ラッキーハッピーバースデー




 血盟城の宝物庫は埃っぽくて薄暗く、整理がされていないため、お宝の山というより倉庫の様相を呈している。もし有利が幼い頃であれば、兄と一緒にいつまでもかくれんぼをしていたかも知れない。

 兄が途中で飽きてしまってほったらかしにされた可能性もあるにはあるが、それでもおそらく、雑然とした物品の隙間を潜り抜け、《これは何だろう》と探索して回るのは楽しかったのでは無かろうか。

 本日19歳の誕生日を迎える有利は流石にかくれんぼこそしなかったが、最近別の楽しみを見つけ出した。お宝の中から珍妙な魔具を探し出して、ちょっとした楽しみに使うのだ。

 眞魔国にやってきた当初は次から次へと襲いかかる事件に振り回され、そもそも、メインとなる居住区が地球と眞魔国とで定まらない有様だったし、学生生活も平行して行っていた。
 
 禁忌の匣問題の解決、眞魔国周辺の安定化、そして有利が高校を卒業したこと。様々な条件がやっと揃ったことで、本腰を入れて王様らしくしていかねばと思い始めた有利だったが、相変わらず好奇心の強さは抑制しきれずにいた。

 特に、魔王教育の成果で眞魔国の古い言葉が少しずつ分かるようになってくると、これまではミミズののたくりのようにしか見えなかった文字が意味を持った言葉として捉えられるようになってきた。おかげで、魔具に刻まれた物々しい文言の中に、少々愉快そうな内容を発見しては、本当にそんな効果があるのかどうかを試すようになった。

 本日も面白そうなものを発見した。
 
「へェ。ラッキーアイテムかァ」

 無造作に転がっていた掌大の珠は、その中心をよく見ると文字を見て取ることが出来た。そこに、《畳みかけるように幸運に見舞われる》といった内容が書かれている。国の命運を左右するほど強い幸運をもたらすわけでは無かろうが、どのような幸運なのか気になる。

 埃まみれの珠を両手の掌で擦り、淡い青色を呈する曲面をしげしげと眺める。

「ラッキーなこと、あるといいな」

 ふわりと思い浮かんだのは、未だに少し距離を感じる名付け親のこと。
 有利の為にシマロンに渡り、そしてまた眞魔国に帰還したウェラー卿コンラートは、復帰後も眞魔国では微妙な立ち位置に居る。これは周囲の扱いというより、コンラート自身が自分を赦せずにいるせいだと思う。

 眞王直々の指示であったことは既に周知されており、その後の活躍もあって、離脱前より名声は高まっているのでは無いかと思うほどなのに、有利との間には常に一歩引いているようなのだ。あくまで一人の臣下として存在することを望み、以前ほど親しげな口をきくことがない。側近としての立ち位置にも、ヨザックを配したまま自分は戻ろうとしない。

 それが有利には堪らなく寂しい。
 あの疑似親子めいた関係性に戻ることを、有利は切望しているのに応えてくれないことに、時として子供みたいな癇癪を起こしたくなる瞬間まであった。

『おれを見てよ、コンラッド。あんたが魔王としてのおれを望むから嫌いな勉強だってするし、城外にだって出てないよ。イイ子にしてるから…だから、前みたいにおれを見てよ』

 琥珀色に銀を散らしたような印象的な瞳が、ふわっと綻ぶ瞬間を見るのが何より好きだったのだと、今更のように思い知る。今のコンラートも基本笑顔ではいるのだけど、どこか社交辞令じみた仮面を被っているように思えてならない。

「今日は一応、おれの誕生日なわけじゃん? したら、ラッキーの度合いだって一年で一番利く感じにしてほしいよね」

 珠に向って囁けば、伝わっているのかどうなのか、蒼い光が明滅したような気がした。

「陛下、探検ですか?」 

 今まさに思い浮かべていた人の声に、その場でぴょんっと飛び上がってしまった。
 途端にドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。

「あ、あァ。ちょっと散歩! ギュンターにはちゃんと言ったし、時間には戻るよ」

 何度か口にした《名付け親のくせに》という台詞を、今は有利も伝えることを諦めている。困ったような顔をして、《陛下は陛下ですから》と返されては、その度に胸を抉られてしまう。

「城内とはいえ護衛を傍に仕えさせていてください。万が一ということがあります」
「グリエちゃんにはおれから頼んだんだ。ほら、そこの柱の陰にいてくれてるよ。宝物庫の出入り口はここだけだし、精霊が侵入者を確認してくれてる。少し一人になりたかったんだ」

