たぬき缶サイト設立4周年記念話-4
~愛しのコンラート様シリーズ~
「轟け!絶叫ラバーズ」







 絶叫大会。
 それは、各国の風習のなかに一つくらいはある平凡な企画。

 絶叫大会。
 それは、ごく平凡な面子で開催されるのであれば特に問題なく、微笑ましく進
行していくであろう企画。

 だがしかし、舞台が眞魔国で設定が《愛を叫ぶ》というもので、主催者が愛の
伝道師フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエ様でいらした場合、大概とん
でもないことになる。

 ウェラー卿コンラートは、企画段階で大体諦めていた。
 今回もどうせ、ろくなことにならないと。

 

*  *  * 



「うっわ。後ろ向きに心構えが出来てるんだね、ウェラー卿」
「学習された挫折感と申しましょうか…」

 穏やかなはずの執務室でのお茶会で、双黒の大賢者様にそう指摘されたコンラ
ートは遠くを見つめた。何か変なものでも見えているのか、時折ぴくりとこめか
みが引きつる。

「コンラッド、何か心配事でもあるの?」

 もきゅもきゅと餌袋いっぱいにシフォンケーキを頬張る魔王陛下を目に入れる
と、コンラートはやっと安堵したように目を細めた。何があっても、この少年の
元に無事戻ることが出来るのならどんな苦難にも耐えようとか、多分そんなこと
を考えているのだろう。

「いえ…何でもないんですよ。ただ、母上が主催の企画となると俺たちが出ない
わけにも生きませんから、少し不安なだけです」
「あーーーー……」

 うんうんと小さく何度も頷く有利も、やっとのことで思い至ったようだ。卓上
に乗せられた華やかなチラシの中では、美々しい衣装に身を包んだ端麗な男性が
、オペラを歌いあげるような調子で大きく口を開いている。見出しの文字はなに
やら難しげで格調高いが、訳せば《世界の中心で愛を叫び大会》となるらしい。
よく見ると、了承を取った筈もないのにちゃっかり三兄弟の似顔絵と名前が審査
員の欄に明記されている。

 この大会では、音量はフォンカーベルニコフ卿アニシナが開発した装置で正確
に計られ、特賞は純粋に音量で決められる。

 だが、くせ者なのが《審査員特別賞》である。
 
 ツェツィーリエの琴線に触れた《絶叫》があれば、音量の如何に関わらず、相
応の報償が与えられるらしい。この手の大会となるとしゃかりきになって張り切
る人々を思い浮かべると、頭が痛くなって当然である。

「赤褌マッスル坊さんズとか、例のドM貴族とか…来るよね、やっぱり」

 不安そうに眉根を寄せた有利だったが、ふと笑顔を浮かべた。

「でもさ!こういう時ってやっぱりラダガスト卿マリアナさんも来るんじゃない
かな?あの人に会うの久しぶりだから楽しみだな~。また技が増えてるのかな?
見てみたいな~」
「ユーリは修行の成果を披露出来そうですか?」
「うぁ、そうか。《再戦の日まで壮健なれ!》ってエールを送られてるのに、俺
…必殺技とか仕込んでないな。うーん、あと1ヶ月だっけ?間に合うかな~。つ
か、冷静に考えると必殺技とかなー。誰を必ず殺す気だって話だし」
「まあ、キン○マンだってあれだけ必殺技必殺技言う割に、一度も敵を殺してな
いですし、良いんじゃないですか?」
「そうだよね。絶対戦争反対とか言ってる俺が、殺人なんて犯してちゃ拙いよな


 それに今回は一応《絶叫大会》なわけで、必殺技など登場する余地はないだろ
う。むしろ、どんなネタを仕込むかで審査員特別賞の行方が変わってくる。

「ナニ叫ぼうかな~。やっぱ、笑いを狙っていくべきかな?」
「笑いに関してなら、僭越ながら俺も…」
「いや、あんたは審査員に選ばれてるからナニも叫ばなくて良いよ」

 何かを予感して目が据わってしまった有利は、ふるふると首を横に振ってコン
ラートの発言を逸らした。お得意のネタで場が凍えるのを防ぎたいらしい。
 コンラートの一発ギャグはジャイ○ンリサイタルクラスの衝撃を産むので、致
し方ないところだ。

「それで言ったら、ユーリだって出場は無理でしょう。特別審査員の欄にしっか
り明記されてますよ?」
「ええ!?うっわ…ホントだ」

 これは拒否権のない上王命令と見て良いのだろうか?現役魔王の意図を聞かず
に全てを決定出来るのは、上王権限と言うよりもツェツィーリエの女としての格
によるものだろう。

「うーん…どんな大会になるのかなぁ?」
「今から胃が痛いです…」

 目元が暗くなりがちなコンラートの背を、有利はぽんぽんと叩いて遣った。



*  *  * 



 ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ……っ!!

