〜青空とナイフシリーズ〜
名無しのコンユスキー1号様のリクエスト

「パーティー」




《権現グループ》の総裁であった老人から、渋谷有利が遺産を受け継いでから早一年と数ヶ月が経過していた。
 《権現のじーちゃんは、俺にナニを期待してこれだけの財産をくれたんだろう?》ずっとそのことを考え続けていた有利が、具体的に行動を起こすのは高校を卒業してからということになるだろうが、顧問弁護士の甲田にも相談して、財産の一部を使って始めたのが各種のNGO活動だった。

 莫大な資金力を当て込んで、有利に阿る輩は大勢居るのだけれど、冷徹な甲田と、《氷の刃》と評される護衛、コンラート・ウェラーの査定をパスした団体は純粋なボランティア精神から活動している組織だった。

 最初の内、現金化した財産をそのまま渡してしまおうと思ったのだけど、少し考えてから、イベント企画の支援に使わせて貰うことにした。ある程度の娯楽性も加味したイベントで、富裕層からの纏まった募金、そして小口ではあるけれども侮れない、来客者からの募金を合わせると、赤字覚悟で実施したにもかかわらず、気が付けば(甲田達はちゃんと計算していたのだろうけれど)この不景気なご時世にもかかわらず、かなりの黒字になった。

 何故こうも上手くいったかと言えば、その要因としてあげられるのは有利ではなく、村田健だろう。学食を食べながらなんとなしに有利の計画を話してみたら、《面白そうだから一枚噛ませてよ》と持ちかけてきた。そのノリはあまりにも気楽で、文化祭のクラス展示を手伝うくらいのものであったのだが、蓋を開けてみると予想外にこの友人は顔が広かった。
 
 全国ツアーも出来るくらいの歌手がボランティアでコンサートをやってくれたり、全国区に店舗を持つ名店が《試作品の提供》という形で新製品を無料配布してくれたのがまず目玉になったし、宣伝活動も吃驚するくらいに波及力を持っていた。有名ブロガーが友人なのだそうで、その人が発信源となって《知る人ぞ知る凄いイベントが始まる》なんて情報を流してくれた結果、あっという間に流布したらしい。

そんな大役を担ってくれた村田が、《イベントに協力してくれた連中からの招待なんだ》と頭を下げてきたら、そりゃあ有利だって聞かないわけにはいかない。今までパーティーと名の付くものは可能な限り回避してきたのだが、今回ばかりは逃げられなかった。そんなわけで、派手な花火が上がったりミュージシャンのミニコンサートなどが行われる、年越しカウントダウンパーティーに参加することになった。



*  *  * 




「はふぅ…」
「お疲れですか?」
「んーん。大したことしてないのに、疲れてる筈はないんだよ」
「気疲れということもありますからね。馴れないスーツ姿ですし」
「ううん。スーツ自体は着心地良いんだよ?ただ…汚したらどうしようかって、そっちが気になってさ」

 くすりと苦笑する護衛に肩を竦めてみせる。俄か成金になってから防衛力に優れたお坊ちゃん学校に通っているので、そこの制服だってそれなりに良い生地なのだが、今日着ている服は多分比較にならない品質だ。スーツなんて何が何だか分からないから、コンラートに購入をお任せしたところ、明らかに徒事じゃない感じの店に連れて行かれて、やっぱり徒者じゃない感じのスーツを購入されてしまった。

 そう。これが自分で買ったものならここまで気を使ったりはしない。有利としては甲田に頼んで貯金を切り崩して貰う気で居たのだけれど、コンラートは一通りのセットを揃えて支払いが終わった段階で、サラリと《プレゼントです》なんていいやがったのだ。
 
 《俺が払う》と言い張っても、冷たい目でちろりと一瞥されて、《俺がプレゼントするのがそんなにご不満ですか?》なんて言われてはそれ以上抗弁できない。素直に《ありがとう》と言うほか無かった。

『確かに良い生地で身体にぴったりしてるし、動いてもフィット感があって良いんだけどさ…。うっかり食べこぼしとかできねーよ!』

 それでなくとも、大物歌手が主催する規模の大きなパーティーに同席しているというだけでプレッシャーなのだ。服に着られているようで恥ずかしい。
会う人会う人みんな《とても素敵ですよ》とか《可愛いね》と褒めてくれるのだが、少し中性的なラインのスーツは、がさつな野球少年には如何なモノかと思う。鏡を見ると、髪や眉も整えて貰っているからスーツには合っているのだけれど、変に芸能人っぽくて余計に恥ずかしい。

『褒められてもなァ〜…俺の場合は《なんちゃって大富豪》なことと豪華スーツ効果が大きいの分かっちゃってるし、なんせ傍らのお人が凄すぎるもん』

 有利の傍で影のようにひっそりと佇むコンラートは、シンプルなダークグレーのスーツに身を包んでいるというのに、しっとりと沁みるような色香が道行く人々の視線を集めてしまう。芸能関係の連中は目の色を変えてスカウトの話を持ちかけてきたが、《俺は護衛です》の一言と、臓腑を凍てつかせるような冷たい眼差しを浴びて退却していった。

「コンラッド、モテモテだな〜」
「迷惑です」

 《そんなこと無いですよ》なんて、はにかむような愛想はない。だが、そんな所も含めてやっぱり好きだと思う。自分の容姿がどうとか、他の人からどう見られているかなんてこの人にとってはどうでもよくて、真摯に《護衛》という業務に専念している彼だから、その生き様を美しいと思うのだ。

