〜ハレルヤ様からのリクエスト〜
「ブチ切れラブオーラ」






 眞魔国第27代魔王陛下は忙しい身である。特に年末年始ともなれば行事が目白押しで、毎日のように会議・宴の事前打ち合わせ・宴というターンを延々と繰り返すことになる。

 今までは《禁忌の箱》なんてミレニアム単位で不法投棄されていた大型ゴミ処分に追われたり、家出した第一の臣下を追いかけていって、襟首掴んで連れ戻したりと、忙しく立ち回っていてちっとも国元に腰を落ち着けていなかったのだから、こうして国内の定例行事に落ち着いて参加出来ること自体は感謝すべきコトだろう。

 とはいえ、やっとのことで連れ戻して元の鞘に収まった恋人がいるというのに、しっぽりする時間もなく、殺人的なスケジュールをこなしていくのは生半可なことではない。睡眠時間は確保したい有利にとって、空き時間はほぼ眠っている間に終わるといった感じだ。

『クソー…コンラッドは平気な顔してるよなー』

 何かと言えば、《事情があったとはいえ、君主に剣を向けたこの身ですから、粉骨砕身陛下と眞魔国に尽くす所存です》との台詞を繰り返しては、十貴族達にどんな嫌みを言われても《全くです》《ご尤も》と繰り返してにこにこしている。

 あの耐久力と人を逸らさぬ笑顔があるからこそ、大シマロン宮廷に食い込んで《禁忌の箱》を始末する切っ掛けを作ることが出来たのだろうし、その後大シマロンが瓦解して大陸が荒れかけたときにも、いち早く人間世界に渡りを付けて、戦国の世が現れるのを阻止できた。

 コンラートは《世界平和》を大命題として打ち上げた有利の野望のために、身を尽くしてくれたのだ。おそらくは、二度と故郷の土は踏めないことを覚悟の上で。

 そんなコンラートが不平を口にすることなく、《陛下のお側に立って、このように平和な行事を粛々と行えるなんて、なんと幸せなことでしょう》と美しい琥珀色の瞳を潤ませて言われた日には、流石の有利もキャッチボールがしたいなんて言い出せなかった。

「コンラッド…なァ、会議室に行くまでの間、ちょこっとだけ手ェ握っててもイイ?」

 ひそ…っと耳打ちすると、コンラートは苦笑しながらも手を差し出してくれた。

「良いですけど、陛下の方が俺より体温高いでしょうに」
「そりゃそうだけどさ、心にもあったかさがないとやってらんねーよ」

 コンラートの手は確かに冷たかったけれど、柔らかい微笑みを湛えて《きゅ…っ》と握り込まれれば、剣士らしく分厚い掌の皮だとか、長くて優雅なラインを描く指の感触がこっくりと有利の中に沁みてきて、コンラート味の渋谷有利が完成していくようだ。

「ん…ハートがあったかいや」
「俺も、胸がとても温かいです」

 二人の間には微かな時間とはいえ、パステルカラーのハートマークがボワンボワンと浮いていた。



*  *  * 




『陛下、閣下…ラブ指数が恕限度を越えております…っ!』

 独身生活250年のオドー・カッツァは、涙目で崇拝する主君達を見やった。彼は純血魔族ながら、《ルッテンベルクの獅子》と讃えられたコンラートには以前から尊敬の念を抱いていたし、《双黒の天使》と民から愛される魔王陛下にも深い愛情を抱いている。だが…独り身の兵士にこのいちゃつきぶりは正直しんどい。いっそ目の前でバッチ来いOKカモン状態でセックスでもされている方がマシである。

 だが、カッツァは兵士だ強い子だ。こんなことで負けていてはいけない。
 意識的に頬を引き締め、端然とした面差しで真正面を見据える。陛下達のラブオーラに当てられて侵入者にでも入られたら、後悔してもしきれない。

