第56話





 リィィイン……
 ゴォォオン…………

 4000年最後の日…年越しの宴に集まった貴族達が、豪奢な大広間に終結している。彼らは血盟城の大鐘が打ち鳴らされる音を聞きながら、今か今かと開会のフォンファーレを待っていた。

「ねえ、あなたは確かフォンロシュフォール卿の主家筋と懇意の筈よね?何か新しい情報をご存じ?」
「私だって、確かな事は分かりませんわ。それぞれが好きなことを仰るのですもの…。どこからどこまでが真実で噂かなんて、今宵の席で直接確かめるほかありませんわね」

 取り澄ました顔立ちの貴婦人は扇で口元を隠しつつも、語り合う語気には強い好奇心と焦れったさが漲っている。洒落た晴着に身を包んだ紳士方にしても、盛んに噂話を交換し
合っていた。彼らの内、十一貴族当主と懇意な者はともかくとして、それ以外の者達はまだ詳しい事情を知らされていないのだ。
 広報誌シンニチでは連日のように報道されているものの、果たしてそれが真実であるのかは、今宵自分の目で確認しないことにはやはり納得出来ないのだろう。

 同じ頃、城下街でも大広場で寿司詰め状態となった庶民達が、今か今かと《その時》を待ち受けていた。そこは血盟城に設えられた謁見用バルコニーが拝めるとあって、良い席には随分と早くから場所取りの民が陣取っている。

 貴族達と違って暖かな暖炉の火を受けているわけではないが、もこもこと着ぶくれて押し合いへし合いしながら、香辛料を利かせたホットワインだの林檎酒だの味わいながら待っているのも、それはそれで楽しかった。

 勿論、話題の中心はコンラートと有利のことである。

「なあなあ、本当にウェラー卿は十一貴族として認められたのかな?」
「そりゃあもう、前の会議で決まってるって話じゃないか。俺はそれよりも、双黒の君が眞魔国でどういう地位に就かれるのかが気になってしょうがねぇよ。だってよ?いっときは恐ろしい噂が流れていたじゃないか…」
「ああ…双黒の君が眞王陛下から《器》として肉体を差し出すように求められてたって話かい?」
「でもさぁ、あれは眞王陛下が大貴族達を試すための方策だったって話じゃない?眞王陛下は双黒の君の後ろ盾として君臨されるって聞いたわよ?」
「そうなると、やっぱり双黒の君は重要な役職に就かれるのかな?」


 パパラパッパラァーーー…!


 盛大なトランペットの音が鳴り響くと、仕込んでいた白鳩たちが一斉に飛び出して宵闇の空を切り裂いていく。濃紺の背景に篝火を受けた白い鳥が浮かび上がって、壮観な眺めに《おお…っ!》と、大きな歓声が上がる。

 しかし、騒ぐのはまだ早い。シンニチ情報によれば、あと数時間後に行われる《新年の儀》でフォンカーベルニコフ卿アニシナの作り出した花火も披露されるそうだ。どんな凄惨なことに…いや、盛大なことになるのか楽しみだ。

 夜から昼にかけて新たに降り積もった雪はまふまふとした質感を湛えて建物や庭園を純白に染め、篝火を受けて眩しいほどに輝きを放つ。
 血盟城のバルコニーは丁寧に除雪をして磨き上げられ、手摺りから垂れ下がる真紅と金の飾布が雪景色の中に映えた。

 その中に、堂々たる漆黒の装いで現れたのは魔王ツェツィーリエであった。

「眞魔国の民よ…!」

 伸びやかで魅惑的な美声が宵闇の中に響き渡ると、誰もが浮き立つ心地を覚えた。ツェツィーリエは王としての行政担当能力に関しては半ば絶望視されていたものの、やはり民はこの明るくて美しい女王様を愛しているのである。

 その声は大広場の外にも朗々と響き渡り、防御壁にぐるりと取り囲まれた王都全体に伝わっていく。ギュンターを始めとする優秀な風の魔力遣いが大気周波を調整することによって、より広い領域へと声を飛ばせるのである。魔力製の拡声器のようなものだ。

「4000年最後の時を、皆さんと共に過ごせる幸福を眞王陛下に感謝致しますわ!」

 おおおぉぉぉーーっっっ!!