 絶叫に近い高笑いがラダガスト家邸宅に鳴り響く。もう慣れっこの侍女や使用
人達は、特に疑問を抱くことなく平素通りの動きを見せていた。

「お嬢様、また上王陛下が素敵な企画を立ち上げられたようですね」
「ええ、この好機を生かさぬ手はありませんわっ!」

 ば…っ!と勢い良く振るわれた腕が、形良い指を広げて中空に留められる。素
敵なポージングとドヤ顔を見せているのは《激愛★コンラート様》が生きる指針
なラダガスト卿マリアナである。豊かな銀色の巻き毛を揺らし、肩幅程度に開い
た脚は高いヒールを絨毯に食い込ます。

「さあ、特訓あるのみっ!」

 すぅ…っと勢い良く息を吸い込めば、辺りの空気密度が明確に変わったような
気がする。体腔内にブラックホールでもあるのか。


「コンラート様ーっ!!お慕い申し上げておりますーっ!!!」


 ひねりもへったくれもないが、そのぶん赤裸々で、雄々しいとも言える台詞が
繰り出されると、びりびりと壁が震えてパンパンパン…っ!と、マリアナに近い
場所から順に勢い良く陶器類が割れていく。

「あら。私としたことが…こんな場所で愛を叫んでは、被害が大きいわね」
「お嬢様の御英明に、感嘆申し上げます」

 侍女頭が恭しく頭を下げる。《やる前に気付けよ》と育ちの悪い女豹族の侍女
などは 思ったが、口には出さなかった。お嬢様の蹴りが直撃すると、脳漿が耳
から零れそうになるのだ。

「さ、山籠もりの準備を…っ!」

 絶叫大会であっても、結局山籠もりは回避出来ないマリアナであった。 



*  *  * 



 そしてやってきた大会当日。別に衣装の指定はなかったのだが、参加者達はや
たらと気合いの入った衣装に身を包んでいる。大衆の面前で意思表明をするのが
一体どれほど楽しみだというのか、えらく気合いも入っていて、誰も彼もが入念
に発声練習をしている。

 その中でもやはり異彩を放っていたのは、コンラート大好き集団…通称《ウェ
ラー狂団》の面々であろう。ラメの入った派手なマントに身を包み、壇上に上が
ってきた彼らは太鼓部隊を引きつれていた。

ダンダダンダダンダダン!
 ダンダダンダダンダダン!

 赤褌を締めた男達が勇壮な祭太鼓を打ち鳴らすと、狂団の面々は一斉にマント
を脱ぎ去る。

「う…」

 コンラートを筆頭に、観客達は口元を覆った。
 何と言うことだろう…。ピアノ線か何かで固定しているのか、彼らの股間にだ
けピンポイントで真紅の文字ボード(並べると、《愛しのコンラート様》とか、
その手の文字列になる)が掲げられており、それを見せつけるように身を反らせ
ている。姿勢だけ見れば応援団と変わりないのだが、格好は完璧な変態である。

「コンラート様ーっ!」
「あ・い・し・て・お・り・ま・すーっ!!!」

 アイっアイっアイっアイっ!
 ダンダダンダダンダダンダっ! 

 足を踏みならし絶叫する男達の奇怪な姿に、繊細な男性貴族などは意識を遠く
させていたが、眞魔国では大概女性の方が肝が太い。ノリノリで花道を歩み始め
た狂団の連中に手拍子を送り、何故か股間のピアノ線におひねりよろしく畳んだ
お札を入れている。

 男達の踊りと声は変にノリだけは良いせいか、気が付けば場内は《あ・い・し
・て・る》《あ・い・し・て・る》のコールが地鳴りのように響き渡り、場内が
一致してコンラートへのラブコールを送っているような様相を呈する。

 居たたまれないのはコンラート唯一人だ。
 横で楽しそうに《あ・い・し・て・るー》と叫んでいる有利を目にしては、あ
の連中を叩きのめしに行くわけにも行かない。半泣き状態で手を振るしかなかっ
た。

 その後も異彩を放つ出場者達が続いた。希望が多かったので書類選考でかなり
落としたと聞いているのだが、ツェツィーリエは一体何を規準にして選んだのだ
ろうか?激しくイロモノばかり揃っているのは気のせいか。

 そして大トリを務めるのは勿論、ラダガスト卿マリアナ。この辺の出場順も、
ネタとして仕込まれているような気がしてならない。

 真紅のドレスに身を包んだマリアナは実に華麗で、姿だけ見ていると高貴な令
嬢以外の何者でもない。(いや、高貴な令嬢には違いないのだが…) 
 優雅に一礼したマリアナは、コホンと咳払いをしてから雄々しく脚を開くと、
息を吸い始めた。

 スゥゥゥウウ…
 スゥゥウウウウウウウウウウ……
 スゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ………