 柱からニョキッと伸びた手が、ひらひらと芝居がかった動きをする。コンラートはその様子を軽く見やっただけで、それ以上踏み込むことは無かった。

「そうですか」

 宝物庫の扉から差し込む太陽光が、立ち上る埃を筋状に照らす。コンラートは逆光になっているせいか表情が読めなかった。

『前みたいな顔、してくれよ』

 ずっと年上なのに、時折ちょっと悪戯っぽく笑う顔も好きだった。有利にストレスが溜まっているのを見てとると、何かしら息抜きを提案してくれるのも彼の役割だった。

 困らせたいわけではない。
 けれど、諦めることもできない。

 葛藤をうまく言葉にできればいいのにと思いながらコンラートに近寄っていくと、いつものように滑らかな動きで距離を置かれる。それが苛立たしくて、いっそあからさまに飛び込んで行ってやろうかと加速しかけた時、急に積み上げられていた宝物がガラガラと崩れてきた。

「あ…」
「危ないっ!」

 飛び込むつもりが、逆に飛び込まれてしまった。
 コンラートは信じられないくらい素早い動きで数メートルの距離を詰めてきたかと思うと、有利を胸の中に抱き込むようにして庇ってくれたのだった。

『ふぁあ。相変わらず爽やかで良い匂いするなー』

 特にコロンなどはつけていないというが、ならばどうしてこうも心地よい香りがするのか。それとも、彼を思う気持ちが体臭を良い芳香だと思わせているのか。

「お怪我はありませんか!?」
「平気だよ。ありがとな」

 覗き込んでくる顔は真剣で、ほんの少し宝物が掠めただけの頭部を丁寧に撫でまわして傷が無いのを確かめる。
 ああ。そんな風に心配性なのは変わらないから、有利も彼を諦めきれないのかもしれない。

 名付け子として愛してくれているのは確かなのだ。

 それでも、傷一つないことを手早く確認するや否や、安堵と同時に、僅かに悔やむような表情を浮かべてコンラートが身を離す。必要最低限しか触れてはならないのだと誰かに罰せられてでもいるかのように。

 しかし今日は少々具合が違っていた。
 唐突に足元のタイルが基盤との間で分離したのか、有利の身体はクルッと後方に回転する。そのまま身を任せていたら後頭部をしこたまぶつけていたに違いない。

「危ないっ!」
 
 コンラートがまた抱き込んでくれたが、今度は回転の勢いがついていたせいか静止できず二人して床に倒れてしまった。勿論、コンラートは全身で有利を包み込んでいてくれたし、卓越した運動神経で綺麗に受け身をとっていたのだけど、床との激突を避けた分だけ密着度が高まる。良い匂いに付け加えて、逞しい筋肉に包み込まれる感触まで味わえたので、今日は最高にラッキーだ。

 そこでハッと我に返り、掌に握り込んでいた珠の存在を思い出す。

『これって、この珠の効果なのか?』

 おいおい。マジか。
 最高オブ最高では?

 興奮のあまり鼻息が荒くなりそうなのを何とか堪える。
 名付け親としては、大切な宝物みたいに思っている名付け子が男の体臭と筋肉をはすはすいいながら味わっている変態だとは受け入れたくないだろう。

「重ね重ねありがとう、コンラッド」

 にやけそうになる口元を何とかコントロールし、精いっばい良い子の顔をして微笑めば、やはりコンラートは触れてしまったことを悔いるように瞼を伏せる。

 はー。
 めっちゃ睫毛長い。
 おれの名付け親、最高に格好いい。

 鼻息に続き、感嘆の吐息も何とか堪える。
 良い子でいるというのは実に大変だ。

「いいえ。臣下として当然のことをしたまでです。寧ろ、この事態に正規の護衛が対処できないことに問題がありますよ。やはり、常に傍へ控えさせておいて下さい」
「グリエちゃんが静観してたのはあんたがいたからだよ。一番信頼できる護衛だもん」
「おれは適任とは言えません」

 微かに呟かれた《反逆者ですよ》という言葉に一瞬、息を詰める。
 そんな…ごはんですよみたいに言われても困る。

「うるせェ」
「陛下」
「うるせェっ! うるせェっ! うるせェっ! あんた、ホント何なんだよっ! 意味があっておれの元を離れたのなんか、誰だって知ってる! 未だに批判してるような奴なんて、元々あんたを良く思わない連中だけだ。なのになんであんたはいつまでもおれから離れようとしてんだ。これじゃ…敵陣にいた時よりずっと遠いよ…っ!」

