「可愛すぎるお荷物」
※カルナス→カロリアの間。









 すぅ…すぅ…
 
 薄い毛布にくるまった華奢な身体が、そうっとコンラートに寄り添っている。冬の訪れを告げる時期になると、幾ら簡易テントを張って枯れ草を敷き詰めても十分な温もりは得られない。だから、多少距離を置いて眠っていても、温もりを求めていつの間にか寄ってきてしまうようだ。

「ん…」

 身じろいだ途端に肩に掛かっていた毛布がずれたのを見て直してやると、上げた腕の間にコロコロリン…すぽん!とユーリが収まってきた。月明かりににもまろやかな頬や、健やかな息づかいが珊瑚色の唇から漏れる様子に、コンラートはむずむずと胸の中に疼くものを感じた。

「………」

 ちろ…と傍らに視線を遣れば、案の定ヨザックが半眼で呆れかえった顔をしている。

「おーお、脂下がっちゃって」
「…煩い」

 ぼそりと呟くと、内心の欲望を封じてユーリを素っ気なく押しのけようとする。あくまでこの状況はユーリが無意識に近寄ってきたせいであって、コンラートの本意ではないのだと主張するように。

 だが、その所作に不平を鳴らしたのはユーリだった。

「んーん…」

 むずがるように喉を鳴らすと、温もりを求めてじたじたと手探りする。それでもコンラートが身を起こして逃げると、今度はしょんぼりしたように眉根を寄せ、ぱたりと手が枯れ草の上に落ちてしまう。

「こん…らっどぉ……」
「…っ!」

 あどけない声が泣きそうな響きを込めて呟かれると、堪らない心地になってしまう。

「今更、ナニ我慢してんだよ。俺に遠慮なんかしてねーで、きゃわゆいユーリたんを抱きしめてニヤニヤしちゃあどうだい?子どもの体温はあったかいだろーさ。ま…あんたの最近の嗜好に従えば、下半身の方が暖かくなるかも知れないけどな」
「煩いと言っている」

 《求めてはならない子を愛してしまった》…そのことを、幼馴染みは既に知っている。一度は殺そうとしたユーリの傍でどういう心境でいるのかは不明だが、からかうような物言いはいつもの彼に見えた。

「良いから…抱いてやれよ」

 ごろりと寝返りを打って背を向けたヨザックは、眠れぬ獣のような眼差しを闇へと向ける。世界の中で孤立しているような自分たちは、警戒無しに眠ることは困難だからだ。あるいは、ヨザックを警戒したコンラートがユーリを連れて逃げるという懸念もあるのか。

『すまん…』

 ヨザックの置かれた立場は複雑だ。彼の心境は、更に複雑を極めているだろう。
 グウェンダルや眞魔国本土への忠誠と、ヨザック自身の理性は、今でも《ユーリを殺せ》と命じているに違いない。それでも彼は、二度とユーリに対して剣を握ることはなかった。ふとした瞬間にコンラートが隙を見せても、《殺せただろう》という雰囲気だけを残して、忸怩たる眼差しをユーリに向けている。

 今も、コンラートの想いをからかいながらも、彼なりのやり方で気遣っているに違いない。

 コンラートはヨザックの広い背に向かって何を言うことも出来ず、項垂れたままユーリの横に寝た。お言葉に甘えて、抱き寄せるところまで図々しくはなれなかった。

 けれど…。

 ころころころ…すこん。と、またユーリが転がってきた。ふくふくとした子どもっぽい熱がふんわりと伝わってくるのが、抵抗しがたい誘因力を呈してコンラートの心を揺らす。

『仕方ない、な…』

 自分に言い聞かせてユーリを抱き込むが、流石に顔を寄せることはできなくて、首を捻って空を見上げる。
 天空には鋭利な三日月が淋しげに光り、周囲には雲のせいなのか星の気配はなかった。
 まるで世界の中にぽつんと孤立した自分たちの姿のようで、微かに胸が痛む。

 そんなコンラートの腕の中で、《ふにゃ…》と可愛らしい息が漏れた。

「ん〜…こん、らっど…」  
「………」

 こんな状況に追いこまれた最大の要因であるはずなのに、どうしてこう…ユーリを見ていると幸せになってしまうのだろう?
 同時に、罪悪感によるものと思われる痛みも胸を突いてきて、コンラートは眉根を寄せた。

『寝よう…』

 警戒を解いて完全に眠ってしまうことは出来ないけれど、それでも横になっていれば、精神と肉体は回復する。そう信じて、今は瞼を閉じるしかなかった。


 朝が来ても、この恋心が月と共に姿を消すことはないのだろうけれど。


  



* 片思い(と、思いこんでいる)次男のもやもや、個人的に大好物です。ただ、その後ラブラブになるという保証がある場合に限りますが。 *