「黒うさぎの七五三」



 地球森には七五三という風習があります。七・五・三はそれぞれ祝い事に用いるめでたい数で、とある昔の大国の、奇数を陽の数とする思想から出たのだそうです。

 雄うさぎは3歳と5歳、雌うさぎは3歳と7歳にあたる年の11月15日に行います。

 黒うさぎの有利は3歳の年には晴れ着をきて、ご馳走を食べたり神社にお参りに行ったりしたのですが、4歳の冬に浚われたために5歳のお祝いが出来ませんでした。

 それから母うさぎの美子は、《ゆーちゃんが帰ってきたらこれを着せるの!》と、毎年毎年…帰ってきたとしても七五三が該当する年齢ではなくなった年にも晴れ着を用意して待っていたのです。

 そんな話を涙ながらにされた場合…それがどんな晴れ着であれ、着ることを拒否出来るうさぎがいるでしょうか?

 少なくとも、有利には出来ませんでした。

 ですから…しょっぱい顔をしながらも、明らかに《これ、女の子用の衣装ですよね?》と思われる牡丹柄も艶(あで)やかな着物をきこんで窮屈な帯を締め、カラコロといい音の鳴る(でも、激しく歩きにくい)こっぽり下駄を履いたのでした。

 神社参りをすませてお家に帰る途上で《もぅもぅ限界…》と思い始めた頃、有利は自分の身体がふわりと宙に浮いたので吃驚しました。 

「足が辛くなってきた?ユーリ」

「コンラッド!重くない?」

「いいえ、ちっとも」

 茶うさぎは悠々と片腕で黒うさぎを抱えると、もう一方の手で金木犀の枝を折って黒うさぎにあげました。

「木には申し訳ないけれど、少しだけ拝借させて貰いましょう。甘い香りを吸い込んでいたら、少し元気が出るかも知れませんからね」

「うん…良い匂い……」  

 茶うさぎの腕に抱きかかえられた黒うさぎは、金木犀の枝にちっちゃな鼻を寄せてくんくんと良い香りを吸い込みました。
 胸が温かくなるような…それはそれは良い香りでした。

『これはきっと、コンラッドが取ってくれたおかげだな』

 茶うさぎが黒うさぎを想って手折ってくれたものだから、きっとこんなにも良い香りだと感じるのでしょう。
 黒うさぎは仄(ほの)かに頬を染めながら、そんなことを考えていました。

「おや、そこのバカップルは今日も熱々だねぇ」

 薄ら皮肉っぽい言い回しで冷やかしてきたのは村田です。

「う…っ」

 茶うさぎと黒うさぎは思わず息を呑みました。

 村田の傍らで一歩引いて佇んでいる橙うさぎが、紅葉型の明瞭な平手打痕を両頬につけている上、何故か耳の付け根にピンクの包帯を巻き、極彩色の南国の華(ハイビスカスというのでしょうか?)を生やしていたからです。

 そう…《差して》いるのではなく、《生やして》いるのです。
   
 橙うさぎは村田への恋心によって、地球森に居残るために例の儀式…自ら耳を切り落とすという試練に耐えました。
 橙うさぎは茶うさぎがそうであったのと同様、いっそ小気味よいくらいの果断さで耳を切断しました。

 …が、違っていたのはその後の展開でした。

 有利はショックを受けるだろうからと別室に軟禁状態にされていましたので、橙うさぎを治癒出来るかどうかは村田に掛かっていました。
 ところが…耳を切断した後で村田はこう言ったのです。

『やだなぁ、僕が治癒の力なんか持ってるわけないだろ?過去世の記憶を持つうさぎは治癒の力って持ちにくいみたいなんだよねー』

『はぁ……』

 それでも橙うさぎは文句は言いませんでした。

 もとより、斬った耳が引っ付くだなんて思っていなかったのです(《きっと茶うさぎは直前で止めだてされたのだろう》と考えていたようです)。

 ただ、その後の展開には流石の橙うさぎもぐったりしてしまいました。

 切断された耳は、結局軟禁された部屋から脱出してきた有利が泣きながら引っ付けてくれたのですが、時間が随分たってしまったせいでしょうか?繋ぎ目はなかなか完治せずに傷口が膿んでしまったのです。
 
