「がちむち★舞踏会アンビリーバヴォー」
「平和ねぇ…」
「ええ、まことに」
ゆったりとした午後のティータイム。磨き抜かれた銀の調度に深みのある光沢の食器が載せられ、その中にはスコーンやケーキ、サンドイッチなどが彩りよく配され、まるで花園のようだ。
足下で呻いている男の姿など目に入っていない風に、優雅な所作でラダガスト卿マリアナはティーカップを傾ける。相づちを打つ侍女頭シータも、眉一つ動かすことはない。男共は何やら《眞魔国一の武道家、マリアナ嬢に手合わせ願いたい!》と毎日のようにやってくる手合いの一人だ。最初の内はシータが《当家のお嬢様は優れた舞踏家であって、武道家ではございません》と説明していたのだが、最近では面倒くさくなって、マリアナが口上も聞かぬうちに撃沈させてしまうのが常であった。
まこと、世の中には勘違いしやすい手合いが多いことである。
こんなに淑やかな令嬢を捕まえて、《武道家》とは何事か。
「お嬢様ーっ!フォンシュピッツヴェーグ家のヒトから書状が来てますよォ〜っ!」
静かなティータイムを、またバタバタと駆け込んできた足音が乱す。
「これ、騒がしい」
未だガサツさの抜けない女豹族のメイドをシータが窘めるが、マリアナは頓着しなかった。ウェラー卿コンラート以外のことには余り気を回さない性質だし、《フォンシュピッツヴェーグ家》という響きに何か予感めいたものも感じたからだ。
「良いわ。早く見せて頂戴」
書状が上王ツェツィーリエからのものだと察すると、マリアナは逸る心を抑えて書状を捲る。そして目に入った文字に、思わずよろりと身体を傾げた。
「お嬢様!」
「好機来たれりっ!」
《グッ》とガッツポーズに似た姿勢を取るのは令嬢としては如何なものかと思うが、そもそも大熊の頭蓋骨を踵落とし一発で砕ける女性には今さらの突っ込みだろう。
「さあ、特訓を開始するわよっ!」
「お嬢様、もしや…」
「ええ!ウェラー卿コンラート様も参加される、世界大舞踏会が開かれるのよ…っ!」
噂は以前からちらほらと聞かれていたのだが、詳細が伝えられたのはこれが初めてだ。しかも公開型の通知ではなく、相手を選択して書状を送っているのは、以前濃い過ぎる面子が集まったことで、舞踏会が地獄絵図に変わりかけた事への反省が生きているのか。
「ほほほ…っ!今回はコンラート様を震撼させるようなおぞましい連中はきっと来ないわ!世界に名を知られた舞踏家達が集まるのでしょうね。ふふふ…脚が鳴るわ!」
《カカカカカカ…っ!》と無意識に打ち鳴らされる踵は光速を越え、あっという間に豪奢な絨毯から煙が上がる。素早く消火活動をシータが行い、慣れた動作で絨毯修理士が腕を振るっている。そもそもこの家、耐火加工をした方が良くはないか?
「とりゃぁああああーーーーっっっ!!!」
嬉しすぎて跳び蹴りの形に窓から飛び出していったマリアナ嬢は、飛鳥のように優雅だった。
ドゴォン…っ!