 熱狂的な歓声が湧き、波濤のような音調がドウドウと大広場を震わせる。冬の冷気にも負けぬ情熱が、雪をも溶かすかに思われた。

 歓声がひとまず落ち着くのを見計らってツェツィーリエが掌をひらりと振ると、躾の行き届いた子どものように民はぴたりと口を閉ざす。

「さあ、いらっしゃいコンラート…」

 愛おしげな声音に導かれてバルコニーに現れたのは、純白の正装軍服に身を包んだウェラー卿…いや、フォンウェラー卿コンラートである。

「おお…っ!」

 民は口々に感嘆の吐息を漏らした。

 コンラートが身につけているのは、十貴族の当主にのみ許されていた金の肩モールと長い朱のマント…威風堂々たる《将軍》の佇まいである。
 彼が、シンニチの情報通り《十一貴族》に配されたことは誰の目にも明らかであった。視力の良い者が目をこらすと、胸に飾られた金の勲章も確かに大貴族であることを示していることが分かる。デザインの詳細は分からないが、噂によると《ウェラー家》の家紋は獅子を模した物であろうと言われている。

「既に広報誌等の情報からご存じの方もおありでしょうが、今宵…改めて告知させて頂きますわ。私の愛しい息子コンラートが、正式に十一貴族として認められましたことを、どうぞ祝福して下さいな…っ!」


 おぉぉぉぉぉおおおおおお……っっ!!


 ひときわ大きな歓声が囂々と大気を震わせると、ビビ…っと壁面に飾られた布地や硝子板までが共鳴音を立てる。眞魔国の民がどれほど、この英雄が功績に相応しい地位に就く事を願って止まなかったかが、痛いほどに分かる光景であった。

 ツェツィーリエも感慨深いものがあるのだろう。早くも喉詰まらせ、麗しく滲んだ目元に光るものがある。
 けれど、未来はともかく今宵の主役は彼女なのだ。きりりと顔を上げると、今度はすらりとした腕を伸ばして奥まった控え室に呼びかけた。

「さあ…ユーリ、こちらにいらして?」

 緊張した足取りでバルコニーへと歩み出してきたのは、華奢な体躯の少年であった。
 瞳も髪も見事な漆黒を呈するこの少年こそ…《地の果て》から眞魔国を救った双黒の君であろう。更に驚くべき事に、少年が纏っていた衣服もまた黒一色であった。

「お…」
「おお…っ!」

 観衆達は一様にどよめいた。
 貴色である漆黒が歴代魔王にのみ許された装いであることは周知のことあり、それを双黒の君が身につけているという事実に、観衆達は事態の半ばほどが説明されずとも理解できた。

『双黒の君が…魔王陛下になられるのか!?』

 魔王はこれまでも大貴族に限らず、一般庶民から突然選出されることもあった。だが、異世界からやってきた者が王座に就くというのは眞魔国4000年の歴史で初めてのことである。

『新しい歴史が始まろうとしているんじゃないのか…』

 それぞれが表現こそ違うものの、同様の感慨を抱いていたに違いない。
 胸の中には期待も不安も色取り取りに混じり合っていたろうが、全ては未知数のことだ。

「このたび十一貴族会議の席で、ひとつの決定が下されました」

 ツェツィーリエの声が高らかに響くと、ごくりと固唾を呑んで民は聞き入った。
 それこそ彼らが盛んに噂しあい、一体どうなることかと気を揉んでいた事であったのだ。

「ユーリは…この眞魔国の王太子となります!」

 聞き慣れない単語に、観衆はきょとんとして顔を見合わせた。

「おうたいし…って、何だ?」
「ほら、あれだよ。余所の国なんかだと王は血筋で決まるだろう?だから、王に一番血が近い第一王位継承者ってやつが王太子ってものになるんだよ」
「なるほど、《次期魔王》ってことか?」
「しかし…なんだってそんな位に就かれるんだ?今までは眞王陛下がお決めになると同時に、新たな魔王陛下が誕生してたじゃないか」