 ついにキレてしまった。
 折角遠くに身を置いてまで守った君主が、まだまだ成長過程のガキだと思わせてしまうのが嫌で我慢していたけれど、今日ばかりはどうしても耐えられない。

「傍にいてよ…っ!」

 泣くのだけは何とか耐えてそう叫ぶと、逃げようとするコンラートの首筋に力いっぱい腕を回す。
 困った顔をさせてしまうのは申し訳ないけれど、逃がさへんでという気概で訴えたい。
 
 こちとら魔王なのだ。
 自慢じゃないが、世界だって救った。

 名付け親で親友で一番大事な人くらい、傍にいろと命令したって良いだろう。

「陛…」

 まだ未練がましくそんなことを口にするコンラートを睨みつけ、《いっそキスの一つもぶちかましてやろうか》なんて思ったのは、あまりにも至近距離にいたせいだろうか。
 本当に息がかかるほど近くに、腹が立つくらい整った顔がある。

 いや。
 マジで近いなこれ。

 目を丸くしている間に、コンラートの唇が有利のそれに重なって来た。
 信じられないことに、あのコンラートが床に手を突こうとして滑り、有利に伸し掛かって来たのである。

「んっ」
「し、失礼しましたっ!」

 慌てて身を離すコンラートだったが、その動きに誘発された宝物の山が一部崩れ、転がり落ちてきた瓶の蓋が開いた途端、一瞬にしてコンラートの軍服が消えた。下着の一切合切、全てだ。

 すっぽんぽんになったコンラートは相変わらず傷だらけ、かつ、引き締まった体躯が羨ましいくらいの筋肉美を見せつける。有利はというと背こそ伸びたものの、まだまだ肉体的には発展途上というところだ。

 ところでコンラートさんの下のコンラートさんはえらく立派ですね。有利の1.5倍くらいはありそうだし、何故か角度が上を向いている。
 まさかこんな状況で名付け子に欲情するとも思えないし、大変涼しい顔をしているので、単に仕様なのだろうか。
 見ていたら眉間に深い皴を寄せて股間を隠した。
 
 すまん。凝視されたら幾ら立派でも恥ずかしいよな。

「ヨザーックっ! 何でも良いから服持ってこいっ!」

 世にも珍しいコンラートの追い詰められた絶叫を耳にして、ちょっとだけ心が晴れる。仄かに頬も染まっているような気がするので、こいつでも恥ずかしかったりするものなのだと新鮮な気がした。

「へいへーい」

 思いっきりニヤニヤしながらシーツのようなものを担いでやって来たヨザックに、コンラートは《もっとマシなものはないのか》と言いたげな顔をしたが、この際、股間が隠れるだけでもありがたいと思った方が良い。こんなところを女官に見つかったら大惨事だ。

 自ら身を引いてくれたとはいえ相変わらず口煩い元婚約者とか、過保護な王佐とか、規律にに厳しい宰相なんかにも見られると、色んな意味で面倒くさい。

「おっとー?」

 あのヨザックともあろうものが謎の粗忽さをみせ、シーツを二人に掛けようとした勢いで宝物の一つに引っかかり、コンラートの背中に落ちたランプからニョロ―っとスライム状のものが溢れだし、ぬるぬると二人の全身に絡みつく。

 すると益々コンラートのコンラートが立派になっていくので、有利もつられたように催してきてしまった。有利の魔王服越しにぶつかり合っているので、コンラートにも感触で伝わっているだろう。

「ゴメン。チンコ勃ってきたわ」
「なんてこと口にするんですか…っ!」
「や。分かってて黙ってるのも気まずくて」
「そこはスルーで良いんですよっ!」
「あんたのそれは洒落になんない大きさだし。あ、ちょっと待って。今動いたら…」

 何とか身を離そうと藻掻く動きで、コンラートの顔が有利の股間に突っ込んだ。
 これはひどい。と、いうか、流石に気付かざるを得ない。

「あ、これ。ラッキーアイテムのせいだ」
「アンラッキーにも程があるでしょうっ!? そんなアイテム、早く捨ててくださいっ!」
「いやいや。おれにとってはめっちゃラッキーだよ。何か気付いちゃったもん。おれ」
「は?」
「あんたがおれから距離を置こうとした理由」
「…何だって云うんですか」

