「魔王陛下が願う10のこと」








 おれの願い事は10個。
 欲張りって言うなよ?とても大事なことなんだ。

 必ず叶えること!
 そしてそれは誕生日だけではなくて、ずっと叶え続けること。

 それがあんたから俺への誕生日プレゼントで、それ以外は認めない。
 勿論、それ以外をくれても良いけれど、これをくれなきゃ幾千万のプレゼントも意味を成さないからね?

 一つ目。

 朝目覚めた時、あんたが傍にいてくれること。
 《おはようございます、陛下》と呼んでおいて、むすっとしたおれの顔を見ながら、満足そうに《すいません。おはようございますユーリ》と言い直すこと。
 もうお互い100年もこんな遣り取りやってれば飽きそうなものだけど、あんたとだとちっとも飽きない。不思議だね。
 こんな遣り取りをできなかった100年前のひとときを、きっとおれは1000年経ったって忘れないんだよ。

 あんたが、おれが不機嫌になるって知ってて《陛下》というとき、《どうか俺がこう呼ぶことが、あなたにとって当然のことになりませんように》と祈っているのを知っている。
 ただの同列の《優秀な臣下》の一人ではなくて、唯一人のウェラー卿コンラートでいたいのだと、おれは知っているよ。

 そしてそれは、おれにとってもそうなんだ。

 《優れた魔王》としてのおれだけではなくて、どうかこの先もずっと、あんただけのかけがえのない渋谷有利でいさせてくれ。

 二つ目。
 
 朝食の席では必ず、俺の口元に気を付けること。
 うっかり食べこぼしたソースやパン屑は、あんたの指で拭ったりキャッチして口元に運ぶこと。

 《なにやってるユーリ!コンラートぉおっ!》と、かつては激怒していた我が儘ぷーは、今ではすっかり成長して、ちらりと横目で見遣るだけで食ってかかったりはしないけれど、意外と粘り強い彼が、あんたに隙さえあればおれの心を埋めようと狙っているのを忘れないで。

 あいつは結構な男前だよ?
 特に、あんたがいなかった100年前のあの頃、ググッと成長したんだから。
 押すだけが恋の駆け引きじゃないって知ってから100年、彼はじっとおれ達を見守ることで恋の成就を目指している。

 おれから離れることでおれを幸せにしようとしたのがあんたなら、おれから離れないことで幸せにしようとしたのが彼だ。そして今も100年間引き続き、自分に課した誓約を守っている。

 それを《しつこい》とは思わないんだ。
 いつかあんたが自由な風のようにおれから離れることがあったら、きっとおれの心はまた引き裂かれるから、一緒になって彼が怒ったり泣いたりしてくれることが、どれほど慰めになるか知っているからだよ。

 あんたとは別の意味で、彼はおれにとってなくてはならない男だ。
 たとえ彼が最も望むものを、おれが決してあげられないのだとしても。

 三つ目。
 
 宰相殿に怒鳴られることも滅多になくなって、仕事は随分とスムーズにこなせるようになってきたと思うけど、それでもやっぱり不安な時はあるんだ。
 だからおれが迷っているとき、そっと背中を押してくれ。
 誰かを傷つけたくないあまりに、結局被害を広げるような決断を仕かけたときは厳として戒め、勇気を持って難しい決断をした時は、《それでこそユーリ》と微笑んでくれ。

 あんたがおれの意見を噛み砕き、時に寄り添い、時に戒めてくれることが、どれほどこの国を…世界を豊かなものにしたか、多分あんたが一番分かってない。
 100年前、どんな汚名を被ることになろうとも怯まず、魔族と人間の間に生まれたあんたが、そうでなければ決して成し遂げられなかったろう奇蹟を起こしたことを、おれは決して忘れない。

 何千年にもわたって反目しあい、傷つけあってきた魔族と人間。
 その憎しみの連鎖を断ち切ったのはあんただ。
 《いいえ、陛下…いえ、ユーリですよ》とあんたは言うだろう。
 だけどあんたがいなければ、おれはきっと世界を滅ぼしていたんだよ。
 
 ああ。そうだ。
 おれ達は二人でいたから、世界を救えたのかも知れないね。
 うん。救ったなんて口幅ったい言い方かな?
 《世界をちょっと住みよくした》そのくらいの言い回しの方が良いかもしれないね。

 四つ目。

 仕事の合間のおやつの時間だけは、絶対に忘れないで。
 この国できっと一番美味しい紅茶を煎れられるのはあんただから、どうかいつもおれのために、最高の紅茶を煎れて欲しい。
 そして必ずおれとは違うおやつを選んで、お互い半分個にしてほしい。

 あんたと分け合うと、何でも二倍美味しくなるんだよ。
 ホントだよ?