勢い余って庭にある巨大な一本杉が直撃を受けて倒れ始めたので、《木が倒れるぞぉぉおーーーっっ!!》という悲鳴混じりの声が上がる。しかし、使用人達は慣れているから怪我人はおるまい。
元王子三兄弟参加の知らせを受けて、おそらく世界中でこのような騒ぎが起きていることだろう。
* * *
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
「俺に聞くなよ…」
フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムにガクガクと首根っこを揺すられて、コンラートは遠い目をしていた。ツェツィーリエから《舞踏会に、またあなた達も参加してェ〜ん♪》とおねだりされたのはフォンヴォルテール卿グウェンダルだ。彼は懸命に条件を付けたらしいが、それがきちんとツェツィーリエの中で消化されているかどうかは甚だ疑わしい。
長兄に《じーっ》と目線を送ってみたら、《私はやるだけのことはやった》と呟き、やはり遠い目をしていた。
血盟城の中で、舞踏会開催日を戦々恐々と待ち受けている三兄弟であった。
「でも、マリアナさんは絶対来るんだろ?だったら何があっても大丈夫だよ」
楽観的な魔王陛下はそのように言ってくれるのだが、コンラッドの愁眉は晴れない。
「ええ…そうだと良いのですが…」
だが、世界には魔族も吃驚な能力を持つ種族がいるとも聞く。魔力は使わずとも、修行によって不思議な技を使う者も出てきたと言うし…。
『あぁぁああ…嫌な予感しかしない』
ネガティブもいいとこだが、そういう予感に限って良く当たるし、我が母ながら、ツェツィーリエが絡んだ話でろくな目にあったことがない。
「まあまあ、大丈夫だよー。いざとなったら俺が護るし」
びしっ!と親指を突き出してニカッと笑う魔王陛下は勇ましいが、護衛の身としては複雑なこと極まりない。
「俺は…陛下に護られるためではなく、陛下をお守りするために存在してるんですが…」
「細かいこと気にすんなよ。ハゲるよ?」
サラッと酷いことを言ってくれる。
「……俺、薄くなってます?」
「大丈夫大丈夫。禿げてもコンラッドは格好良いよ。多分。ダイ・ハードのヒトみたいになるんじゃない?」
「死にそうな目にあって、禿げ上がっていく運命ですか…」
大概ネガティブすぎる発言が自分でも情けない。しかし、《よしよし》と頭を撫でてくれるユーリはやはり可愛かった。
「いい加減、ツェリ様だって反省してるよォ〜」
その言葉を、ユーリは後日大変反省することになる。
* * *
「ゴメン。俺が甘かった」
ぽりぽりと頭を掻きながらユーリが目線を向けた先には、並み居る舞踏会参加者達の《群れ》があった。そう、まさに群れとの呼称が相応しいだろう。
《ぐるる…》《がるぅぅ…》と野獣の唸り声が聞こえてきそうな面々に、三兄弟は揃って顔面蒼白になり、《うわぁ…》と呟いた。
「グウェン…これ、ホントに書類選考したの!?」
トンデモ人物が入る込むことを防ぐために、グウェンダルは事前に参加者の書類に目を通し、肖像画なども確認していた筈なのだが、どうしたものか、殆どの参加者が肉食系というか、ケダモノ系女子だった。
「………肖像画と合致している者が殆どいないな」
「うっわ…。まー…肖像画だもんね?写真ですら化粧と撮影法で変わるのに、絵じゃなぁ〜」
今さら言ってみたところで詮無いことだ。
グウェンダルにねちっこい眼差しを向けているのは、海賊出身の女王で、ボンテージスタイルに近いドレスを身に纏って六条鞭を舐めている。その鞭はどうするのか。新体操のようにくるくる空中に舞わすのか。頼むから、人に向けて振るわないで欲しい。
彼女の妄想の中では荒縄で縛られたグウェンダルが、溶かした蝋をポタポタ落とされながら、全身を舐めるように鞭で縛られていることだろう。
ヴォルフラムに生暖かい眼差しを送っているのは、異常にキュートな衣装…というか、縫いぐるみとレースとリボンに埋もれた中年女性。多分、ヴォルフラムに着せたいのだと思しき、自分と色違いのドレスを手にしている。
そしてやはり圧巻だったのは、コンラートの身体が焦げ付きそうなほどの形相で視線を送っているマッチョ女性だ。
「ああ…どこかで見たことがあるよ…。アレだ、北斗○拳の使い手家系の、長男のヒト」
