「あなたが欲しい」おまけ


 

 すぅ…すぅ……

 健やかな寝息を立てて眠る有利を優しく見守りながら、コンラートはそのさらさらとした頭髪を撫でつけてやった。

 そして…ふと薫る残り香にぴくりと眉を跳ね上げたのだった。



 覚えのある香りは…ヨザックのものだった。



『世の中には知らない方が良いって事もありますからねぇ…』

『ま、俺としては役得でしたけど?』

 

 にやにやと笑うあの男は、一体何処まで《役得》を享受したのだろうか?

 有利を起こして問いただすようなことは出来ない。

 彼はあの間のことを何一つ覚えていないようだし、そこにもってきてヨザックに貞操を奪われた可能性など示唆しては、無駄に動揺させてしまうことだろう。

『ヨザ…お前……どこまでやったっ!?』

 演技とはいえ、無防備に自分だけを見詰めてくる有利相手に、自制心を保ち続けることの出来る男など居るだろうか?

 あの男には侠気がある。

 だが…同時に下半身の緩い男でもあり、楽しめそうなことは可能な限り享受するタイプなのだ。

 コンラートは物音を立てないようにそっと立ち上がると、眼底に剣呑な光を湛えて魔王居室を後にした。



*  *  *




「ヨザ…入るぞ?」

「…へはっ!?」

 ヨザックに配当された部屋には小癪にも鍵が掛けてあったのだが、扉越しに問答するのも面倒だったので、剣の一閃で音も立てずに解錠(…破壊?)すると、一応は断りを入れて入室する。

 だがその言葉と入室が同時では、実際には断りの意味など無かった。

 《親しき仲にも礼儀あり》…その言葉をコンラートが痛感するのは次の瞬間である。



 部屋にはいると…コンラートもヨザックも、互いを見やりながら絶句してしまった。  ヨザックは上半身にはなにも纏わず、くつろげたズボンの前立て部分に対して《作業》を行っている最中であったのだ。



「………………ヨザ……それはまさか……」

 コンラートの口角が、ひくりと釣り上がる。

 呆れて良いのか笑って良いのか分からなかったのだ。

「た〜い〜ちょぉぉぉ〜〜………」

 まことにばつの悪そうな顔で眉を垂れさせている男は、困り果てたように赤面している。

 まだ、自慰行為でも見られていた方がましであったかも知れない。

 なんと…ヨザックの下着部分には強固な獣革と金属を合わせて作られたと思(おぼ)しき帯が締められており、ヨザックはそこに取り付けられた複雑そうな鍵と格闘中だったのである。

 陰茎にぴったりと張り付く形状は実にグロテスクで、先端部分にだけ排尿を可能にする穴が空いている。しかも強制的に陰茎を下に向けるような形で固定されているため、挿入以前に勃起しかけると激痛が走るはずだ。

「貞操帯…?」

「そーよっ!んもーっ!誰のせいだと思ってんのよコンチクショーっ!あーあーもーっ!俺ってばどんだけあんたらに信用されてないわけ?グリ江ちゃんてば清らかな心で下僕のようにお仕えしてるってのにぃ〜っ!」

 じたばたと逞しい四肢を振り回して地団駄踏むヨザックは、恨みがましそうな目つきでコンラートを睨め付けていたが、このままの姿を見続けられるのも癪だったのかズボンの前立てを戻してしまった。

「……そのままにしていて良いのか?」

「良いわけねーだろ!?」

「それは…猊下が装着しろと仰られたのか?」

「そーだよ…」

 むっつりと唇を尖らせたまま、ヨザックは渋々といった表情でコンラートに今回の計画実施内容について説明した。

 



『ウェラー卿の本意を、自発的に告白させろ』

 他国での任務を終えてくつろいでいる時、村田から指示された命令はそのようなものであった。

 有利には《ヨザックを誰よりも深く愛している》という暗示をかけてあるから、とにかく密接に傍に仕え、コンラートに仲睦まじい様子を見せつけろ。

 その際、精神的な意味だけでなく性的な意味でも深い仲なのだと匂わせろ。その方が焦るはずだから…。

 その様な指示を受けたときには笑いが込み上げて堪らなかった。

ヨザックとて、ここ最近のコンラートの遣りようには苛立ちを覚えていたのだ。

 有利が自分だけを見詰めていることに慢心し、あまつさえ…わざと焦らして有利を追いつめるなど…。シマロンでの様子を知っているだけに、ヨザックにとっても腹立たしい事であったのだ。