「ノド乾いちゃった。ちょっと飲み物貰うね」
「ええ」

 テーブルの間をすり抜けていくウェイターの一人を止めて、ウーロン茶を貰った。コンラートが毒味しようとするが、流石にこんな会場で毒殺もないだろう。手で止めてゴクリと喉に流し込んだ。真冬だというのに会場内は暖房と人の熱気に満ちていて、暑いくらいだったので、結構喉が渇いていたらしい。ごくごくと勢い良く飲み下してから暫くすると、頬が熱くなってクラリと目眩まで覚え始めた。

「…はれ?」
「だからお止めしたのに。それ、ウーロンハイですよ?」
「いや、もーちょっと分かりやすく止めてくれる?」

 絶対わざとだ。
 安全を確認した上でのことではあるが、コンラートは時々こういう悪戯をする。有利のささやかな反抗心を逆手にとって、自分にとって面白い現象に導くのだ。

「足下が覚束ないようですし、未成年に飲酒させたとあっては騒ぎになりますから、このまま引けさせて貰いましょう」

 なるほどそういうことか。
 村田の手前出席はしたものの、明らかに気疲れしている有利を思いやっての行動らしい。

『こういうトコ、優しいよなぁ…』

 とろんとした瞳で見上げていたら、ふわりと抱き上げられてしまった。長身のコンラートが華奢な有利をお姫様抱っこする姿に、周囲からは《きゃーっ!》と黄色い歓声が上がった。

「失礼します」
「ああ、気を付けてね」

 主催者は少々残念そうな顔をしていたが、落ち着いた大人のような顔で会話していた村田は《分かってるよ》と言いたげな表情で小さく手を振っている。どうやら彼も、無理に参加させたことを心苦しく思っていたらしい。

『俺、大事にされてるな〜』

 なんだか嬉しくなって、《えへへ》と笑ってしまった。



*  *  * 




 好きだ。
 この隙だらけの人が、どうしようもなく好きだ。

『いやもう本当に…全く気付いていないんだろうな』

 ホテルの部屋を一時的に借りてスプリングの効いたベッドに寝かせると、ご機嫌の仔猫みたいに《ふにゃん》と鳴く。
 このパーティーの主催者はゲイとして知られた男で、村田は上手く転がしてよく利用しているらしい。商才はあるので、有利が計画したイベントでも大きな役割を果たしたのだが、どうも有利に過剰な興味を抱いている様子だった。

 盛んに話しかけられ、《腰細いね〜》《顔も小さくて整ってるけど、タレントとしてテレビ出たりするのに興味ない?》等と馴れ馴れしく話し掛けては、ベタベタと触りまくる男にコンラートは射抜きそうな視線を送っていた。だが、この男…無駄に度胸が据わっているのか鈍いのか、ちっとも堪えなかった。

 有利はと言うと、一次的接触が多いことには戸惑ったようだが、それがどういう意味なのかは分からない様子で噛み合わない会話を続けていた。
そのせいでぐったり疲れたのだろうが、多分自覚はない。

 だから有利が毒味を嫌がるだろうことを分かった上で、ウーロンハイを口にするよう促したのだ。勿論、飲み過ぎて急性アルコール中毒を起こすようなことはさせないが。

「服を脱がせてあげましょう」
「いいよ〜。なんか段々抜けてきたし」
「遠慮は不必要です」
「いや、遠慮じゃないし。着替えさせて貰うとか、子どもみたいだし」
「俺は子どもの服は着替えさせません」

 真顔で言い切ると、何故か《ぶふっ》と有利が吹き出す。何かツボに填ったらしい。

「…なんです?」
「いや、そうなんだろうけど…。なんかウケちゃった。まさかとは思うけど、服を買ってくれたのも、《脱がせるためにプレゼント》とか、そういうベタなネタ?」
「…………オチを持っていかれるというのは、結構不本意なモノですね」
「やっぱりそういうネタなんだ!?」

 《ぶふぷふーーっっ!!》とウケに受けた有利は、ころころとベッドの上で転げ回りながら、腹を抱えて爆笑している。目尻に涙を浮かべるくらいに面白かったらしい。

「コンラッドってば、時々凄い面白いよね〜っ!」
「………………そうですか?」
「うん。そういうトコも大好きぃ〜」

 《くふふふ》と含み笑いをする姿はやたらと可愛くて、のし掛かって啄むようなキスを繰り返す。まだ仄かに赤みを帯びていた頬が、次第に酔いのためではない充血を見せてぽうっと色づいていく。

「煽った分の始末はして頂けるんでしょうね?」
「ふふぅー。好きにしてぇー。あんたの買ってくれた服だもん。リボンみたいに解く権利があるんだろ?」

 タチの悪い酔っぱらいは、普段よりもコンラートの上位に立っているようだ。素直になると、意志を張っている普段よりも《好き》という感情をストレートに出してくるから、コンラートの方が戸惑ってしまうのだ。

『まあ…たまにはこう言うのも良いかな?』

 散々啼かせた頃に我に返っても知らない。
 だって、リボンを解く権利を貰ったのだから。


おしまい




あとがき


 かなりショートショートでしたが、珍しくコンラートを転がしちゃう有利が結構気に入っていたり。
 このシリーズも一応ハードボイルドを目指して立ち上げたものの、私がハードボイルドではないので常に柔らかテイストでお送りしております。
 結局何の大きな事件も起こらないまま、今回もまったりと終わってしまいました(汗)