「ええーえー…ちょ…っ。マリアナさん、吸い過ぎじゃね?」
「最早、悪い予感しかしませんね」

 今更のように慌てる有利に対して、コンラートは完璧な涙目だ。
 大体こんな事になると予感はしていたが、マリアナの場合は予想の斜め上をい
くことがある。コンラートは念のため、横にいた有利の耳に《失礼》と断ってか
ら指を詰めた。あの肺活量で叫ばれたら(胸腔の拡大は普通なのに、あの勢いで
何時までも吸い続けていられるのがまず危険だ)、鼓膜がどうにかなりそうだ。

 ピタ。

 不意にマリアナの動きが止まったかと思うと…。次いで、波動砲のような振動
が会場を劈いた。

 
「コンラート様ーっ!!お慕い申し上げておりますーっ!!!」


ドォオオオオオン……っ!!!!

 波動砲と称したのは、決して比喩ではない。
 大地は物理的に激震し、マリアナの口にからはマグマのような閃光の塊が放出
されている。いや…これは単なる光ではあり得ない。

 これは…
 これは……っ!

「……ぶ、物体化してる?」

 見よ!
 空を飛ぶ巨大な《コンラート様ーっ!!お慕い申し上げておりますーっ!!!
》の文字列を。達筆な眞魔国語で形成された巨大な熱と光の塊は、ぐんぐんと上
空に昇っていったかと思うと…キランっ!と光ってから……

「うわぁあああああああああ……っ!!」

 降ってきた。
 熱い思いを滾らせてたそのままの勢いで、会場上空から重力に乗って落下して
きたのである。

「くそ…っ!」

 このままでは甚大な被害が出てしまう。舌打ちしながら抜刀したコンラートが
剣を構える。どこまで防げるかは分からないが、少なくとも、こんな冗談のよう
な落下物で有利を傷つけるわけにはいかない。

 しかしこの時コンラートは失念していたのである。何しろ相手はラダガスト卿
マリアナだ。コンラートの目の前で失態を侵す相手ではないのである。

「コンラート様、私の尽きせぬ思いをどうか受け止めて下さいませっ!!」

 ひらりと跳躍したマリアナは中空に浮かんだままドドドドド…っ!と落下物に
蹴りを入れると、灼熱の文字列を粉々に砕いてしまう。すると、キラキラと輝く
金色の飛沫は、花火のように煌めきながら大気を満たした。

「わ…」
「…あ!」

 キラキラキラ…
 光り輝きながら落ちてきた欠片は、いずれも星のような形に砕けていて、人々
の肌や掌に触れると瞬くように光って、最後に一度だけ《お慕い申し上げており
ます》と囁いてから散っていった。

「うわぁ…。凄い、綺麗…」
「ええ。ほっとしました。一時はどうなることかと…」

 舞台の上でにっこりと微笑み、華麗にお辞儀をするマリアナに対して、会場か
らは惜しみない拍手が送られた。これはもう、計器が振れきれるほどの大声で、
しかも会場中を感動させたマリアナが特賞で間違いないだろう。

 そこに思い至って、《ん?》とコンラートは首を傾げた。
 特賞はマリアナで間違いなし。元々設定されている賞品は超豪華クルーズの旅
だから、別にコンラートは困らない。
  
 だが…それでは、審査員特別賞の行方は…? 
審査員の一存で、唐突に賞品が決められてしまう審査員特別賞は?
 マリアナに次いで、場内を沸かせた対象者は一体…。

 コンラートの背中に、どんよりとした冷たい汗が流れた。



*  *  * 



「審査員特別賞は、ウェラー狂団の皆様に決定しましたわぁ~ん!」

 ツェツィーリエがガランガランと景気よく大鈴を鳴らすのを聞きながら、コン
ラートは審査員席に突っ伏した。…っていうか、ツェツィーリエの一存で決まる
のならコンラート達が審査員を務める意味はないではないか。

「さ、あなた達に素敵なプレゼントを差し上げるわっ!」
「何でしょうか、上王陛下!」

 うきうきと子どものように瞳を輝かせる狂団の面々に対して、ツェツィーリエ
は得意げに鼻を反らせると、とっておきのプレゼントを提示して見せた。

「その舞台で、先程あなた達が披露した演目をコンラートにもやってもらいます
!」


 うぉおおおおおおおお~~っ!!!

  
 どよめく場内。
 野太い歓声を上げる狂団員と観客達。
 真っ青になって固まる三兄弟と現役魔王陛下。

 場内の盛り上がりは最高潮。
 審査員席の盛り下がりは最低潮。

 どうなるコンラート様。
 頑張れコンラート様。


 平身低頭して、股間に文字一つの格好だけは勘弁して貰え…っ!!


おしまい


あとがき

 「愛しのコンラート様シリーズ」はある意味、「可哀想なコンラート君シリーズ」でもあるような…。(汗)