 しかも、その計画にのればあの愛らしい少年が自分だけを見詰め、擦りついてきてくれるのだから、断るわけがない。ヨザックにとっても《旨味》の大きな話であったのだ。

 だが…快諾したヨザックに、村田はにっこりと笑ってこの貞操帯を差し出したのであった。

『君の忠心は信用しているけど、下半身の理性は信用しきれない』

 何とも情けない表情を浮かべるヨザックに、村田はしれっとしていったものだった。

 実際の任務に入っても、確かに有利はヨザックに懐き、一時も離れていられないという様子で抱きついてきてくれるのは素晴らしい役得であった。

 互いの香りが共通のものになるほど抱きしめあい、そのすべらかな肌を撫でつけたりすることは許して貰えた。

 けれど、ヨザックの予想以上に《ヨザックだけを愛してすり寄ってくる有利》は破壊的なまでの魅力を持っていたのである。

 つぶらな瞳に恋情をのせて見詰められ、におやかな肌の香りを吸い込めば…当然の生体反応としてヨザックの陰部は疼き…勃ちあがりかけたものが貞操帯に拘束されて激痛が走るのだった。 

叫び出しそうな激痛に耐えかねて肌を離せば、涙目で《どうして?俺のこと嫌い?》と愛くるしい有利が呟くのだ。

 《嫌いなわけないじゃないです〜》と抱き寄せれば、膨隆してきた陰茎に、貞操帯の中に仕掛けられた金属製のビスが否応なく食い込んでくる……。

 文字通り天国と地獄…だったのである。

 



「そ…それは……」

 正直なところ、有利を体臭を分け合うほど抱きしめていたという時点でこめかみが疼くのだが、こじんまりとした貞操帯に男の逸物が拘束される様を想像すると、流石にぞくぞくするような痛みが想起される。流石のコンラートもヨザックを責め立てることは出来なかった。

「すまないなヨザ…疑ったりして。礼と言っては何だが、俺が鍵を開けてやろうか?」

「え……?」

 ヨザックは意想外の言葉にぱちくりと目を見開いていたが、その様子を思い浮かべたのか…にやにやと人の悪い笑みを浮かべた。

「ルッテンベルクの獅子が跪(ひざまづ)いて俺の陰部を暴いてくれるわけ?そりゃまた…ちょっとゾクゾクする光景だな」

「跪く?何を言ってるんだ。流石の俺も跪いては剣を上手く振るう自信がないぞ?」

 爽やかに微笑んで、コンラートはしゃりん…と剣の刃を露わにした。

「え………………?」

 ヨザックの額に嫌な汗がじんわりと浮かぶ。

「任せておけ、俺の剣の腕はお前も良く知っているだろう?」

「い…いやいや、そりゃ知ってるよ?知ってますけども……。でもね、隊長…万が一って事があるでしょ?鍵で開けとこうよここはっ!」

「何を言ってる。解錠が得意なお前が苦戦するようなもの、俺が開けられるわけ無いだろ?かといって、他の者を呼んで開けさせては他に知られる危険性もある。今回お前には世話になったことだし…そんな思いはさせたくないんだ」

 冗談だと思いたい…だが、コンラートの表情はヨザックに恐怖を覚えさせるほど真面目だ。

 この男…悪事を働こうとして不発に終わり、何かが燃え尽きてしまったように純朴になってしまったらしい。欠片の悪意も含めぬ眼差しで、ヨザックの貞操帯を一刀両断する気満々だ。

「さあ、じっとしてろよヨザ。すぐに楽にしてやるからな」

 傍迷惑な真心にヨザックは戦慄した。

「いやいやいやいや、良いって!本当に良いから隊長っ!!」



 夜の静寂に…野太い男の絶叫が響き分かった……。



おしまい







あとがき



 「恋華」の柚木凛様に「記憶がない間、有利の貞操は大丈夫だったんですか?」とご質問を頂き、おまけ話を書いてみました。

 そういえば、次男を焦らせるために匂いだの仕草だの、「やっちゃったの!?」という仕掛けをしつつ、そのまま放置してましたもんね。



 このようなわけで、有利の貞操は無事でした。



 ヨザックのチンコが無事がどうかはご想像にお任せします。