「アヒルトレード」
『あれ?』
清潔だが殺風景なコンラートの部屋は、基本的に物がない。
必要がないから買ったりもしないのだと言うが、有利は棚の中にどう考えても《必要なさそう》なものを発見していた。
「コンラッド、このビニール製のアヒルは一体?」
「宝物です」
「…へぇ」
輝くような笑顔でコンラートは言うが、こちらの世界ではこういう素材は貴重なのだろうか?そういえば、昔は硝子製のコップだって凄く貴重な時期があったと言うから、眞魔国ではそういうものなのだろうか。
「確かにこっちの世界で作ったにしては、凄いビニールっぽいよね!」
コンラートが大切にしていると聞いたせいか、急に持ち方が丁寧になり、脳裏には《何でも鑑○団》のBGMがかかる。
「良い仕事してますねぇ…」
「それ、地球製ですよ?」
「…早く言ってよ。ありがたがった俺が馬鹿みたいじゃないか!」
「すみません」
詫びながらも、何が楽しいのかコンラートはにこにこしてアヒルと有利を見ている。
「…ナニ笑ってんの?」
「なんでもありませんよ。ただ…あなたを見ていると、幸せな気持ちになるだけです」
「親馬鹿さんめ!」
《親》という言葉でふと思い出す。
そういえば昔、有利は硬式野球のボールを知らないうちに《トレード》されていたらしい。
『セントラルパークで、ちょこっとうたた寝している間だったの。ほんの2、3分てとこなのよ?その間に、ゆーちゃんの手になんと…!見たこともない野球のボールがあったのっ!!ママ吃驚よ!ちょっと気味悪かったから捨てようとしたんだけど、ゆーちゃんがあんまり嬉しそうにボールを囓ってるから離せなくなっちゃったのよ』
そういえば…そのボールは今でも部屋にあったはずだ。
小さい頃には何度もそのボールでキャッチボールをして、随分とボロボロになってしまったけれど、何だか捨てがたくてずっと持っていたのだ。一度草むらの中に入れてしまった時には勝利にも手伝って貰って、泣きながら捜した記憶がある。
『あれって…あれ?』
野球のボールは、ナニとトレードされていたのだと美子は言っていたろうか?
有利はふと手に持ったビニール製のアヒルを見つめる。埃ひとつついてはいないが、どこか年代を感じさせるその被膜には、ちいさな噛み傷のような痕がみられやしないだろうか?
「…これ、宝物なの?」
「ええ」
「俺ね…家に、宝物があるんだよ?野球のボール…ボロボロだけど、宝物なんだ」
「そう」
コンラートは何も言わないけれど、有利を見つめてそれはそれは楽しそうに笑っていた。
『ちぇ、ちゃんと言ってくれたって良いのにさ』
何だか妙な照れくささを感じながら、有利はそっと棚へとアヒルを戻すのだった。
おしまい
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