〜誕生日当日でない日に、ルッテンベルクなどでゆっくり〜 「生きててくれてありがとう」 魔王陛下の誕生日は7月29日。 この日は眞魔国に於いて国民の休日とされているので、ユーリは前夜祭のある28日の夜から29日夜までは、公務として国内外の要人と会い、歓待しなくてはならない。祝われる本人なのにこんな気苦労なのは嫌だと最初の内は文句を言っていたユーリも、コンラートにある約束をされてからというもの、当社比で良い王様ぶりを示している。 即位後10年が経過した今では、賓客達の間から《若いのに落ち着いていて、美しい王だ》と熱く囁かれるようになった。 『あいつも王としての気概が芽生えたのかな?』 フォンヴォルテール卿グウェンダルは宰相として傍に控えて、危なげなく人間国家の王と会話を交わしているユーリを眺める。 そろそろ宰相という肩書きも外して、領土に帰ることも検討したいのだが、《まだまだいてよ〜》と甘えられるので、結局この座に居続けている。甘え方も上手になってきたのは気のせいか。 『まあ…まだ甘っちょろい部分も大きいか。何しろ、今だってご褒美が欲しくて頑張っているようなものだしな』 ちらりとユーリの視線が送られ、その先にいるウェラー卿コンラートが《良いですね》という風に頷く。 そう。ご褒美とはコンラートに関わることだ。こいつらが恋仲になった年、今までムードだのなんだのに気を払うことなど無かったこの少年が、急に《誕生日は二人きりでゆっくり過ごしたい!》と我が儘を言った。 最初は怒鳴りつけ、殴らんばかりにして意を正そうとしたグウェンダルだったが、この手の我が儘儒子の相手はコンラートの方がやはり得意だった。 《ね、ユーリ誕生日には無理でしょうけど…》 コンラートの提案はグウェンダルによって認可され、誕生日の1週間後に3日間、二人きりで過ごす時間を貰ったのだった。
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リリリ リリリリリ…… 『みーんみーんじゃないんだよね』 馬上で耳を澄ますと、木々の合間から聞こえてくるのは眞魔国の中でもこの地方特有のリリアン虫の羽根音が響く。最初は秋口のススキ野の方が似合う音だと思ったが、今ではすっかり夏の風物詩として身体に染みこんでいる。 気候もべったりと張り付くような埼玉の暑さとも異なり、この土地の夏はカラリと乾いている分、身体中の水分を奪われてしまいそうなのも異なっている。温度も今日は地球で言う40度を越えているらしい。背の高い木々の影を行かねば、馬に乗っていても暑さでへばってしまったことだろう。 『荒れた大地が剥き出しの頃、コンラッド達は粗末な装備と糧食だけでここを進んだんだ』 毎年ここを訪れるたびに、ぎゅっと喉奥が引き締まる。 ルッテンベルク…かつて激戦が行われた大地は、戦争の後数十年にわたって魔力と法力によって痛めつけられ、歪んだ自然が四季の訪れを拒んでいた。大地は芽吹くことを忘れ、水は流れることを忘れ、風は吹くことを忘れ、火は燃えさかる苗代を失っていた。 その土地に再び命を吹き込みたいと願ったのは有利だった。 辛い過去があるコンラートは勿論のこと、商業的にも農業的にも意味を為さないとグウェンダル達も最初はいい顔をしなかったのだが、何とか他の事業での黒字分から費用を捻出し、時間をかけて土地を再生していった。 村田の助力も大きかった。 自らは大きな魔力を持たないが、有利のブースターとして働く彼は、同時に魔力の歪みを修正する能力にも長けていた。