 あんたが初めてこの国でおれにくれた乾し肉は硬くて、正直不味かったけど…それでも、きっとあんたが傍にいなかったらちゃんと噛み砕いて呑み込むこともできなかった。
 《この人と一緒にいたら、きっと大丈夫》
 頼るものを何も持たないあの状況で、どうしてだかおれはそう信じて疑わなかった。だから硬くてゴツゴツしたあの肉を、何度も何度も噛んで血となり肉となるよう祈った。奇妙なこの国で、あんたの傍で生きていくために。

 ちなみに焼き菓子の上に乗った木の実のグラッセは、たまにはあんたも食べて欲しい。おれが嫌いだからじゃないよ?
 うん、寧ろ好物。
 だからおれに食べろって?
 おれが頬袋を膨らませて《美味しい〜っ!》って言ってる顔が堪らない?

 いや、だからこそあんたにも食べて欲しいんだ。そうしたら、おれが食べているときに、《ああ、あの味が今ユーリの咥内にあるんだね》と思って、美味しかったことを思い出すだろう?

 そしたら、きっと二倍以上美味しいよ。

 五つ目。

 今日中に片付けなくてはならない仕事が終わったのなら、城の中から俺を連れ出してくれ。もうおれは故郷には戻らない…戻れないのだから、急に姿を消した時のために、前倒しでサクサク仕事を処理させようとする宰相殿を止めてくれ。
 もし戻れたとしても、あの世界におれを知る人はもういないのだから。

 大丈夫。寂しい訳じゃないんだよ。
 魔王としてこの国で生きると決めた100年前に、おれは家族にお別れをした。
 大事な大事な家族だ。たとえ今あの世界に生きているのが彼らの子孫であって、彼ら自身ではないのだとしても、彼らに連なる人々の為におれは世界の平衡を守り続けるよ。
 
 気負っている訳じゃないよ。
 もう、そういうものだと自分の役割は分かっている。
 だけど時には何もかも忘れて、自然の風に包まれたいと思ったりするんだよ。草いきれの香りを吸い込み、随分コントロールのよくなったあんたの投球を受けたいんだ。

 そういえば野球も、随分とこの国に浸透したね。
 今ではこの国と友好国チーム選抜が集まって、国際試合が開かれるほどだ。あんたがこの国で初めてプレゼントしてくれた球場はすっかり様変わりしたけれど、当時のプレートはまだちゃんと残ってる。
 そう、あんたの手書きの文字だよ?石に刻んでいるんだもん。きっと俺たちが朽ち果てたその後まで残るさ。 

 六つ目。

 お庭番の女装が円熟の極みというか、色街の片隅にいそうな逞しい婆さんの様相を呈してきたことに、いちいち怒り筋を浮かべるのはやめてくれ。
 あれはもう、彼の生活の一部なんだよ。

 確かにファンデーションが目尻の皺に食い込むようにはなってきたし、目元の隈を隠すためのコンシーラーが分厚くなり、瞼を彩るヘリオトロープ粉も色濃くなった。スカートの谷間から覗く腿の肉が若干削げてきたのが痛々しい。

 それでもおれは、未だにあれで人を誘惑できるお庭番の魅力に喝采を送りたいんだ。
 彼は不思議な男だね。斜めで真っ直ぐでエッジが効いていて、そしてどこか純粋だ。
 あんたがいなかった100年前、彼は一度死にかけた。
 おれを護って死にかけた。
 自我を失っている間に衰えた肉体と、荒廃した精神を立て直したのは、彼の中に備わっていた自然治癒力だよ。おれなんかの魔力はただ表面を治すだけさ。おれやあんたを好いてくれて、《生きたい》と願う彼の気持ちが、土に戻りかけたあの肉体を蘇らせた。

 だからおれは彼を見ていると時々、泣きたいくらいに嬉しくなるんだ。
 外見はともかく、中身が変わらぬ彼でいてくれることが、愛おしくて堪らないんだ。

 七つ目。

 うちの大賢者とにっこり微笑みをかわしながら、嫌み合戦を繰り広げるのを、今後も継続してくれ。100年前には薄ら寒くなるから止めてくれと願ったのに、矛盾してるね。分かってるよ。

 だけどおれも何十年か前から分かってきたんだよ。
 あんた達は互いを映す鏡のようだね。
 互いを見ながら、それぞれがおれのためにすることが、おれを酷く傷つけるのではないかと恐れている。
 互いを認めているからこそ嫌悪し、拮抗することで、あんた達は均衡を保っているんだろう。
 
嫌そうな顔だね。
 きっと、大賢者も同じ顔をするだろう。

 《ますますあの方が苦手になりました》って?
 うん、でもおれは知ってるよ。

 決して、嫌いではないんだよね。

 八つ目。

 風呂に入るとき、アヒル隊長を大量に浮かべなくても良いよ。
 ケロヨンの座椅子をリアル再現するためにプラスチック加工会社を建てさせたあんただから(この時だけは大賢者も協力してたね)、ソフトビニール加工もいつかはやると思ってたけど、基本、ビニールは自然に還りにくいから、土に埋めておいたら完全に分解されるビニールが開発できるまで、大量生産はしないでくれ。

 このアヒル隊長は試作品で、おれの為だけのものだから良いって?
 だから、おれもこんな大量のあひる隊長はいらないんだってば。風呂垢でずるずるになったのを丁寧に一個一個洗うメイドさんの苦労も考えろよ。

