「6月の花嫁」


※マニメ89話「花嫁はアニシナ!?」設定の突発話。次男がマイペースです。





 かろん…
 かろーん…

 軽やかな鈴の音が鳴り響くと、白を基調とした花弁を散らしながら、やはり純白の衣装に身を包んだ若い男女が街路を笑顔で歩んでいく。
 その周囲には綺麗な衣装に身を包んだ老若男女が集まり、にこにこ顔で歓声を上げている。

「あれ…?結婚式でもあったのかな?」
「そうでしょうね。今の時期は季候も良いから、比較的多く行われるようですね」

 城下町にお忍びできていた有利とコンラートは、偶然居合わせた挙式風景に目を奪われた。

「そういえば6月だもんな。でも、眞魔国でも6月の花嫁ジンクスとかってあるの?」
「特に謂われはないようですけどね」

 地球では、6月の守護神が婚姻と女性の権利を司るジュノー(ローマ神話にでてくるジュピターの妻)であることとから6月の花嫁は幸福になれるという言い伝えがある。
 これには西洋の気候も関係しているのだろう。概ねヨーロッパでは6月は雨が少なく爽やかな陽気であり、農耕作業が一段落する時期でもあったので、広く浸透したらしい。

「でもさぁ、あれって日本ではかなり無理があるよね。なんせ梅雨時期なもんだから会場に行くまでに靴がぬれちゃったりするし、従姉妹の姉ちゃんも髪型がちっともまとまらないって文句言ってたもん」
「そうですか…では、6月に結婚するなら眞魔国で式を挙げた方が良いですね?」

 コンラートは妙に朗らかな笑顔を浮かべて、こくこくと頷いた。

「え…?誰が?」
「陛下が結婚されるときの話ですよ。勿論」
「えー?俺、結婚しなくちゃなんないの?王様って、やっぱ跡継ぎ問題とかで独身だとまずいわけ?…つか、陛下って言うなよ名付け親!」
「これは失礼…。で、ユーリは結婚したくはないんですか?」

 心なしかしょんぼりしてコンラートが言うと、有利は困ったように眉根を寄せて…唇をぷぃっと突き出すのだった。
  
「んー…そりゃあ、前はさ?ちょっと気が強いけど、根が素直で可愛い女の子と結婚して、子どもは3人くらいで、野球教えていつかはプロ野球選手に…なーんて思ってたけど…。王様業やり始めてからは考え変わってきちゃってさ」
「…どう変わられたのですか?」
「うん…だってさ、俺と結婚するってことは、地球の子なら置いてけぼりとか…こっちに一緒に来て貰うにしても親兄弟友達から引き離すことになるだろ?こっちの子と結婚したにしても、王様の嫁さんって気ぃ使いそうだし、周りから色々言われるし、きっと大変だと思うんだよね…。なんか、《俺について来て下さい》っていうのに、凄くプレッシャーがかかるというか…」
「そうですか。では、俺なんかどうですか?結構打たれ強いですよ?」
「…………はい?」

 にこにこ顔でそう言う名付け親は、どこからどこまでが本気なのか分からない。

「ええと…世継ぎとかどうすんの?」
「お忘れですか?眞魔国は世襲制ではありません。なくなられたと思われていた眞王陛下もきっちり眞王廟にお戻りのようでしたし…俺とユーリの仲を妨げるような要素は一切存在しません」

 存在しない…のか?

「男同士だし…」
「問題ありません。眞魔国ではごくごく一般的なことです」
「あんたの弟と婚約してるし…」
「問題ありません。先日、ヴォルフの方から破棄してきたではありませんか」
「俺の気持ちは…?」
「…………それは流石に問題がありますね。俺と結婚するのはお嫌ですか?必ず幸せにしてみせますよ?死の間際に《あんたと居られて良い一生だった》と言わせて見せます」
「超長距離スパンの自信だなっ!」
「で、お嫌なんですか?」
「そりゃあ……ええと、あの……」

 何なんだろうか、今日のこの男の押しの強さは…。
 冗談にしても凄まじい粘り腰のしつこさだ。

「あのさぁ…何で急にそんなこと言い出したの?」
「先日、アニシナが政略結婚をさせられそうになったとき、グウェンがアニシナを浚っていったでしょう?」
「あー、そういえばそうだったね」

 薬がどうこうという話の間は《絶対やらない》と渋面をさらにきつくして宣言していたグウェンダルだったが…まさに婚儀が行われようとするその直前に、颯爽と現れてアニシナを連れ去った行動は鮮やかで、見ていて乙女心を擽られるような光景だった。
 実際、侍女達は一様に頬を染めてうっとりと後ろ姿を見送っていたものだ。

『そうすると、もしかして…』

 コンラートの乙女回路にも、変なスイッチが入ってしまったということだろうか?

