しき農作業中の女性を見つけると、今度はコンラートが率先して有利を引っ張って近寄っていった。

「失礼…お嬢さん、こちらの果物はこの村の名産品なのですか?」

「は…はいぃっ!」

 煌めく銀の光彩を散らした瞳にやさしく見詰められると、農作業中の女性は手に持っていた真っ赤な果実を取り落としかけて、派手なお手玉状態に陥りながら声を裏返して叫んだ。

「よよよ…よろしかったら味をみてみられたらりなららかったりなさいましたりしませんか!?」

 口をついて出る言葉は無茶苦茶だが、取りあえず果実を勧められていることだけは身振り手振りで理解出来たので、ありがたく受け取ると、かしりと音を立てて歯並びの良い歯で果肉を囓り取る。

「ん…美味しい」

 かしゅ…と良い音を立てて林檎に似た果実を咀嚼し、微かに唇についた果汁を紅い舌が嘗め取っていく。

  その様子に、農作業中の素朴な女性は勿論のこと…見慣れているはずの有利までもが頬を染めて見入ってしまった。

「ユーリ…」

「へぅ…!?」

 熱い瞳で見詰められ、囓り跡のついた果実を唇に押し当てられてから、漸く有利は自分の役割を思い出した。

『そ…そうだった〜…っ』

 思わず手が震えそうになるが、何とか凄まじい笑顔で手を振ってくる村長を無視すると、純朴な子ども達の笑顔を思い出して平静さを取り戻す。

「お…俺、こっちが良い…っ!」

 有利はくるりと果実を回すと、ゆっくりとコンラッドの噛み痕を囓り…首筋まで真っ赤に染めてしまったのだった。

『ふきゅあぁぁぁぁ〜っ!村長ぉぉ〜〜っ!どういう脚本だこれ…っ!』

 かしゅかしゅと、緊張感のせいか全く唾液が出てこない口で果実を咀嚼していると、熱を持ったような頬が大きな掌に包み込まれ…ぺろりと口元の果汁が舐め上げられる。

 女性はもうもう…農作業どころではなくなって、歓喜の形に硬直したまま声にならない叫びを上げるのだった…。

 

*  *  *

 

「陛下、お疲れではないですか?」

「陛下って言うな、名付け親のくせに」

「すみません、ユーリ…。つい癖で」

 お約束の台詞を耳にした村人が押し殺した声で《きゃーっ!》と叫ぶ。

『……………なんでこの遣り取りで《きゃー》?つか…脚本に書く村長も村長だけどさ、この台詞…そんなに一般庶民の皆さんにまで知れ渡っちゃってるわけ!?』

 有利は複雑な心境で脚本を捲った。

「……………………」

 思わず沈黙してしまうが、それでも草むらの向こうから期待に満ちた眼差しを送るローランタン家の子ども達が気になって、有利はそそ…っとコンラートの脇に寄りそうと、頬を胸元にすり寄せるようにして上目づかいに見上げた。

「いつもそう呼べっていってるだろ?あんたは…俺の………と、トクベツ…なんだから…っ!」

 ど…くぁあああ……っと瞼の裏にまで血流が集中すると、有利はそのままコンラートの上着の中に潜り込んでしまい、余計に歓声を浴びる羽目に陥るのだった。

 自分のことに一杯一杯だった有利は、コンラートの方も眦を紅に染めて、口元を手で覆っていたことを知らない…。


*  *  *



 次から次へと、《これ、どういう羞恥プレイですか?》と言いたくなるような苦難を乗り越え、有利がぐったりしてくると、最初は半笑いだったコンラートも眼差しが心配げなものになってしまう。

