虹越え3−10−2





「ゆーちゃん……元の姿に戻れたんだねぇ……………オメデトウ」
「なんで表情が死んでんだよ親父」

 渋谷家の玄関を開けるなり、応対に出た美子は手放しに喜んでくれたのだが(もうちょっと女の子の姿で着せ替えをしてくれれば良かったのにとの文句はあったが)、居間で迎えてくれた勝馬と勝利は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。

「いや……だってゆーちゃん………」
「例のアレ……1週間で達成しちゃったのか?」

 聞きたくないけど聞いてしまう…そんな感じで目を合わせないように囁く親子に、有利は意図を汲み取って真っ赤になった。

「うーあー………それが、結局四十八手はせずじまいだったんだ……」
「なに!?」

 勝利の面がぱぁっと輝き、悄然としていた背筋がしゃっきり伸ばされる。

「じゃあ、ゆーちゃんは今でも処女…」
「あ、いや…処女……ではないデス…………」

 馬鹿正直に答えてしまったら、勝利も勝馬もそのまま床に伏してしまった。

「処女じゃない……前も後ろも巨根で攻められたのか……」
「やな表現すんなよっ!スポーツ紙のエロ小説かっ!つか、男になってからはまだしてない…」

 だからどうしてそう馬鹿正直なのかと、傍らで聞いているコンラートは気が気でない。

「なにぃ!?この糞護衛っ!ゆーちゃんのなにが不満だと言うんだっ!やっぱり女の身体でなくなったら用済みって事かっ!?」



「俺が何時…そんなことを言いました?」



 コンラートの面に、いつもの笑顔はなかった。

 その代わり、普段は気配だけを匂わす程度(それだけでも十分人々を震撼させているのだが)どす黒い瘴気がそのまま表情を型作り、隠しようのない怒気が勝利を貫いた。

「う…へ、ぁ……?」
「俺が喜んでユーリを返しに来たとでも?」

 地を這う低音は天変地異の前兆を思わせる不穏さで室内の空気を凍らせた。

「約束とは言え…ユーリをこの世界で産み育み、愛おしんで下さった大恩ある御家族が相手でなければ…卑怯者と言われる事を覚悟の上で、斬り捨ててでもユーリを独占していますよ」

 普段の紳士然とした仮面を脱ぎ捨てた、ある意味素直すぎるその発言に口をぱかんと開けて呆けた表情をとったのは、渋谷家の家長であった。

「コンラッド……お前さん、何時の間にそんな素直な性格になったんだ?」

 今までのウェラー卿コンラートならば、死んでも口にしなかったろう言葉…そして態度である。

 プライドが高くて、ええ恰好しいで…殊に執着心を人に気取られることに病的なまでに拒否感を持っていた男が、一体何時の間にこんな素直…というか、我が儘をありのままに言うようになったのだろうか。

「あなたの息子さんに、変えられてしまったんですよ…分かるでしょう?」

 何処か拗ねたような物言いに、勝馬は思わず苦笑してしまう。

「ゆーちゃんの影響力ってのは凄いもんだなぁ…」
「ははは……」

 乾いた笑いを喉奥から響かせて、有利は心配げにコンラートの様子を伺った。

「コンラッド…やっぱ、怒ってた?俺が勝手に決めちゃったから……」
「怒ってなどいませんよ。死ぬほど寂しいと感じているだけです」
「死ぬほど…寂しい?」

 哀しげな眼差しに胸を突かれたように目を潤ませる有利…。

 そんなやり取りを深い溜息が遮った。

「はぁー………なぁ、ゆーちゃん。ゆーちゃんは本当はどうしたい?」
「え…?どうって………」

 勝馬の言葉に、有利はどう返していいのか分からず戸惑った。

「こうやって約束を守って帰ってきてくれたのは凄く律儀なことだし、ゆーちゃんらしいけど…そのせいでコンラッドが寂しいと死んじゃう兎みたいになったりしたら、困らないかってこと」
「そりゃ…俺だって寂しいけど……眞魔国で魔王業やるようになったら家族で過ごせる時間なんて殆どとれなくなるし、どうせ高校卒業するまでの1年間だし…」
「じゃあ、どうしてそんな泣きそうな顔してるんだ?」
「…っ!」  