「コンラッドの手、おっきくて良いな。俺も大きくなれるかな?」
「成長期ですから、これから幾らでも大きくなりますよ。きっと凛々しいお姿になられる。ただ…俺としては、まだ今のあなたを味わっておきたいな」
「どうして?」
「だって、こんな風にすっぽりと俺に包まれているあなたを味わえるのは、今だけでしょう?大きくなってしまったらそれも叶わないですからね」

 《くぁぁああああーーーーーーーーーーーーーっ!!》…と、叫んで悶絶しそうだ。見れば、同じ苦しみを味わっているのはカッツァだけではなかった。5人ばかりいる近衛兵はいずれも冷静な顔を保とうと努力しているのだが、純情な若者であるアーバンは心なしか頬を染めているし、老練なバンドンでさえ視線をきょろきょろさせている。被害は甚大だ。

 二人が会議室に入る直前に手を離す瞬間も堪えた。
 重厚な扉を前に、陛下はウェラー卿と手を離さなければならないことを思いだしたようで、ちらりと視線を送って迷うような顔をした。

「離したくないな…」
「陛下…」
「陛下って呼ぶなよ、名付け親」
「すいません。つい…。会議室に入るまでは、プライベートでしたね」
「そうだぜ。ん…でも、入るまでには離さないとな?」
「ええ。名残惜しいけど、せーので離しましょうね?」
「うん。せーの!」

 いや、なにが《せーの》だ。
 なんで今生の別れみたいに見つめ合ってるんだ。いっそこのまま物陰に雪崩れ込んでおっぱじめちゃいなとか思う自分は穢れているだろうか?
 だが、中途半端に熱い視線を絡み合わせたりするから、衛兵まで口元を押さえているじゃないか…と、カッツァは心の中で猛ツッコミを繰り返していた。

 なんやかやでやっと二人が会議室に入っていくと、アーバンが若々しい顔を赤らめたまま、ぽそりと呟いた。

「いやぁ…。ああいう情感たっぷりな会話って、恋人にはとっては大事なものなんですかね?俺も次の逢瀬の時には、ミリアの瞳をじっと見つめて、《離したくない》とか言ってみようかなぁ〜」

 カッツァの中でアーバンの評価がダダ滑りに堕ちた。
 なぁ〜にが逢瀬だ。それって美味しいの?

「……勝手にしろよ」

 《へっ》と鼻で嗤うようにして呟いたのだが、質実剛健を持って鳴る老兵バンドンまでもが、渋い低音で妙なことを言いだした。

「私も家に妻を残して出征する折、あのように相手を想っていることを伝えてみようかな。《行ってくる》とだけ残していくとき、そういえば妻が淋しそうな顔をしていた気がする」
「やっぱり淋しいものなんですかね?」
「私が逆の立場であれば淋しいだろうな。常に置いていくばかりで、この身は眞魔国の為に尽くすのだからと後顧の憂いなど持たぬよう、意識的に妻のことは忘れていたが、せめて立ち去るときなりと暖かい言葉を掛けても良かったかもしれん」
「そうですよね。ミリアが出征して、俺が残されるなんてことになったら淋しいだろうな…」

 《いや、あの方々は会議に出るだけだし、そもそも会議中も近くにいるし》と言いかけて、カッツァも思い出す。うっかりこれが日常のように思っていたが、ほんの数ヶ月前までこの国は守護神を失っていたのだ。

 《大シマロンに降った裏切り者》と呼ばれ、汚名と屈辱にまみれた男が、実はどんな想いで魔王陛下に忠義を尽くしていたのか明らかになったとき、眞魔国中が泣いた。勇猛果敢に戦場で散るよりも、遙かに苦難の多い茨道であることは明瞭であったからだ。

 離反する以前から二人は密やかに愛を育んでいたと言うから、ウェラー卿が陛下を護って姿を消し、再び現れたときには大シマロンの制服を着ていたときには、さぞかし傷つかれたことだろう。