「ユーリ…もうかなりのサービスはしましたし、そろそろ切り上げませんか?」

「でも…村長さんの脚本、まだ半分も終わってないぜ?」

 村人達には聞こえないよう木陰に入り込んで囁き交わすと、なおも続けようとする有利にコンラートは益々心配げな顔になってしまった。

「ですが、折角の休暇にこんなに気疲れしていてはお辛いのではないですか?それに…可愛い女の子ならともかく、俺のようなものと恋愛ごっこをするのは…お嫌では?」

「え…?」

 微笑みの中に何か…苦いものを滲ませるコンラートに、自分のことで一杯一杯だった有利は、今日初めて見るようにコンラートを凝視した。

「もう…止めましょう?」

 諭すように囁きながら、少し視線を外すコンラートを何故だかそのままにしたくなくて、少々乱暴にコンラートの顔を両手で掴むと強引に目線を自分に合わせた。

「俺…あんたと一緒だから嫌な訳じゃないよ!?」

「…ユーリ?」

「あ…あんたが相手だから、やれたんだよ!あんた以外の相手だったら…幾ら頼まれたからってやったりしないよっ!」

 眦まで紅に染めて見上げる美貌に、コンラートはくらりと目眩に似た感覚を味わった。

『ユーリ…あなたは、意味が分かっていて言ってるんですか?』

 それではまるで、コンラートだから…コンラートだからこそ、恋人めいた睦言をかわす気になるのだと言っているようではないか。

「あんたこそ…俺みたいなガキ相手にこんなことすんの…嫌?」

 震える双弁が水膜を纏うのを、コンラートは衝撃的な想いで受け止める。

『ユーリ…あなたは……っ!』

「ユーリ…俺は……っ!」

 殆ど反射的に込み上げてきた言葉を口にしようとしたその時、コンラートは木の向こうで期待感に満ちた眼差しを送る村長の存在に気付いた。

 

『あんた何でそこに居るんだーっっ!!』

 

 絶叫が喉を突き掛けるが、こんな千載一遇の雰囲気を壊すわけにはいかない。

 ひょっとしてひょっとすると…二人の関係が大躍進を果たす日がやってきたかも知れないのだ!

「ユーリ…失礼…っ!」

「わひゃっ!」

 コンラートが軽々と有利の体躯を抱え上げると、複数の木陰から《きゃーっ!》という黄色い悲鳴が上がる。

 ウェラー卿コンラートともあろう者が…ヤキが回ったものである。有利に集中するあまり、周りの気配に鈍感になっていたらしい。

『邪魔をするな…っ!』

 軍人一筋80年…!この日のために鍛えてきました…(←そうなの!?)とばかりにダッシュをかけたコンラートは、両手に有利を抱えた状態で険しい崖を難なく駆け上がっていく。

「こここ…コンラッド!?どこいくの?」

「邪魔が入らないところです!」

「ええぇえ!?」

 異様に積極的なコンラートの態度に、有利はぐるぐると頭の中で思考が大回転を始めてしまう。

『コンラッド…ま、まさかまさか…俺のコト、わ…わりと好き?』

 まだしっかりと意思確認を取ったわけではないけれど、真剣そのものの横顔はなんらかの決意を固めた男のそれなものだから、有利はどきどきと胸を拍動させて力強い腕にしがみつくのだった。

 

*  *  *

 

 崖っぷちをポニョも吃驚の勢いで駆け上がったコンラートは、流石に幾らか上がった息を《はぁ…》っと熱く吐き出しながら、ふかふかとした下草の上に有利をゆっくりと降ろした。

「やっと…二人きりになれましたね」

「う…うん……っ!」

 濡れたような眼差しで見上げられると、コンラートは騎士に相応しい丁寧な物腰で跪き、努めてやわらかな瞳で有利を見詰めた。

「ユーリ…俺は、あなたに謝らなくてはならないことがあります」

「な…何々!?」

「今日こうしてあなたと普段以上に密接に寄り添い、まるで恋人のように振る舞えることに喜びを感じてしまったことを…そして、それがあなたにとっても辛いものではないと教えていただいた瞬間、あなたもまた…俺と同じ気持ちで居てくれたのでないかと思ってしまったのです」