「あれを見て思ったんです。あなたのお傍にこうして仕えているだけでも確かに楽しいのですが、やはり人々に公然と分かるように…《ユーリは俺のものです宣言》をするのも良いなぁ…と」

 やっぱり…。
 コンラートは淡く頬を染め、両手を胸の前で握り合わせて瞼を伏せていた。
 長い睫が秀麗な頬に影を落とし、見ようによってはえらく可愛らしい。

『いかんいかん…ときめいてどうする!』

 相手は軍人一筋80年の屈強な勇者だ、どんなに可愛らしく見えたとしても、ほだされて婚姻など行おうものなら絶対自分が女の子役に回されてしまう。 
 でも…《そういうこと》をしなくて良いのなら…

『コンラッドが他の人と結婚しちゃったりして、俺以外の人が俺より大事な人になっちゃったりするよりは…ずーっとずっと一緒にいてくれる方が、そりゃ嬉しいよな』

 それが結構な《独占欲》であることを、お子ちゃまな有利はまだ自覚してはいない。

『死の間際にもにっこり微笑んで、《あなたと居られて良い一生だった》なんて言われたら…凄く幸せかも……』

 共白髪でおじいちゃんになって…縁側で昆布茶を啜ったりしながら過ごす日々も、コンラートと一緒ならとても穏やかで楽しい暮らしになりそうだ。
 結局…《結婚》というのはそういうものなのかもしれない。
 《この人とずっと一緒にいる日々は幸せだろうな》そう思うからこそ、結婚するのではないだろうか? 

「えと…あのさ。つきあい方は今の通りで…結婚っていうのもアリ?」
「ええ、勿論アリですとも」

 《結婚してしまえばこっちのものですから》…という発言は、きっちり胸の中に収めておく。

「じゃあさ…あんたと結婚…っていうのも、なんか…良いかも?」

 きゅふ…と、はにかむように微笑みながら見上げるつぶらな瞳に、コンラートは思わず片手で口元を覆った。
 溶け崩れた上顎・下顎が地面へと落下しそうだったのだ。

「では、すぐに手続きをしましょうっ!」
「え…え?もうっ!?…つか、何処行くの!?」
「眞王廟ですよ。先日、眞王陛下にお話ししましたら大変面白がられ…いえ、大変喜んで下さいましたので、8ユーリと参拝して正式に認めて頂きましょう」

 長兄に倣うように、コンラートは有利の手を強引にとると、颯爽とした足取りで眞王廟に向かう。善は急げ…というのもあるが、他にも今でなくてはならない理由がある。
 いまなら眼鏡が輝かしい双黒のお方が、この眞魔国におられないのだ!
 《鬼の居ぬ間に》こっそりちゃっかり、既成事実を固めておきたい。

「か、家族に相談とか……」
「こういったことは勢いが大切なんです。なに…後で地球のシブヤ家の皆さんにも丁寧にご挨拶しますよ。うちの家族は自由主義ですから問題ありません!」

 母親はともかく末弟には巨大な問題がありそうだが、そこには敢えて触れない兄であった。

「ほんとに?え、えぇ……?俺…結婚しちゃうの!?確か地球じゃあ、男は18歳にならないと結婚できないんじゃあ…」
「問題ありません。眞魔国では16歳で成人ですからね。地球ではとりあえず婚約ということにして、あちらでも成人したら俺のアメリカ国籍に入って下さい。ああ、勿論同姓婚OKの州ですからご安心を!」
「えぇええええーっっ!?」



 強引グ・マイウェイ次男を止め立てすることは、有利にはもはや不可能であった……。


* おめでとう次男・有利!これで有利の名前は、地球ではユーリ・ウェラー!ちょっとユリゲラーみたいだねっ!それにしても、このくらい強引な次男だと関係がサクサク進みますね。鬼っ子の次男に見習わせたいです。後の問題は、こんな次男が皆様に受け入れられるかデスヨ(←それが最大の問題) *