 だが、陛下は決してウェラー卿を諦めなかった。真摯に想い続けるだけでなく、能動的に仕掛けていって、眞魔国のために捨て駒となろうとしていたウェラー卿を力づくで回収してきた。

 そのせいで、それでなくとも他国に比べると力強かった眞魔国の女性達の間で《女性からの告白ブーム》が起こったくらいだ。色々と理由を付けて逃げていた男達を言葉責めにして、あるいは実力行使でもって《私を好きになりなさい!》とブチまける女性達に男性陣はたじだじであった。

 眞魔国は元々出生率が低いせいもあって、婚姻自体にはあまり重きを置いていない。長命であるせいもあって、一度結婚すると何百年単位で連れ添わなくてはならないことから、結婚には足踏みする傾向があったのだ。魔族独特の享楽的な性質も手伝って、決まった相手と絶対的な契約をかわすより、多くの相手と恋のさや当てをする方が楽しいという背景もあった。

 だが、陛下とウェラー卿の恋物語から《命を賭けた忠誠》に陶酔したり、《目の前にいるからといって安心はできない。いつ失われてしまうか分からない》といった危機感まで煽られたモノだから、《この人と永遠を分かち合いたい》という一代ムーブメントが巻き起こったのである。

 カッツァはその波に抵抗していたのだが、うっかり二人の過去に同情を寄せてしまったせいで、なんだか妙な衝動が起きてきた。

『……今度飲み屋に行ったら、酒注ぎ女のベルタに告白してみようかな…』

 すこぶるつきの佳い女で、カッツァとも何度か寝ていたが、複数の男と関係もあるようだしと恋愛に関しては二の足を踏んでいた。だが、夜だけでなく朝も昼も共にいたのはあの女以外には考えられない。
 
 もわわわ〜ん……。

 二人が会議を終えて戻ってくるまでの間、衛兵や近衛兵達の間にもピンク色のオーラが悶々と広がっていった。

 

*  *  * 




 宵闇に紛れて飛来してきた影が、ふわりと窓辺から室内に降り立つ。
 それに合わせて、雪交じりの冷たい大気もどうっと入り込んでくる。影がぶるりと身を揺すれば、マントに淡く積もっていた切片も床を濡らすが、部屋の主が特に文句は言うことはない。
 清潔だがガランとして何もない部屋のこと、多少濡れたくらいくらいではなんと言うこともないのだろ。ウェラー卿コンラートとはそういう男だ。婦人方からすれば不思議に思われるほど生活環境に対して無頓着なのである。
 
「首尾は?」
「上々」
「よくやった」

 それだけで会話は成立する。ニヤリと嗤うコンラートは視線も合わせぬまま、無造作に上等なワインを差しだし、影もまたピュウと口笛を吹いただけで酒を受け取ると、勝手知ったる人の家といった風情で簡素な食器棚からグラスを取り出し、手酌でたっぷりと注いだワインに舌鼓を打つ。

「…っかーっ!旨ぇっ!」
「そういう飲み方をするワインじゃないんだがな」
「細かいことは言いっこなしだ。旨く呑める。それが一番だぜ?」

 《チチチ…》と器用に小鳥の鳴き真似をしてみせる男…グリエ・ヨザックは、その技術で敵方の白鳩さえ手懐けて、情報を得ることができた。勿論、この男の能力はそんな些末事に留まらない。卓越した情報収集能力に加え、主の意図に応じて敵陣を籠絡し、味方とまではいわないものの、《敵の敵》を作ることに長けている。

 主…とは言ったものの、コンラートは直接的にヨザックへの指導権を持っているわけではない。彼の所属は正式にはヴォルテール軍にある。だが、おそらくはグウェンダルよりもコンラートや眞王廟の主の方がヨザックを多用しているように思う。
 間違っても、重用ではないのだが。