 図星を指されて眦が染まる。所詮、渋谷有利に平静を装うことなど最初から無理だったのである。

「ゆーちゃんはちゃんと約束を守って帰ってきてくれた…俺達はそれで十分だよ。ちゃんと、家族として大事に思われてることは伝わったから、だから…」

 勝馬は垂れた目を一層垂れさせて、微苦笑を浮かべるのだった。

「コンラッドと暮らしな…。この見栄っ張りな男をここまで素直にさせてしまったんだから、責任をとってあげな…」
「親父…」
「そうよぅ、ゆーちゃん。愛し合う者は可能な限り傍にいなくちゃ!」
「…」

 勝利はと言うと、苦虫を噛みつぶしたような顔で無言を貫いているものの、以前のように拒絶の言葉を口にしたり、話し合いを放棄するような素振りは見せなかった。ただ、積極的に賛同するほど大人にはなりきれないのだろうが… 

『黙って送り出してやるだけ有り難いと思え』

 そう言う思いが勝利にはある。

『まぁ…あのしれっとした胡散臭い笑顔でゆーちゃんを転がしてたあの男が、あんな態度をとるんだからな…本気なのは確かだろうよ』

 勝馬にしても、最初からある程度思惑はあったにせよ、少なからずコンラートのあの態度に思いを固められたのは確かだろう。



*  *  *




 渋谷家で用意された美子の心づくしの料理を味わった後、直ぐに帰るのも気が引けてしまい、なんとなく渋谷家の居間で珈琲を飲んだりして過ごしていた有利は、勝馬が何の気無しに回したチャンネルに思わず口にしていた珈琲を噴き出しそうになった。

 それはまさに昨日の事件の舞台となったテレビ局の…例の番組だったのである。

「あれ?この城島とかいうヤツ…薬物所持とかで捕まってなかったっけ?」
「収録なんじゃない?生だったら流石に出てないでしょう?」

 勝馬と美子はワイドショーか何かで見た情報を互いに交換し合っている。…その間、勝利は軽く眉を顰めて画面を凝視していた。

「この悪魔風の子…随分可愛いな……」
「そ…そう?俺は天使の子の方が好みかなー……」
「いや、絶対悪魔の子の方が可愛い。天使の子なんて、きっと影ではこの悪魔風の子を苛めてんだ。この衣装コンセプトだって《薄汚れたあんたには悪魔がお似合いよっ!》とかいって、自分が天使の衣装をとったにちがいない!」
「羽村さんはそんな子じゃ…」
「ユーリっ!」

 言いかけた言葉をコンラートが鋭く止めようとするが間に合わなかった。勝利が《やっぱり…》という表情をすると、有利にも、自分が誘導されたのだということが分かった。

「ず…ずりぃー…勝利……」
「なにがずるいだっ!有利、何だってこんな煽情的な衣装でテレビなんか出てんだよ!?」
「えーっ!?ゆーちゃん、テレビ出たの?あらぁ…本当、ちょっと見じゃ分からないけど、よく見たら確かにコレゆーちゃんねぇ!やーん、可愛いっ!」
「ゆーちゃん…このスカート丈短すぎだよ…ほら、このゲストの男、なんかっちゃーゆーちゃんの後ろに回り込んでじろじろ見てるゾ?あぁっ!ここ!絶対パンツ見られてるぞ!?」

 美子と勝馬までもが悪魔風有利に気付くと、素早く録画など始めてしまう。その映像をどうする気なのか!?

 結局、ひとしきり家族に根ほり葉ほり聞かれてしまい、テレビ出演の影にあった事件の事を出さずに説明するために凄まじい労力と気力を使ったのであった。

  