「……っ!」

「ね…ユーリ。俺の謝罪を受けて下さいますか?それとも…」

 コンラートの眼差しが切なく細められ、琥珀色の色合いが濃く…強くなっていく。

 有利の胸の中では心臓だか小鳩だかがぱぅんぱぅんと跳ね回り、息苦しいような緊張感に唇が震えてしまう。

「それとも…謝る必要はないのだと、俺を赦して下さいますか?あなたもまた…同じ気持ちなのだと、その唇から告げて下さいますか?」

「コンラッド…俺…俺……っ!」

 込み上げる想いが桜色に息づく唇から放たれようとしたその瞬間…。

 

「すごーい!お兄ちゃん達やる気まんまんだね!」

「し…っ!聞こえちゃうよっ!!」

 

 無邪気な子どもの歓声と、押し殺した叱責の声が響く。

 この声はひょっとして…。

 ば…っ!と勢いよく声のする方を見やれば、途端にがさりと音がして草むらが揺れる。 一体どうやって追跡した来たものやら…ローランタン家の9人の子ども達のうちの何人かが、草むらから様子を伺っていたらしい。

『こ…このガキども……っ!』

 コンラートとしては実に珍しいほど本気で殺意を覚えているところに、追い打ちを掛けるように哀しい出来事が起こってしまった。

「コンラッド…さっきのも、ひょっとして脚本のうちだったの?」

 見上げるつぶらな瞳には微かに涙が浮かび、必死に笑おうとして…でも、できなくて…ほろりと零れてしまう。

「ごめ…俺…馬鹿だから…。脚本、なのに…ほ、本気にして……っ!」

 《きぅ〜…》と有利の喉が鳴り、ぽろぽろと堪えきれない涙がまろやかな頬を伝いおちていく。

「ユーリ…!」

 ここで《そうなんですよ》と苦笑することなど、コンラートに出来るはずはなかった。

 

「好きです…」

 

 回りくどい、綺麗な言い回しなど吹っ飛ばして…素直な想いが真っ直ぐに向けられる。

「好きです。あなたが、好きなんです。脚本なんかじゃない…。俺は、あなたを愛しているんです!」

「コンラッド…」

「誰に聞かれても良い…っ!あなたに誤解されるくらいなら、俺は真の想いをお伝えします…!」

 真摯な眼差しにうたれ、有利の唇は戦慄いた。

「ほんと?ほんとに…俺のこと…好き?」

「もう二度と、あなたに嘘はつかないと誓ったでしょう?」

「うん…」

 有利はこくりと頷く。

「俺も…好きだよ」

 眦に滲んでいた涙が、ほろりと零れていった。

「好き…大好き」

「ユーリ…!」

 コンラートの腕が力強く有利を抱きしめると、茂みから押し殺した歓声が《きゃおーっ!》と響くのだった。

 

*  *  *

 

「それじゃあ、お世話になりました」

 翌日の朝、有利たちが旅支度を調えてローランタン家の面々に挨拶すると、一家の他にも村長をはじめ、たくさんの村人が集まって別れを惜しんでくれた。

「いやいや、こちらこそほんまにお世話になりましたわ!じゃけど、おかげさまでこの村の箇所箇所に伝説ができて、ええ観光名所になりそうですわ」

 ほくほく顔の村長は既にパンフレットのようなものを作成したのか、手刷りとおぼしきチラシを数十枚抱えていた。

 ちらりと見た感じでは、見出し文字に《恋人たちの語らいの木陰》だの《獅子登攀の崖》といった見出し文字が躍っていて、その下にどんな説明文があるのか考えると頬が上気してくるのを感じる。

 

 まこと、恐ろしいまでの商売魂だ。

 