「ラオウ様ですか。どちらかというとあの方は…裸王様という感じですが」
そう。セクシャルチェックを受けたら診断結果が怪しそうなその女性は、がちむち体型の強靱な身体を見せ付けるように、極小ビキニの上からシースルーのオーガンジードレスを身につけていた。本人はその露出度を《セクシー★ダイナマイツ》と思っているらしく、盛んにポージングを決めてはコンラートに熱視線を送っていた。頭頂部で塔のように盛り上がった金髪がドリルのように見えて、そのまま突っ込んできそうな勢いである。
先程まで震撼していたグウェンダルとヴォルフラムが、揃って生暖かい眼差しになって、左右からポンと次男の肩を叩く。《同情するなら代わってくれ!》そう叫びたいコンラートであった。
「は…母上…これは一体……」
「あらァ〜…今回も少し変わった人達が集まってしまったみたいね。でも、今回は女性ばかりだから大丈夫でしょう?」
「性別以上の問題があるようになんですが…。それに、女性陣は100人はいますよね?俺達男手は陛下を含めても4人ですよ?」
「ええ。だから、この中から4人を選出すべく勝ち抜き戦をやって貰うのよ。楽しそうでしょ?」
「その条件を呑んでる段階で徒者じゃない連中ばかりじゃないですか…っ!!」
三兄弟が全員で総突っ込みするが、間に合わない。すぐ横で大会の開始を知らせる銅鑼が打ち鳴らされると、同時に凄絶な戦いが繰り広げられたのである。
ジャン♪
タカタン♪
尤もらしく高らかな音色が演奏され、BGMだけは確かに舞踏会っぽいし、全員が一応リズムに合わせて踊っている。…が、しかし…。
「どりぁあああああーーーっ!!」
「うおりゃあああああーーっ!!」
絶叫を上げて拳と脚が交錯する情景は、どう見てもヴァイオレンス。デスマッチ。阿鼻叫喚の地獄であった。血潮が各所で噴き上げ、カウンターパンチを決められた者同士が頽れた上を、華麗なステップで踏みつけながら他の女性に跳び蹴りが加えられる。
この戦いを制する4人なんて、相当ろくなもんじゃない。
しかしコンラートの不安を払拭するように、紅い彗星が会場内を席巻した。
「ほほほほほほほほほほほほほほほほーーーーーーーーっっっ!!!」
高笑いを放ちながら、マリアナの脚が光速の蹴りを天井に向かって放つと、《ゴゴゴゴっ!》とぶつかった衝撃波は四散して千もの礫と化してライバル達を撃沈していった。天井からマシンガンを乱射しているようなものだ。
しかし今回の挑戦者達はやはり徒者でなかった。
「ふはははははは…っ!効かぬわっ!マリアナ敗れたりぃ〜っ!!」
腹式呼吸による豪放な笑い声を放つのは、塔のような髪型のガチムチマッチョ裸王様だ。指を鷲の手状に掲げてポージングを決める彼女の身体からは、無数の触手が伸びて礫を打ち落としたかと思うと、マリアナの脚に絡みつかせて動きを止めてしまう。
修行だか法石だかの力で、体液を自在に操れるのだろうか?
「く…っ!
「うわっ!マリアナさんがっ!!」
ユーリが口元を押さえて悲鳴を上げる。
どうでも良いことだが、豪壮な女性が多すぎるせいかユーリの可憐さが眩しすぎる。煌めきで目が潰れそうなコンラートであった。(←現実逃避)
「うわーんっ!マリアナさーんっ!!」
助け出そうと駆け出すユーリに、マリアナは《ぴしり》と指を突きつけて止める。
「慌てるものではありませんわ。我が好敵手とお呼び出来るのは陛下のみ…このようなイロモノ新参者に、後れを取るマリアナではありませんことよ…っ!」
男前だ。
マリアナの雄々しさも眩しすぎて、煌めきで目が(以下略)
「ぐははははは…っ!よく言ったマリアナっ!しかしどうかな?剛胆であることは認めるが、己と敵の力量差を見抜けぬようではまだまだ未熟っ!」
「無礼者!」
「くはははっ!必殺技を出せるものなら出してみよっ!その瞬間、この屋敷は劫火に包まれようぞ…っ!」
「……っ!」
言われて初めて気付く。ガチムチ女の放つ触手は彼女の身体から溢れ出た脂だったのだっ!マリアナの必殺技は火の鳥を放つ《鮮紅鳳弾竜巻落とし》…技を使えば、この場は真の地獄と化してしまう。
「くくく…さぁて、それでも技を使うか?愛しのコンラートを傷つけてまでな…っ!!」
《ふっははははっ!》哄笑するガチムチ女はまさしく悪役そのものだ。
今さらなんだが、これは本当に舞踏会か?
