「グレタ姫の好敵手」








 大事な大事な、私のお父様。
 いつでもどこでも誰にでも愛されるユーリ。
 ぴかぴかきらきらの、素敵な魔王陛下。

 ね、アニシナ。ユーリは本当に素敵でしょう?
 え?《男の中では随分とマシな方》ですって?毒女語録の範疇では最上級の褒め言葉ね!
 そうそう、《なかなかの器》、そう!器が大きいの!ユーリは優しくて、懐が大きいのよ。

 だって、そうでなきゃ…そう、少なくともグレタがこんなに愛して貰える筈なんかないもん。だってグレタは、ユーリの命を狙った。とても独り善がりな事情でね。どんな風に言い訳しても、それは絶対かわらない。赦される事だとも思ってない。ユーリが無かったことにしてくれても、グレタだけは一生忘れちゃいけない。

 でも、グレタが《忘れてない》ってことを、ユーリの前では気付かせないわ。それが《佳い女》ってもの。そうでしょう?アニシナ。ああ、そんな風に微笑んで貰えると、自分が正しいって再認識出来るわ。ええ、そうよ。グレタはもう12歳になるんだもの。もう子どもじゃなくて、一人前の女としての自覚を持たなくてはね。

 ああ、だけどユーリはいつまでも変わらないの。良くも悪くもね。未だにグレタの顔を見ると、嬉しそうに全開の笑顔を浮かべて両腕を広げてくれるの。幾つになっても、グレタは勢い良く抱きついてくると思ってるんだわ!ええ、そうされると、結局やってしまうんだけどね?何となく《またやってしまったわ》とか、少し反省したりもするのよ。いい加減、一人前の女として見て欲しい…なんて事も思うのよ。

 ついつい手軽な《娘》っていう立ち位置を利用して、より簡便に一次的接触を図ろうとしてしまうの。ええ、分かってるわ。これは可愛がられる一方で、いつまでも子ども扱いされてしまう側面を持った諸刃の剣だもの。いつまでも多用すべきではないわ。もっと女を磨いていかなくちゃ!そうでないと、すぐ誰かに奪われちゃう。

 ユーリはとっても素敵だから、強力な好敵手(ライヴァル)が大勢いるもの。

 ヴォルフだって、ここのところ随分と大人の男性らしくなってきたと思わない?ほら、この間だって友好国のちいさなお姫様が、ユーリに見惚れるあまりほっぺに可愛らしくキスをしておられた時も、余裕の表情でにっこりと微笑んでいたわ。あの表情は悠然としていて、本当に王子様!って感じだったから、うっかりグレタまで見惚れてしまったし、グウェンやコンラッドだって、密かに嬉しそうな顔をしていたわね。

 ただ、お姫様ご一行がお帰りになられた瞬間に、《この浮気者ーっ!》って叫びながら回し蹴りしようとしたのは相変わらずだったわね。それをまた、紙一重で避けられるようになったユーリの運動神経に拍手してしまったわ。

 そうね、ヴォルフがあの大人の微笑みを維持できるようになって、ユーリを転がせるようになってしまったら、とんでもなく強力な好敵手になってしまうと思うわ。 

 ギュンター?ああ、ギュンターは…ね、やっぱりユーリの前に出てしまうと、色々と残念なことになってしまうわね。でも、ユーリがチキューに戻っている間のギュンターは、王佐として優れた手腕を発揮して、あらゆる領域で的確な裁量をしていると思わない?薄い硝子の銀縁眼鏡が老眼鏡だって分かってても、凛とした横顔で指示を出している時のギュンターはとっても素敵に見えるわ。

 もしもユーリの前でもあの顔と態度を維持出来ていたら、やっぱりギュンターも好敵手になり得るでしょうね。ただ、ヴォルフの場合と違って、あの年齢のギュンターに今後の成長を期待するのは如何なものかと思うけど。どちらかというと老化していく可能性の方が高いものね

 グウェンは元々素敵だけど、好敵手という意味では最近結構気になっているの。だって、グウェンがユーリを叱る場面が随分と減ってきたと思わない?この間なんか、十貴族会議が終わった後の執務室で、凄く珍しいことに柔らかい微笑みを浮かべて、《陛下、あのご判断は見事でした》なんてユーリを褒めてたの。

 そしたら、ユーリったら凄く、凄〜く吃驚したみたいに目をぱちくりさせて!そう!あのくりくりした大粒の黒瞳、黒曜石よりも綺麗な瞳を見開いて、そして…はにかむように微笑んだの。嬉しくて堪らないっていう風なあの顔は、なかなか他の人では浮かべさせることは出来ないと思わない?