 ざわめく民を、翳した繊手でツェツィーリエは鎮めた。



*  *  * 




『双黒の君…やっぱり、やっぱりあの方だ…っ!』

 酒売りの少年カリカは脳髄が沸き立つような興奮を覚えて、ぎゅうっと拳を握りしめた。寒さのためではない鳥肌で背中がぶるりと震え、見る間に頬が紅潮していくのが分かる。

 カリカは昨日の騒ぎの後、酔漢に握らされたものと、それまでに売れた酒代を持って親方の元に行き、怠けていた間に起きた騒ぎを正直に伝えて謝った。
 さぞかし強烈な拳骨をお見舞いされると思ったのだが…不思議なことに、親方は殴ったりはしなかった。

『お前、どこか変わったなぁ…』

 《どこが》というとこまでは親方にも分からなかったようだが、ともかくも以前のカリカとは違う様に感じたらしい。

『だってよぅ、お前って奴は良いところもあるんだが、妙なところで《誤魔化し屋》だったじゃねえか。正直に言やぁ俺だって無碍にはしないもんを、こそこそと浅い嘘をつきやがるから小憎らしくて、ついついブッ飛ばしてたのさ。だがよ…今のお前にはそういうコソコソ感がないのさ。小狡さが、目から消えてるのが自分で分かるか?』

 そう言われて鏡を覗き込んだが、自分ではよく分からないものらしい。
 何が変わったのかは分からない。だが…少なくとも、変えてくれたきっかけは明白だった。

『ユーリ様に、あんなに間近でお会いして…そのお言葉を耳にしたからじゃないかな?』

 霊験あらたかな有利の声で根性が変わるのであれば、是非もう一度聞きたい。今度は自分だけではなく、両親とも共有したい。そう思って、人混みを嫌う両親の手を引っ張るようにしてこの大広場にやってきたのだ。

 そんなカリカと両親、そして大勢の民の前で有利は可憐な唇を開いた。



*  *  * 

  
  

「さあ…ユーリ、皆さんにご挨拶をして頂戴?」
「は…はいっ!」

 緊張しきった面持ちで一歩踏み出すと、胸の中でばくばくと心臓が跳ねる。

『落ち着け、落ち着け〜…れ、練習しただろ?』

 有利の言葉はまだ多少辿々しいが、演説に使う用語については数日前から練習していたので、大体の意味は通じると思う。

「みなさん、おれの名前は渋谷有利です。初めまして…っ!」

 元気一杯で、どこか甘い響きを持つ可愛らしい声に《ほぅ…》っと観衆の吐息が漏れる。
 何とか掴みはOKらしい。

 しかし、ふと見回した視線が列席した十一貴族の面々を捉えると、また心臓がぎくりと嫌な感じに跳ねた。ヴァルトラーナを初めとする有利に好意的ではない面々が《さて、どんな演説をするのですかな?》とでも言いたげにこちらを見ているのだ。

 《無様なところを見せたら、すぐに嗤ってやる》とでも言いたげに…。

『う〜…ち、畜生〜…』

 本日の午前中に行われた会議で、十一貴族の当主全員が《シブヤ・ユーリが王太子になること》については同意してくれた。だが、その議決直後に釘を刺すようにしてヴァルトラーナはこう言ったのだった。

『この議決をもって、全ての十一貴族があなたに心服しているとは思われませんように』

 それは、いっそ堂々たる立ち位置の提示であった。
 ヴァルトラーナは彼なりに、自分の信じるところを明確に打ち出してきたのだ。あくまで彼が信じるものは眞王陛下に他ならず、有利が王太子位に就くことは、《眞王が推薦した》という事実に基づいているのだと。

