たぬき缶サイト設立4周年記念話−3
〜青空とナイフシリーズ〜
「これは恋ってコトで良いのでしょうか?」










 16歳の誕生日を目前に控えた渋谷有利は、このたび生まれて初めて恋人をゲットした。
 これがポケ○ンなら、《よおっしコンラッド、ゲットだぜぇっ!》と叫んで一件落着。モンス○ーボールに入れておけば半永久的に自分のモノになる。

 ところがどっこい、人間世界はそう簡単には済まない。
 
 ひょんなことから大富豪になってしまった有利の、凄腕SPとして雇われたコンラート・ウェラーは、何しろツン比率が極端に大きいツンデレさんだ。正直、お風呂に漬かりながら気持ちを頂いた時のアレをデレと呼んで良いのかすらよく分からない。半分、苦情混じりに《困った人だ》と耳朶に注ぎ込まれながら、苛めるみたいな動作で甘く激しく何度も突き上げられてしまった。

『突き上げ…って…オイ、俺っ!』

 授業中、廊下からそっと見守っているコンラートと視線が合っただけでそんなことを思い出して、カァ…っと頬が染まってしまう。目元まで潤んだような気がして顔を伏せたら、微かに掠めた琥珀色の瞳が、有利の熱を瞬間冷凍しそうな勢いで冷えていた。

『うわ〜。変な顔してたから、呆れちゃったのかな?』

 大急ぎで顔を正すと、今度こそ真正面を見据えて授業に立ち戻ろうとする。元々興味のない数学であっても、何かしら楽しい面を見つけて集中しなければ、度々おかしな顔をしてしまいそうだ。

『うーん…でも、さっきのコンラッド…マジで目が冷めてたな〜。やっぱ、あんとき抱いてくれたのは一時の気の迷いで、《つまらないモノを抱いてしまった…》なんて、五○衛門みたいに反省してんのかな?』

 有利は自分をつまらない存在だとは思わないが、ふわふわ可愛い女の子に比べての抱き心地で言えば、相当つまらないという自信はある。何しろコンラートに煽られて物凄く変な顔をしながら、オカマみたいな裏声を出してしまったし、ありえない場所に熱いモノを頂いてしまった瞬間には、悲鳴に近い叫びを上げてしまった気がする。

 正直、あれで萎えなかったコンラートの誠実さ(?)に頭が下がる思いだ。

『……………そういえば、一回抱いて貰ったくらいで恋人とか言っちゃって大丈夫なのかな?』

 ギクリと身を震わせてシャーペンを握り締めると、ノートの上に奇妙な軌跡を描いてしまった。

『うわ〜…それこそ、《調子に乗らないで下さいね》って冷笑されちゃうかな?いやいやいや…でも、うーん…。そーだよなー…俺なんてモテない君のくせに操に煩いから、女の子とエッチするってコトはおいおい結婚みたいな前提で考えちゃうけど、コンラッドってきっと、その辺クールだよな?』

 男同士で結婚もくそもないもんだし。

『恋人って言えないとしたら、何だろ?エッチ込みのお友達?』

 それは世間では《セフレ》と呼ばれる即物的な関係で、かなり印象が悪いらしい。

『うううう〜…どうしよう、正面切って《俺たちって、恋人なの?》って聞いたらどうなんだろ?』

 脳裏に状況を想定してみる。

 〜1番 恋人だと認識していた場合〜
「へえ…今更それを言いますか?覚悟もなく男のモノを受け入れるなんて、意外と貞操が緩いんですね」

 〜2番 恋人だとは認識していなかった場合〜
「一度寝てあげたくらいで恋人気取りですか。は…っ。そういう自信は、毛が生えそろってから言うんですね」

 ……………どうしよう。
 泣きそうになってきた。

 教員から《渋谷…なんで百面相してんだ?》と不審がられて知るとも知らず、有利は両手で口元を覆いながら青くなったり赤くなったりを繰り返していた。
 頑張れ、自律神経。



