凄腕サークレットサービスのコンラート・ウェラー氏は、バレンタインデーに恋人から心のこもった贈り物を貰った。甘い物が苦手なコンラートの為に、恋人が選んだ品は《ハート形の煎餅》。 嬉しかった。ただ、あまりロマン溢れる贈り物というわけではなかったので、甘いイベント絡みの恋人同士にしては、淫靡な雰囲気を醸し出すのに大変苦労した。 何しろ、キスが醤油味なのだ。 どう言い繕ってもちょっぴり所帯じみていた。 『俺は何を贈ろう?』 物品の選択もだが、それ以前に問題なのが《恋人になったからって、わふわふとイベントに便乗して浮かれている》と思われては甚だ遺憾であるということだ。バレンタインデーに殊更贈り物の遣り取りをするだけでもどうかと思うくらいなのに、古来からの言い伝えも何も関係ない企画にまで参加したとあっては、強く羞恥を感じてしまう。 間違っても、その辺のコンビニで中途半端なブランド菓子など買って渡すことなどできない。 さりとて、既に豪奢なホテルのスィートルームを階層ごと貸し切ってしまうような大富豪である有利に対して、《一流の食事だ》《パーティーだ》などと、バブリーなひとときを提供するなど愚の骨頂であろう。何のサプライズでもならないし、そんな贅沢を喜ぶ人ではないことも知っている。 ただ…残念なことに(?)、コンラートは雇い主である渋谷有利君にベタ惚れであった。それはもう、無表情な面の皮の下では、実はメープルシロップに漬け込んだような甘さで溺愛しているのである。だから、有利に少しでも《俺って実は愛されてない?》なんて思いはさせたくない。 けれどそれを表に出せるところまでは開き直っていないので、こんな時はいつも困ってしまうのだった。 ここのところ時折思うのだが…ひょっとして自分は不器用な男なのだろうか? オレンジ髪の友人に聞かせたら、《何を今更》と呆れたように言いそうだ。 * * * 『ホワイトデーねぇ…』 最近少しイメージが変わってきたとはいえ、流石にあのコンラートがこんなイベントに合わせてお返しなんてくれたりはしないだろうか?別に《何かが欲しい》と期待しているわけではないのだが、ちょっと興味があるのは、《何かをくれようとしてるコンラッド》がどんな風であるのかということと、《何を、どんな形でくれるんだろう?》という点であった。 何しろ彼はやることが一々ソフィスケートされていて、そつがない。いつだって《あげる》とは言わずに、さり気なく、一番欲しい物をそっと与えてくれるのだ。 『あのコンラートがくれるものって、何かそういう意味での期待をしちゃうよな』 いつも予想の上を行く贈り物が、今度はどんな趣向のものなのか気になるところだ。間違っても、その辺のコンビニで中途半端なブランド菓子など買ってこないと思うし。 そんなわけで、有利は生まれて初めてホワイトデーをわくわくしながら待つという一ヶ月を過ごした。その浮き立つような気持ちだけでも、ハート形の煎餅を買ったお値段の数百倍の価値があると思う。 * * * ホワイトデー当日、コンラートはいつも通りに振る舞っていた。特に挙動不審になるでもなく、かといって意味ありげなムードを醸し出すこともなかった。 『もしかして、ホワイトデーなんて習慣に気付いてないのかも知れないな』 夕食後には諦め半分にそう思いかけたのだが、コンラートに促されて個室で二人きりになると、彼はどうしたものか、少し考えるような顔をしていた。 「どうしたの?」 「日本にはホワイトデーという習慣があると聞きましたが、どうも俺にはしっくりこなくて、品物は用意出来ませんでした」 「なんだ、そんなことか。気にしなくて良いよ〜」 きっとそうだろうなとは思っていたのだが、何割かの部分で《吃驚するようなプレゼントくれるかな?》と期待していただけに、ちょこっと残念なのは確かだ。でも、何となく14日が終わってしまうよりは、こうしてちゃんと言ってくれた方がすっきりとはする。 しかし、コンラートはまだ言いたいことがあるらしく、まだ有利を開放してはくれなかった。 「ですから、形のないものを贈らせて頂いて宜しいでしょうか?」 「へ?」 きょとんとしていると、コンラートの端正な面差しがゆっくりと接近してきて、すっぽりと抱きすくめられると逞しい胸が頬に密着した。そして上体を屈ませたコンラートが耳朶の辺りに唇を寄せると、えらく甘い声で囁いてきた。 「愛しています」 「…っ!」 じぃん…っと脊柱を下行していく電撃様の感覚に、有利は思わず息を呑んでしまう。それでなくとも響きの良い美声で、至近距離からこんなことを言われて溶けないでいるには、有利はまだ経験不足な若者なのである。 ただ、100歳になってから言われて、泰然と構えていられるかどうかは不明だ。(その時にはコンラートも110歳くらいだが) 「こっここ…コンラッド!?」 「ご満足頂けましたか?」 「満足っていうか…。なんか、ドキドキして…」 恋人同士にはなったものの、愛の示し方が基本的に変化球なコンラートは、滅多にストレートな物言いで愛を語らない。それだけに、素面の時に《愛しています》なんて真顔で言われたら、有利の頬は熟れた林檎みたいに紅く染まってしまう。 「…俺も、煎餅とかよりそういう贈り物にした方が良かった?」 「あれはあれで嬉しかったですけど、今からでも受け付けますよ?」 くすりと笑う声はもう、いつも通りのどこか皮肉な印象を取り戻していた。本当に、《贈り物》としての希少な《ストレート》であったらしい。 「す…好き、だよ…?俺も」 「愛しては下さらないんですか?」 「日本人は、好きは言えても愛はなかなか言えないんだよぉ〜っ!」 「では、来年のバレンタインデーにお願いします」 「はひ…」 今から来年のバレンタインデーが思いやられる有利であった。 * コンラッドの設定が普段狸缶基準から逸脱しているので、ホワイトデーに何をするのか本気で悩んでしまいました(汗)もっとこのコンラッドらしい方法もあったかもしれないのですが、取りあえず今回はこれでお茶を濁します。 * |