 おそらく、ヴァルトラーナほどは明瞭に意志を告げていない3家…ロシュフォール、ギレンホール、ラドフォードもまた同じ心理でいるに違いない。

『これが現実ですよ』

 ヴォルフラムが激怒して席を立った会談の折りに、ヴァルトラーナから囁かれた言葉も耳朶に蘇る。
 だが…そう簡単に分かって貰えるものではないだろうことは覚悟の上だ。

『それでも、俺は分かって欲しい…っ!』

 がむしゃらに《何としてもやるんだ!》という気概を込めて眼下を臨めば、広く遠くまで見渡せる大広場に凄まじい量の群衆が満ちあふれていた。
 十一貴族を全て掌握し、この眼下に広がる雲海の如き民を説得し、魔族を悪魔のように思っている人間達に理解と共感の輪を広げていくのだ。

 グァ…っと頭蓋腔に広がる夢の大きさに、足下がぐらつくような感覚を覚える。

『う…っ…』

 急に、息苦しさも覚え始めた。

 それぞれの表情はぼんやりとしか分からないのに、どうしたものか…あれだけの人数が集まると、漂う雰囲気で概ねの気持ちが分かるものらしい。
 彼らは様々な色合いの気持ちを抱いているのだろうが、全体として総じて見ると…やはり有利のことを《品定め》しているような気配がある。
 果たして有利が尊崇すべき対象なのか、頭上にあることを無視したいような存在であるのか、判じかねているのだろう。

『うぅ…やっぱ、ちょっと怖いな…』

 微かに怖じ気づくと、途端に自分へと集中する好奇の瞳が圧迫感をもって攻め寄ってくる。
 しかし、じり…っと下がりかけた有利の肩を横合いから自然な形で支えてくれる人がいた。すらりとした長身の、フォンウェラー卿コンラートである。抱きしめているわけではないのに、そっと慎ましやかに添えられた掌から彼の思いが伝わってくるようだった。

「ユーリ…」
「な…なに?」
「あそこにいるのは、《民衆》という塊じゃない。一人一人の、《民》なんだよ」
「あ…」

 優しく囁きかける言葉にはっとした。
 そうだ…集合体として見るからこんなに怖いのだ。

 きっと、ヴァルトラーナを初めとする《抵抗勢力》だって、目を凝らしてみればそんな塊などではないのかも知れない。一人一人が感情と意志を持った《人物》であるのなら、ただむやみやたらと《分かってよ!》と叫ぶのは無意味だ。それどころか、《どうして分かってくれないんだ》という苛立ちが、《こいつさえいなければ》という怒りに変わっていきかねない。

 民だって日々の暮らしがあって、それぞれに大切な人や護りたいものを持っている《一人一人》なのだということを、忘れてしまうかも知れない。
 自分がしていることが正しいのだから、民は黙ってついてくれば良いんだなんて考えてしまうかも知れない…。

『そうじゃないんだ…』

 力づくで、《分からせたい》のではない。
 心から、《分かって欲しい》のだ。

 そうであれば、大貴族、民…魔国という国、そして世界のことも、まず有利は《知る》べきだろう。相手のことを知りもせずに、ただ自分のことを分かって貰おうとするのでは《対話》にならない。

『俺…自分のこと、押しつけすぎてたのかもしれないや』

 そう思ったら、肩から《ふぅ…》っと余計な力が抜けた。

 最初は暗記してきた綺麗な言葉の群を辿って《巧く喋ろう》と気負っていたけれど、そうではなくて…少しでも有利の事を分かって貰って、みんなのことを教えて貰えるように話してみようと思えた。

「とまどうの、分かる。…《王太子》、眞魔国ではめずらしい、聞いてます。今まで、眞王陛下が決める、すぐに魔王決まる。でも、今回は《王太子》させてもらったわ、イミある。おれに、どうしてもやりたいこと、あるからです」