水の力を持つ有利と、火のヴォフラム、風のギュンター、地のグウェンダルという、眞魔国でも有数の魔力遣いを用いたこともあって、手を入れだしてから一年が経つ頃には雑草が生えるようになり、十年近くが経過した今では、これがあれほど荒れ果てていた土地かと思うほど豊かな自然が広がっている。 ザザ…と梢が揺れると一緒に影も揺れて、コンラッドと自分に降りかかる木漏れ日の色合いもその都度変化していった。 「ユーリ、休憩する?」 「ううん。まだ平気」 「随分と持久力もつきましたね」 「鍛えられたもん」 初めて眞魔国にやってきた頃、まだ有利は15歳の少年だった。元野球部だったから、まだ文化系の高校生等比べれば体力はある方だったろうが、鍛錬をしばらく止めていたせいもあって、海上や砂漠を行く旅の中で何度も弱音を吐いた。 さぞかしみっともない姿だったろうと、今更ながらに頬が染まる。けれどコンラッドは一度だって呆れたような顔を見せることはなく、《鍛えたいんだ》という有利の言葉を受けて、鍛錬メニューを組んでくれた。 「嬉しいけど、ちょっと寂しくもありますね。へこたれたあなたと同乗して甘やかせるのが好きでしたけど」 「俺がダメな子になっちゃうぞ?」 「ええ。ですから涙を呑んで鍛えて差し上げたんですよ」 確かに笑顔を浮かべつつも容赦なく鍛えてくれた。基礎体力がついたと判断してからの練習メニューはそれはそれはきつく、結構な鬼教官ぶりだったのだ。 「おかげで俺、結構筋肉ついたろ?プチマッチョだぜ。今じゃ勝利よりガタイ良いし!」 「アニメ・ゲームオタクの政治家と比較してもあまり自慢にはなりませんけどね」 うう。確かにそうだ。 相変わらず、ヨザックはともかくとしてコンラートにも遠く及ばないのは事実だ。 「折角華奢で可愛いのに、流石にあまりムキムキマッチョになってしまうと残念な気がします」 「え〜。コンラッドの愛ってその程度?」 「…せめて俺と同じくらいで止めて下さい。ヨザクラスまで行かれたら、本当に究極の愛を試されている気になります」 何だか遠い目をされた。コンラッドにも色々と拘りがあるみたいだから、筋トレは程ほどにしておこう。 「さあ、見えて来ましたよ」 「うん」 高台から臨む彼方には、一面の花畑が広がっている。特に力を入れて造園を進めたこの場所は、多くの血を吸った哀しい歴史を持つ戦地だった。 その一角にある小屋には隻腕、隻眼の戦士が今日も待っていてくれる。喉も太刀で潰されて声を発することの出来ない混血魔族…数少ない、ルッテンベルク師団の生き残りだ。 「今年もお世話になります」 くしゃりと皺の中に隠れる目に愛嬌がある。ごつい体つきのこの男は、今の暮らしを随分と気に入ってくれているらしい。買い出しに行くときしか街に出る機会は無いのだけど、こうして辛い思い出の残る戦地の傍にいることが、次第に幸せになってきたのだと。 生きている意味をずっと考えていたけれど、こうして自分の手で咲かせた花が大地を多う様をみていると、友を、仲間を弔う為に自分は生きていたのだと想えるようになったのだと。 荷物を置いてベランダに出ると、三人で暫くの間花畑を見つめ続けていた。 沢山の犠牲の上に自分の命があることを、有利は花を眺めながら想う。 コンラッドは一度も口にしたことはないけれど、何人か昔を知る人が教えてくれた。有利の魂の元ととなった人物、スザナ・ジュリアもまた花を植えるのが好きな人だったと。 《踏みにじられることを分かっていて酔狂な》と言われながらも、戦地に向かう街道沿いに花を植えていった。せめて出征する人々がこの土地に帰ってきたいと思えるようにと、祈りを込めて植え続けたそうだ。 『花を…広めていくよ、コンラッドと一緒に』 ユーリは他国の大地にも花の種を広める運動を続けている。法力で歪められた大地は修復が難しいけれど、それでも少しずつ成果は現れ始めている。 いつか世界が花に包まれて、争いのない時間が少しでも長く続けばいいと祈りながら。