「いやはや、シュピッツヴェーグの跳ねっ返りどもは、よほど自分たちの為に世界が回っていると思っているらしいぜ。《造反者ウェラー卿コンラートの復帰を赦すな》ってのはともかくとして、《ウェラー卿を重用するユーリ陛下には魔王の資質無し》なんて主張は水面下でやらないとねー。おかげで不満分子の割り出しが簡単カーンタ〜ン」
「馬鹿どものやりそうなことだ」

 コンラートが《くっ》と喉奥で嗤う表情はヨザックの好きなもので、昼間ユーリに見せているのとは全く質を異にする美貌であった。基本的にはS気質な筈のヨザックをして、ゾクゾクするほど《あの視線に切り裂かれたい》なんて欲望をもってしまう。

 指令を受ける権限など無いにも関わらず、コンラートの指示を聞いてしまうのは、高価な酒一本の為だけではない。《よくやった》と冷淡な声でどうでも良いことのように賞賛して欲しいからだ。

 ちなみに、眞王廟にお住まいの双黒の大賢者様18歳にも、同じ動機で仕えている。こちらからは、《僕、未成年だから酒類買えないんだよねー》という意味不明な理由で酒すら貰えないでいる。《わー、アリガトー》という、甚だ淡々としたお褒めの言葉と、目の奥が笑っていない微笑みの為だけに仕事をしているようなものだ。

 ……………段々、《基本的にはS》という自己認識が怪しくなってきた。

「万引きによる窃盗罪とかわいせつ物陳列罪とか、こっぱずかしい罪状で捕まるようにしてとっかかりを作って、そこから芋づる式に自白させていくよ〜ん」
「遣り口に興味はない。結果だけ伝えろ」
「…はーい」

 いやもう、ホント。なんで酒一本でこんな男の言うことを聞いているのやら。
 しかも、自分もドボドボと景気よくグラスにワインを注ぐと、くいっと思いっ切りよく飲み干していく。

「あのぉ〜…。それ、俺への報償じゃなーい?」
「ケチケチするな。ケツの孔の小さい」
「やーん。締まりが良いって褒められちゃったぁ。グリ江感げ…」
   
 ゴ…っ!

 鈍い音がして、ヨザックはテーブルに撃沈する。コンラートが容赦なく柄元で殴ったのだ。

「ひっどーい!しかも気が遠くなってる間に酒の量減ってるしっ!」
「しょうがないだろう。《陛下の恩為を想ってのこととはいえ、敵陣に仕えていたのは事実。その期間の給与は頂けません》と、向こう一年先までの給与配給を返上したんだから。おかげで、僅かばかりの蓄財で生き延びねばいかん」

 しれっとして言われても、それはコンラートの都合だろう。ヨザックが知ったこっちゃない。

「痩せ我慢するからじゃーん!」

 そう突っ込んだってしょうがないだろうに、コンラートは飄々とした貌で《ふふん》と笑う。その時だけはちょっと笑顔らしい笑顔に見えたが、内容はかなり腹黒い。

「ユーリが瞳を輝かせて《コンラッドって無欲…っ!》と賞賛してくれるのが良いんじゃないか」

 うん。良いよ。とってもいい。本当にコンラートが無欲無私の奉仕をしてるんだったらね?でも、それはあくまでヨザックの犠牲の上に立ってのコトでは無かろうか?

「そこに俺を巻き込むなよっ!言わせて貰うけど、ここ暫くあんたと陛下の敵を影ながら殲滅するために、俺がどんだけ持ち出しで金出しているか知ってんの!?」
「知らん。興味もない」
「持って!お願いっ!少しは俺に優しくしてっ!!」
「なんだお前、気持ち悪いな。捨てられる寸前のイタい女みたいなこと言うな」
「いやぁああっ!あんたってばホンットーに最低っ!陛下に告げ口しちゃうからぁああっ!!」
「…………やってみろ」

 《墓くらいは建ててやる》…コンラートはぼそりと呟き、慄然とするような殺気を飛ばしてくる。しかもその間もグラスを傾けることは止めないのだから、とんだジャイアニズム発動だ。