*  *  * 




『また何かグルグルしているな…』

 百面相をしている有利を見るのは面白いが、それは自分だけの視界に留まっていれば…の、話である。
 どうやら指導教員も挙動不審な有利に気付いたようで、ちらちらと視線を送っては、声を掛けたものかどうか考え倦ねているようだ。

『全く、あの方は隙がありすぎる』

 その天真爛漫さ故に、《巌の権現》の財産を受け継ぐことになったわけだし、《氷のナイフ》と呼ばれるコンラートを陥落したわけだが、あまりにも無作為にまき散らす魅力に困惑するのも確かだ。
 正直なところ、今でもあんな子どもに心を奪われてしまった自分に対しては、忸怩たるモノを感じずにはおられない。

『俺としたことが、出来ることならば毎日毎夜でも閨に引き込んで思うさま貪りたいなどと思っているなんてな』

 ほぅ…っと悩ましい吐息を漏らすと、コンラートは無造作にダークブラウンの髪を掻き上げた。実はこちらも罪なくらいに色気を垂れ流しにしていて、通りすがりの男性教諭を柱に激突させていたのだが、当然、本人には自覚がない。

 ある意味、傍迷惑という意味ではよく似た恋人同士である。

『初めての夜にも、溺れすぎて無茶をさせたからな。せめて時間をおかないと…』

 大きく脚を開けさせて自分を解放した時、悲鳴のように《嫌っ》と叫ばれたのも、実のところ大きな自戒の念を植え付けさせている。流れでそのまま頂いてしまったが、純朴な有利のこと、本当はあそこまでの行為を求めていた訳ではなかったのではないだろうか?とも疑うのだ。

 結びついたあの場所は、丹念に緩めてから貫いたおかげで切れはしなかったようだが、それでも激しい摩擦で随分と痛めつけてしまった。物理的に言っても、あの子には時間が必要だろう。

 ただ、寝ないのであればその理由を丁寧に教えてやらなくては、無用に不安を与えてしまうと、一応理解はしているし、ポーカーフェイス過ぎる普段のコンラートから、愛情を汲み取れと言っても無理があるとは重々承知している。 
 
『しかし…』

 仕事であれば甘い言葉を宝珠のように連ねることの出来るコンラートだが、純朴な少年相手にそんなことをすれば悶絶させてしまうだろう。ああいう子には、飾らない真っ直ぐな言葉が必要なのだ。

『分かっているんだが、どうも難しい』

 くしゃりと前髪を掴んでいたら、チャイムが鳴って6限目の授業が終わった。今日は掃除当番もないから、このまま帰路に就くことになる。

「コンラッド、お待たせ」

 微妙に視線を外しながら廊下に出てきた有利に、コンラートは身を屈ませてそっと囁く。

「少し、デートでもしますか?」
「…っ!?」

 ぽんっと、絵に描いたみたいに有利の頬が染まる。嬉しそうに…そして、恥ずかしそうに口元をもにもにさせてから、くりんと上向いて頷く。

「うんっ!」

 …この可愛すぎる少年をどうしてくれよう。
 今すぐその辺の物陰に連れ込みたい衝動をいなしながら、コンラートは殊更無表情を保った。事情の分からぬ者から見たら、怒っているようにさえ見えたことだろう。



*  *  * 




『デート…デートだって!』

 はうはうと口元が緩みそうになるのを、何度も指先で補正した。
 デートという呼称を使うからには、やはり自分たちは恋人になったと見て良いのだろうか?