 え、グウェンのくせに生意気?それはユーリがこのあいだ言ってた、ジャイア○ズムに基づく発言かしら?
 ええ、そうね。グウェンは…その気になったら好敵手になり得るかも知れないけど、本人にその気が無さそうだから、好敵手になってしまうことはないわね。ええ、そうそう。グウェンはアニシナにとって、永遠の好検体ですものね。
 
 そういえば、その気になったらっていう意味であればヨザックだって危険だわ。何しろ神出鬼没な上に、気まぐれな猫のように自由。時々するりと懐に入ってきて、剥き身の心に至近距離からキスしそうではなくて?普段のおちゃらけた雰囲気を潜めて、真剣な顔をするだけで相手をドキドキさせてしまえるんだから、これは結構なギャップ萌えよ?

 あら、アニシナ。どうしてクスクス笑ったりするの?

 え?心配ないって、どうして?ああ、ギャップ萌えについて教えてくれたのは…そうね、猊下だわ。その時の猊下は…確かに、少し幸せそうなような、それでいて悔しそうな顔をしておられたわ。では、ヨザックは…?
 ふふ、そうなの。方向性がそちら向きなのね?やだわ、全然気付かなかった。結構意地っ張りな二人だから大変そうだけど、好敵手が増えない為にも、上手く行って欲しいわ。

 …え?どうしてコンラッドについて触れないかですって?

 …アニシナは時々意地悪だわ。もう…っ!そんな風に笑わないで?頬が紅くなってしまうわ。
 そうよ、だって悔しいの。ユーリを誰よりも一番心配させて、傷つけて、あの綺麗な瞳が溶けてしまうんじゃないかってくらい泣かせたのに、だのに…結局、コンラッドが一番ユーリの近くに居るんだもの。

 分かってるわ。ユーリを一番深く傷つけられる人だってことは、それだけ心の内側の、柔らかい部分にまで入り込んでるってことだもの。でもでも、悔しいわ!どうにかならないかしら、アニシナ?あの人を打ち倒さないと、グレタはユーリの一番になれない。分かってるのに…どうしても、罠に掛けたり出来ないの。そうよ、毒女アニシナの一番弟子たるこの罠女グレタが、罠を張ることが出来ないの。

 ユーリは我がお父様ながら呆れるくらいに素直だし、グレタを蝶よ花よと可愛がってくれるから、上手にやればコンラッドを遠ざける事なんて簡単だと思うの。物理的にはね?だけど…そうしたら、ユーリの心が砕けてしまう。ユーリは強いから、それで死んでしまうことはないでしょうけど、砕けたまま玉座を護り続けるユーリを見ていることなんてできないもの。

 それに…ね。コンラッドに笑いかける時のユーリの顔が、グレタは堪らなく大好きなの。初めて会った頃の無防備な笑顔とは違うけど、疵や痛みを飲み込んで昇華した、しなやかな強さを感じさせる瞳が、大好き。
 悔しいけど、コンラッドがユーリを見つめる瞳だって、やっぱり好きなの。《全世界を敵に回したって、この人が愛おしい》って、ダダ漏れになってるあの瞳が、腹が立つくらい綺麗だと思ってしまうの。

 だけどね、アニシナ。グレタだって、このまま引き下がったりはしないわ。
 ユーリの心が自然に、グレタを一番に据えてくれるように日々女を磨いていくもの。
 
 大事な大事な、私のお父様。
 いつでもどこでも誰にでも愛されるユーリ。
 あのきらきらぴかぴかした人を手に入れる為には、努力は惜しまないつもりよ?

 
 覚悟しててね!




おしまい


※オールキャラ本に投稿する予定でしたが、途中から何をどうやってもコンユに偏ってしまったので没に(汗)
 意外と難しいむ。どなたにも楽しんで頂けるまるマ。