 そこで村田に貰った《薬》…ブツブツの入ったジェルを塗ったところ、くっつくにはくっついたのですが…次の日の朝にはこの南国の華が咲いていました。

 村田が大変楽しそうに笑ってくれましたのでそれでも良いような気もしたのですが、微妙に橙うさぎが見たい笑いとは違っているような気がするのが切ないところです。

「ヨザ…お前、その頬はどうしたんだ?」

「やー、ついつい本能に忠実に行動しちゃってぇ…」

 もっと別の微笑みが見たいなぁ…と思って抱きしめ、服を脱がせようとしたら、猛烈な勢いで頬を叩かれたのです。

「このケダモノと来たら…こんな幼気(いたいけ)な僕の服を脱がせて舐めようとするんだもの!そりゃあ往復ビンタの一つも喰らわせようってものさ」

「…舐める?何を舐めようとしたの?ヨザック」

 きょとりと黒うさぎが小首を傾げていると、ヨザックは居心地悪そうに苦笑しました。

「いえね?流石の俺もセックスまでしようと思った訳じゃないんですヨー。猊下があんまり色っぽいもんだから、ちょっとばかし大きくなるまで待てなくて、ちょこっとお味見しようとしただけなんでスー」

「何が《ちょこっと》だい。僕の乳首やチンポをしゃぶるのが《ちょこっと》なら、《ばっちりガッツリ》なら何処まで行くつもりだい?全く…僕はまだ夢精だってしたことないんだよ?幾ら舐められたって射精出来ないんじゃ生殺しじゃないか」

「ええ?じゃあ、イけるようになったら解禁って事で良いですか?猊下は今7歳だから、あと2、3年てとこですかね?」

「君がその時までに僕のお気に入りになっていて、僕の気が向けばね」

「ひゃー!グリエ頑張っちゃいます〜!」

 茶うさぎと黒うさぎは呆気にとられて二羽の会話を聞いていました。
 特に黒うさぎには専門用語(?)が多すぎて会話の中身がよく分かりません。
 ただ、少し分かる言葉もあったので茶うさぎに尋ねてみました。

「なぁ、コンラッド?ヨザックって村田のことが好きなんだよな?」

「…………どうやらそのようですねぇ……」

「好きだと乳首とかチンポとか舐めたいもんなのかな?」

「…………………」

 これにはなんと答えれば良いのか、正直茶うさぎには分かりませんでした。

 将来的には……そんなこともしたくないと言えば嘘になりますが、それでも橙うさぎのように思い切りの良すぎる解禁年齢設定は茶うさぎの心情としては難しいところです。

 黒うさぎにはこれから沢山のことを学んだり沢山遊んだりすることで、身も心も伸び伸びと成長していって欲しいのです。

 幾ら二羽の気持ちがとても深い愛情で結ばれていると言っても、あまりに早い肉体的結びつきは黒うさぎの精神的・肉体的成長の妨げになるのではないかと思うのです。手っ取り早くて安易なセックスは、他の事への興味を削いだり、その事しか考えられなくなりがちですからね。

 ですが、そこで《ちっとも舐めたくなんかありません》というとまた語弊があります。
 
 黒うさぎは茶うさぎの《好き》が、橙うさぎの《好き》よりも軽いものだと思うかも知れませんし、茶うさぎの物凄く正直な心情としては…そりゃあ黒うさぎの身体中、隅々まで舐めしゃぶりたいのですから。

 困ってしまって頭を捻る茶うさぎをどう思ったのでしょう。黒うさぎはその真っ黒で綺麗な瞳で、じぃ…と茶うさぎを見つめると、恥ずかしそうにこう言いました。

「あのね?俺は…コンラッドの身体、舐めたい………………」

 消え入りそうな小さな声の末尾が風に吹き飛ばされていきますが、茶うさぎの耳にはしっかりと届いていました。
 
 真っ赤になった黒うさぎをそっと抱きしめると、茶うさぎは言いました。

「俺だって…ユーリの色んな所を舐めたいです………。でも、ユーリがとっても大切だから…小さなあなたの身体に負担を掛けたり、心や身体の成長の妨げになりそうなことは決して出来ないのです……。分かって頂けますか?」

「……うん」

 こっくりと頷くと、黒うさぎは茶うさぎの首筋に顔を埋めて熱い息を吐きました。

「俺…俺、早く大きくなりたい…っ!」

「ユーリ…」

 じぃん…と眦を熱くする茶うさぎを眺めながら、橙うさぎと村田は思いました。


『今からこんなで、本当にあと9年も耐えられるのかね?』






   * 耐えろ。つか、耐えて…。 *





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