 こんな田舎村で村長などやっているよりも、街で商人でもやっていた方が合うのではないかと思われる。

「お兄ちゃん達、また遊びに来てね?」

 すっかり懐いてしまったローランタン家の子供たちは、有利達に朝からべったりと張り付き、半泣きでそう訴え続けていた。

「うん、絶対また遊びに来るからね」

「やくそくだよ?ぜったいだよ?」

「うん、約束!」

 麦藁色の髪をくしゃくしゃとかき回して約束すると、人間年齢にして5歳くらいの見た目の子が涙と鼻水を押しつけるように抱きつき、6歳7歳8歳っぽい子どもたちがどんどん有利に張り付き…

「お兄ちゃぁああん…っ!」

 最後に後ろから12歳くらいの少年が勢いよく飛びついてきたとき、有利の鬘が…吹っ飛んだ。    

 

「あ…っ!」

 

 鬘の下から現れた艶やかな双黒に人々の口があんぐりと開けられ、流石の村長もばさりとちらしを取り落としてしまった。

 なんと…激しく瞬いた瞬間に、目にはめていたコンタクトのうちの一枚も、ぽろりと子ども達の上に落ちてしまったのである。

 

「ほんとの…まおうへいか?」

 

 強張ったまま二の句が継げない人々の中で、一番小さな子どもがそう呟いた瞬間、どっと人々が沸いた。

「えええぇぇぇええええ……!?」

「じゃあ…一緒におられる方々はひょっとして、本物のウェラー卿とグリエ・ヨザック!?」

 

 わぁぁあああ……!!

 

 大歓声の中、あわあわしていた有利はひょいっとコンラートの小脇に抱えられると、そのまま脇に寄せていた小柄な馬、ロンロに乗せられ、ひらりとノーカンィーに跨ったコンラートに綱をとられて人垣の中から抜け出ていく。

「皆さん!お元気で!」

「ば…バイバーイ!!」

 引きつった笑いを浮かべながら疾駆していく三騎の後ろ姿を、村人達は驚愕・爆笑・歓喜の籠もった表情でそれぞれに見送った。

 

 その中で息巻いていたのは勿論、例の村長である。

「うぉぉぉ……っ!こりゃあ凄いで!わ、わしらんとこの村に、本物の魔王陛下がおいでなさったんじゃ!お前ら、知っとることは全部わしに言うんぞ?全部ネタにして大宣伝するんじゃーっ!!」

 弾まんばかりにして驚喜する村長に、昨日、崖の上での告白劇を目撃した子どもが一歩踏み出るが、年嵩の子がふるると首を振って肩を掴んだ。

「なんで?村長さん、きっと喜ぶで?」

「村長さんは俺らが言わんでもネタには困らんよ。どうせ、あることないこと膨らまして大きく言うわい。それに、殆どの人が見たんは村長さん自身の脚本なんじゃけぇ、きっと、聞いた人は《わざとらしい》いうて、ほんまのこととは思わんよ」

「じゃったら余計に、シシ兄ちゃんがクロ兄ちゃんにしよったこと教えたげたらええのに…」

 ちいさな男の子の脳裏には、昨日の情景が今でも鮮やかに残っている。

 コンラートの告白に驚き…そして喜び、涙を流して口吻をうける有利の横顔は、今まで目にしたどんなものよりも綺麗だった…。

「ああいうことは、そっとしといたげるんがええんよ。お前、シシ兄ちゃんもクロ兄ちゃんも好きじゃろう?」

「うん、ばりだいすきじゃー」

 ちなみに、この地方では《とても》という意味の形容詞に三段活用があり、《ぶち→ぶり→ばり》の順に意味合いが強くなる。つまり、この子は《最も大好きである》と言っているのである。

 ちなみに、それ以上の意味を持たせたい場合は稀に《ばちくそ》という形容詞を用いることもあるが、あまり美しい表現とは言い難いので使用されることは少ない。

「じゃったら、黙っときんさい。俺らにとったらあの人らは魔王陛下でもウェラー卿でもない、俺らと遊んでくれたええ兄ちゃんいうだけよ。その兄ちゃんらの恋路を覗いただけでも悪いのに、人にまで教えて汚したらいけん」