夕刻になると、退役軍人のバッソは暫しの旅に出る。 ユーリは《別にいてもイイのに》というが、気を使う男だからラブラブカップルと一緒の小屋で夜を過ごすなんて気を使ってしょうがないのだろう。 ユーリ自身も、やはり完全な二人きりとなると開放的になるし。 バッソが焼いておいてくれたパンと、コンラートが作ったシチューで夕食を済ませると、少し肌寒くなった屋外に、ユーリは軽装で歩いていく。降り注ぐような星に囲まれた花園には白い花がたくさん咲いているから、少し離れた場所から見ると、天にも地にもと星と花が広がっているように見える。 その中に、一際輝く星がある。 漆黒の髪を風に靡かせ、夜の空を切り取ったような瞳を持つユーリが、コンラートに手を振っている。 どこにいても、何をしていても、この人がコンラートの人生を輝かせる。 この命が失われると思った瞬間にすら、強く存在を感じ続けた。 その人が今、コンラートだけのものとしてここにいてくれる。 『幸せだ』 泣きたいくらいの幸福感を、この地で散っていった人々の全てに感謝したい。 コンラートは歩み寄って行くと、後ろからユーリを抱きしめて空を見上げた。 この地で死んでいった部下達の名前を、コンラートは全員分諳んじることができる。かつて楔のようにこの胸を抉るそれらの名を、枯れ果てたこの地で弔っていたことを、おそらくユーリはどこかで知ったのだろう。 何も言わずこの人は、大地を清めることに力を使った。幼い少年の頃には爆発的な衝動で使っていた力を、きちんと周囲の力も借りながら、長い時間を掛けてこの土地を再生していった。 「ん…」 唇を重ねると、あえやかに喉を反らす。 すっかり愛撫に馴れた身体はキスの時の息継ぎも滑らかになって、時間の経過を感じさせた。 初々しかった少年の頃も可愛かったが、この頃は更に艶が増してきたように思う。あとした仕草の中に透明感のある色気が漂うようになったから、気が気でないこともあるのだけど。 「小屋に戻りますか?」 「ううん。良い、今夜はここで抱いて?」 「少し寒くない?」 「寒くないように、激しく抱いてくれたら良い」 「じゃあ駄洒落でも…」 「凍死させる気?」 むにっと頬を抓られてくすくすと笑いながら、深く舌を絡めていく。この場所で結ばれるというのは罰当たりな気もするが、ユーリは何かを感じているようだ。 『ユーリの住む世界では、巫女がセックスを奉納することで霊を鎮めるという伝承があったっけ』 それをこの土地が欲していると? 「コンラッド」 「ユーリ…」 今はただ、この人を見つめられれば良い。 そう想いながら肌を露わにしていく。 闇夜に白い花と共に、ユーリの素肌が映える。そこに薄桃色の花を咲かせながら、吐息を次第に甘いものへと変えていく。 「ふぁ…あ……」 「脚、開いてください。仲間達が安らかに眠れるように」 「じゃああんたも脱ぎよ。かえって滾っちゃうかもしんないけど」 宵闇のせいだろうか?つぅっと吊り上がった唇が幾分妖しげに映る。耳に掛かる黒髪を掻き上げ、ユーリはコンラートのシャツとズボンを脱がせて、緩く勃ち上がり始めたものを口に銜えた。暫く愛撫を続けると、唾液と先走りの混じったものが細い顎から喉へと零れていく。 「きて、コンラッド」 「まだ早いよ。もっと馴らしてからね」 「ぁ…っ」 性急に求めてくるユーリを宥めてオイルを蕾へと刷り込み、《ちゅぷちゅぷ》と音を立てながら乳首を可愛がる。