「うっうっうっ…なんであんたと陛下の為に無私無欲でまことの忠誠を尽くしてる俺が、欲望アリアリなあんたに怒られてんだよー」
「メソメソするな。鬱陶しい」
「また怒られたーっ!」

 ひんひん泣きながらも、結局は《ありがたいと…思ってるんだ》と、はにかむように言われて言うことを聞いてしまう。目の奥が嗤っているのは明らかだが、どうしても拒否出来ないのである。

「ふー…。全く、酒でも呑まないとやってられないさ。毎日毎日会議に打ち合わせに宴にと大忙しで、ユーリの身体を開発して差し上げる時間もない。たまにしか抱いて差し上げられないから、感じやすくて若い身体はきっと焦れているだろうに…」
「隊長、お願い。もーちょっと歯に衣着せてあげて?寒い寒い」
「ああ、アラスカの風が?」
「そう、寒い寒い…。て、なんでノリ突っ込みしてあげたのに斬られ掛けてるのーっ!?」

 ひぃぃいいいーーーーっ!!と叫んでいる間に、殆どの酒をコンラートに呑まれてしまった。
 もーやだ、この人。



*  *  * 




 むぅ。
 可愛いほっぺを膨らませて、ユーリがそっぽを向いている。
 
 やっと新年の宴という大きな行事が一段落して、少しは息がつけるというのにどうしたことだろう?

「何か俺の発言が気分を害しましたか?」
「違う…。なんか、俺が子どもっぽいなって、自分で自分が恥ずかしくなってるだけ」
「何を仰います。陛下は粛々と国家行事を進められて…」
「でも、さっきバルコニーから手を振ってくれる沢山の民の前で、俺はあんたの横顔ばかりに気を取られてた。こんなの、魔王失格だよ!だから、お仕置きとして今夜はあんたの顔を見ないようにしてんだ」
「ユーリ…」

 ガチャガチャ…
 ギュキギ…

 フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムとフォンクライスト卿ギュンターが、ギコギコとあり得ない音を立てて柔らかいはずのステーキ肉を切っている。あれは皿を両断する気なのだろか?細分化された肉は何時まで経っても口に運ばれることはなく、全員が胸焼けしたような顔をしている。

 そのうち、青ざめた顔色のヴォルフラムが言いにくそうに重い口を開いた。言いにくいと言うより、言ってもどうせ聞いてはくれないだろうとの無力感の為せる技か。

「………ユーリ……その、確かに僕はお前とコンラートが付き合うことに同意した。だが、もう少し節度というものをもってだな…」
「なんでだよー。今コンラート断ちしてるんだぜ?見たくて見たくて、本能の部分で首が動きそうなのを一生懸命堪えてるこの俺に、どういう難癖つけてくれてんだこの野郎」

 ヴォルフラムが努めて冷静に忠言をしようとするのだが、基本的に本能に忠実な魔王陛下は、大きな情動の部分をちっちゃな理性で押しとどめようとしているので、かなり苛々が募っている。

「陛下…なんだか最近、ガラが悪くなってはおられないですか?」

 ギュンターが半泣きで訴えても、冷静すぎるツッコミが返ってくるばかりだ。

「元々こんなもんだよ。あんたが夢見すぎてたんだ」
「へいくわぁあああああぁぁ…っ!ちょっとコンラートっ!!あなた子育て間違えてますよっ!?あの素直で可愛かった陛下がこんな…こんな…っ!!」

 ハンカチを噛みしめて涙に暮れるギュンターは対照的に、コンラートは爽やかな微笑みを湛えている。《キラっ!》と歯が輝く音まで聞こえたようだ。

「ははは。素直に拗ねる陛下も可愛いなー」

 動じない男、ウェラー卿コンラート。
 …というか、許容範囲がユーリ限定でだだっぴろい為、大抵のことを暖かく受け止めてしまうのである。
 それがユーリにはまた不満だったりする。

