危うし!コンラート様G











「あー…やっぱりマリアナさんって凄いなぁ…。俺、惚れ惚れしちゃったよ」
「そう…ですねぇ……」

 血盟城に帰還した有利は夕食前には身体と舌の痺れも取れ、自室に戻って湯を浴びた後にはすっかり元気を取り戻していた。

 そして、帰路の道中から…ずーっと瞳をキラキラさせながら語っているのはラダガスト卿マリアナのことである。

 一方、コンラートの方は丁寧に相づちを打ってはくれるものの、どこか浮かない顔つきをしている。
 《どうしたの?》と聞いても薄く微笑むばかりで、その理由は分からない。

『酷い目にあったから、思い出してるのかな?』

 そう思って気っ風の良いマリアナ姐さんのことばかり話すのだが、益々コンラートの表情は哀しげなものになっていくのだった。

「良いなぁ…あんな風に堂々としてて、向かうところ敵なし!…って、憧れちゃうなぁ…」

 熱い眼差しでうっとりと中空を見やる有利に、やはりコンラートは哀しげに眉根を寄せた。

「すみません…」
「え?どしたの…コンラッド…」
「自分で自分が情けないんです。あのような連中に目をつけられ…あなたを巻き込んでしまった上に、救うのも自分では出来なかった…!俺はあの方…ラダガスト卿を見習って、山籠もりをするべきかと…」

 すっかり自責の念に捕らわれているコンラートは雨に打たれる蒼い華のようで…胸をぎゅ…っと鷲づかみにされて、有利はわたわたと慌ててしまう。

「え…?な、何でだよぉ!コンラッドが悪いんじゃないだろ?」
「俺のせいも同然です。俺を狙っていたのですから…。俺が、変態に好かれてしまう性質だから…」
「馬鹿!」

 ぺちこんっ!…と有利の両手が痛いくらいにコンラートの頬を叩き、そのまま包み込んでしまう。

「馬鹿…あんたは、確かに変態さん達に愛されちゃったかも知れないけど…でも、助けてくれたマリアナさんだってあんたを大好きなんじゃないか!」

 《変態》ではない分、十分《変な人》ではあるが…。
 ある意味、偉大な人とも言える。

「それに…俺だって、大好きなんだぜ?俺…変態?」
「ユーリ…!」

 うにゅ…っと唇を枉げて泣きそうな顔をする有利に、コンラートの唇が寄せられる。
 ちゅっと音を立てて額に落とされたキスに、長い睫がふるりと震えた。

「あんたがモテモテなのはしょうがないじゃん。俺の方こそ、凄ぇ足手まといになって…あんたに恥ずかしい思いさせるトコだったのをマリアナさんに助けて貰ったんだもん…。俺の方こそ、修行しなくちゃ!あんたを護れるようにとまでは言わないけど、自分くらいはなんとかしなきゃ…って思ったんだ!」
「ユーリ…あなたを護るのは俺の役目です。誰にも譲りたくない…例えあなたにでも、ね」
「じゃ、二人で修行しに行く?」
「グウェンに怒られるかも知れませんけどね」
「違いないや!」

 くすくすと笑い合った後、有利は《もに》…っとはにかみしながらコンラートを見上げた。

「あとさ…もぅ一個、俺…後悔しないように、やっとかなくちゃなんないことがあるんだ」
「なんです?」
「あのさ…」

 有利はまた《もに…もに》と口籠もっていたが、ちろりと上目づかいにコンラートを見やると…意を決したようにコンラートの唇に、自分のそれを重ねた。
 今までの触れるだけのキスではなくて…躊躇しながらも、そろりと舌を差し入れていく。