「マリアナさんっ!」
「一国の主が、怯えたような声を出すものではありませんわっ!陛下のお力、私は誰よりも信じておりましてよ?」
ニヤリと笑うマリアナの表情は多分、眞魔国でも一、二を競う男前加減だ。彼女と雄を競える相手と言えば、フォンカーベルニコフ卿・アニシナくらいしか思いつかない。
この国、どんだけ男の勇者が不足しているのかと突っ込まれそうだが…。
「せぇぇんこぉぉ〜おぉぉ〜とぉりだぁ〜ん……」
「な…なにィっ!?」
驚愕にガチムチ女の顔が引きつる。
よもや、脂の触手を絡みつかせたままマリアナが必殺技を繰り出すとは思わなかったのだろう。
「たーつーまーきーおーとーし〜っっ!!」
「ぐぁあああああああああーーーーっっっ!!!」
絶叫を上げてガチムチ女が吹っ飛ぶが、同時に《ゴウっ!》と黒煙を上げて会場が燃え上がってしまう。
しかしそこは眞魔国一の可憐さと同時に、絶大な魔力を持つ魔王陛下が控えていた。
「天知る地知る己知る。チルチルミチルはポテンシャル…いま原宿で評判の、俺の名前は渋谷有利…っ!!」
上様化した有利は意味不明な音声を上げ、長い髪を揺らめかせると溢れ出す水蛇で巻き上がる火の手を消し止めた。
「き・え・ろぉおおおおおおおおーーーーーっっっ!!!」
「ごはぁぁあああっっ!!」
劫火と一緒に、怒濤の水流に巻き込まれて参加者達はバルコニーから押し流されていった。勿論、華麗なステップを踏んでいるマリアナは別だ。
おお…見よ!マリアナは超絶光速のステップによって、忍者のように水に沈むことなく踊り続けているではないか!相変わらず超常現象まっしぐらだ!
「綺麗…マリアナさん…」
「綺麗っていうか、雄々しいっていうか…」
《タタタン…っ!》と空中で靴を鳴らしながら、マリアナは叫ぶ。
「これにて、一件落着…っ!」
「あ、取られたっ!」
《あちゃっ》と舌を出すユーリは既に普段の姿に戻っていて、超常現象映画を見た後で、隣に座る彼女が可愛くてならないような心理状態で、コンラートはしみじみとユーリの細い身体を抱きしめた。
* * *
劫火と水流に荒らされた会場はしかし、勝ち抜いたマリアナと賞品三兄弟、上王・魔王陛下でお茶をしている間に、ラダガスト家の誇る修繕集団によってものの1時間で修復された。
その後は、楽しい舞踏のお時間だ。
うふふ
あはは
笑いさざめく三兄弟の頬には、一様に穏やかな微笑みがあった。
ありがとうマリアナ。
行け行けマリアナ。
コンラートとの恋愛は全く可能性が無いが、魔王陛下との友情はまた1ランクアップしたぞ!
おしまい
あとがき
お久しぶりのマリアナ様。
楽しゅうございました♪
相変わらずこの話を「コンユです」と言いはる度胸が無いチキンな私ですが、何もかも忘れて楽しんで頂ければ幸いです。
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