*  *  *





 這々の体(てい)でマンションに戻ってくると、美子に持たされたチョコレートの箱を開いてティータイムと相成った。

 もう時刻は10時過ぎで、こんな時間にカフェインなど採っては眠れなくなりそうだが、

 敢えて二人ともそんな話題は振らない。コンラートは勿論のこと、有利にも今夜二人きりになってどういうことになるかなど自明の理であったのだ。

 こく…

 もぐ……

 珈琲と紅茶の香気に燻られながら、ブランデーの効いたトリュフチョコを口に運ぶのだが、何となく二人とも照れくさいのか言葉が出てこない。

 特にコンラートは何時になく稚気を露わにしてしまった自覚があるのか、何とも居心地が悪そうな様子であった。

『本当にこれで良かったのですか?』

 帰路の途上ではそう問いただしたい気も胸を掠めたが、この家に《帰って》きて安堵したように寛ぐ有利を見ていると、思いは一緒なのだとしみじみ感じることが出来た。

「それにしても…さっきはエライ事になるところだったよなぁ…変なクスリ飲まされたことまで知られたら、みんなひっくり返っちゃっただろうしな…まぁ、あんな衣装着てたところ家族に見られただけでも既に大事なんだけど…」
「確かに艶やかすぎる衣装でしたからね…ご家族の心配も尤もですよ。昨夜はあなたがクスリを飲まされていなくても、俺の堪えが利かなくなっていたと思いますね…」
「…………コンラッド……あの衣装、好き?」 
「衣装というか…どうも俺は脚フェチの気があるようで、特に膝上丈のタイツがかなりキましたね…ただ、出来れば編タイツではなく、文化祭で着てらしたようなシンプルで透けない素材のものの方が、あなたの大腿とのコントラストが利いていて、至極ツボに填りますが」

『脚フェチ…』

 そういえばヨザックもそんなことを言っていたような気がする。

「………穿いてみようか?い…今は、持ってないけど…篠原に頼めば買ってきて貰えるだろうし…」
「え?」

 頬を赤らめながら有利がいうと、コンラートは何故か点目になってしまった。

「ユーリ…あまり俺を甘やかしすぎない方がいいですよ?自分で言うのも何ですが…俺は結構好みが親父臭い自信がありますよ?」

 どんな自信だ。

「だってさ…俺、そういうあんたのツボでも狙ってかないと自信ないもん…。女の子の身体の時は、それなりに尤もらしいスタイルだったけど、いまは胸とかぺたんこだし…おまけにあんたと合体するトコ、あんまそういうことに推奨できないトコだし…」
「…そういうことですか………」

 コンラートは得心いった風に、はぁ…と溜息をついた。

「ユーリ…俺があなたにそういった意味での欲望を持つようになったのは、女性体になられてからではないと言ったでしょう?確かに男性を抱くのは初めてですが…無邪気に風呂だの同衾だのお強請りされている間、俺がどれほどの自制心を駆使して自分の欲望を掣肘してきたかご存じですか?」
「……そ、そーなの!?だって、いつも爽やかーに笑ってたじゃん」
「俺は必死になればなるほど笑顔が増えるんですよ…ご存じでしょう?」
「…そーいえばそうだっけ…」
「まあ…そんな言葉遊びは止めましょう?論より証拠…そんなフェチ系プレイは後々存分に楽しませていただくとして、今宵はこっくりとあなたの身体を味合わせていただけますか?それが一番の証明になると思いますよ?」

 抱き寄せられ、頬や鼻面に軽いキスを幾つも落とされて行くうちに、コンラートの手は着実に胸元をはだけ、親愛のキスから情欲を感じさせるキスへと変えていった。

「こ…ここでするの?」
「大丈夫…辛くなったら言って?」

『途中で止められるのか…流石軍人、自律神経系をコントロールする男…』

 と、感心していたら、にっこりと微笑んで言葉を継いできた。

「…ベットに運んであげますから」

 コンラート・ウェラーはこれまで自己に強いてきた《我慢の精神》を今後は緩めていく方針らしい。



※ご注意※

 ここからは男の子有利がはじめてのおつかい…ではなく、エチに取り組みます。
 「イェーイ!やっと真っ当なBLかよ!」と期待ギュンギュンな方(←でも、あんまり期待しすぎないでください…)や、「ま…ここまで読んだんだからついでに…」という方のうち、もはや少々エロを読んだところで人格形成に悪影響を及ぼす恐れなどない方は エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 に突入してください。

 「お話の流れが読みたいだけなので、今更手垢の付いたようなエロなど改めて読みたくはないです」という方や、読んでいるのがばれると社会的な地位や家族関係が崩壊する方は、とりあえず 小説置き場 にお戻り下さい。

 ただ、うちのサイトには裏側に行かなくても背後から見られるとかなり困るような代物も多くありますので、どうぞ周囲にはよくよくお気をつけ下さい。
 
 ちなみに、Bの内容はごく一般的なBL的エロ描写です。強いて言えば、末尾に次男のフェチっぷりを増強させるようなネタが垣間見えるのが特殊な要素というくらいでしょうか。