 初めての…《大人のキス》だ。

「ん…」

 甘い声が鼻に掛かって恥ずかしいけれど、それを上回る心地よさにとろりと背骨が蕩けていくようだ。

「はふ…」
「ユーリ…」

 とさりとベッドに横たえられると、じぃ…っと琥珀色の瞳が灯火の中で妖しくひかり、立ち上る色香に頭の芯がくらりとする。

『誰が好きになったっておかしくないんだよ。だって…あんたはこんなに素敵なんだもん!』

 こんなにも素敵なウェラー卿コンラートを独り占めしているというのは、とんでもない贅沢なのだ。
 恥ずかしいとか、自分なんかじゃ釣り合わないなんて言っている場合ではない。
 
『絶対絶対…たとえマリアナさんにだって、あんただけは渡したくないんだ!』

 《ゴメンね…》と心で詫びつつも、有利は精一杯の《お誘い》を掛けるのだった。

「エッチなこと…しよう?」

 直球。

 でも…その効果は絶大だ。
 
 一瞬、驚いたように琥珀色の瞳が開かれたけれど…すぐに理性を熔けさせたらしいコンラートが、首筋へと唇を寄せてきた。 
 内心、《はわわ…っ!》と焦りまくっていることを唇を噛むことで誤魔化し、有利は誘うようにコンラートの広い背へと腕を回すのだった。

 
恋人達の夜は、初々しく過ぎていく…。



*  *  *



 騒動から数週間の後、フォーラー卿は約束を守った。

《コンラート様を愛でよう会》のメンバーを一人残らず引き連れて出家したのである。
 その錚々たる面子と規模は目を見張るものであり、世間の人々は彼らに一体何があったのかと噂し合ったものであった(出家の理由は家族にも内密だったのである)。


 そして更に数週間の後…切り立った崖に囲まれた寺院の中に、フォーラー卿の朗々たる声が響いた。

「私は…いや、我々は…大きな過ちを犯した。それは、ウェラー卿コンラート閣下を愛すると言いながら、最もあの方の疎う行為をなしたばかりか、あの方が最も大切に思っておられる魔王陛下を汚そうとしたことだ」

 綺麗に剃り上げられた頭が一斉に下げられ、悔恨の呻きが随所から漏れる。

「さあ…祈るのだ。我々の穢れきった魂を清めるためには、祈るしかない…!」

 彼らの前で、三層構造の巨大な門扉が開かれていく。
 飴色の重い木の扉、透かし彫りの施された扉、そして金色に輝く薄い扉が開かれたとき…そこには彼らの《ご本尊》が安置されていた。

「さあ…祈ろう!」

 浪々たる読経の大音声が鳴り響く。
 男達の魂を震わせるその祈りの声が向けられた対象は…………



 ウェラー卿コンラート像であった。



 そう…ラダガスト卿マリアナの彫像した、《シャル ウィ ダンス?》な感じのコンラート像である。


 
 フォーラー卿はあの事件の直後、平身低頭してマリアナに懇願し、この像を譲り受けたのだ。

 《必ず、我らの性根をこの像に祈ることで叩き直します!》

 真剣な眼差しに侠気を感じたのだろうか?マリアナはにっこりと菩薩のような笑みを湛えると、華麗に飛んで…浮き彫りになっていたコンラート像を壁から切り離して立像にしたのだった。



『マリアナ殿…我々は、変わります…!』

 ここに、ウェラー卿コンラートを愛する秘密結社は消滅した。

 その代わりに誕生したのが、ウェラー卿コンラートを信奉する新興宗教、コンラート教である。
 
 後に、別に招き寄せたわけでもないのにどんどん信徒は膨れあがっていき、眞魔国はおろか世界規模にまで拡大していくことになる大宗教の第一歩が、ここに刻まれた…。

「コンラート様万歳!コンラート様万歳!」
「あああ〜…コンラート様!」

 

 読経の響きの中、生命と愛の歓喜が強い信仰心を育んでいく。

 それは、本人にだけは決してみせられない情景であった………………。




おしまい


  
* てへ。こんな終わり方で済みません。コンユ的にどうなの!?とは思いつつも、結構な犯罪をおかした人々に罰則を喰らわさないわけにはいかないし、かといって表沙汰になるのもどうかと〜…。ということで、こんな感じです。 *