『良いよな?大丈夫だよな?』

 具体的に言うとデートってどういうモノなのか実はよく分からないのだが、とにかくデートだ。

『そういえば、中学ん時のデートってことごとく失敗してたから、何の参考にもならないんだよね』

 《モテない人生》とはいうものの、一生懸命デートに誘えば答えてくれる子もいた。ただ、《どこに行きたい?》と聞いたところ、みんな《渋谷君が行きたいところ》と言ってくれたので、素直に野球場に誘ったところ、必ず彼女よりも試合に夢中になってしまって、二度とデートに付き合って貰えなかった。

 有利だって、《今日の服ってどうかな?》とか、《口紅引いてみたんだけどどう思う》といった答えにくい質問にだって、平素ならちゃんと答えていた思う。でも、どういうわけか彼女たちは行き詰まるような投手戦の直中に限ってそういうことを聞いてくれたのだ。勢い良く攻撃している時には聞いてこなかったから、多分彼女たち的には《静かにピッチング中=フリートークタイム》と見なしていたのだろう。しかし草野球とはいえキャッチャーを務める有利にとって、その時間こそ息をつくのも緊張するような集中タイムだったのである。

 その結果、彼女の方を見もせずに《良いんじゃない?》なんて気のない返事をしていたのだから、そりゃあ振られるだろうと今なら客観視も出来る。

『今度は失敗しないぞ。そもそも、コンラッドに集中出来るようなコース選択するしっ!』

 そう心に決めていたのに…俺様何様コンラッド様は、変に細やかに気配りが出来る人だった。車に乗ると《海》だの《夜景》だの無難な選択をする有利の髪をくしゃりと梳いて、《背伸びしなくて良いんですよ》と苦笑しながら、球場に連れて行ってくれた。

『くそう…どうして今日は録画したいくらいに見たかった投手の試合だって知ってるんだよ…』

 実のところ、録画している動作に《ああ、そんなに見たいんだな》と推察されていたことなど気づきもしない有利だった。

 案の定、試合は激しく面白かった。夢中になって歓声をあげたり、息を詰めて大ピンチの直中での投球を見守っていた有利は、すっかりぽんと試合に集中していた。だって、これまたコンラートの空気感が実に丁度良かったのだ。無茶苦茶にメガホンをふるった後に顔を見合わせて笑えば、微かに唇の端だけとはいえどふわりと上げてくれたり、集中しきっている時には声を掛けず、握り詰めたまま熔け掛けていたアイスもそっと手から離させて、甘い物は苦手なはずなのに全部食べてくれた。そして、スリーアウトの後緊張が解けた瞬間に、新しいアイスを売り子に注文していたのである。

『ううう…また同じ轍を踏みまくりか…っ!?』

 試合はとっても楽しかったのだが、コンラートはきっとつまらなかったのではないだろうか?そう心配して話しかけてみたら、素っ気ない口調でこう言われた。

「別に、つまらないということもありませんでしたよ」
「ホント?」
「嘘を言ってもしょうがないでしょう。あなたがコロコロと表情を変えて、はしゃいだり泣きそうな顔をしたりしているのは、見ていて面白いです」

 ちっとも面白そうにない顔なのに、言葉に嘘はないと口調が語っていた。伸びの良い美声は確かに、楽しそうな響きを持っていたのだ。

「…でも、今度はあんたが楽しいって思うところでデートしようね?」
「…そうですね」

 一拍間が空き、大きな掌に隠された口元が苦笑の形に歪められた理由を、有利は知らない。

『ホテルで気兼ねなく、思うさまあなたを貪りたい』

 そんな台詞を恋人が飲み込んでいたなんて、この当時の有利には想像もつかなかったのである。
 

おしまい



あとがき


 
 リクエストで詳細に設定を決めて頂いたおかげで、うちのサイトでは希少価値のある(?)、ツン比率の大きなツンデレ次男。でも、単にムッツリなだけで実は体内含有デレはあまり他の話と変わらないのかも…。たまにヤンデレですが。

 このシリーズは「お父ちゃんの死という血の記憶を抱えた次男」と「華僑マフィアチックな素性を有利に明かせない村田」という山を、登らないままズルズルきてますが、このまま三合目ぐらいの設定でのろのろやってるのが実は一番楽しかったりします。