「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だっ!」

「何故です?そんなにあのうさぎ達と暮らすのが嫌ですか?」

「違う…凄くよくして貰ったし、いいうさぎ達だと思うよ。でも…でも、俺はあんたといたいんだ!だから、ここに来たんだ…。あんたが一羽で旅に出ても、こっそりあとをつけていこうと思ったんだ!」

 なんと無謀なことを考えるのでしょう!

 ですが…小さな仔うさぎが考えられる限りの方法で、黒うさぎは茶うさぎと一緒にいようとしたのです。

「ねぇ…俺、良い仔にしてるから…何でも言うこと聞くからっ!だからお願い…俺と一緒にいてようっ!!」

 熱烈な言葉に、茶うさぎの胸は痛みます。

 これが年頃の娘うさぎの言葉なら、二羽の関係はもっと滑らかにいったのでしょうが…彼らの間には沢山の障壁があるのです。

 なんといっても、この黒うさぎの言葉に目眩のような快感を覚えてしまう…茶うさぎの思考そのものが最大の障壁でした。

 そのうち、捜索隊の面々も黒うさぎが見つかったと聞きつけて集まってきました。

 そして…みんな茶うさぎの懊悩を聞き知ると共に…黒うさぎの《演説》を聞くことになったのです。

「それは出来ません…ユーリ……」

「なんで!?俺のことやっぱり嫌いなの!?」

「違います!俺は…俺は、世界中のどんなうさぎよりもあなたを愛していますっ!!あなたが可愛くて堪らない…。だからこそあなたと一緒にいることは出来ない…っ!俺には、あなたをお育てする資格がないのです!」

「なんでだよ!?」

「俺は…半分人間なんです……っ!」

「ニンゲン?」

 黒うさぎはきょとりと小首を傾げました。

「あなたを浚い…酷い目に遭わせ……挙げ句に記憶まで失わせた連中です…。その、人間達の血が、俺には半分流れているのです…っ!」

「???」

 黒うさぎは益々混乱したように首を捻りました。

「コンラッドが俺を浚ったの?」

「…?いいえ?」

「違うよね。俺を助けてくれたんだよね?」

「え…ええ……」

「じゃあ、俺を酷い目に遭わせた奴とコンラッドは全然関係ないじゃん!」

 黒うさぎは勝ち誇ったように仁王立ちになりました。

「いえ…そう言う事じゃなくて……。いいですか?俺は半分人間なんです。ですから、今は違っても、いつかユーリに酷いことをしたいと思うかも知れないんです…」

「今までにしたことはあるの?」

「今まではありませんが…」

「何時するつもりなの?」

「……………それも分かりませんが」

「何だよ、したこともないし、何時するかも分かんないことで何で俺のこと放り出すんだよっ!!」

 黒うさぎはカンカンに怒って地団駄踏みました。

「だいたい、ニンゲンだとかうさぎだとか、そんなのどうだってんだよ!?俺たち色んな国を旅して、色んな人達に会ったじゃないかっ!良い奴もいれば嫌な奴も居たけど、そんなの全部が全部良い奴だった国もなきゃ、みんながみんな嫌な奴だった国なんかなかったもん!どんな血がどのくらい流れてるかなんて関係あるわけないじゃないか!!少なくとも、俺はコンラッドがうさぎだから好きなわけでもニンゲンだから好きなわけでもないもんっ!俺が好きなのは今ここにいるあんたそのものだもんっ!!この世界にたった一羽だけのあんたが、大大大大好きなんだっっ!!」

 そう言った途端…わんわん泣き出した黒うさぎに、周りのうさぎ達はほろりともらい泣きをしました。

 彼らは数年前の無惨な戦争で、雑種のうさぎ達が死にものぐるいで闘い、この森を護ったことは知っていましたが…彼らが茶うさぎのように、雑種であることに今でも苦しみ続けていることなど知らなかったのです。

 そして、そんな茶うさぎが大好きで堪らないという黒うさぎの素直な気持ちに強く心を動かされました。

「俺のこと…嫌いじゃないなら…一緒に居てよぅ……お願い…だからっ!」

「ユーリ…」

 茶うさぎは堪らず、泣き濡れた黒うさぎを抱き寄せました。

 言いたいことを言って疲れたのか、黒うさぎも今度は逃げませんでした。





「俺で…良いですか?」

「あんたが良い…他のどんなうさぎよりニンゲンより…俺はコンラッドが大好きなんだよ…」

「俺はいつか…あなたに酷いことをするかも知れない…」

「しないよぅ…コンラッドが俺に酷いことなんかするもんか…それに、もしやっても俺は絶対あんたのこと嫌いになんかなんないし、ガマン出来なきゃ今日みたいにガツンと怒ってやるんだ!だから、あんたは起こってもない事にそんなにビビんなくても良いんだ…っ!」

「……っ!」

 黒うさぎの言葉に、茶うさぎは心を決めました。

 黒うさぎは…そして、橙うさぎも濃灰色うさぎも…道を間違えそうになった茶うさぎに、《ガツン》と言い聞かせてくれました。

 そうです…茶うさぎは、こんな素敵なうさぎ達に見守られているのです。

 間違えれば正してくれるうさぎがいて…心細ければ励ましてくれるうさぎがいるのです…。

『この仔を…育ててみよう…』

 不安や心配はまだまだたくさんありますが、それでももう…茶うさぎにはこの黒うさぎを手放すことなど出来そうにもありませんでした。

「一緒にいて下さい…ユーリ…ずっと、ずっと……」

「うん…うん。一緒にいて?ずっと…ずっとね……」

 見上げると、晴れ渡る夜空に…ぽっかりと大きな月が浮かんでいました。




『綺麗だ…』


 心からその月を美しいと感じたとき、茶うさぎには分かりました。

 茶うさぎの心の中の…とても大きな部分が、もう黒うさぎなしでは動かなくなっているのだと言うことに…。



 そして、黒うさぎさえいれば…

 世界はこんなにも美しいのだということに……。




おしまい


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 あとがき

 黒うさ茶うさの出会い話、如何でしたでしょうか?
 特に新鮮な話でもなく、重くてイタタな感じの展開でしたが、一度ちゃんと書いておきたかったので書き手としては満足です。
 お兄ちゃんもやっと本編で出せましたし(大好き…)。
 
 絵本シリーズは今のところ特に思いつく展開がないので、暫くお休みします。
 また何か浮かびましたら連載しますね。

 暫くは漫画を続けてアップしていきますので、そちらもよろしければ読んでやって下さい。