 実に嫌そうな顔をして眉間に皴を寄せているが、スライムに濡れた頭を優しく撫でつけながら笑ってしまう。
 そんな姿になっても恰好イイのが逆に凄いが、幾らポーカーフェイスを保っていても股間は正直だ。

「あんたおれのこと、エッチな意味で好きになったろ?」  
「失礼ながら、自意識過剰ですよ陛下」
「チンコびんびんにしてナニ言ってんの」
「疲れマラです」
「動揺し過ぎて言葉のチョイスがアレになってんぞ。つか、観念しろよコンラッド。もう離してやんない。今逃がしたら、またあんた自分はユーリに相応しくないとか何とか思いつめて、今度こそ眞魔国から出て行っちまうだろ」
「今まさにそうしようかと思っていたところです。こんな不敬な想いは赦されない。幾ら婚約解消したとはいえ、ヴォルフにも申し訳ないですし」
「そうやって遠慮し過ぎて、あんたは一番大事なおれから最大の幸運を奪うの?」

 身体をずらしてコンラートの顔を掴み、額を強く押し当てて呟く。

「あんたが何の勢いか知らないけど、おれをエッチな意味で好きになってくれるなんて奇跡みたいだ。絶対そんなラッキー失えないよ。諦めておれのモンになって」

 コンラートの肩越しで、ニヤニヤが止まらない様子のヨザックも笑っている。

「何かおれ、邪魔みたいなんであっちの柱の陰で控えてますね。へーか、たっぷりこのアホを可愛がってやってくださいね」
「うん。たっぷりおれのケツで抱いてやるよ」
「陛下ってば男前過ぎィ」

 ぶはっと吹き出すヨザックが、宝物庫の扉をそっと閉めてくれる。
 二人きりになって見つめ合うと、途方に暮れた様な顔のコンラートと向き合った。

「大好きだよ、コンラッド。既成事実作って、とっとと結婚しよ?」
「自分が何を言っているのか分かっていますか」
「この上なく大事なこと」
「あなたに、おれは相応しくありません」
「それを決めるのはあんたじゃない。おれだ」

 強い意志を込めて瞳を覗き込めば、コンラートの琥珀色に有利の顔が映りこんだ。
 どういうわけか、鏡を見るより自分が綺麗で男前に映る。

「誰にも文句なんか言わせない。あんたは、おれのものだ」

 押し倒されながら言うのも流石に格好がつかないと思い、腹筋を使って身体を起き上がらせると、また宝物が崩れてきて、宝石箱のようなものからバフッと良い匂いのする粉が噴霧された。
 
 コンラートは咄嗟に、それが毒粉であることを懸念したのか有利の鼻を摘まみ、口元を大きな掌で覆う。自分も暫く息を止めていたようだが、外気が入り込まなくなったことでいつまでも粉は舞い散り続け、微かに息をついた隙にコンラートの呼吸器へと吸い込まれたらしい。

「愛しています、ユーリ。ですが、あなたが赦してもおれ自身があなたの傍に在ることを許せない。裏切り者の汚名は、早々消えるものではないのです。それでもおれはあなたの傍から完全に離れることも出来ずにいた。何故ながばあなたはおれの光で、生きる意味そのもので、いや…死してなお見守りたい愛の塊なんです。ですが見守り続ける間におかしな具合に醸成された想いがあなたを肉体的にも求めるようになった。あなたの×××を〇〇して△△したいなんて罪深い想いが溢れて止まらず、何度もあなたで抜いた」

 コンラートの顔に絶望が見える。
 どうやら自白剤を吸い込んだらしい。

「はいはいはーい。了解了解。無駄に苦しんだねー、コンラッド。全部今からその願望叶えてやっから、覚悟しとけ」

 コンラートの瞳に映る有利は、肉食獣の笑みを浮かべていた。



おしまい


あとがき




 押せ押せゴーゴーユーリたん。
 アニメ版のイメージでお話書きましたが、原作の復帰後は結局書かれぬままなんですかねる風の噂でミュージカルになってるとか聞きましたが、そのおまけとかで書かれてる?

 ヨザックがえらい状態になってたのはやたらと高価な通販物品についてきた本で、意識戻ったぽいのは描かれていた気がしますがどうなんでしょ。

 来年以降もふわっとした眞魔国アースで平和に暮らします。