 何とか発し始めることが出来た言葉を、コンラートが眼差しと微笑みで後押ししてくれる。

「おれがやりたいこと…それは、のこり三つの箱をぜんぶ、《地の果て》と同じにすること…!」

 《ざわ…》と、人の波が揺れた。

 噂には聞いていたものの、改めて公言されたその言葉が、どれほどの戦闘行為の末に成就されるものかを計算しているのだろう。少なくとも《風の終わり》を擁する大シマロンが易々と箱を無力化させるとは思わない。だとすれば、眞魔国は箱をどれほどの血で贖(あがな)うことになるのだろうかと、不安に揺れているのだ。

 あるいは、血潮を沸き立たせて戦(いくさ)への興奮に燃えている者もいるだろう。ここ数十年は大規模な会戦が行われていない眞魔国では、腕自慢の武人は功績を立てる戦場を求めているのだ。

 だが、有利はそのいずれの推測にも沿うつもりはなかった。

「おれは、せんそうで箱をどうにかする、ナイです…っ!」

 またしてもざわめきが起こるが、今度のそれは先程よりも困惑の度合いが大きなものであった。
 戦争をせずに一体どうやって《禁忌の箱》を始末するつもりでいるのか…《もしかすると、噂に聞く絶大な魔力で一気に解決されるのか?》と、浮き立つ口調で語り合っている者もいる。

 《いやいや、王太子はお若い…きっと若者にありがちな、現実離れした理想主義の方なんだよ》等と呆れている手合いもいるだろう。

 それは、今の段階では仕方のないことだと思うから、有利は息を整えて静かに語り掛けた。ギュンターの作り出した《風》はそんな囁きでも倍増して、ざわめく人々の間を吹き抜けていく。

「おれは、せんそうはぜったいにイヤ。おれのだいじな人がキズつくのも、だれかにとってだいじな人がキズつくのも、どっちもイヤ。だから、あの箱が人間にはつかえないこと、つかうと世界がボロボロなること、分かってもらいたい。だから、王太子なって、人間の国に行くです…!直接、人間の王様に話すです!」

 《ひょ…っ!》…と、多くの人々が息を呑むのが分かった。それがどれほど危険な事であるのか推測しているのだろう。

 実際、有利が直接人間世界に赴くことは相当な危険を伴う。
 通常、如何に眞魔国で大きな魔力を発揮する者であっても、人間の土地では盟約に応じる要素が薄いために殆ど力を使えないというのに、有利の中の上様は大陸のど真ん中で巨大な魔力を発揮した。その事は多くの国が知るところとなっており、有利を手に入れて《兵器》として使おうという野心家は相当数に上るであろう。

 けれど、直接赴かずに相互理解することなど到底出来ないのである。
 その為に村田は、有利が王太子になることを勧めたのだ。

『王太子なら、もしもの時…眞魔国はおれを見すてること、できる』

 小さすぎる囁きは流石に《風》も捉えて人々へと広めることは出来なかったけれど、すぐ傍にいたコンラートとツェツィーリエの耳には入った。
 ツェツィーリエの眼差しが切なく眇められ、ぐ…っとコンラートの手に力が籠もるのが分かる。《決してそんな事させやしない》と誓ってくれているのだと思う。

 勿論、有利だって虜囚の身になることなど望んではいない。ただ、究極の選択を迫られたとき、《魔王》であることと《王太子》であることの重みはやはり違うのだ。

「おれは生まれてくる子たちに、箱、のこしたくない。あんなひどいこと、もう…みたくない…っ!魔族、人間…だれも、あんなの味合わせるナイ…!」

 ふるる…っと首を振るが、あの日の…地獄のような光景はまざまざと瞼に蘇ってくる。地がうねるようにして悲鳴をあげ、慄然とするような不快感の中で…コンラートの腕がもぎ取られ、多くの兵士が生きながらにして灼熱のマグマの中に呑み込まれていった。
 断末魔の悲鳴が、今でも耳朶にひりついている。

 あんなおぞましい力に、誰かが蹂躙されるなど二度と許せない。

「おれはまだ、どんなやり方がいいかわからない。だけど、ぜったい血はながさず、箱、なくしたい。だから、まず、信じる。ぜったいできるって、信じる。そして、信じたことをかなえるため、動く。動くため、いること何か、考える…!おしえてもらう…っ!」

 握った拳は、情けないくらいに小さくて無力だ。
 それでも沢山の人の協力を得ながらであれば、この巨大な夢を掴めると信じたい。


「おれは、やるです…っ!!」

 
 声の限り…咆哮を上げた有利の気迫に、一瞬水を打ったような静寂が起こり…次いで、爆発的な歓声が沸き上がった。


 おぉぉおおお………っっ!!