「もー…コンラッドってばいつもそうだ!淋しいのは俺ばっかでさ、あんたはいつだって眞魔国全体のことを考えてて、大人で、余裕があって…」

 ヴォルフラムとギュンター、更にはグウェンダルや周囲の衛兵までもが《ないないない》と手を振っているのに、二人の世界に浸っているユーリには見えていない。
 眞魔国に腰を落ち着けてからというもの、これまでの経験を生かしてかなり人を見る目も養ったはずなのに、ユーリもコンラート限定で目に鱗千枚くらい填めているらしい。
 
「そんなこと無いですよ、ユーリ…。俺があなたと二人きりで過ごしたいと、どれほど切望しているか分かりますか?ですが、激務に耐えるあなたと一夜でも情熱的な一時を過ごしてしまうと、俺には歯止めが効かない…。普段は純情可憐で清楚なあなたが、寝台の上では情熱的な紅い華のよう咲き乱れる姿があまりに蠱惑的で、執務に耐えられないほどに貪ってしまうから…」

 《ちょいちょいちょい!》《もーちょっと節度を持てーっ!》と、その場にいた全員が警告を発するが、がっしりと手を握り合った二人は聞いちゃあいない。これだけ接触しておいて、どの口が《二人きりで過ごしたい》と言うのか。周囲に何万人いても二人きりみたいにいちゃついているではないか。

「ヴォルフラム…最近私、あなたがとても大人びて感じられます」
「ありがとう、ギュンター…。僕も大きな負荷に耐えているせいで、我ながら一回りも二回りも大きな男になった気がする」
「僭越ながら私も、あのように艶めいた話をされても鼻血を噴かなくなりました」

 多分、想像するだに馬鹿馬鹿しくなるからだろう。

「…………………ユーリ、コンラート…明日は一日休暇にするから、部屋から出てくるな」

 とうとう根負けしたのはグウェンダルだった。
 最低限の国家行事をこなしたから、ここ一ヶ月間続いているピンクオーラ地獄を何とかしたいらしい。

「…一日ですか?」
「………貴様、どれだけ貪る気だ?」

 《限度を考えろ!》と怒鳴りつけそうになったグウェンダルだったが、ユーリが《きゅうん》と子犬のような愛らしさで上目遣いをしてくると、グっと呑み込まざるを得ない。思えば、この小動物的100万ボルトアイズを習得したにもかかわらず、この一ヶ月の間に使ったりはしなかったことを褒めてはやりたい。

「……………三日。それが限界だ」
「はーい。ありがとー、グウェン〜。大好きーっ!!」

 《きゃっほーっ!》と両手を上げて無邪気に喜ぶユーリの隣で、《うふふ》とコンラートも笑顔を浮かべる。

「愛してますよ、グウェン」
「もー、コンラッド。幾らグウェン相手でも、そんな腰に来る低音で愛してるとか言っちゃ駄目だぜー」
「すいません、ユーリ。嫉妬するあなたの反応が可愛くて…」
「確信犯かよ!バカ馬鹿ばかっ!」
「ははは。そんなちっちゃな愛らしい手で殴られても、効きやしませんよー」

 いちゃいちゃと増強されたピンクオーラを放つ二人に、とうとうグウェンダルがキレた。

「とっとと魔王居室に籠もれーーーっ!!!そして当分出てくるなぁーーーっ!!!!!!」



 魔王より魔王らしい男の大喝は、新年の眞魔国の空に何時までも何時までも響いておりましたトサ。



おしまい



あとがき


 文字通り、ぶち切れバカップル。
 普段はコンラートはハアハア言っててもユーリの方にある程度慎みがあるような気がするのですが、「子ども百人くらい産めそう」なラブオーラを放つためにはストッパーなどあってはならない?と思った結果、いつにも増してバカップル道中膝栗毛でした。

 こんなにイチャイチャしてるのは、螺旋円舞曲で出来上がりまくっているリアル次男とユーリくらいなものかと…。

 お餅以上に胸焼けするコンユを読んだ後は、大根おろしでも食べて下さい。