「そういうもんなん?」

「そういうもんよ」

 男前にニヤリと笑う長男を《ちょっと格好いいな》と思いながら、弟もつられてにっこりと笑うのだった。

 

*  *  *

 

「もー…超ハズカシイ……」

「やーん、坊ちゃんたら顔真っ赤よ?」 

 ヨザックに冷やかされながら、有利はロンロの鬣に顔を埋めんばかりに前傾してしまった。

 魔王の偽物と思われているから出来た恥ずかしい行為だったのに、最後の最後にばれてしまったのでは後でどんな妄想をかき立てられているか分かったものではない。

 それでなくても妄想力が強そうなあの村長など、それはもう凄まじい捏造をしているのではないか。

「いやー、ほんとにねぇ!でも、おかげで恋も実ったんだから結果としては良しとしなくちゃなんないんじゃないです?」

「おい…ヨザ。何故お前がそれを知っている?」

 ぴくりとこめかみを震わせてコンラートが呟けば、ヨザックの背筋がピコンと跳ねる…。

「いやぁ…陛下に万が一のことがあったら困るじゃない?忠実なグリ江ちゃんたら、どこまでもついていって護衛を……」

「つまり、一部始終を覗いていたわけか?」

「グ…グリ江ちゃん〜っ!」

 コンラートの剣がかちりと鯉口を切ると、ヨザックはそそ…っと牝馬を離していき、一定の距離を置いたところで勢いよく加速をかけた。

「俺は一足先に城に戻りますんで、あとはお二人でしっぽりやっちゃってください!」

 気を利かせたつもりのヨザックの捨て台詞はしかし、一瞬にして彼とその幼なじみとを固まらせた。

 

「グリ江ちゃん、しっぽりってナニをーっ!?」 

 

 男同士のやり方は知っているはずの有利だが、さてそれが想いの通じ合った自分たちが実施するとなると、どうやらまだまだしっくり来ていないらしい。

『隊長…まだまだ前途多難みたいだねぇ…』

 半笑いでにやにやしながらヨザックは幼なじみの心境を思いやる。

 手出しするのに3年を要したのだ。そこから恋仲を深めていくには、更に年数を要するのかもしれない。

 かつては夜の帝王と謳われた男の恋路としては苦笑ものではあるが、それほどに大切な者と出会える機会などそうありはすまい。

『仲良くやってくれりゃあ、時間は掛かったって良いよねぇ…』

 魔族の寿命は長い。

 恋路の過程を楽しみながら、幼い恋人を育てていくのもまた一興だろう。

「ハイヤ!」

 追跡の蹄音が止まったのを感じつつ、ヨザックは更に駆けていく。

 

 草原に残された二人とまた会うときに、彼らが変わっているのかどうなのか…大きな期待に微かな心配を滲ませながら…。

 

おしまい

 

 

あとがき

 

 チカ様のリクエストで、「ぶらりお忍び三人旅、魔王ゆーちゃんはコンさんヨザさんを引き連れて暖かな村人の人情にふれる田舎の旅路の途上、《魔王陛下のふりをして欲しい》とのお願い事を受け、うっかりぽんと引き受けてしまう!どうなる有利の自分ごっこ!コンさんヨザさんの役回りは一体!?」…というお話でした。

 

 このシリーズ、最初は「仕事のお時間」というお話も眞魔国住民との触れ合いという点で内容が似ているので、三部作みたいにしようと思っていたのですが、途中で「仕事のお時間」だけ設定が「次男出奔前」なことに気づいて修正しました。 

 

  前回の旅で引っ付きそうで引っ付かなかったコンユを何とか引っ付かせたくて、今回書いてはみたのですが…この設定の二人はどうにも奥手で、結局告白しただけで終わってしまいました。(←ナニをさせようと思っていたのかと…)

 

 それでも、多少なりとチカ様のご希望に添えているとうれしいです。      



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