まだむずがるように身を捩らせるユーリに、三本指を入れて中で開けるところまできたら、猛る雄蕊を挿入していった。 相変わらずきつい。血盟城では政務や外聞もあるのであまり抱けないせいか、未だにユーリのここは久し振りに抱くと処女のように頑なだから、その度に丁寧な仕込みが必要だった。 だが、そのぶん雄蕊に肉壁が馴染んでいくと目も眩むような快感が訪れる。 「コンラッド…っ!」 「もう少し…ね」 馴染ませるように腰を燻らせて、《ぁっ》《はぁ…》と盛んに喘ぐユーリを散々に焦らす。そうしていると腸液が溢れてきて、コンラートの腰がスムーズに動き出した。 「ぁ…っ…そこっ…そこぉっ!」 「良さそうだ。ここだよね?」 「ぅん…そこぉっ!」 足先までビクビクさせているユーリの肉壁を弄れば、淫らな嬌声をあげてユーリは果てた。 《びゅるっ!》と跳ね飛ぶ白濁が緑の下生えに散って、白い水滴が葉先を伝う様子を、茫洋とした眼差しでユーリは見る。 「コンラッドは、幸せにやってるよ」 「ユーリ?」 「何でもない。もっとしてして?」 「ええ、あなたが望む限り」 促されるまま何度もユーリを抱きながら、コンラートはユーリ以外のたくさんのものに包まれているような心地を味わった。
コンラート達が去ってから数日後、ルッテンベルクを訪れた村田はヨザックと共に苦笑していた。 「おやおや…迷ってた連中が随分片づいたみたいだね」 「お見えなさるんで?」 「薄らぼんやりだけどね。残ってる連中もいるけど、そういう手合いは穏やかな土地神みたいな存在になってるから心配ないよ」 「へぇ…」 ヨザックには良く分からない。コンラートもまた、やはり良くは分かっていた無かったのだろうけれど、大地の歪みを正す時に魔力を用いた面々には、血みどろの怨念に満ちた自縛霊が感じられたのだという。 ヴォルフラムなど真っ青になって、何度か吐いていたほどだ。 当初は採算が取れないからと、土地の再生に反対していたグウェンダルも、あの時以降は積極的に予算を回すようになった。 《コンラートの仲間を救いたいんだ》 ユーリの切なる願いは、この土地に平穏をもたらすことだった。 ここがいつまでも血塗られている限り、コンラートが本当の意味で幸せになることは出来ないと確信しているようだった。 『確かにそうかもな』 ヨザックのように享楽的な男ですら、あまりにも大きな幸せを感じていると、心のどこかに迷いを覚えた。《俺だけこんなに幸せになって良いのか》と。 けれど今こうして花畑に変わった大地に立ち、強い陽射しに照らされて青々とそよぐ梢を眺めていると、やっとあの血みどろの連中が救われていったのだと感じることが出来る。 もしかすると、少しずつでもこの《生き残ってしまった》という罪悪感も薄れていくのかも知れない。 「ここにいた連中はさ、ウェラー卿がよほど大好きだったんだろうねぇ。毎年彼がここを訪れる度に、迷い苦しむ数が減っていってたんだよ。今回は大サービスエロショットまでみられたせいか、色々とスッキリしたらしいね。激減してるよ」 「はは。生まれ変わって、また傍に行きたいとか思ってるのかも知れませんね」 「そうかもねぇ」 魂に刻まれた4000年分の記憶を持つ少年が、遠く、深くを見やるような眼差しで微笑む。 魔王ユーリという存在に癒やされた彼にも、亡者として迷っていた連中の気持ちが分かるのかも知れない。 『迷わず、次の生を生きろよ…』 熱い風が白い花を揺らす。 ルッテンベルクの夏は、今年も眩しい陽光の中で過ぎていった。
おしまい あとがき
コンラッドの生きてきた道ごと、まるっと愛しちゃうユーリって好きです。