「雨の日の楽しみ方」











 しとしと…

 しとしとしと……



 もう何日も雨が降り続いています。

それも、景気よく降るのではなくてしとしとじめじめと降り続くものですから、黒うさぎはすっかりご機嫌斜めでした。

 だって、学校に行きだしてから覚えたキャッチボールを、茶うさぎと楽しむことが出来ないからです。

 お家の中では、なんとか黒うさぎを退屈させまいと茶うさぎが工夫してお茶菓子をこさえてくれたり、お話を読んでくれたりしますが、それでも黒うさぎはしょんぼりしている様子でした。



 そんなある日のことです。

 夕方、茶うさぎがお風呂の湯加減を見て《こりゃあ丁度良い具合だ》と頷いたとき、一際強く雨が降り出しました。



 どどどどどっ!!

 だだだんっだんっ!!



 まるで、屋根の上でおおきな獣がごろりごろごろと暴れしている様な凄まじい音に、黒うさぎは尻尾をふりふりしながらわくわくしている様子でした。

 そうです、雨はこうでなくちゃ!

 どうせ降るのなら(勿論、洪水などの災害が起こらないことを前提としてですが)、このくらい盛大に降ってくれた方が面白いに決まってます。

 その様子を見た茶うさぎは、苦笑してこう言いました。

「ユーリ、すぐにお風呂に入れますから、いまのうちに大雨を楽しみますか?」

「大雨を楽しむ?」

「ええ!」

 そういうと、茶うさぎは黒うさぎを連れて、傘も長靴も雨合羽も用意せずに(これらは、この雨の中お外に出るために、必ず茶うさぎが装着させていたものです)飛び出したのでした。

「わーっっ!!」

 

 どっどど、どっどど、どっどどど!

 ざざざざ…ざっ!



 大粒の暖かい雨が勢いよく二羽のうさぎに降り注ぐと、皮膚は痛いほどに雨粒を受け、髪も服もぐっしょりと濡れてしまいます。

「うわっ!うわぁっ!!凄いねコンラッドっ!!」

 胸が躍るほど豪快な雨に打たれ、黒うさぎはぴょんぴょんと跳ねて喜びをあらわしました。

 普段は口を酸っぱくして《濡れないように》と言われていることを、まるまる許して貰えのはなんて楽しいんでしょう!

「ほら、色んなものを持ってきましたよ?」

 茶うさぎは小脇に抱えていたヤカンやら鍋やらお茶碗やらを、庭の植え込みの中に置いて見せました。

 すると、勢いよく叩きつけられた雨が色んな家財道具に当たっては、てんでに《かかかんっ》《どどとんっ》《ちたたたたっ!》っと、なんとも愉快な音色を立てるのです。 

「凄い凄い!おもしろいっ!!」

 きゃあきゃあと歓声を上げて、黒うさぎは跳ね飛びました。

 そんな黒うさぎを見ていると、茶うさぎの頬にはなんとも幸せそうな微笑みが浮かんでくるのでした。

『可愛い可愛いユーリ…あなたといると、雨も晴れも曇りですらも、とても楽しいひとときになりますね』

 じいっと見つめる視線に気付いたのでしょうか?黒うさぎも茶うさぎを見つめ返してきました。

 そして、こんな事を言ったのです。

「えへへ…コンラッド、ありがとうね!俺…あんたといると、雨も晴れも曇りだって、とっても楽しくなるんだよっ!!」

 茶うさぎは全く同じ事を考えていたことに吃驚して目を丸くしたかと思うと…勢いよく吹き出したのでした。

「それは嬉しいな!」

「何で笑うの?」

「とっても楽しいからですよ?」

「そっかー!」

 あははっと、黒うさぎも笑いました。

 茶うさぎも、ますます楽しげに笑います。



 ちいさな黒うさぎと一緒に、おおきな茶うさぎまでがまるきり仔うさぎみたいにはしゃいで、怒濤の様な大雨を楽しんでおりました。



 そこへ、傘と長靴と雨合羽で完全防備した村田うさぎがやってきたのでした。

 そして、はしゃぎ廻る黒うさぎには聞こえないよう、にっこりと微笑んで茶うさぎにこう言いました。

「ウェラー卿…君、シャツが濡れて渋谷の上気した肌が透けてるのが色っぽいからこんなことやってる…なんてことはないよね?」

「な…い……ですよ?」

 全くちっとも考えていなかった…心底仰天するような事を言われて茶うさぎは言い淀みましたが、改めて目を遣れば…確かに興奮してはしゃぎ廻り、薔薇色に染まった黒うさぎの肌には濡れたシャツが張り付いて…瑞々しく艶めいた陰影を呈しています。

 あともう少し成長すれば、誰もが吐息を漏らすほどあでやかに成長することは疑い得ませんし、今だって危ういほどの愛らしさを放っているではありませんか!

「………すぐ、お風呂に入らせます」

「懸命だね」

 鷹揚に頷きながら、村田うさぎはぷらぷらと手を振って立ち去りました。

 見れば、そんなに離れていない場所から大きな蝙蝠傘をさした橙うさぎが、村田を待ち受けるようにして佇んでいました。どうやら、足下が悪いのを心配しているようです。

 以前は《心配性にも程がある》と茶うさぎを笑っていた友うさぎも、すっかり茶うさぎの気持ちが分かるようになったことでしょう。

 それにしても村田うさぎは、たったそれだけを言うためにここまでやってきたのでしょうか?一体どうやって黒うさぎの様子を知ったのかと、茶うさぎはとても不思議に思いました。

 恐るべし…大賢者……。



「さあ、ユーリ…そろそろお風呂に入りましょう?流石にこれ以上雨に打たれては身体に毒ですよ?」

「うん、あ…待って?ほら、雲が切れてきた…」

 言われてみれば、あんなにもくもくと空を覆っていた黒雲がつよい風に吹き払われ、この日最後の残照が眩(まばゆ)いほどに濡れそぼった風景を照らし出しました。

「あ…見て!」

「おや…」

 7色に足りないものの…金色を基調とした橙、朱金、紅色の虹が、大きな大きな弧を描いて濃紫色の宵空を彩りました。

「キレーっ!!」

「ええ、とっても綺麗だ……」

 金色の光彩を浴びて、やっぱり金色に輝きながら、きらきらと瞳を輝かせている黒うさぎに、茶うさぎは感嘆を込めた眼差しを送ります。

 黒うさぎもまた、見上げた先に認めた茶うさぎの姿に《はぅ…》と息を呑みました。

 逆光を背負って…獅子の如き光彩を纏った姿はとても凛々しく、胸が疼くほど素敵な様子だったのです。

「コンラッド…」

「なんです?」

「えへへ…楽しかったね!」

「ええ、とっても楽しかったですね」

 二羽は頷きあいながら、お家の中に入っていきました。

 勿論、大雨で遊んだ後のお楽しみ、濡れきった服を脱いで玄関口でじゃーっと絞ることも楽しみましたよ。

 そりゃあ凄い絞り汁に、二羽はまた楽しげに笑い合いましたとさ。









* 小さいとき凄い雨が降ったとき、姉妹で大雨に打たれながらきゃーきゃー大笑いしてました。楽しかったなー。 *