 え?地球で行ったスーパー銭湯で、《すっげー!あひる隊長風呂だ!こんなの家にあったら楽しいだろうな〜》っておれが言った?え?いつ?マジで言った?ホント?
 や。いやいや。ホントに言ってたにしても、今のおれがいらないって言ってんだから、聞き入れてよ。

 一個で良いんだよ。
 うん。
 いらないわけじゃないんだよ?
 一個で十分なだけ。

 九つ目。

 おれを抱くとき、未だに恭しく手の甲へのキスから始めるのはやめてくれ。
 あんたはとっくにおれの旦那として国法で認められた存在だ。一代限りとはいえ十貴族に並ぶ大貴族としての肩書きがあるだろう?あんたは嫌がったけど、おれがどうしても認めさせたかったんだ。

 あんただって分かってるだろ?これは単にあんたを溺愛しているからじゃない。あんたが十貴族と肩を並べることで、混血魔族の地位…法律では規制されていないにもかかわらず、連綿と続く《混血はどんなに優秀でも最上位の地位に着いてはならない》という因習を砕く役割があるのさ。

 だからおれを抱くときも、あんたは堂々と夫として触れて良いんだよ。
 おいコラ。足の爪先のどこが夫らしい触れ方だ。
 《あなたは爪の先まで愛らしい》とか、未だに真顔で言えるあんたが心底怖ろしいよ。
 ちょ…やめ、だから…あ、足の一番目と二番目の指の間は、あぁあああーーーーっ!

 はあはあ…。
 あ、あと、おれを抱いた後、起こさないよう慎重に風呂で身体を清めるのは止めてくれ。
 どこのハーレクイン小説か、介護問題かと思うから。必ず起こしてくれ。
 清められてる最中に起きちゃうのも気まずいし。
 
 十。

 願いは、その時まで秘密にする。
 秘密じゃ約束できないって?
 そこを太っ腹に受け入れるのがあんたって男だろ。

 ねえ、約束して。
 ただ一つだけ、おれの究極の願いを無条件に叶えることを。
 その時だけは異論は赦さない。おれが望む通りの選択を100%受容してくれ。
 
 秘密だって言ってんだろ?
 勝手に言い当てて、切なそうな目になるんじゃないよ。
 言っとくけど、あんたの苦手な大賢者にも話は通している。その時になったら、この約束だけは守るっていうのが、大賢者からおれへのプレゼントだ。
 
 うん。凄く嫌な顔をしたよ。
 怒られたし、泣かれもした。
 
 だけどね、やっぱり最後の願いはこれしかないんだ。
 なんなら、他の九つの願い全てを破棄したって構わない。

 …そうだよ。おれは、あんたに生きてて欲しいんだ。
 絶対に、何時如何なる時も傍にいてくれとまではもう言わないから。
 だからせめてこの世界で、命を保っていてくれ。
 
 あんたの役回りと、魔王と混血魔族の寿命がどうしたってずれるのは知ってる。
 それでもおれはあんたが生き続けることを望む。

 あんたの命が失われようとするとき、おれの命を分けることを赦してくれ。

 《ダメです》はダメだ。
 そんな答えは赦さない。
 
 叶えてくれ。
 あと何百年かの後に必ず来る別れを、全力で拒否させてくれ。

 項垂れないでよ。
 大丈夫。
 全力を尽くして、それでもあんたの命が失われてしまったその時は、おれの命を無為に断ち切ることなんかしない。
 きっと魔王としては役立たずになるかもしれない。
 気が触れて、荒野を裸足で彷徨おうとするかもしれない。
 長すぎる魔王の寿命を呪い、血の涙を流すかも知れない。

 それでもおれはあんたに与えれた命を、決して無駄になんかしない。

 気が触れても、誰かの涙を見れば花を摘んで捧げようとするだろう。
 血の涙を流しても、生きて生きて…いつか自然と息絶えたとき、あんたの傍に必ず行くから、気長に待っていてくれ。

 そうさ。おれは打たれ強いんだ。
 今までだってそうだったろう?
 泣いても喚いても、必ずいつか立ち上がる。

 だからあんたも全力を尽くしてくれ。
 一日でも一分でも一秒でも長く、おれと一緒に生きていてくれ。
 おれが頑張らなくても、息をするだけで幸せだと感じられる時間を、少しでも伸ばしてくれ。



おしまい


あとがき

 あれ…?ユーリ、ヤンデレ?
 あまり誕生日祝になってない気もしますが、いつか来る別れへの不安と闘いながら、イチャコラしてて欲しいなとの願いを込めました。

 ところでまるマ情報にすっかり疎くなっているのですが、ミュージカルになるというお話以外に進展はあったのでしょうか?ナマモノ苦手だから全く食指が動きませんので、原作に関わるところでなにか進展がないでしょうか〜。

 原作者様は妊娠されて子育て中だから当分続きを書けないとかいう噂はマジネタですか??
 本当なら気長にお待ちして、子供さんが小学校に上がって手が空いた頃に書いてくれると良いなと祈るばかりです。