 

*  *  *




『双黒の君は…今だけ、自分だけが良ければ良いって人じゃないんだ…!』

 酒売りの少年カリカは気が付くと両親の手を硬く両手に握りしめて、胴が震えるような感動の中で叫んでいた。

「俺は…俺は、ユーリ様を信じます…!後に続く世代に、呪われた箱を残さないためにあなたが命を賭けるというのなら、俺だって…命賭けます…っ!」

 具体的には、何をしていけば良いのか分からない。
 周囲で感涙を流しながら熱狂している連中だってきっとそうだろう。

 だが…それはこれから考えていけば良いのだ。

 今は唯、獅子の気迫で咆哮する王太子殿下に強い賛同の叫びを捧げたい。

「俺に出来ることから…一つずつ、ちょっとずつでも…あなたのお役に立ちたい…っ!!」

 滂沱の涙を流しながら熱狂するカリカに両親は戸惑っているようだったが、そんな彼らを真っ直ぐに見据えて訴えかけた。

「やろう…一緒に、やっていこうよ…っ!」

 驚愕に揺れる四つの瞳は、互いをちらりと見合いながら…何かを感じ始めたように変化していった。醒めきって、互いに何の期待も寄せなくなっていたこの三人家族の中に、今…何かが生まれようとしているのだ。

『親父、お袋…さっきまでと全然目が違うよ…!』

 猛烈に嬉しかった。
 まだ可能性を示したばかりで、何ら叶えられた訳ではないのだとしても…未来への希望など夢見ることも無かった昨日に比べたら、何と大きな歓喜に包まれていることだろう?

 《仰ぐべき王を見いだした》…言葉にならない喜びが、体腔内いっぱいに満ちていく…。


 カリカを初めとする多くの民が、この日…眞魔国が新たな生を受けたことを知ったのであった。 







第一部 了







中休み

 ひとまず、第一部が一段落つきました。
 新生長編シリーズ如何でしたでしょうか?

 今回のお話は「螺旋円舞曲」を書き始めるときに三つ考えた設定の内の一つでした。もう一つは「黒たぬ」という本に掲載しました「魔王革命」というお話です。なので、この三つは少しずつ設定がリンクしたお話になっております。まあ、別に見比べる必要もありませんが。

 合体させず別々に起こしたからには、「螺旋円舞曲」で不満が残った部分を今回は十分に楽しみたいと思いました。
 「思うように書けない」という不満はいつものことなのでどうしようもないにしても、螺旋円舞曲の時には「設定上不可能」というネタが二つありました。

 一つは「生真面目で悲劇体質の次男が有利とラブラブ」というのと、「大陸遠征に有利が引っ付いていく」というものでした。
 前者はなにせ、有利は灰色次男とメロリンキューな恋人同士でしたから、レオとはどうやっても無理。
 後者については「レオ側の世界の問題なので、自分たちで出来る範囲のことは自分たちで」というスタンスだったので、大陸での有利はスペシウム光線級の「最終兵器」だったわけです。

 今回は大手を振って自分たちの世界ですし、コンユは二人きりです(←普通そうですよね…)。
 なので、第二部では思いっきり楽しく、人間国家と有利の関わりをがっつり書いて行ければいいなと思っております(←これも、今まであまり書いたことがないというのが《まるマサイト》としてどうなの…)。

 ちょっと英気を養って、第二部を10話くらい書きためたらまた更新を続けていきますので、それまでは突発性のお話群をお楽しみ下さい。

 第一部の感想や第二部への期待等もありましたら、教えて頂けますと気合いが入りますのでよろしくお願いします♪